16 事務屋の男は背中で語る
無機質な瞳をした謎の女の猛攻は、苛烈さを極めた。
空間を腐食させるような漆黒の魔素を双剣から噴き出させ、肉眼では捉えきれない速度で肉薄してくる。
しかし、一歩下がって戦況を見つめる俺の目は、すでに敵の能力の本質を理解し終えている。
(……やはり、通常のシーカーによる戦闘技術ではないな。あの女、神代主任の筋肉が駆動する際に発する微弱な電気信号をハッキングし、次の挙動を完全に先読みしている。人間の神経伝達の速度そのものを、システム的に上回るパターンの最適化だな。初見の相手じゃ、とてもじゃないが敵わない……)
だが、俺が指示を口にしようとした、その瞬間だった。
「はぁぁぁぁ――ッ!!」
管理室の青白い光を浴びて、焔が手にした巨大な魔鎌が、空間を切り裂くような轟音を立てて旋回する。
これは驚いた……。
敵の能力の正体と、それを打破するための具体的な戦術を焔に指示しようとしたんだが……。
にもかかわらず、焔はたった数合の交差だけで、女の猛攻と完全に"対等"に渡り合い始めている。
キィィィン! カァァァン!
漆黒の双剣と、青白く輝く巨大な魔鎌の刃が激しくぶつかり合い、激しい火花が散る。
(……神代主任の動きが、敵のハッキングの予測をミリ単位で狂わせ始めているな。理解して戦っているのか?)
いや……理屈ではないな。
焔は、敵が自分の電気信号を読んでいることすら知らず、ただシーカーとしての圧倒的な野生の"センス"と"戦闘本能"だけで、女のハッキングを力技で凌駕しているんだ。
わざと体勢を崩して電気信号にノイズを混ぜる。
あるいは、ハッキングによる先読みが届くよりもさらに速い、純粋な反射速度で魔鎌を振り回す。
常人なら脳の回路が焼き切れるような超絶的な戦闘機動を、彼女はスカジャンの裾をなびかせながら、涼しい顔でやってのけている。
(すごいな。これが、我が社が誇る攻略一課のエースの処理能力か……。)
規格外のポテンシャルに、俺の胸に静かな感嘆が湧き上がる。
「おじさん、見てるだけー?! 早く次の手、教えてよ!」
魔鎌の長い柄を軸にして鋭く反転し、女の双剣を強引に弾き飛ばしながら、焔が叫ぶ。
その声には、先ほどまでの動揺を吹き飛ばすような、いつもの不敵な強さが戻っている。
「……神代主任、余裕をかましている暇はないぞ。敵の能力は"電気信号のハッキング"だ。君の筋肉の動きは先読みされている。次……その巨大な魔鎌を、真横ではなく、斜め下方30度からすくい上げろ。敵のプログラムに、手痛いデバッグ(一撃)をくれてやれ。」
敬語だった俺が、気づけばタメ口で指示していた。
それだけ、俺の気分も昂っているってことか。
まぁ、彼女は年下で後輩だから、別に構わないんだが……。
「了解っ! 結論から言えば、あんたの勝ち目、最初からゼロだから!」
焔は特に気にした様子もなく、女に不敵な笑みを向ける。
それを見て1人で安堵していると、俺の分析と焔の圧倒的な暴力が完全に噛み合ったようだ。
巨大な魔鎌の刃が、謎の女のハッキングの壁を完全に切り裂くべく、最速の軌道を描いて跳ね上がる。
ギィィィン――ッ!!
焔の直感が放つ最速の軌道。
その刃は確実に、謎の女の顎から脳天へと突き抜けるはず…………
だが……
「……っえ!?」
焔の目が見開かれる。
女の身体が、まるで水面に映る映像が乱れるように、物理的な法則を無視して横へと"ブレた"のだ。
骨格の駆動を無視した、カクカクとした文字通りのバグめいた奇妙な挙動。
魔鎌の鋭い刃は、女の残像だけを虚しく引き裂き、空を切った。
それを見て、俺はようやく女の能力の本質に気がついた。
そうか……ハッキングしていたのは、焔の電気信号だけではなかったんだ。
女は、自身の肉体のリミッターや運動命令すらも電脳的に書き換えている……そして、人間には不可能な"フレーム単位の瞬間回避"を行ったんだ。
そして、驚愕する焔の隙を、戦闘マシーンである女が見逃すはずはなかった。
着地と同時に、女の無機質な瞳が青白く明滅する。
「しま――」
次の瞬間、漆黒の双剣による先ほどまでとは次元の違った超高速の連撃が焔を襲う。
完全に想定の枠を超えた女のバグめいた動きに、焔の圧倒的な野生の直感すらも、ついに処理落ち(ジャム)を起こし始める。
ガキィィン! カガガンッ!!
魔鎌の柄で必死に防ぐものの、防御が一段階ずつ遅れていく。
冷たい鉄の風が吹き荒れるたび、焔のスカジャンの袖が裂け、白い皮膚に赤い線が刻まれていく。
(うそ、追いつかない……っ! 先読みとかそういうレベルじゃなくて、この女…………まじで意味わかんない!)
じりじりと後退させられ、背後はすでにメインターミナルパイプの硬質な隔壁。
逃げ場はない。
女の双剣が、十字の形に交差され、完全に防御の崩れた焔の胸元へと容赦なく突き出された。
死線が、目の前に迫る。
焔が思わず目を瞑りかけた、その刹那だった。
――パシィィィンッ!!!
鼓膜を震わせる、乾いた硬質な衝撃音。
「……え?」
焔が恐る恐る目を開けると、そこには、先ほどまで"奇妙な疑念"を向けていた男の背中が、文字通り、"壁"となって立ちはだかっていた。




