第98話 再誕
「今日はこのぐらいにしておくぞ」
「ふい~、おつかれ~!」
「あざした!」
「乙」
ダンディの一声で練習を切り上げる。最近はごたごたしていたが、我々の本分は冷徹な戦闘員でも高尚な思想家でもなくバンド活動なのだ。スラン教国でのライブ構想もかなり具体化できてはいるのでそろそろ詰めの段階とも言える。
「戦艦の上で交代で寝たりしてたけどまだ体内時計おかしいわ」
「そもそも規則正しい生活しだしたのってこの世界で冒険者やるようになってからじゃん」
「ちげえねえ」
リョーマの独り言めいた呟きにツッコミを入れる。ダンディが話しかけてきた。
「昼間はどうだった?」
「いや~、それがさ・・・」
あたしは怒りのあまりお節介を押し付ける方針になったことをダンディに伝えた。
「なるほどな。自暴自棄になったそいつに、現実に目を向けろと言いたかった訳だな」
「そう。分かり合えないならそれはそれでいいわけ。ただ、あたしがあんなに悩んだのは何だったんだって考えたらこう、腹が立っちゃって」
「気に食わなかったのはお互いの態度ということなのか」
「そういうことになんのかな」
あたしはため息をついた。
「あたしもアルベリッヒみたいな貫禄があったら、ヴァルツもちゃんと言う事聞いてくれたのかな」
「ふむ、そうだな」
ダンディは思い出すように小首を傾げた。
「奴はモラとの会話で自身の聖性について一貫性の為せる業だと言及していた」
「ふ~ん、アルベリッヒはそんなこと言ってたんだ」
確かにあの頑固さはとんでもなかったし、それを裏付ける生い立ちにも納得できる。
「あたしは人の言う事に結構影響されやすいし、感情に流されるし、元々アイデンティティが多軸構造でブレッブレだから全然タイプ違うんだよね。やっぱそういう人の方がカリスマあんのかな」
「それは否定できないが、果たしてどちらのタイプが目の前の人を大事にできるかは火を見るより明らかだ」
「ダンディ・・・」
やはりダンディは相手が欲しいと思った言葉を出せる。『ダスク・エヴァンジェル』の相談役として引っ張りだこにされるのもうなずける話だ。
「だが、相手の内面に踏み込み過ぎるのも考え物だ。そのヴァルツとかいう男の家族を連れてきた後は他の捕虜の環境改善や仕事の斡旋、仕舞いには帝国との条約締結や潜入工作か? そこまでは我々が踏み込むべきではない」
「流石に・・・そこまでは考えてないけど」
「アブのことだ。線を引かなければズルズルと巻き込まれるぞ」
そういうダンディも割と巻き込まれてる方だと思うけどな。今日もモラさんについて行ってるし、義理堅いところはあるし大分肩入れしてるように見える。
「分かった。あたしがやるのは家族を連れてくるクエストを発行して結果を確認するところまで。その後の生活までは見ないし、仕事の斡旋もこの国の役人に任せる」
「それでいい」
それでなくてもバンド活動に音楽振興にダンジョン攻略にやることが盛りだくさんっていうのに、これ以上厄介事を増やしたくないというダンディの言い分はもっともだ。ここは大人しく従うことにする。
「もう一つ。言わなくても分かっているだろうが、今のアブならいい曲が書けると俺は思う」
それは自分も考えていたことだ。時間が無かったから作業をしなかっただけに過ぎない。あたしはどうしようもなく音楽に支配されている。やはり、ダンディも分かっていた。
「うん、やっぱりそれがあたしの全て・・・!」
言葉にならない想いを形にする。その行いに善も悪もない。そのためにあたしは生まれてきたのだから。
――目を開けて。
声が聞こえる。
手足の感覚は遠く、視界は自らを見下ろすように高く、浮遊感に支配されていた。
――素体は完璧に錬成したぞ。定着が甘かったのではあるまいな。
声が聞こえる。
火星から聴こえるラジオか、水の中のように音質は悪い。
こんな音を聴き続ければきっと耳が腐ってしまうだろう。
(それは嫌だ)
私は動かない手足で藻掻く。
呼吸が出来なくて息が苦しい。
でも、音は聞こえる。
これを頼りに、手繰り寄せる。
(う、う~ん)
喉から呻き声が出た気がする。
熱を感じる。
瞼の裏が光で滲んだ。
――思い出して。自分が誰なのかを。
音質が、安いイヤホンぐらいになった。
300円といったところだ。
某アーティストの中古CDに付属していたイヤホンのことを思い出す。
(あのアルバムを付属のイヤホンで聞くのは馬鹿でしょ・・・)
そう言っていたはずなのに、高価なCDコンポにイヤホンジャックをねじ込んで聴いていた。
楽しかった。
その時、隣に誰かいたはずだ。
(リョーマ・・・!)
名前を思い出した瞬間、体に重さが宿った気がした。
「う~ん・・・」
「やった! 定着したっぽい」
喧しいほどに喜びの声が聞こえる。私は額から流れる脂汗をたらしながら指先に意識を集中して動かす。手を握ってまた開く。
「まずは動作確認だ。横に寝返りをうてるか?」
私は言われるままに寝返りを打った。先ほどとは違い、すんなり姿勢を変えることが出来た。
「いいぞ、ゆっくり瞼を開けて光に慣れろ」
私はシパシパする眼を開けて光を取り込む。痛みを覚えた瞼は瞬きを繰り返しながら涙を零す。私は人に見られているという事に対して、今更ながら急に恥ずかしさを覚えた。
「こ、これは、悲しいんじゃなくて・・・」
「わーかってるって!」
明るく喜んでくれる人はエナさん。今のリョーマの想い人だ。恋敵ってことになるんだろうか。でも私はリョーマから生まれた別人格らしい。同じ人格から生まれた言わば派生のようなものなのだから、自己愛という事になるんだろうか。それとも親のようなものだろうか。そう思うと少し、どころか、リョーマへの想いはかなり複雑化している。少なくとも純粋な愛、ではないと思う。
「お前がリョーマのことで相談があると言った時は何事かと思ったぞ。短命種同士で盛り上がるのは勝手だが、人体錬成を頼まれたときは正気を疑った」
この口の悪い耳長の人はエルフの錬金術師でリョーマの主治医をやってるザナンダさん。私の肉体の錬成をやってくれて今に至るという訳なのだが、この世界は色々ぶっ飛んでて頭がおかしくなりそうだ。元の世界に居た時の難病も、多分この世界に来れば治っていただろう。
(あ、それは自分の記憶じゃないんだっけ)
リョーマから見た私の記憶。記憶というより記録を参照してできた妄想? 人間離れした異能は、何というか単純そうに見えて迂遠なリョーマらしくはある。
「よっこいしょういち」
私は意味不明な掛け声とともに体を起こし、ぼやけた視界を定めた。
「無理しないでね」
エナさんが私の体を気遣った。だが、たった今与えられたこの体を私の体と言っても良いのだろうか。そもそも魂も私のものといって良いのか怪しい。私はこの上なく不確かな存在と言うべきだろう。
「鏡、見る?」
エナさんがマジックバッグから手鏡を取り出し、私に差し出した。そこに映っていたのは死ぬ前の自分の姿。自分が死んだのは16歳だったと思うからリョーマとは7歳差になったのか。
「おー、凄い再現度」
「いや~、素材めっちゃ高くてほとんど貯金使い果たしちゃった」
「えっ、重いんですけど」
「いーのいーの。うちのクラン給料いいし、稼ごうと思ったら稼げるんだから」
エナさんは『第七特殊迷宮攻略分隊』というクランに所属している夢魔で軍属のシスターで踊り子の冒険者と言う事らしい。率直に言って属性過多が過ぎると思う。何を目指したらそうなったのか機会があったら是非聞きたいと思う。
(それはまあこれから・・・)
「ね、眠い・・・」
「無理しないでって言ったじゃん。起きたらご飯食べよ」
「うん」
「肉を食べろ肉を」
脆弱な存在である私は、今はみんなの厚意に甘えるしかない。これからの事はこれから考えよう。そう思い私の意識は再び微睡に沈んでいった。
「静粛に!」
神聖スラン教国元老院の議事堂。我々が持ち帰った手土産は、帝国の戦略級兵器と『人権派』のトップだった。これらの扱いを巡り、さらには帝国との外交方針を巡って元老院の意見は割れ、議会は冒頭から混迷を極めた。
「ボロゾ、何故お前がここに居る?」
隣に座った白蜥蜴族の神官長であるイルマが話しかけてくる。
「何故って、呼ばれたからさ」
「誰にだ」
「ルモンド枢機卿」
「ああ、あの節税家か・・・よもや、お前の入れ知恵ではあるまいな」
「いやいや、お金持ちと付き合いがあるのはしょうがないでしょ。あることないことまで僕のせいにされたらたまったもんじゃない。そんなに睨まないでって」
どうやら僕はこの国の金庫番を少し苛めすぎてしまったらしい。その間にも怒号が飛び交う。
「今すぐ聖戦だ!」
「そんな戦力がどこにある!」
「拿捕した戦艦を使えばいいではないか!」
「あれは抑止力に過ぎん!」
「民は不安に駆られている!」
「団結するには闘争しかない!」
「信仰を蔑ろにするな!」
「このまま虚仮にされて黙っておれるか!」
イルマが早く終われとばかりにため息を漏らす。
「まったく、こういう時ばかり主張が激しくて敵わん。平時の実務は殆ど神官職に丸投げだというのに」
「政治家ってのはそういうものだから」
「お前の様に割り切れればどれほど楽か」
「僕がイルマさんの立場ならと思うと心中お察しするよ」
「ほざけ。思ってもおらんくせに」
「あれ、顔に出てた?」
「お前・・・」
イルマに呆れられてしまった。この際、疑念を払拭しておこう。
「意外に思われるかもしれないが、僕は演技はそれほどうまい方じゃない。人を騙すなら、本当のことを言わなければいい。相手が勝手に勘違いしてくれるから。さっきのイルマさんみたいにね」
僕は節税に関する気付きを相手に与えただけだ。教えたわけじゃない。
「ファウスティナ聖下と『ダスク・エヴァンジェル』の件は感謝している」
「それは何回も聞いてるって。インビジブルの隠密を解いた時点で勝ち確だったわけだし、体を張ってくれた『ダスク・エヴァンジェル』にもっとイロ付けてあげたら良いんじゃない」
「可能な限りな」
イルマは少し遠い目をして、僕に訊ねた。
「ボロゾ、お前は『人権』という言葉にどのような印象を持っている?」
「どのようなって、アルベリッヒが支配と工作のために使った方便でしょ」
「聖者モラはそうは考えておらんようだ。あまねく人に幸福になる権利があると、この私に説きおった。理想通りには現実はうまく行かないだろうが、示す必要があるのだと。その基礎となるのが『人権』ということらしい」
「ふ~ん・・・」
あの聖者の頭は実はかなり良い。ただ、求めるものが僕と違い過ぎるせいで、ついついちょっかいをかけて困らせてやりたくなる。そんな魅力がある。
「いつぞやの貸しは帳消しにしつつあるから、新しい貸しを作るのも悪くないかな」
夢想家の理想。そういった荒唐無稽なものに僕は少しだけ興味を持ち、敬意を払いたくなった。
「とりあえずこの茶番を終わらせないとな」
僕は限りなく隠蔽された手段でもって、指示をまとめた紙をルモンド枢機卿のポケットに滑り込ませた。




