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2 ダンジョン特区とエース

ダンジョンがこの世界に現れたのは、今から約50年前のことだ。


世界中に突如として現れたダンジョン。


それらは謎の生物……今では魔物と呼ばれている凶悪な生き物を吐き出し始め、人々を襲った。


各国は、国民を守るためにその対応に追われることになったが、もちろん、それはこの日本でも同じだった。


世界中はダンジョンによって、混乱の渦に巻き込まれた。



だが、時を同じくして、異能に目覚めた者たちが現れた。


当時"異能者イレギュラー"と呼ばれた彼らは、特殊な力をその身に宿しており、その力はダンジョンから吐き出される魔物たちを簡単に屠るほどに強力だった。


彼らのおかげで、国はダンジョンの封鎖に成功し、被害を最小限に抑えることができたのである。


その後、国は法整備を即座に進め、"ダンジョン探索法"を施行。


ダンジョンの管理を目的に、新たな業種として"ダンジョン探索派遣業"を企業の事業分野に追加した。


しかし、そうなると新規事業に参入したがるのは経営者の性か。


多くの企業がこの事業に参入し始め、起業やプロジェクトが乱立する。


だが、当初の「ダンジョン探索法」には不備が多かった。


それ故、安易に事業参入してきた中小企業の倒産と、彼らに雇われた異能者の大量死が相次ぎ、ダンジョン探索法は見直されることになる。


要するに、明確な基準が設けられることになったわけだ。


そのひとつが、国家資格「探索士シーカー」制度。


これにより、異能者個人がダンジョンに潜るには国家試験の合格と免許取得が必須となった。


それと、5年ごとの登録証更新制度。


企業が"ダンジョン探索派遣業"を営むための大臣認可であり、5年に一度、安全性や実績、所属探索士の能力を厳しく審査される制度だ。


そして、ダンジョン特区特別措置法(特区特措法)。


ダンジョンが発生した地区は、人口が一気に減る。


誰だって、魔物に殺される危険があるダンジョンの近くには住みたくないだろう。


だから、国はその地区を"特区"として指定し、限定ライセンス(特区法12条)の発行と、魔素マナ還元利権を自治体に与えることにしたわけだ。


※限定ライセンス:特区内に居住する者に限り、正規の国家資格よりも緩和された条件で「準探索士」の資格を与えるもの。その意図は働き口のない若者の移住を促すこと。

※魔素還元利権:通常は国に帰属する魔素やドロップアイテムの収益を、特区では自治体が一定割合保有できる。


この特区特措法は、どちらかと言えば人口流出が止まらない田舎に適応されることが多い。


だが、都心内でもダンジョンは発生するし、発生すれば過疎化は進むので、基本はどの自治体でも対象となっている。


こうして、日本国内ではダンジョンに関する法整備が為され、指定企業が適切にダンジョンを管理しながら、今日に至るのである。





「伊佐水さーん!いるー?」



朝一番、総務部の執務室に無邪気な声が響いた。


俺はその声を聞いて、キリキリと胃が痛む感覚を覚える。


その理由が、声の主にあることは言うまでもないだろう。



「あ、いたいた。伊佐水さぁーん、例のドラゴンの残骸すけど、いつになったら処理されるんすか?」



ゆるいお団子ヘアに、オーバーサイズのスカジャンを纏い、中には高性能なタクティカル・和装防具。


常にスマホをいじりながら、話しかけてくる態度は相変わらずだ。



彼女の名前は、神代焔かみしろ ほむら


我が社が誇るダンジョン探索のエースであり、最年少で探索派遣事業本部の探索調査部攻略一課・主任にまで成り上がった期待の若手。


しかも、探索士ランクは最高のSランクでもある。



だが、そんな華やかな肩書きとは裏腹に、その性格はマジでクソだ。


こいつは会社とは利用するものであり、ダンジョン特区は「効率よく稼げる場所」と割り切っているため、愛社精神はゼロ。


ダンジョンの攻略を「作業」として捉えているから、広報が求める「映え」や、総務が求める「安全」よりも、"いかに速く、いかに多くの素材を持ち帰るか"だけを常に追求している。


それに、若くしてS級に登り詰めた天才と呼ばれ、いい気になっているのだろう。


自分の実力を完全に把握しており、実力のない人間……特に事務職を見下しているのは、態度ですぐにわかる。



そんな彼女の態度に対し、普段の俺は平常心を保ち続け、対応しているわけだが……。



1番厄介なのは、彼女が探索派遣事業本部の「金のなる木」だという事実だろう。


彼女ひとりが叩き出す利益は、探索派遣事業本部の予算の大半を占めるため、本部長ですら彼女には頭が上がらない。


そのため、法律や組織のルールを無視した暴走が多くて、俺たち総務部を始めとする管理部門は、正直困っている。



「神代さん、ちょっと待ってもらえる?あのドラゴンの死骸は『特別管理産業廃棄物』だからね。手続きが色々と厄介なんだよ。今、早急に対応中だからさ……」



その回答に対して、焔は耳につけていたワイヤレスイヤホンの片方を外す。



「え、でも、品川ダンジョンって強くてレアな魔物が多いから、いい素材がたっくさん取れるんですよ。あの死骸があそこにあると、臭くて入れないじゃないですか。この意味分かりますよね?」



悪気なく告げる態度に、総務部内の雰囲気が重くなるのを感じた。


彼女が言いたいことは、すぐに理解できる。


要するに、「口答えしないでさっさとしろ」と言いたいのだ。


俺たち事務職が食えているのは自分のおかげ。


私が働かないと、お前ら事務職の給料もなくなるんだぞ。


彼女は言葉の裏で、そう言っているのだ。



しかし、こちらとて、遊んでいるわけではない。


『特別管理産業廃棄物』はその名前の通り、特別なのだ。


普通の産業廃棄部とは違って、その手続きは複雑だし、廃棄するための費用もバカにならない。


いくら処理の手続きを急いで進めようとも、財務部に予算をつけてもらわねば、どうにもならないのである。



「言いたいことはわかってるよ。けど、予算がつかなきゃ業者とは契約できないんだ。その予算をつけてもらうために、財務部とも協議していて……」


「あ〜、うちらの仕事は『討伐』なんですよ。『ゴミ掃除』は総務の仕事じゃないんですか? 予算とかどうでもいいんで。何でもいいけど、手続き、早く進めてもらえますか?タイパ悪いんで……よろしくです。」



その発言に、総務部内の雰囲気がさらにピリついた。


だが、神代は全く意に介した様子もなく、再びワイヤレスイヤホンをつけて振り返り、帰って行く。


そんな彼女の背を見送りつつ、俺は内心で悪態をついた。



(簡単に手続きが進むなら、苦労はしてないんだよ! 財務部に頭下げて、産廃業者のマニフェスト(管理票)を切るのは誰だと思ってるんだ!)



俺は今、声を大にして言いたいことがある。


総務部は、何でも屋じゃないっつーの!!

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