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頑固者の土鍋 心理的リアクタンス

頑固者の土鍋


胸の奥の柔らかなところが、まるで土足で踏み荒らされたような居心地の悪さだった。良かれと思って言われているのは分かっているのに、指図された瞬間に心の扉がバタンと音を立てて閉まり、頑丈な閂が下りてしまう。台所の冷たい床板の上に立ち、お絹は厚手の毛糸で編んだ小豆色のカーディガンを胸元できゅっと引き合わせた。紺のかすり模様の割烹着越しにも、夕暮れの底冷えがじわじわと腰回りを冷やしてくる。勝手口のガラス窓の向こうでは、隣の家の柿の木が強い木枯らしに揺れ、乾いた葉をカサカサと鳴らしていた。


「お絹、何を意固地になっているんだ。医者の先生も、あの若い看護師の加奈ちゃんも、これからは毎日しっかり記録をつけて血圧を測りなさいと言ってくれただろう。お前のためを思って言ってくれているんだぞ」


居間の炬燵から顔を出した源次郎が、深緑色のどてらの襟を掻き合わせながら、いかにも道理を説くといった口調で眉をひそめた。その正しさに満ちた視線を受けるたびに、お絹の胃の腑はきゅっと縮み、言い返したい言葉が喉元までせり上がってくる。


「お前のため、お前のためって、そうやって上から決めつけられるのが嫌なんです。言われれば言われるほど、測るのが億劫になるの。私の身体の調子くらい、私が一番よく分かっています」


「それが思い込みだって言うんだ。自分の感覚ほど当てにならないものはない。数字で見なきゃ分からんだろう。頑固を張るんじゃない」


「頑固で結構ですよ。だいたい、朝の忙しい時に腕を締めつけられて、数字ばかり突きつけられたら、それだけで血圧が上がってしまいます」


お絹はぷいと横を向き、ガス台の上の大きな信楽焼の土鍋に視線を落とした。沸き立つ出汁の湯気がふわりと立ちのぼり、冷え切った鼻先を鰹と昆布の温かい匂いで包み込んでくれる。今日のおかずは、源次郎の好物である鱈と白菜の粕汁仕立ての鍋だった。酒粕をすり鉢で丁寧に溶かし、大根、人参、ごぼう、油揚げをたっぷりと刻み入れた。ことことと穏やかな音を立てる鍋肌を見つめていると、ささくれ立っていた気持ちが少しだけ丸くなるような気がする。


「ほら、源さん。お小言はそれくらいにして、お鍋が煮えましたよ。冷めないうちに座ってください」


「ああ、もうそんな時間か。いい匂いがしてきたと思ったら、粕汁か」


源次郎は文句を言いながらも、どっこいしょと重い腰を上げてちゃぶ台の前に座り直した。お絹は厚手の鍋敷きを敷き、両手で鍋の耳を掴んで運んだ。ずっしりとした土の重みと、鍋底から伝わる確かな熱が、冷えて強張っていた掌をじんわりと温める。卓の上には、炊きたての白米と、小鉢に盛ったピーマンと人参のきんぴら、それに今朝漬けたばかりの蕪の浅漬けが並んでいる。


「はい、お椀によそいますね」


お絹がお玉を差し入れると、煮崩れずにふっくらと煮上がった鱈の白い身と、甘みを吸い込んだ透き通る白菜が顔を出した。立ちのぼる白い湯気には、芳醇な酒粕の香りと味噌のほのかな甘みが溶け合っている。


「いただきます。……ふう、熱いな。でも、これは旨い。鱈の脂が汁に溶け出して、身体の芯まで沁みわたるようだ」


源次郎は塗りの箸で鱈の身を小さくほぐし、ふうふうと息を吹きかけながら口へ運んだ。その顔から先ほどの険しい表情がすっと消え、目尻に深い皺が寄る。


「でしょう。粕汁は、酒粕をケチらずにしっかり煮溶かすのが一番の秘訣なんですから。お野菜も、ごぼうと人参は笹がきにして、味がよく染みるように下茹でしてあるんです」


「道理で、根菜の嫌な土臭さがない。白菜もとろとろだ。お前の作る汁物は、いつ食べても外れがないな」


「当たり前ですよ。何年この家でご飯を作っていると思っているんですか。きんぴらも食べてみてください。少しだけ一味唐辛子を利かせてありますから」


「うん、しゃきしゃきして歯ごたえがいい。この辛味が飯を進ませるな」


源次郎がつやつやと光る炊きたてのご飯を頬張るのを見て、お絹はようやく胸を撫で下ろした。自分の作った料理を美味しそうに食べてくれる瞬間だけが、自分がここにいていいのだと心から安心できる時間だった。お絹も自分の飯椀を持ち、白米を一口噛みしめた。お米の自然な甘みと、少し硬めに炊き上げた粒の感触が舌を喜ばせる。


「ねえ、源さん」


「ん、なんだ」


「私ね、自分でも分かっているんです。毎日血圧を測ったほうがいいことも、先生や加奈ちゃんが心配してくれていることも。でもね、『やりなさい』『こうするのが正しい』って押しつけられると、心がぎゅっと縮こまって、まるで自分が何もできない役立たずになったような気がしてしまうの」


お絹は湯呑みの縁にそっと指を滑らせた。ほうじ茶の熱が、指の腹を通して優しく伝わってくる。


「私はこれまで、自分の目や手先の感覚を信じて、家族のご飯を作り、掃除をして、毎日を暮らしてきたでしょう。それなのに、ぜんぶ機械の数字に指図されて、あれは駄目、これは控えろって言われると、自分の生きてきた時間までぜんぶ否定されたような、そんな寂しい気持ちになるんです」


源次郎はお椀を置き、しばらく黙って自分の太い指先を見つめていた。外の木枯らしが、雨戸をガタガタと揺らしている。


「……そうだったのか。わしはただ、お前に倒れられたら困る、ずっと元気でいてほしいと思うあまり、頭ごなしに言うてしまったな。お前がそんな風に追い詰められているとは、気づかなかった」


「源さんが怒っているわけじゃないのは、分かっていたんです。でも、一度『嫌だ』と思ってしまうと、頭では正しいと分かっていても、心がどうしてもそっちへ向かないのよ」


「人間なんて、そんなもんだよ。人に『こうしろ』と命令されりゃ、誰だって天邪鬼になりたくなる。わしだって、お前に『あれを片付けろ』『靴を揃えろ』と口うるさく言われたら、わざとそのままにしておきたくなるからな」


「まあ、源さんったら。あれはわざとやっていたんですか」


「はは、少しばかりな。だから、お前の気持ちも少しは分かるよ。数字に縛られて暮らすのが窮屈なら、無理に毎朝やらんでもいい。気が向いた時、気分が落ち着いている時に、ちょっと測ってみるくらいでいいんじゃないか」


「そんなのでも、いいのかしら」


「いいに決まっている。お前が嫌な思いをして血圧を上げるくらいなら、本末転倒だろう。わしが隣で手伝ってやるから、お前のやりたいようにやればいい」


源次郎の柔らかな声を聞いているうちに、お絹の胸に巣食っていた頑なな塊が、熱い出汁に溶ける酒粕のように、すうっとほどけていった。誰かに指図されるのではなく、自分の足で一歩を踏み出すことを許されただけで、あれほど重かった心が嘘のように軽くなる。


「ありがとう、源さん。そう言ってもらえると、不思議ね。明日の朝、ちょっとだけ測ってみようかしらって、そんな気持ちになれます」


「現金なやつだな。だが、それでいいんだよ。ほら、汁が冷める前に、もう一杯よそってくれ」


「はいはい、お安い御用ですよ」


お絹は立ち上がり、土鍋の蓋を取った。再び立ちのぼる白い湯気が、二人の間の空気を温かく満たしていく。障子の向こうで鳴る風の音はまだ冷たかったが、食卓を囲むこの小さな空間には、春のような穏やかな温もりが確かに満ちていた。



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