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11 当たり前の幸せ

土曜日の夜。


俺は鉄輪の家に招かれ、夕飯をいただくことになった。


最寄りの駅から歩いて10分ほどの住宅街。


都心から少し離れたそこにある鉄輪の自宅は、昼間の喧騒が嘘のように穏やかな時間が流れている。



「誠治くん、そんなに遠慮しないで! ほら、子供たちが『整理のおじさん、ゲームの続き!』って待ってるわよ。」



鉄輪と話していた俺に、笑いながらエプロン姿で手際よく料理を運ぶのは、鉄輪の妻・奈緒なおさんだ。


かつて、広報部で"伝説のトラブルシューター"と呼ばれた人でもあるが、鉄輪と結婚し、一線を退いている。



奈緒さんの明るい声に促され、俺はお風呂から上がった子供たちに囲まれながら、リビングへと手を引かれる。


鉄輪と奈緒さんには小学生の子供が2人いて、男の子がお兄ちゃんのさとるで、女の子が妹の弓月ゆづきという。


俺が見る限り、2人とも健やかで元気に育っているのは、父と母が誠実で優しいからだろう。


そんな2人から、俺はあるゲームをやろうと誘われたので、もちろん快諾する。


ゲームは好きだから断る理由もないしな。


そのまま、リビングのソファへと座り、諭が準備を終えるのを静かに待つ。


諭が準備しているのは、最近流行っている"buttonバトン2"というハード機だ。


今ではほとんどの世帯にあると言われるゲーム機で、グラフィックも音質も全てが俺の時代とは違うので、毎回驚かされてばかりだ。



「誠治くん!今日はこれしよ!」



諭が選んだソフトは、対戦型パズルゲームのようだ。


パッケージを見ると、昔やっていた有名なパズルゲームを思い出すな。


一定時間ごとに色とりどりのブロックが落下してきて、それをうまく組み合わせて消していく……あれだ。


弓月も嬉しそうに俺の横にちょこんと座り、対戦が始まるのを今か今かと待っている。


その姿はまるで小さい奈緒さんで、とても愛らしかった。



ということで、さっそく兄の諭と対戦を始める。



(……このブロックは『未処理のタスク』と同じだな。優先順位を見極めて、一気に消去(整理)するのが基本か。)



そんなことを考えながら、ピコピコと操作していくと、いつの間にか全てのブロックが消えていた。



「え……!?全消ししたの……!?俺、初めて見た!!」



唖然とする諭とは対照的に、称賛を向けてくる弓月。


2人に褒められると、なんだかむず痒くて嬉しいな。


そんな俺たちを見て、鉄輪は大笑いしながらビールを煽る。



「諭!パズルゲームじゃ、伊佐水には一生勝てんぜ!ガハハハハ!」


「くそぉ……誠治くん!もう一回しよ!!」



父親の煽りに対し、悔しそうに唇を噛み、諭はもう1戦挑んできた。


だが、結果は変わらず、再び悔しそうに項垂れる諭。


そんな兄からコントローラを奪った弓月が、どうやら次の対戦相手のようだ。



「お兄は無駄が多いんだよ!」



そう言って鼻息を荒くする弓月だが、そのブロック捌きには目を見張るものがある。


ブロックの置き方に無駄が少なく、淡々と並べて消していく。


そのスピードもなかなか早くて、俺が全消しするまでに獲得したポイントは、諭よりも高得点だった。


再び愕然とする兄の諭。


対する弓月は、俺に負けたことは悔しそうだが、兄に勝てたことに満足して笑っている。


家族か……確かにこんな週末もいいもんだな。



「はぁい!ご飯できたわよ!ゲームはお終い!」



子供たちと笑い合っていると、奈緒さんがパチンと手を叩いた。


今日の晩御飯は、ハンバーグのようだ。





子供たちが寝静まり、縁側の網戸越しに入り込む夜風が少し冷たくなり始めた頃、俺は静かに切り出した。



「鉄輪さん。……先日、東條から聞いた話ですが、今回の渋谷の件は『モンスター・インサイダー』の疑いがあるようです。」



ーーーモンスター・インサイダー。


それは、特定の企業や個人がライバル会社が管理するダンジョンでわざとアウトブレイクを引き起こし、その株価を暴落させて、そこを安値で買い叩く、いわゆる不正取引のこと……要するに、犯罪である。



鉄輪はビールを飲む手を止め、眉間に深い皺を寄せる。



「インサイダー……? つまり、どっかの誰かがわざと魔物を暴走させて、株価を動かしてるってことか。冗談じゃねえな。」


「ええ。東條の話では、今回の渋谷の件は自然現象ではなく、魔物が人為的に召喚あるいは誘引されている可能性があると……」



確かに、魔物の発生間隔が短縮されているのでは?といったニュースを、最近よく見かけるなとは思っていたんだ。


それに、今回のように特定の魔物が迷わず『地上出口』を目指して突進してくる事象についても、社内の報告で上がっているらしいしな。


そういった事象がここ最近、ダンジョン内で頻繁に起きていることには、少なからず疑念を抱いていたことも含め、俺は凛子から聞いた話を鉄輪に静かに伝えていく。


話を聞いた鉄輪は、視線を庭の暗がりに向け、低く太い声で返す。



「……やっぱりか。実はな、伊佐水。渋谷の回収作業中、どうにも腑に落ちねえ部位があったんだ。多脚型の脚の付け根にな、生物的にはありえねえ『結合組織』が見えた。だから……独断でその一部を信頼できる外部の研究機関へ極秘で送っておいた。」


「……流石ですね、鉄輪さん。現場の違和感を逃さない。」



鉄輪は「よせやい。」とビールを口に運ぶ。



「……それで、今日の朝、その機関から中間報告のメールが届いた。……結果は黒だな。体組織の中に、自然界には存在しない特定の魔素触媒が含まれてたそうだ。これは、あの多脚型が人為的に"製造"された証拠だろう。」


鉄輪はタブレットを取り出し、解析データの断片を俺に見せる。


そのデータを見て、ため息が出た。



「……6億の損害どころか、会社が消えてなくなるような案件ですね。まったく……犯人は社内の人間だと思いますか?」


「どうだろうな……だがよ、うちを買収しようなんて企業が他にあるか?俺には考えられん。」



鉄輪の言うとおりだ。


確かにダンジョンを管理している指定企業は、国内にもいくつかある。


だが、うち以上もしくは同等の規模を持つ会社はほとんどない。


いくら株価を減少させたとしても、買収できる体力はないはずだ。


なら、社内の人間が何らかの理由……例えば小遣い稼ぎなんかで今回の事象を引き起こした……そう考えるのが妥当だろうか。


その辺はあまり詳しくないから、あくまでも推測の域を出ないけど……。


だが……



「あら、その話……私も少し混ぜてくれない?」



デザートの準備をしていた奈緒さんが、戻ってきて皿を置きながら笑う。


その瞳には、かつての「広報部のキレ者」だった頃の鋭さが浮かんでいる。



「実はね……インサイダーの話、凛ちゃん(東條凛子のこと)から少し聞いていたのよ。研究機関の結果が『製造』だとしたら、狙いはもっと別にあるんじゃないかしら?」


「別に……か?」



鉄輪が意外そうな顔で妻の奈緒さんを見上げる。



「この魔素触媒の配合……広報部の時に見た機密データそのものなのよね。でも、これを社員が扱うには荷が重いと思うの。」



彼女は、俺が持っていたタブレットの解析データを指でなぞっていく。



「ということは、やはり外部からの……」


「えぇ、それも資本力のある巨大な"何か"が、裏で動いている可能性がある。……そう考えておいた方がいい気がするわね。」



8年前の当時、広報部に所属していた奈緒さんは、社内の不自然な資金の流れを追っていたことがあるそうだ。


そして、突き当たったのは社内の人間じゃなく、どこの国にも属さない『名前のない投資グループ』だった。


だが、それ以上のことを追うのは危険と判断した社長の指示で、その件は打ち止めとなったらしい。



「さすがに桐生社長も、私の身を案じてくれたみたい。その時は、あなたとの結婚式が控えていたからね。」



そういって笑う奈緒さんを見て、鉄輪は照れくさそうに頭を掻いている。


これがノロケってやつだな……あんな鉄輪さんは初めて見たかも。


つい口元が緩んだが、縁側に今までよりも一段と冷たい風が吹き抜けたことに気づく。



鉄輪が送ったサンプルの解析結果は、確かに「人為的」であることを示しているが、それが誰の手によるものか、その目的が単なる金なのか、あるいはもっと別の"何か"なのかはわからない。


だが、今日の俺たちのように、何気ない日常を幸せに過ごす人たちがこの国にはたくさんいる。


その人たちのためにも、俺たちキリュウ・グローバル(株)はダンジョンを適切に管理していかなければならないんだ。


いまだ見えない敵がいる……だが、奴らの悪行は絶対に許さない。


暗くなった庭の先を見て、俺は心にそう誓うのであった。

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