第99話 蝶よ花よ
聖都の片隅。殆ど留守にしている自宅の庭で茶を嗜みながら、私はこれまでとこれからについて考えていました。
(風が気持ちいいですね)
『人権派』すなわち人族至上主義の派閥が元老院で力を持ち始めたのと、この私、冒険者モラ・キレインの名が聖者として世に知れ渡り始めたのは同じ頃だったでしょうか。神学院を首席で卒業した私は、その癒しの力で以て近隣の魔物の討伐依頼や迷宮攻略で名声を得、貧しき人々が飢えぬよう施しを与え、神の教えを説きました。ですが、その教えが一生のうちに真理に辿り着けない者への方便であることは十二分に知っていたのです。
(これは力持つ者が支配する欺瞞であると同時に平穏への歩み)
私はこの目で見て知っていたのです。神の教えなど顧みる事もなく息衝く命を、折れぬ心を。そして、それ故に命は巡るということも。
幸いなことにスランの女神はそれを許しています。神の下に人を置かない。だからこそ教えが広まったとも言えるのですが。
(だとすれば人とは何か)
無論、一人で答えを出すことは出来ません。ですが、一定水準の持論は必要です。でなければ来たるべき議論に堪えられないでしょう。
(ダンディ様ならどう考えるでしょうか・・・)
ご自身では弱者男性を名乗っておられますが、いつも仲間を気遣い、不用意な発言はせず落ち着き払って、ここ一番の選択に我々が何度感銘を受けたか、ご自覚が少しどころかかなり足りないと思うのです。彼ほど存在感のある男性はおりません。
(自己評価が低いのは、褒め方が足りないからなのでしょうか?)
彼の恩に報いるには何が相応しいでしょうか。オリハルコンやアダマンタイトを好むでしょうか。丹精込めた手製の品を好むでしょうか。『ダスク・エヴァンジェル』の我々とは分け隔てなく話を聞いて頂けていますが、負担に感じていらっしゃらないでしょうか。
(しかしこれ以上、交流を減らすのは考えたくありません)
結論が先行していますが、我々は彼に半ば依存しているのです。我々のパーティの役割がそうであるように、一度嵌ったパズルのピースを弾き飛ばす理由がありません。
(ですが、うまく行っているからといって現状を疑わないのは神学を修めし者の態度ではありませんね)
変化があることによってそれまでの関係が良かったのか悪かったのか分かるようになります。もっとも、取り返しのつかないことになっては元も子もないので慎重を期する必要があります。ですから、ここはより親密な関係になるという道も・・・。
(いけません、煩悩に囚われていては駄目!)
首をぶんぶん振ってダンディ様の幻影を払うと、私は再び思索を続けました。
(意思疎通ができることが条件でしょうか。いや、それでは意識を失っている状態では人ではないことになってしまう。制度から零れ落ちる者が少なくなるように、複数の条件のどれか一つに当て嵌まれば良いように考えられないでしょうか)
そもそも主体として考えるべきか、客体として扱うかで考え方は変わってきてしまいます。私は手を動かし、考えを手帳にまとめます。
(人とは愚かしさから逃れられないもの。私とて例外ではありません。ですが、理想を追求する心こそ失いたくないものです。それこそが私が私である証明なのですから)
草の靡く音が私の耳をくすぐり、私の頭の中を静謐に満たしていきます。誰かの為になど奢るつもりもなく、私はただ私のために筆を連ねるのでした。
リョーマとダンディとサキは工房へ機材を受け取りに、あたしとリリカは冒険者ギルドへクエストを発行しに。ちょっと前に寄ったけど久しぶりの感じがするルルイエはいつも通りだった。
「すみません。クエストを発行したいんですけど」
「おっ、アブさんじゃないっすか。支部長の部屋まで直通で案内するっすよ」
「アッハイ」
猫人族のミーナさんが応対するが、なんかもう顔パスでVIP待遇だ。魔法や魔道具で変装した人物だったらどうなるんだとセキュリティ意識を問い詰めたい気もするが、ここは利便性を優先した。冒険者証は確認したからまあ良いか。
コンコン
「失礼します。アブさん連れてきたっすよ」
ミーナさんは扉を軽く叩いて返事を待たずに入室する。私室っていうわけではないのでいきなりの入室が無礼につながるというわけではなさそうだ。
「アブさん、お久しぶりです」
「やっほ~、ステラさん! 髪切った?」
今はギルド支部長である有翼人種のステラさんの青く長い髪が短くなっていたことを指摘した。
「ええ、恋人と離れてしまったので、訣別の意味も込めて」
「笑えないってか、その文化、この国にもあるんだ?」
「ほほう、いっそ剃髪にでもするか?」
「やめなって、そういうとこだよ!」
ゲス顔で元恋人を煽る現恋人を嗜め、ステラさんに向き直る。
「編集機能を備えた録音魔道具の件でしたら先方にいい返事を頂けたので、聖都の演奏会が終わったら訪問という手筈は整えております」
「わーありがと! 仕事速い! 」
「ところで・・・」
ステラさんはリリカを睨む。
「アブさんに心理的負荷がかかっているように見えます。リリカ、あなたの仕業ですか?」
「人聞きの悪い。我にはない感性を持っておったから嬉しくてつい、愛でておっただけだ」
「分からなくはありませんが、もしもの時は容赦いたしませんよ」
「やってみせよと言いたいところだが、アブの方が大事だ。それに、手折られるだけが華の価値ではあるまい」
「むう、確かに・・・」
一理あるとばかりに唸るステラさん。花に喩えられたけど、おしべとめしべ両方ついてるしメチャクチャ親近感湧く存在だ。花。
「いや~、実はその件と無関係じゃなくて――」
あたしはこのクエストの内容についてステラさんに説明した。
「なるほど、離れ離れになった家族との再会ですか」
「まあ、究極的に言うとあたしのお節介なんだけどさ」
「善行とは見返りを求めないものと聞きます。たとえ相手からの感謝が無くともやるべきでしょう」
「うん、そう割り切ることにするよ」
話せる相手が何人も居るのはとても幸せなことだ。色々な意見を貰える。もちろん巧妙に隠された意図は見逃さないようにするけど。
「で、成功報酬は8割で前金は2割。説得して連れてきたらボーナスに高級素材プレゼント。実績のある、身分の確かな冒険者のみ受注可能って感じで」
「承りました。しかし、意外でしたね。アブさんはこちら側かと思ってましたのに」
「えっ、どういう意味?」
「音楽にしか興味がないから殺人で心を痛めないとでも思ったのだろう」
リリカが口を曲げる。あたしは複雑な心境だ。
「まあ確かに優先順位は人と違うところはあると思うけど、心の在り方ってそれ以上に大事だと思うんだよね。それはきっと音に返ってくる」
「やはり、それでこそアブさんです」
ステラさんがニッコリ笑顔になる。
「音を優先し過ぎるのはどっちかというとリョーマの方かな。バンド内でもやっぱり役割ってあるから」
「あやつは性欲最優先かと思っておったわ」
「幼稚だからそう見えなくもないけどね。意外と直結志向というよりは運命の出会いを求めるタイプっていうか」
「面倒くさそうですね」
「女の腐ったようなやつだな」
酷い謂れ様・・・。強く生きろ、リョーマ。
「ぶわっくしょい、チクショウ!」
「んだ、うっせーな。くしゃみでかすぎんだろ」
「悪りぃ。誰かが俺の噂をしてやがる。まあ、誰が何言っていようが今は許してやるけどな」
俺は魔導技師のアーヴィンが作成した新作アンプとシンセサイザー等々の機材を眺めながら機嫌よくそう言った。
「これが魔導シンセサイザーか。なんか宝石の集合体みたいだな」
「実際、魔石の集合体みたいなもんだから。で、このシンセサイザーとかいうのと鍵盤に繋いで、魔導カートリッジを取り付けるとスピーカーから音が鳴るようになる」
「このいっぱいあるつまみは何のパラメータなんだ?」
「火氷風土雷水光闇の8属性のパラメータだ。これが音色に作用する」
「おお、異世界って感じがするぜ」
俺はつまみを調節しながら鍵盤を適当に押してみた。
ビー!サー!ババー!グオオー!パァーン!ファー!
「微妙なバランスで音変わり過ぎだろ」
「組み合わせを限界まで増やせっていうお前の要求に応えただけだ」
確かにそういえばそんな注文の仕方をした覚えがある。
「ちょっとピーキーだがしゃーねー、慣れるまでひたすら弄るしかないな。マジで感謝だわ」
「おう、貰うもん貰ってるし気にすんな」
次に何を頼もうか考えていたが、一つ思いついた。
「なあ、テルミンっていう本体に一番近い物体の距離によって音が変わる楽器が俺んとこの世界にあるんだけどよ、手を触れずに魔力によって発する音が変化する楽器みたいなの作れねえかな」
俺の提案にアーヴィンは考える素振りを見せた。
「魔導シンセサイザーの応用で出来んことはねえだろうが、そんなもん誰が使うんだ?」
「そういう楽器があってもいいと思ったんだよな。この前のコンテストで、魔導師がギターとかベースとか浮かせながら念動力で弾いてたのを見てさ、なんてグループだったっけ。たしか『マナリーク』って言ったっけ」
俺の発言にピクリとアーヴィンの長い耳が動いた。
「おい、今なんつった?」
「え、『マナリーク』か?」
「そう、それだよ。それはまだガキだった俺が冒険者やってた時のパーティ名だ」
「は、マジ? アーヴィン冒険者だったのか」
「怪我して体がこんな感じになって魔導技師になったけどな。それは良いとして、そいつらの中にエルフは居なかったか?」
「全員三角帽子を深くかぶってたから分かんなかったな。まあ3人全員女だったかも」
「種族ぐらい確認しとけよ」
「音に集中してたから知らねえよ。だいたい種族とか関係ねえだろ。差別主義者かよ」
「ふん、お前本当に音のこと以外はどうでも良さそうだよな」
アーヴィンはそう言うと顔を上に向けて腕を後ろで組んだ。
「偶然の線もなくはねえが、多分、俺の妹だ。80歳ぐらい離れてるが」
「アーヴィン、お前すげえジジイだったんだな」
「うっせえ。これだから短命種は」
「お、なんか俺が知ってるエルフっぽい反応だ」
俺は俯仰の森の集落に居た庭師のオラフを思い出した。主治医のザナンダとはよく話すが、そりが合わないので家を卑猥な形にして里の景観を損ねてやったと言っていた。
「ドラテナに居ると思ったんだが、わざわざコンテストに出るためにこっちに来てたのか」
「エルフにしてはフッ軽だな。あいつら風呂から上がるのも1日かかりそうな勢いだが」
「はっ、森の中で生活してる奴はそんな感じだろうよ。しかし、アイツが楽器をな・・・」
アーヴィンはそう言うとしみじみと自分の手を見つめた。
「よっしゃ、いっちょお前の注文通りに作ってみるか」
「んじゃ、出来たらお前の妹呼んで試奏させようぜ」
「お前っ・・・」
「どうせ最近ろくに話してないんだろ、きっかけになれば良いんじゃねえか」
「チィッ、好きにしろ」
ぶっきらぼうに言うアーヴィンは少し照れ臭そうだった。




