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12 不祥事に紛れて

週が明けた水曜日の朝。


街の喧騒が嘘のように静まり返ったオフィス。


俺は溜まった事務処理を片付けながら、これから先のスケジュールを頭の中で整理していた。


この平穏な時間は、業務を円滑に進めるために必要な時間だ。


いつもこうなら、俺も毎日定時で帰れるのになぁ。


そんな他愛もないことを想像して苦笑い。


総務部にいれば、なかなか叶わない夢なのだから。



「伊佐水さん、例の寄付の件、どうしますか?」


「まずは部長に相談しましょう。金額的に、経営会議にもかけないといけないし……」



同僚はそれに頷くと、部長の下へと向かった。


今週は順調な日々が過ぎている。


もしかすると、このまま何もない静かな1週間を過ごせるかもな……。



というフラグを立てた俺は、すぐに後悔することになる。



その平穏は、一通の緊急内線によって破られた。



「……はい、総務部伊佐水です。……グループ会社役員の飲酒運転? 警察沙汰ですか。分かりました、直ちに対応します。」



受話器を置くと、大きなため息が出る。


まぁ……こんなもんだよな……はぁ……。


俺は気を取り直し、部長の下へと静かに歩き出した。





「飲酒運転を起こしたのは、キリュウ・グローバル(株)の物流部門を担う子会社の専務です。昨晩の深夜、銀座で飲んだ後に高級車を街路樹に激突させ、警察に保護されているとのことで……」



震えながら報告書を読み上げる部長の声が、社長室から聞こえてくる。


それに聞き耳を立てながら、俺は『役員解任通知書』と『損害賠償請求の予備通知』を作成している。



「……飲酒運転だと?あの『歩くコンプライアンス』と呼ばれた男が、街路樹相手に心中したってのか!」



乾いた笑いが部屋の外まで響く中、総務部長の震える声での報告が続く。



「……ですが、事故は事実でして……本人も飲酒運転を認めていると……」


「部長……あんたも知ってるとおり、あいつは酒の席でも、社員の健康を気遣って烏龍茶を啜るような男だぞ。……それが自らハンドルを握って暴走? そんな笑い話があってたまるか。」



社長の見解に、俺も静かに頷いた。


あの専務、陽気な方だが酒に飲まれるような人ではなかったはず。


仕事は真面目だし、部下や本社からの信頼も厚い。


俺の記憶でも、当該専務の記録も「潔癖・慎重」というタグで整理されているし。


そんな人が、突然ハメを外して飲酒運転なんかするか?


どうも腑に落ちない……何かが引っ掛かるな。


資料を作成しながら、そんな推測を並べていると、突然耳元で大声が広がった。



「せんぱーーーい!お疲れ様でーーーす!」



耳の奥が貫かれるような爆音に、三半規管が狂い、視界がぼんやりし始める。


……が、俺はそれを強制的に解除する。


だが、周りの同僚はそうもいかず、耳を抑えて悶えている者が何人かいる。



「東條……!部屋の中でそれはやるなって!」


「あっちゃーー!ごめんなさーい……」



さすがの凛子も、俺以外が悶えている様子には反省の色を見せ、どこからともなく取り出した一口チョコレートを手渡して、「これ食べると楽になるので……」と謝り通していく。


その様子に呆れつつも、ここに凛子がいることに違和感を覚えた。



「で、どうして君がここに?」


「え……?それは社長からお呼ばれしたからです!」



切り替えの速さは会社でも随一。


凛子は笑顔を浮かべて、Vサインを俺に向ける。


よく見れば、広報部長たちも社長室付近に待機している。



「……会見を開くのか。」


「多分そうなりますねーー!警察からもプレスが出るようですし!」



凛子の情報収集のスピードに、俺は感心する。


なるほど……確かに今回の件はすでに警察沙汰になっている。


これが単なる物損だけなら、社内整理だけで済むんだが、警察がプレスを出すなら、うちもプレスするかか会見を開くべきだろう。


じゃないと、なぜ公開しないのかと記者には責められ、株主からは不誠実だと指摘され、会社の信用をさらに落としかねないからな。



報告を終え、社長室から総務部長が出てくると、代わりに広報部の面々が案内されていった。


もちろん、ドアが閉められて、話の内容はわからない。


俺はそのドアの先で行われる会話を想像しながら、作成を終えた資料を稟議に回した。





その日の終業後。


俺は1人、総務部でタブレットを弄っていた。


今日は水曜日で定時退社日だ。


他の同僚たちはとっくに帰っており、部屋には静けさが漂っている。


なので、安心して作業ができる。


手元のタブレットを使い、専務のスマートフォンのGPSログを再確認していると、ある点に目が止まる。



「ここだけ……ログが消えてるな。」



気になったのは、会食が終わった22:00から事故を起こした23:00までの間。


ログは銀座の裏路地で一度途切れている。


"空白の1時間"が存在しているのだ。


デスクのモニターに向き合い、カタカタと指を走らせると、ひとつのデータが表示された。


映っているのは、飲酒運転で逮捕された専務の事故当夜のGPSログと魔素変動のタイムラインだ。


"空白の1時間"にいったい何が起きたのか。


彼の移動経路を周囲の防犯カメラのデータと照合(整理)しようとしたその時、背後から気配もなく声が降ってきた。



「なーに1人でコソコソやってんの?おじさん。」



驚いたが、それを悟らせてはいけない。


眉ひとつ動かすことなく視線だけを向けると、そこにいたのは、ジャージ姿でコンビニの袋を下げた神代焔がいる。



「……神代主任?今日は定時退社日ですが……なぜここに?」


「私だって残業することあるし……っていうか、おじさんこそ何それ。数字がいっぱい並んでて、見てるだけで頭痛くなるんだけど。」



いや……会社にジャージ姿で来て、残業はしないだろう……



そんな心のツッコミをグッと抑える。


焔は俺の横に勝手に腰掛け、メロンソーダの缶を開ける。


はぁ……溜息すら"無駄なリソースの消費"だな……しかたない……。



「これは先日の多脚型の件と、今日の飲酒運転の件を繋ぐ『ノイズ(空白)』です。この空白の間に、専務のバイタルデータに不自然な『魔素の過剰摂取反応』が出ている。……酒ではなく、魔素で脳を汚染された可能性がある。」



焔はメロンソーダを飲みながら、画面に表示された複雑な波形を、猫が動くものを見るような目で眺めている。


しかし、ある一点の数値を指差した瞬間、彼女の目がシーカーのそれに変わる。



「ふーん。よく分かんないけど、この魔素の波……どっかで見たことあるなー。」



キーボードを叩く手を止まる。



「……!それはどこですか。正確な座標、または識別番号を……」


「品川のドラゴン。あのトカゲを深層から引きずり出した時の魔力の匂いにそっくり。……ねえ、おじさん……これ、専務の人が自分で吸ったんじゃないよ。無理やり流し込まれたっぽい。それもかなりの高出力で。普通の人間なら、脳の回路が焼き切れてその場で死んでるレベル。」



専務は元探索士シーカーだ。


魔素への耐性もあるから、助かったということか……。


焔の「最強」ゆえの直感は、時としてどんな高精度センサーよりも正確に世界の歪みを捉える。



「……なるほど。意図的な脳機能のハッキングか。目的は彼が持っている子会社の『物流パスワード(特区への搬入権限)』……?それを奪うための1時間。そして、発覚を遅らせるための『飲酒運転』という派手なカモフラージュ……」



点と点が繋がり、敵の"タイムシート"が俺の脳内で完成していく。


相手は、うちの会社が不祥事の火消しに走り、事後処理に追われるこの瞬間こそ、真の狙いである"何か"をどこかの特区内に運び込むための……隙だと確信しているわけだ。



「うちらをハメようとしてる奴、けっこう賢いね。でもさ、まじでムカついてるんだよ。私のせいで6億の赤字が出たとか言われて、マナー研修受けさせられてるのに、裏でコソコソ帳尻合わせてる奴がいるなんて……」


「……同感です。」



6億の損失は、まさに君のせいなんだけどな……。


大きなため息が出た。



「神代主任。炭酸を飲み終えたら、帰ってくださいね。俺は、奴らが次にどこへ忍び込むのかを調べます。明日の朝までにはわかると思うので、あなたは準備をしておいてください。わかったら、連絡します。」


「あはっ、おじさん、話が分かるじゃん! 」



うちの会社の制御不能な最強兵器と、静かに目が合った。


焔はニヤリと笑うと、メロンソーダを飲み干して総務部を後にする。


その背中を見送った後、俺はデスクに静かに座る。


奴らが忍び込んだのは品川と渋谷だ。


そのどちらも本命ではないとなれば、次に狙われるのはおそらく……。



その確信を得るために、俺は1人パソコンを打ち始めた。

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