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13 ポジティブ・バスター

翌木曜日の早朝。


社内は慌ただしい空気に包まれていた。


記者会見の開始が刻一刻と迫っている広報部は、凛子を筆頭に皆が走り回っている。


相当忙しそうだな……会見が始まるのだし無理もないか。


そんな喧騒に包まれている広報部の入口で立ち止まっていると、凛子が俺に気づいて手を振る。



「あ!せんぱーーい!」



彼女は忙しそうにパソコンを叩きながら、ちょいちょいと手招きする。


俺は資料を届けるフリをして、凛子のデスクへ歩み寄った。



「東條……これから俺は神代焔を連れ、新宿ダンジョン特区へ向かう。社長にも了解はもらっている。」



俺が手渡したクリアファイルの裏……凛子はそれを見て目を見開いた。



「……! やっぱり、不祥事はただの陽動で、本命は新宿なんですね……?」



凛子の問いに、俺は大きく頷く。


今回の件、おそらく敵が描いたシナリオはこうだ。


まず、品川ダンジョン特区。


ここでは、"高出力の魔素による広域汚染の実証実験"が目的だろう。


通常、魔物の活動や進化(変異)時には、周囲の魔素を"吸収・捕食"するため、局所的な魔素濃度の"低下"が観測される。


しかし、あとで調べてわかったが、品川ダンジョン特区では全く逆の波形が記録されていたのだ。


その実験のせいでアースドラゴンが暴れ出したのは、奴らにとって副産物なのかはわからないが。


そして、渋谷ダンジョン特区の多脚型の件。


メディアを巻き込んだ派手な爆散による"キリュウ・グローバルの管理能力(株価)"への直接攻撃。


奴らは会社の目がそちらに釘付けになり、対応でパニックになっている隙を突いて、グループ会社役員から"新宿ダンジョンへの侵入パスワード(専務のID)"を無傷で盗み出したんだ。


あの多脚型の爆散すら、役員のID(物流パスワード)奪取のための陽動だったとは、本当に恐れ入る。



そして、新宿ダンジョン特区……



「あそこには"メインターミナルパイプ"がある……」


「まぁ……それが目当てだと考えるのが妥当ですよね。」



新宿ダンジョン特区には、キリュウ・グローバル(株)と国が共同で開発し、管理している"魔素のメインターミナルパイプ"が存在する。


ダンジョンからは常に魔素マナという高エネルギーの副産物が溢れ出ており、これを放置すると地表へ漏れ出し、重大な環境汚染や魔物の大量暴走アウトブレイクを引き起こしてしまう。


なので、魔素の回収と循環を目的に「品川」「渋谷」「新宿」など、各地のダンジョン特区を地下のバイパスで繋げ、発生した魔素を1箇所に集めて管理しているのだ。


関東圏では、すべてこの新宿の"メインターミナルパイプ"へと集約されている。


そして、集められた魔素は、このパイプの中で安全な濃度に濾過・制御され、キリュウ・グローバルが市街地に供給する次世代エネルギーや、各種魔導製品の原料へとクリーンに変換(実効化)されているわけだ。



「専務が狙われた理由は、彼が新宿ダンジョン特区の地下第4層・中央管理室へアクセスできるキーと、特区への搬出入許可を出す物流パスワードを持っていたからだろう。」


「でも、メインターミナルパイプで何をするのでしょう……。」


「それはわからん。……だが、専務のパスワードがあれば、検査をすり抜けて"大量の人工魔素触媒"を新宿ダンジョンの最深部に運び込むことが可能だ。もし、新宿のメインターミナルが汚染されれば、関東すべてのダンジョン特区で一斉に『連動型アウトブレイク』を起こすことが可能になる……理論上はな。」


「そうなれば、株価暴落どころか、キリュウ・グローバル自体の存続も危うくなる……。」



凛子はいつになく真剣な目をしている。


彼女にも自体の重大さが伝わったようだ。



「東條、君の任務はこの会見を完璧な『エンターテインメント(目くらまし)』に仕上げ、敵の目をこちらに釘付けにすること……もちろん、会社の信用失墜を防いでだ。できるよな。」



凛子は一瞬だけ真剣な表情を見せた後、バキバキの笑顔に戻る。



「……了解です。マスコミの皆さんの視線もカメラも、ぜーんぶ私が独占して見せますよぉ。ですが……先輩も潜るんですか?」


「あぁ……神代主任のサポートとしてな。こっちは任せとけ。」



凛子からクリアファイルを受け取った俺は、広報部を後にする。


電話が鳴り止まない広報部の喧騒を背に感じて。





午前10時。


グループ会社役員の飲酒運転に関する緊急記者会見が始まる時間だ。


予想通り、会場はフラッシュの嵐と記者の怒号で包まれているらしい。


凛子からこっそり渡された小型通信機からは、そんな会場の様子が聞こえている。


ちなみに、俺の後ろからついてきているのは焔だ。



「凛子先輩、全然気後れしてないっすね。さっすがw」



彼女はいつものワイヤレスイヤホンを耳につけ、スマホで動画を見ながら笑っている。


けっこうな速度で移動しているんだが……そんな状況でスマホで動画を観ているなんて、器用なやつだ。


そう感心しつつ、俺も耳に意識を向ける。



『――皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。当社グループ会社役員の飲酒事故について、緊急の会見を開かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。』



司会者である凛子がそう挨拶すると、パシャパシャとカメラが瞬きする。


だが、彼女の声からは全く臆していないことがわかり、さすがだなと感心する。


会見の一般的な流れでいくと、まずは代表者である社長が登壇だな。


お詫びの一言を添えての謝罪と、経緯の説明、今後の対応、そして、質疑応答へと移っていくわけだが……今回、凛子はどんな策を仕掛けるんだろう。


俺の胸には、ちょっとしたワクワク感が芽生えていた。



東條凛子は、またの名を"ポジティブ・バスター"もしくは"歩く精神安定剤"と呼ばれている。


それは、どんな絶望的な状況やスキャンダルも、狂気的なまでの前向きさで180度ひっくり返す彼女の広報スキルに、皆が敬意と畏怖を込めた結果である。


特にトラブルの火消しを共に行う総務部や上層部の間では、"彼女が笑顔でキーボードを叩き始めたら、どれほど真っ黒な不祥事も、翌朝には『感動の美談』として新聞に載っている"と噂されるほどだ。


だから、今回の飲酒運転の件でも、そのバスターという名に恥じない辣腕を振るい、敵の仕掛けた泥沼を華麗に爆破するんだろうな。


まっ……そこに関しては、彼女の異能が大きく関わっているんだが。



『弊社はこれを"組織の膿を完全に炙り出す絶好の機会"と捉えております!』



ほらきた……。


凛子は持ち前の圧倒的なポジティブスキルを発揮する。


社長の登壇すら認めさせず、今回の不祥事を"キリュウ・グローバル(株)の自浄作用と、今後のセキュリティ強化をアピールする場"へと鮮やかに変換していく。



『弊社は既に、当該役員を1秒の猶予もなく解任いたしました。さらに、これを機に全グループのガバナンスを"完全最適化"する新プロジェクトを発足します! 禍を転じて福と為す、これぞキリュウの姿勢です!』



もはや謝罪会見じゃなく、新プロジェクト発足の会見だな。


凛子の堂々たる、かつ圧倒的に前向きな弁舌に、記者たちは完全に呑まれているようだ。


それは焔の反応を見ればすぐにわかる。



「凛子先輩、まじヤベェーっすね!もはや、うちを糾弾しようとしている記者とか皆無じゃん。ウケる〜!」



質疑応答で飛ぶ質問を聞き、ケタケタと笑う焔。


今回は彼女の感想に俺も賛同だな。


これでうちの会社のに対する世間の評価は変わるはずだ。


迅速な危機管理への称賛が、夕方のニュースや明日の朝刊で語られることになる。


ならば……



「神代主任……ここからは俺たちの出番ですよ。」


「へ〜い……」



やる気があるのかないのかわからない返事だが、彼女のダンジョン内での信頼度は高い。


Z世代のハイパー個人主義であり、最強の探索士シーカー


圧倒的なタイパ至上主義ではあるが、その実力は社長の折り紙つき。


ある程度のイレギュラーなら、彼女がいれば安心だろう。


チラリと彼女を見ると、いつの間にか瞳にはシーカーのそれが浮かんでいる。


彼女の様子を確認して安心した俺は、地上の喧騒から完全に隔離された新宿ダンジョン特区を奥へと進んでいった。

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