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15 表の勝利、裏の戦端

目の前に立ち塞がる重厚なセキュリティゲート。


まるで地獄へ続く門を、現代科学の粋によって人工的に塞いでいるような……そんな不気味さを放つ鉄の扉を見て、焔が口笛を鳴らす。



「すごいね……ここ。まさに地獄に入口じゃん……」



焔がそう驚くのも無理はない。


ここに来れるのは本当にごく一部の人間だけだから。


俺は彼女の感想に答えることなく、迷いのない指先でゲートをハッキングする。


本来なら、指定された者が会社から与えられた権限とパスワードでしか開けることができないゲート。


もちろん、それ以外のものが勝手に開けようとしたり、ましてや開けようものなら1発解雇案件だ。


だが、今は緊急時なんだから、そんなこと言っている場合ではない。


俺がエンターキーを叩くと、大きな音を立ててゲートが開いていく。


その先に広がっているのは、関東一円の魔素を統べる心臓部――"魔素メインターミナルパイプ"の中央管理室だ。


ゴォォォ……という、地鳴りのような重低音が部屋を震わせている。


天井まで届く巨大なガラスシリンダーの数々。


その中を、高密度に圧縮された青白い魔素が、逆流する血液のように超高速で流動し、薄暗い室内を冷たく、青く、照らし出している。



「神代主任……行きますよ。」



そう告げて中へと踏み出す俺に、焔も静かに続く。


その足音には、少しの緊張が感じられる。


さすがの焔も、この領域は未知だからな。


緊張するのは不思議なことじゃない。


ゆっくりと……中央管理室の奥へと進んでいく俺と焔。


いくつかの区画を抜けて、巨大なパイプラインの前にたどり着いた時、そのバルブの前に立つ謎の人物を俺の目が捉えた。



彼……もしくは彼女。


その人物は、全身を光すら吸収するような漆黒の防護衣とフードで包んでいる。


手元には、渋谷で奪われた子会社専務の最高権限IDカード。


そして、メインコンソールには、謎のアンプルがセットされ、不気味に明滅している。



「……おや」



二人の足音に、黒ずくめの人物がゆっくりと振り返る。


フードの奥……暗がりの中で、歪な笑みの形に白い歯が浮かび上がる。


声からして……女か?


視線が、焔を通り過ぎてへ俺へと注がれる。


その刹那、フードの奥の瞳に、執念深く濁った"私怨"のようなものが灯る。


こいつ……俺に何かを感じているのか?


唐突に浮かび上がる疑問。


だが――女は何も語らなかった。


自身の目的を語るような"無駄ノイズ"は、彼女のタイムシートには最初から組み込まれていないのだろう。


そして、目の前から姿が消える。


女はただ冷酷に目的を遂行するためだけに、出会い頭の先制攻撃を仕掛けてきたのである。





「――以上をもちまして、今回の事案に関する説明を終了いたします。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございました。」



ステージの壇上で、凛子は深々と頭を下げる。


フラッシュの嵐。


怒号のように浴びせられる記者たちの質問。


それらすべてを、彼女は"ポジティブ・バスター"としての完璧な笑みと、非の打ち所がないロジックでねじ伏せ、会見を完全な勝利(火消し)で幕引きとした。


降壇し、メディアの目の届かない部屋へと足を踏み入れた瞬間、凛子は張り詰めていた息を大きく吐き出す。



「ふぅ……。これで、表側は全部片付いた、よね。」



額の汗をハンカチで拭いながら、凛子はすぐに胸元から私物のスマートフォンを取り出した。


画面に表示されているのは、新宿ダンジョン特区の内部マップと、2つの動かないドット――伊佐水と焔の現在地を示していたが、深層の濃密な魔素のせいか、信号はひどく微弱で、今にも途切れそうだった。



「伊佐水先輩……」



凛子は、ずっと一つの疑問を抱えていた。


総務部係長、伊佐水。


いつも定時退社と経費精算のルールにうるさい、ただの有能な事務屋。


しかし、広報部として数々の修羅場をくぐってきた凛子の直感は、彼の纏う空気が"ただの一般社員"のそれではないことを告げていた。


どれほど深刻な魔物災害が起きても、眉一つ動かさず、まるで最初から結果を知っていたかのように被害額を弾き出す男。


確信はなかった。


証拠もなかった。


だが、あの攻略一課の"最強の猟犬"である神代焔が、今回唯々諾々とついて行った。


そして何より、あの化け物たちの巣窟である新宿ダンジョンの最深部へ、焔のサポートのためとはいえ、事務屋の彼が同行しているという事実そのものが、彼の異常性を物語っている。



(やっぱり、あの人は……ただの仕事ができるおじさんなんかじゃない……)



凛子の中で、伊佐水の強さに対する疑惑は、今や確信めいたものへと変わりつつあった。



「見事な会見だったな、凛子。」



背後から響いた重厚な声に、凛子はハッとして振り返る。


キリュウ・グローバル(株)の頂点。


白髪交じりの髪をオールバックに整え、仕立ての良いスリーピースのスーツを纏い、圧倒的な覇気を携えた男が、そこには立っていた。


キリュウ・グローバル(株)最高経営責任者、桐生團十郎きりゅう だんじゅうろう、65歳。



「社長……。お褒め預かり光栄です。これで地上のノイズは全て整理完了です!!」


「ああ、モニターで見ていた。広報部としての職務、完璧以上の成果だ。株価の急落も、お前の会見を受けてすでに買い戻しの動きが入っている。地上の戦いは、我が社の全面勝利だな。」



團十郎はそう言って、わずかに口元を緩めた。


しかし、その視線はすぐに、凛子が握りしめているスマホの画面へと落とされる。


その瞬間、凛子は團十郎の横顔に、普段の冷徹な経営者のそれとは異なる、どこか遠い目を見た。


それは過去の大きな遺産、あるいは"個人的な約束"に思いを馳せるような、奇妙な色を帯びている。



「……あいつは、また俺の引いたタイムシートの先を走っているな」



團十郎が、ぽつりと呟いた。


その"あいつ"という言葉の響きには、単なる部下に対するものではなく、深い信頼と、どこか不器用な父親のような、複雑な感情が混ざり合っているように聞こえた。


その様子を見た凛子の頭の中で、鋭い知性がパズルを組み立て始める。



(……社長と先輩……どういう関係なのかな。)



ただの社長と総務部員の関係ではない。


会社の公式データベースには一切記載されていない、二人の間に横たわる深い"繋がり"。


それを感じ取り、凛子が声をかけようとしたその時、團十郎はいつもの冷徹な表情に戻り、短く言った。



「凛子、総務部が命懸けで稼いだ時間だ。地上は1秒たりとも隙を見せるな。」


「……了解いたしました!」


凛子は深く頭を下げながらも、胸の鼓動が高鳴るのを止められなかった。


地下で今、何が起きているのか。


そして、伊佐水という男の本当の正体は何なのか。


地上の戦いを終えた凛子は、祈るような気持ちで、新宿の闇の奥を見つめ続けていた。

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