第100話 壇上の思想
ここは聖都から東にある草原。徒歩圏内でロケハンした結果、ライブ会場をここに建設することに決めたのだが、近くには我々が拿捕して不時着させた戦艦があるのが見えるため少し不穏な雰囲気はある。
「『アースグレイヴ!』」
ズズズ、ゴゴゴと重い音を立てて周囲の地形が変わる。隆起した大地はあらかじめ配置していた資材を飲み込んで、ゆっくりと白亜の巨大建造物を造り上げた。
「相変わらずすごい魔法だ」
「当然だ。この規模かつこの精度で地形を変えられるのは我ぐらいのものよ」
「他の魔法使いは・・・確かにあの准教授じゃ建築には向いてないよね」
あたしはリリカ並みの威力の魔法を撃てながら、破壊しか頭にないマルガレーテ准教授のことを思い浮かべた。
「でも、やっぱりリリカが忙しくて手伝えない時とかのことを考えると依存するのはマズいんだよね。ライブするのも我々だけじゃないと思うし」
「今は心配せずとも恩恵に与っておれば良い。魔法の世界では本人しか使えぬせいで失われた技法がごまんとあるぞ。明日には明日の風が吹くものだ」
「そうかなあ、でも、やっぱり後進のために・・・」
あたしが納得いっていなさそうな表情をしているとリリカはあたしの顔を覗き込んできた。
「替えが効かんのはアブも同じではないか。いや、我以上にといったところか」
「そりゃそうなんだけど」
「再現性など何処かへ遣ってしまえばよい。二度と訪れぬこの瞬間にこそ価値があるのだ」
「リリカ・・・」
「我はアブと一緒にステージを造れて嬉しいぞ。これは我にしか出来ぬ仕事だ」
尊すぎる。これにはさすがに引き下がるしかない。
「チッ、リア充が」
それを見たリョーマが唾を吐き捨てながら通り過ぎる。
「オイここ! 1ミリ高いから下げてくんねえかな、リリカ様」
「ふん、リョーマのやつ、妬いておるのか。アブ、見せつけてやろうぞ」
「だーーーーー!!」
「ほれほれ、果たしてどちらに焼きもちを焼いておるのかの?」
「うおおお!! どっちもタイプじゃねえ!!!」
リリカになすがままにされるあたしを見て、ただでさえ低いリョーマのストレス耐性値は限界突破したようだ。目を血走らせ、ブリッジしながら駆けずり回る。
「1ミリ程度で文句を言うな。不満ならオリハルコンのヤスリを貸してやるから削っておけ」
「畜生があああああ」
リョーマはリリカが放り投げたヤスリをジャンピングキャッチして地面をガリガリと削り始めた。
「うお、めっちゃ削れる。異世界の金属すげー!」
「相変わらず忙しい奴だな」
「遠目にリョーマとエナさんが二人で居るとこ見ちゃったんだけどさ、ちょっとなんか脈ありそうな感じじゃん」
「おおお、思い出したら気になって来たじゃねえか! どうしてくれんだ!」
「爆発しろとか言って、明日は我が身だよ?」
「流石に爆発しろとまでは言ってねえよ!」
「いつもは言ってるけどね~」
「そうだな、もしエナさんと付き合えたとしたら、舌打ちぐらいなら愛で包んでやるぜ。ゲヘヘ」
「そういうとこ直せって言ってんのに」
「う~ん、こう言っちゃなんだけどよ、本能を隠すのって、ウソツキじゃね?って思うんだけど。違うのか?」
リョーマのふとした一言にあたしはハッとなった。
「はー、そこが自分で納得いってなかった感じなんだ。なるほどね・・・」
「なんかおかしいとこあんのかよ」
「じゃあリョーマさ、街ん中裸で歩いてるヤツ居たらどうするわけ」
「通報するに決まってんだろォー!」
「そう、それ。その感覚。日常から性的な情報を排除して我々はお互いの領域を侵さないように暮らしてるわけよ」
「ふ~ん・・・それがエスカレートしていった日本が少子化になったのも納得だわ」
「いやまあそれは所得とか複合的な要因だから一概に言えないヤツ。それに本能剥き出しの社会って、殺人とかヤバそうじゃない?」
「俺、別に本気で人を殺したいと思ったことないけど」
「えっ!?」
あたしはリョーマを見たまま愕然とした。
「マジで?」
「マジ。死ねは言うけど」
「あっそ・・・」
それからなんだか馬鹿馬鹿しくなってリリカとイチャイチャし始めたらリョーマは烈火のごとくまた暴れだしたのだった。
私の名前はスクラーダ。聖都新聞社の記者だ。
今日はいつも懇意にしてもらっている聖者モラ様の呼びかけで聖都の冒険者ギルド会館の会議室に集合している。そう、呼ばれたのは私だけではない。過去、『人権派』に懐柔されて擁護的な記事を書いていた新聞社の人間もちらほら見える。実態が明るみになった途端、手のひらを返したように世論に迎合したのは言うまでもないが、それまではこちらも相当な妨害工作を受けたものだ。
「チッ、お前かよ。あの『人権派』の記事のせいでこっちは大損だ」
恨み言を投げられたが、知ったことではない。
「泥船と分かっていながら担ぎ上げたのなら、自業自得では?」
「ぐっ・・・」
新聞社にとって記事は飯のタネだ。食えなければ潰れるしかない。しかし、それも過ぎれば社会と自己との接続が揺らぐ。自分の行いが社会に悪い影響を与えると知っていながらそれを続けるしかないという状態は長く続けられるものではない。隣の記者はそれを知っているからこそ言葉を飲み込んだのだろう。
「モラ様が参られます」
警備している神殿騎士の一人が大声で周知する。歴史上5指に入るほどの癒しの力を持ち、個人の戦闘能力も遥かな高みにあると言われる、聖者モラに果たして警備が必要なのかというのはさておき、15人ほどいる取材グループは壇の前に陣取り、メモを走らせる構えを取った。モラ様はすぐに姿を見せて、挨拶をする。
「みなさま。ご機嫌麗しゅう。当初はこのように仰々しく発表するつもりはありませんでしたが、協賛したいという方が複数居られ、ここに至ったという経緯があります。無論、支援などなくとも活動は続けていくつもりではありますが、口を出してこない限りは支援を受けるつもりではあります」
開口一番、支援して頂いている方への牽制から入る。やはりモラ様は一味違う。
「まず、この度の『人権派』の騒動、グレザール帝国の工作、領空侵犯、ファウスティナ教皇聖下の拉致。どれも許されることではありません。いずれに対しても個人として遺憾の意を表明させて頂きたいと考えます」
その悉くを打ち破った当事者が怒りを表明するのは自然な事だろうが、それだけで済む問題ではないように思える。質問候補として念頭に置いておく。
「その上で、首謀者であるアルベリッヒ・ドールマンと対話を試みました。その行いには思うところはありますが、彼の考え方はとても筋が通っていました」
「犯罪者を擁護する気か!」
そのような野次が後ろから飛んだ。おそらく記者ではないのだろう。記者なら質問と記事を書く機会を与えられているため、そのようなことを叫ぶ必要はない。
「個人の素養と環境が合致した結果、誰もが犯罪者になり得るのです。人はその犯した罪によって裁かれますが、その因果は我々に気づきを与えてくれます。誰もが幸せになれる世界を作ることは難しいかもしれませんが、気づきこそがそれに近づける唯一のきっかけなのです」
モラ様の考えは分かるが、それを日々の生活で手一杯な民衆が納得できるかと言うとそうではないだろう。二つ目の質問候補だ。
「彼が与えようとした『人権』には欠陥がありました。一つはそれを人族にしか与えなかったこと。もう一つは対価への報酬と位置付けており、それを分断に使ったことです。ですが、それを除けば、生まれながらに発生する権利への考え方、個人の倫理観に依存せずに社会全体が守らせる権利としての体裁が保たれています」
「では、それを踏まえて何をなさろうとしているのですか?」
私は思わず問いかけてしまった。
「『人権』という言葉の定義を再構築し、あまねく人と、人ではない者の多様な価値観を許し合い、相互理解、文化交流、貧困の撲滅といった活動の助けにしたいと考えています。その壊れた『人権』の修復を行うため新たな学派『モラ学派』を立ち上げます」
どよめきが起こり、記者達が一斉に筆を走らせる。魔道具による撮影の光が断続的に点滅した。
「もちろんファウスティナ教皇聖下の許可は取り付けておりますし、教えと衝突するような考えを持った人物を招聘することにも同意はされております」
「モラはすごくがんばってるよ。おうえんしてあげたいな」
いつのまにかモラ様の横にファウスティナ教皇聖下がちょこんと立っていた。声を聞くまで全く気配を感じ取ることが出来なかったため、少しぎょっとしてしまった。
「結果としてスラン教国という国の枠を飛び越えてしまうことになるかもしれませんが、私の故郷はスランただ一つです。女神さまの導き無くして今の私はありません」
ファウスティナ聖下はモラ様に対して抱っこをねだり、モラ様はそれに応じた。
「この学派の活動の末『人権』がどのような形になるのか、まだわかりません。それが未来の人々の心を支える一助となる事を期待して本日はお話をさせていただいた次第です。ご清聴ありがとうございました」
会場からは拍手が起こった。私も同調して拍手を送った。
「それでは個別質問の枠へ移らせていただきます」
さて、記者としての腕が鳴るというものだ。歴史の転換点に居るかもしれない私は、新たに生まれた質問を整理して事に臨むのだった。
「『人権』か」
俺はその記事に目を通しながら、カップの中の黒く波打つそれを啜った。液体のくせに乾いた香りのする不思議な豆で煎られたそれは、遠い砂漠の地の特産だという。この世界で珈琲と言えば殆どの場合これを指すほどにありふれた品種だが、俺にとっては珍味の類だ。
「嫌な思い出でもあるの?」
テーブルに置かれたメガ盛りストロベリーバナナクリームチョコシャンデリアタワーブロッサムなるデザートの総合商社を前にセラフィーネが訊ねる。
「苦い思い出がな。さしずめこの珈琲、といったところか」
「あら、好きで頼んでるんだと思ってたけど。それに喉元過ぎればってやつでしょ。笑い話にしちゃえば楽になるんじゃないの」
「しかし、お前の活躍は聞いたぞ。ルシエラと協力して敵の船の擬態を暴いたとか」
「私の話は良いから」
「ふむ、そうだな・・・」
セラフィーネは俺の話を待っているのだろう。最近は周りの人間にはかなり自己開示が進んでしまったため、もはや隠す理由もない。道化に徹するのも悪くないとも思っている。
「俺は元居た世界で『人権』を得られていなかった」
「ふ~ん、無かったらどうなるの?」
「まず、弱者男性という時点で人として扱ってもらえない。脱獄した犯罪者を見るような視線に晒され、運が悪ければ通報される。そして任意という名の強制職務質問を受け、何もないと分かれば時間を無駄にしたというような顔をされながら放り出される。あちらは職務で給料が発生しているというのにこちらには何もなしだ」
セラフィーネは目の前のデザートのデパートを4分の1ほど平らげながら俺の話を聞いていた。
「さらに就職も地獄だ。バイトは断られる上、無断で潜り込んで働いてもバレて叩き出されるしかない」
「なんで潜入してんのよ・・・」
「そうでもしなければ俺達弱者男性は業務経験を積めないからだ。おっと、俺達などとつい主語がでかくなってしまったな。俺が弱いのは俺自身の問題でしかない」
「ねえ、もうそろそろ自分が役に立ってるってことに自覚的になった方が良いと思うんだけど」
「確かにここ最近の周りからの評価が高いという事実を否定するつもりはない。だが、俺自身はその評価に見合った人物なのか、期待に応えられる男なのか。考えれば考えるほど至らない部分が山ほど見えている。それらは一朝一夕で改善できるようなことではない。全ては俺の空っぽの半生が招いたツケだ」
「ダンディってそういう面倒くさいところあるよねぇ」
セラフィーネは大皿をかっ込んでラストスパートをかける。
俺は記事に添えられたファウスティナ教皇を抱きかかえたモラの真剣な表情を見る。
「セラフィーネ。俺にも得られるだろうか。『人権』」
「う~ん、モラ様の話しぶりだと、力持つ者が弱者を救済するための正統性として位置付けてるみたいだから、ダンディみたいな地位も名誉もある人は『人権』を守る側の立場になるんじゃないかな」
「そうか・・・」
俺は少し残念な気分になった。
セラフィーネは最後の一口を食べ終わると会計を済ませ席を立った。
「じゃあね、これからリハーサルなんでしょ? 本番期待してるから」
「任せろ。きっちりメンバーを支えて見せる」
俺の舞台はこれだ。故に『人権』などなくても良い。




