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雨の日の記憶
雨の日の記憶
父は、雨の日に必ず赤い傘を持って迎えに来てくれた。
私はその記憶を、長いあいだ大切にしていた。
校門の前で傘を見つけると、父はいつも少し困った顔で笑う。濡れた私の前髪を指で払って、「走らなくていい」と言う。雨の匂いも、傘の内側に響く雫の音も、はっきり覚えていた。
母が亡くなり、古いアルバムを整理していたとき、父の写真が出てきた。私が三歳のころ、病室のベッドで撮られたものだった。
父は、私が小学校に上がる前に亡くなっていた。
写真を見ていると、叔母が言った。
「お父さん、雨の日はよく傘を持って迎えに来てくれたよね。あなたがそういう子になったらって、赤い傘を買ってたの」
それを聞いた瞬間、校門の前の父の姿が、頭の中で少し揺れた。
あの傘は、誰の記憶だったのだろう。
私が何度も聞いた話を、自分の思い出にしてしまったのかもしれない。父の顔も、声も、雨の匂いも、どこかで見た写真や、母の話から作られたものかもしれない。
そう思うと、胸の奥がひやりとした。
それでも私は、目を閉じた。
赤い傘の下で、父が「走らなくていい」と笑っている。
本当にあったことではないのかもしれない。
けれど、その記憶に慰められてきた時間まで、嘘になるわけではなかった。




