第97話 救い
艦が聖都郊外の草原に着陸したのはそれから半日後の事だった。約50名いた乗員は捕虜として僧兵に護送されたのちそれぞれ事情聴取へと回され、艦は拿捕した帝国の戦争資源としてスラン教国の管理下に置かれた。グレザールとスラン、表面上の両国の関係は一触即発の緊張状態に見えた。
「どうぞお入りください」
あたしは看守に見守られながら面会室に案内された。一人で行くと危ないからといって、リリカとサキが来てくれた。武力的には考え得る限り最強の組み合わせだ。しばらく待っていると魔力障壁で隔てられた向かい側の扉が開き、見覚えのある男が入ってきた。
「お、お前は・・・」
「座れ」
驚いて足が止まった男は看守に小突かれながら前進して真ん中の椅子に座り、障壁を挟んであたしと対面した。
「何の用だ」
男はバツが悪そうに目を合わせようとしない。
「う~ん、事情聴取ってやつ?」
あたしもあまり男の方を見たくないのが態度に出ていたが、勇気を振り絞って前を見据える。
「あなた、名前は?」
「ヴァルツだ」
「あたしは濁川鐙。みんなはアブって呼んでる」
「はっ、有名人だぜあんた。ダンジョン攻略が凄まじい勢いで進んだのもお前たちのお陰だってな。ま、俺には関係ねえけど」
「ダンジョンが攻略できなかったら間接的に困るのは一般の人だと思うんだけど、違うの?」
「俺達に自由があると思うのか?」
そう言うとヴァルツは手錠をかけられた手を見せつけた。あたしは質問を投げる。
「やっぱり命令されて仕方なくってやつなの?」
「それはそうだが、アルベリッヒ様には怪我を治してもらった借りもあるからな。他の奴はどうか知らん」
「全員が帝国出身の工作員なの?」
「全員が全員工作員として教育を受けたわけじゃねえ。俺は人族ってだけで好待遇の場所から離れられなくなったクチだ」
「ふ~ん」
人族は優遇され、それ以外の種族は差別されるような環境だ。まあそういった尋問は他の人がやるだろう。
「奥さんや子供が心配?」
「!? てめえ、それをどこで・・・」
「あなたの所持品を見た。というかたまたま見た」
「そうか、そうだよな・・・」
男は一瞬色めき立ったが、すぐに落ち着いた。
「・・・なんで、俺を呼んだ?」
「あたしがあなたを殺したから」
「・・・」
淡々と語ったあたしに、男が息を呑む。
「あたし、今まで人を殺したことはなかったんだけど、ほんの偶然だよね。冒険者やってればこういう事の1回や2回あるっていうのは理屈では分かってるけど」
「はっ! とんだ甘ちゃんだな」
飛んできた言葉にカチンと来た。
「じゃあ、あなたはそのまま死んでいればよかったの!?」
思わず出てしまったあたしの大きな声に男がびくりと体を震わせる。
「今からあなたの家族も殺しに行けばいいの? あの世で3人仲良く暮らせるように祈ればいいの?」
「う、うるせえよ! なんでお前みたいに何不自由ない奴にとやかく言われなきゃいけねえんだよ。や、やろうと思えばできるんだからっ、やればいいだろ」
男は虚勢とは裏腹にガタガタ震えている。ここまで怖がらせるつもりはなかった。
「そんなことできるわけないでしょ」
「どっちにしろ敵国に捕まっちまったんだ。俺達はもう終わりだ! み、未練なんてねえぞ・・・」
強がりを吐き捨てたヴァルツに黙っていたリリカが口を開いた。
「終わってはおらんぞ。さて、甘ったれはどちらかな?」
「なんだと?」
「千載一遇のチャンスだぞ。あのアブとこれほど多くの言葉を交わせる機会はそうあるまい。額を床にこすりつけて、媚びへつらい、命を拾い、家族を救い、新しい生活を手に入れんか。ついでに金をせびっても良い。心優しいアブの事だ、仕事の斡旋もしてくれるかもしれんぞ。幸運な弱者に出来るのはそれぐらいだ」
「そ、そこまで言われて、誰がするか!」
激昂してヴァルツは叫んだ。
「決めたぞ。俺は死ぬ。怖いのは認める。家族には悪いが、お前たちには従わねえ」
「面会時間はあと5分です」
看守がそう告げる。あたしは質問を重ねる。
「グレザールとスランってやっぱり価値観合わない感じ?」
「そりゃ神の支配からの解放を謳ってる帝国と神の眷属の配下みたいなスランじゃ全然ソリが合わんだろ」
「あなたはどうなの?」
「は? 俺はどっちでもねえよ。上のやつらがゴチャゴチャ言ってても生活は良くならないしよ」
「あたしはグレザールでもスラン民でもないけど、スランの方が市民の生活はまともに見えるけど」
「それは、そうだけどよ」
「そこまで見えてて目を閉じれる理由は何?」
「お、お前たちが気に食わないからだ」
「ふ~ん・・・」
あたしの気持ちが固まった。
「この町にあなたの家族を呼んで面会に来させるから」
「はあ!?」
「悪いけどあなたの意志なんてどうだっていいから。じゃあね」
あたしは看守に面会の終わりを告げると、素っ頓狂な声を上げたヴァルツを置いて席を立ち扉をくぐった。
「なんなんあいつ! 死んだらおしまいだってのに!」
あたしはそれはもうプリプリと怒りながら聖都の大通りを歩いた。
「助かりたくてしょうがないくせにつまんない意地張っちゃってさ・・・あれじゃ助けるしかないじゃんね?」
「クックック・・・どうなるものかと見ておれば、結果は変わっておらんではないか」
リリカがあんなに煽らなければもう少し穏便に済んだかもしれないのに・・・。でも、感情的になったおかげで、張った意地の隙間からヴァルツの本音は駄々洩れだった。計算づくだったのか?
「笑い事じゃないよ。大見得切って約束しちゃったんだから、ちゃんとやらないと格好がつかないじゃん」
「何も自ら赴く必要はあるまい。現地の冒険者を雇い、説得するか力づくで連れてこさせればよかろう」
「なるほど、金はあるんだしそれも一つの手か」
あたしがそう考えていると、サキが肩にポンと手を置いてきた。
「う~ん、アブと私はやっぱりおなじじゃないな」
「みんな違ってみんな良いじゃないの?」
「おなじところもある」
フッとサキの口元が緩む。サキが動画以外で笑うのは珍しいので聞いてみる。
「どんなとこ?」
「人を殺してるとこ」
「は?」
予想外の答えにあたしは固まってしまった。まずはサキの真意を問おう。
「え? いつ?」
「この世界にきて、バイトに慣れてきたときぐらい」
「ちゃんと蘇生した? 他の誰かに言ったの?」
「アブんとこの緑の人が蘇生してた。ダンディには言ってる」
「あ~、リベリアと妙に仲良かったのはそれか」
ダンディには言ってたのか。
「言わなかったのは忘れてたか言うほどでもなかったか気まずかったかチャンスを逃したかどれ?」
「全部」
「あーおっけーだいたい把握した」
まったくとんだ勘違いをしていたみたいだ。
「つまり結構前からそれとは知らず我々は罪を背負っていたわけだ」
「?」
「サキは覚えてないって言ってたけど、もしそういう事が起こったらみんなで背負おうって話になってたんだよね」
「まーじで思い出せない・・・」
サキはちょっと悩んだがすぐに諦めた。
「アブはちゃんと相手の事考えたけど、私は自分のことしか考えなかった。今もダランにあんまり興味ない」
「ダランって殺した相手の名前?」
「うん」
「サキが興味ない相手の名前覚えるのは珍しいから、ちょっとは相手のこと考えれてたんじゃない?」
「!?」
サキは栗みたいな口のまま電流が走ったような表情を浮かべた。
「そうかも・・・」
「きっとそうだよ」
サキの成長にあたしは嬉しくなった。それも束の間。
「相手を殺せば名前を覚えられる?」
「それはあか~ん!」
「生き返してもらえばいいじゃん」
「だ~めだって!」
あたしは必死に倫理を説くのであった。
アブ達とすれ違いながら手振りで会釈を交わした後、モラとセリアと俺の3人は面会室の扉を潜って待機した。
「入れ」
しばらくしてウェーブのかかった長髪と口ひげが特徴の中年男性が連れてこられた。男は障壁を隔てた対面に着席し、正面のモラを見据えた。
「これは聖者モラ殿ではないか。このような敗北者にいかなるご用件で」
「アルベリッヒ・ドールマン。きちんとお話しするのは初めてですね。モラ・キレインと申します。『赫き聖者』とも呼ばれているとか。聖者を冠するもの同士、しばしの間ですが語らいましょう」
「ふん・・・」
アルベリッヒは訝しげな表情を浮かべながらモラを見る目を細めた。
「もしかして二つ名で呼ばれるのをあまり好ましく存じておりませんでしょうか」
「そうだな。多くの人間は聖性について勘違いをしている。それを正そうとは思わんが、思うところはある」
「では、アルベリッヒ。あなたのおっしゃる聖性とはいかなるもので?」
「一貫性だ」
囚われの身だというのにその目は揺ぎ無い意志に満ちていた。
「私はあらゆるものを疑って生きてきた。隣人を疑い、真理を疑い、国を疑い、思想を疑い、己を疑ってきた。信仰という檻に囚われている者には見えぬ世界よ」
「それでもう思い残すことはないと?」
「生きている限り欲望はなくなることはないと気づいただけだ」
「そうですか、それであれば少し残念なお知らせを告げねばなりません」
「なに?」
僅かに眉を動かしたアルベリッヒにモラが告げる。
「我々が被害を食い止めたおかげであなた方の罪がかなり軽くなっています。おそらく極刑になることはないでしょう」
「ふむ、『ダスク・エヴァンジェル』に潜入した工作員は極刑は免れないと聞いたが?」
「事実関係が明らかになった今、同情的な声も大きいのです。被害者の私が嘆願書を繰り返し提出していた成果もあります」
「ならば首謀者である私が断罪されるべきだと考えるが」
「圧政を敷くグレザール帝国の被害者に過ぎないとの言説もあります。それにあなた方は捕虜という身分にあります。外交上の手札としても生かされるでしょう」
「迷惑な話だ」
「全てあなたが招いたことですよ。どこまでがあなたの描いたシナリオなのでしょうか?」
「ふん、思い通りになったものなど何もない」
「まあ、生きていさえすればやり直せるものですよ。何度でも」
モラが俺の方を少し見たが、すぐに視線を正面に戻した。
「それで、ファウスティナ聖下のお体をお食べになって、どのような感想を持ちましたか?」
「モ、モラ様!?」
セリアが慌てながら声を発する。看守も狼狽しているように見える。
「セリア。この方は見えてる世界も感じ方も、善良な市民のそれではないのです。このような方の声に少しでも耳を傾ける事こそが私の使命と言えるでしょう」
「モラ様がそうおっしゃるなら」
セリアが落ち着くまでアルベリッヒは黙ってこちらを見ていた。
「他の種族と特に何も変わりはしない。人族が最も美味だ」
「お伝えしておきます」
ファウスティナ教皇にそのまま伝えるつもりか・・・。相変わらずモラは肝が据わっている。
「そういえば、いつぞやは私の四肢を引き裂いて国外へ持ち出そうとしていましたね。そんなに私の体が食べたかったのでしょうか」
「本国より抹殺指令が出ていたからついでに食してみようと考えていただけだ。お前に成り代わり『聖者』の地位を奪えとも言われていた」
「何だと!?」
セリアが我慢の限界だとでも言わんばかりに立ち上がった。
「私の前ではこのような障壁など何の意味もなさんぞ! 言葉を選べ」
「セリア、委縮させてはいけません。率直な言葉こそ私は聞きたいのです」
「ぐっ・・・」
その様子にアルベリッヒが少し口元を歪ませる。
「『聖者』とは頑固なものだ。モラ、お前と私は正逆にして同質。神への信仰など微塵もないのではないか?」
「そう見えますか? 私とあなたの違いはそこではないように思いますが」
「尊重はすれど、仰ぐことはない。お前の態度は神が相手だろうと物乞いが相手だろうと変わらんのだろう」
「ともに良き隣人でありたいと思っています」
「糞も味噌も一緒という訳か。それを地で行けば神の怒りを買うぞ」
「その時はあなたも一緒に怒られましょう」
「ふん、肝心な時に助けてくれぬ神になど用はない」
この男もきっと絶望の中歩んで来たのだろう。
「あなたの食べた人間が失われないようにという意志が『聖者』の道を開いたというのなら、その先で多くの出会いがあったはずです。その方の声に耳を傾けはしなかったのですか?」
「無論だ、最初はごちゃごちゃと無意味な雑音に聞こえていたが、よく聞けばどちらが優れているとかもらいが少ないだのそのような事しか言っていなかった。今の状況は私がその欲望を叶えてやろうと思った結果だ」
アルベリッヒはちらりとこちらを窺った。先ほども見ていたが、ナイスミドルがこの弱者男性に何か思うことがあるのだろうか。
「お前はジャック・ダンディだな? お前のせいでこちらの計画は大きく狂わされた。敵ながら天晴と褒めてやりたいところだ」
「生憎、俺はそのような立派な人間ではない。運が味方しただけだ。褒められるべきとすれば、俺以外の全てという事になるだろう」
「なるほど、それがお前の軸か。あのアブとかいう奴といいお節介なことだ」
その言葉にふと思い当たる。
「やはりお前は、人と向き合う事が出来ていないな。食材という認識が邪魔をしているのか」
「・・・」
「人を食べたいという欲望はいかんともしがたいが、それさえなんとかできればこの国は寛容だ。きっとやり直す機会を与えてくれるだろう。それをものにできるかはお前の意志次第だ」
アルベリッヒは睨むように目線をこちらへ向ける。
「モラ様、時間です。面会は終了です」
「退屈しのぎにはなった」
「また来ます」
そう言うと我々はお互いに背を向け、違う出口から部屋を出た。




