苦いレモンと喉のつかえ
苦いレモンと喉のつかえ
夕暮れ時の台所には、西日から逃れるように影が長く伸びていた。薄くなった藍色の木綿の天竺Tシャツの袖を肘まで捲り上げ、ぬるくなった水道水でジャガイモの泥を洗い流す。包丁の刃先がまな板に当たる規則正しい音だけが、やけに静かな部屋に響いていた。昨日特売で買った小ぶりのアジの開きを焼き網に乗せると、すぐに脂の落ちるパチパチという音と、焦げた皮の匂いが狭い空間を満たしていく。いつもならこの香りで腹が鳴るはずなのに、胸の奥に薄いガラスの破片が刺さっているようで、どうしても箸を持つ手が重かった。
居間の古びた座卓の上には、数日前に郵便受けから回収したままの、端が少し折れ曲がった請求書の束が置かれている。自分の記憶力には人一倍の自信があったはずなのに、その帳面の隅に書き留めたはずの、ある得意先の担当者の名前がどうしても思い出せない。喉のすぐそこ、舌の先まで出かかっているのに、言葉の形になって空気中に溶け出してくれないもどかしさが、頭の芯をじわじわと締め付けていた。歳を取るということは、こうして確実だった世界が少しずつ指の隙間からこぼれ落ちていくことなのだろうかと、乾いた布巾で何度も同じ場所を拭きながら考える。
「ねえ、あの駅前の角にあった、古い金物屋の名前って何だっけ」
居間のテレビから流れるプロ野球中継の歓声に紛れるようにして、私は居間に向かって声をかけた。しかし、返ってくるのは冷えた麦茶の入ったピッチャーが結露でテーブルを濡らす微かな音だけで、答えはどこからも降ってこない。思い込みというのは恐ろしいもので、一度「あ行」の頭文字だったと信じ込むと、脳はその方向の引き出しばかりを狂ったように開け閉めし、本当の正解からどんどん遠ざかっていく。結局、夕食の膳に並んだアジの開きはすっかり冷め、大根おろしに垂らした醤油だけが、白米の上でじわりと黒い染みを広げていた。




