第95話 遺憾の意
「ここだな」
グラントが魔力反応を示した場所に向かった我々は、早速、渓谷の脇にそれらしき横穴を見つけた。
「ダンディ殿!」
こちらを窺っていたであろう人影がこの暗い中、なぜかダンディを真っ先に認識する。
「セリア! 皆は無事か」
「ああ、無傷というわけにはいかなかったが、先程モラ様のお陰で衰弱から回復したところだ」
「衰弱から、という事は一度は死んだ、という事か?」
「なに、こうして顔を突き合わせているのだ。大した問題ではない。それより――」
(蘇生されることが日常のこの人たちには復活しさえすれば大した問題じゃないんだな)
ダンディとセリアはお互いの状況について報告し合っている。あたしが考え事をしているとリョーマが話しかけてきた。
「なんか上の空じゃねえか」
「あたし、蘇生したとはいえさっきリアルで人死なせちゃったんだけど、リョーマはどんな言葉をかけてくれるの?」
あたしがそう言うとリョーマは首を傾げてウンウン唸り出した。流石に茶化したりはしないらしい。
「っとホラ、この世界に来て3日ぐらいの時に言ったじゃん。誰かが人を殺しても全員で背負うって」
「あー、あの時はサキが手加減できないからって言う話の流れだったね」
「そんなこと言ったっけ?」
サキは覚えてないらしい。まあ、今と状況は変わってしまったので忘れてしまっても全然構わないのだが。
「事前に覚悟してきたとはいえ、少なくない衝撃はあったし、敵の親玉にもいろいろ言われちゃってさ。お前も動物とか散々殺して食べてきただろって。それと何が違うんって」
「いかにも悪役が言いそうな台詞だな」
「うん、そう思ったんだけど、マジで疑問に思ってるらしいんだよね」
「あ、命と食材の話ならメリッサにしたら良いんじゃね? そんな歌作ってただろ」
「あー『Life Chain』か」
メリッサとはバンドコンテストの時からあまり会話できていない。これをダシにして話すきっかけになれば良しとするか。
「リリカはあたしにアドバイスしてくれないの?」
こちらを見てニヤニヤしている恋人に向かって疑問を投げかける。
「アブなら自分の答えを出すだろうて。我の言葉で歪めてしまうのは無粋というもの」
「見守ってくれるってわけね・・・」
「いつまでも守られてばかりでは居れまい。だから戦う術を学んでもらう必要があった」
「うん、それには本当に感謝している」
バラックも技術はともかく、人を殺した時の心構えとかは教えてくれなかったな。諸行無常とか言ってたけど。戦士としてそれを感じられるようになるまでは時間はかかりそうだ。いや、そもそも戦士じゃないし!
「あたしはあたしを見失わない。その中でせいぜい足掻いて、答えを出す。もちろん、全ての人との関わりを無視したりしない」
アルベリッヒは孤独だ。ずっと一人で考えを研ぎ澄ましてきたのだろう。自身の欲望の他には何もないとでも言いたげだった。
「おーい、モラ様がアブ殿と話をしたいそうだ」
「あ、そうなの?」
アルベリッヒの事かな?
あたしはセリアに誘われるまま、洞穴の中へ招かれた。
隠密戦艦インビジブルの主砲を受け、ところどころ衣服の破れたモラさんは岩場に腰掛け、魔力の灯りに照らされながら落ち着いた表情で迎え入れてくれた。少し離れたところでは、まだ衰弱中の仲間が毛布にくるまってうずくまっているのが見える。
「そうでしたか。アルベリッヒ・ドールマンはそのような人物だったのですね」
まず、あたしとアルベリッヒのやり取りを聞いたモラさんは目を伏し、眉根を寄せて考え込んだ。
「『人権』が食材としての等級でしかなかったというなら、残念ですがサラとの約束は果たせそうにありませんね」
「う~ん・・・」
あたしも一緒に悩んだ。サラは翼を失った有翼人種だ。人族ではないのでアルベリッヒ的には『人権』を与える対象にはどうやってもなれないだろう。
「そもそも不謹慎な疑問だけど、一般的に肉の人種別美味しさランキングみたいなのは浸透してるの?」
「生きるか死ぬかの極限状態でしか選択肢に入らないと思いますので、味の品評のようなものは行われていないと思います」
「だよね・・・」
当たり前の話だ。そこは元の世界の価値観と大きくズレていない。あとでメリッサにも裏を取ってみよう。
「でも、アルベリッヒは人族が一番おいしいって言ってるんだよね」
「それなのですが、人を殺して食べたという受け入れ難い体験を緩和するために意識が認知を歪めたのではないのかと考えています」
「アルベリッヒの味覚は個人的体験に根差していると?」
「恐らくですが、そうではないかと」
そうなると話は変わってくる。
「もし、アルベリッヒの個人的な体験に引き摺られた味覚が『人権』の基礎を作っているなら、その権威の根拠は破綻していると言わざるを得ないね」
「ええ、そのように思います」
そんなことはアルベリッヒに会う前から分かっていたことなのだが、問題はここからだ。
「であれば、『人権』を新たに定義しなおす必要があるんじゃないかな」
「!?」
モラさんは逡巡の間、色々なことを考えたであろうことが表情から窺えた。
「壊れた『人権』の修復。これは聖者であるモラさんにしか出来ないことなのかもしれない」
「・・・少し考える時間を下さい。おそらく一人で決めて良いことではありませんから」
「あたしもそう思います」
恐らくこの世界にとって重大な決定になる。
人と人ではないものを分ける――。
『ダスク・エヴァンジェル』の衰弱した残りメンバーは個人差があったものの、全員の回復までは1時間もかからなかった。そこから全員で拿捕した戦艦の甲板まで向かった。アルベリッヒ含む敵勢力は一か所に集めて全員蘇生した後、無力化と拘束を行ったようだった。
「お、全員無事か。良かったじゃねえか」
「生憎と衰弱明けだ」
陽気に挨拶するブラディオにセリアは不機嫌そうに答えた。
「お、おう、やられちまってたのか。まあ、気にすんな」
「くそっ、不甲斐ない」
セリアは八つ当たり気味に拳を船体に叩きつける。それを見たボロゾがニヤついた顔を見せながら近寄ってきた。
「アレェ? 頭を冷やす時間なら結構あったはずだけど、今更ノコノコ何をしに来たのかな?」
「貴様、愚弄する気か! ダンディ殿たちの協力がなければ何もできなかった分際で」
「それはお互い様だね。とにかくカタを付けたのは我々で、『ダスク・エヴァンジェル』は何もしていなかったってことで良いかな?」
「何だと!?」
「セリア、およしなさい。ボロゾさんに揶揄われています」
モラがセリアを制止する。そこへアリルが割って入ってきた。
「今回の事態を終息させたのは我々だが、敵艦の姿を露わにできなければ踏み込めたかどうかは怪しい。それは先陣を切った『ダスク・エヴァンジェル』の成果だとボロゾも先ほど言っていたではないか」
「おいおい、そんなにすぐバラさないでくれよ」
「これ以上茶番に付き合いきれんだけだ。まあ、あのグレザール帝国が素直に非を認めるとは思えんが、事が露見した以上は言い逃れはより見苦しいものになるだろう。機転の利いた、良い一手だった」
「そうですね。外交は大事ですものね。わたくし、今回ばかりは聖者としての立場で遺憾の意を表明したいと思います」
「それで済ませて良い問題ではなさそうな・・・」
モラさんがそれで済まそうとしても国家としては、教会の象徴たる教皇天使様のお肉を齧られて、はいそうですかで終わるようには到底思えない。
「して、ファウスティナ聖下はどうしていらっしゃる?」
「ああ、先程目覚められたぞ。ダンジョンのドロップ品の聖なる揺り籠を船内に設置して寛いでおられる」
「マジックバッグにそんなの入れてるの誰だよ・・・」
「リベリアだ」
リョーマのツッコミに意外な人物の名が挙がったが、『ダスク・エヴァンジェル』の面々はファウスティナ教皇の様子を確認しに行った。リョーマとエナさんが何か話しているのが遠くで見えて気になったが、あたしはあたしでメリッサと会話しなければならないのでそちらを優先した。
「メリッサ。ちょっといい?」
「ん、どうしたの?」
あたしは初めて人殺しをしたこと、アルベリッヒに言われたことなどを掻い摘んで話した。
「それで、疑問の1個目が、人族の肉って他の種族と比べて美味しいの? ってところなんだけど。料理人のスキルで分かったりしない?」
料理人には対象のおいしさによって攻撃力が上がるというスキルがあったはずだ。これを利用して食材のおいしさを可視化することがある程度可能なのではないかというあたしの推論だ。
「答えはノーね。好き好んで食べたりしないけど、たいして変わんないと思うわ」
「ん~。じゃあやっぱりアルベリッヒの個人的な思い込みなんだろうか」
「個人的な嗜好は別だろうけど、モラさんの言うように過去のトラウマ経験が根底にあるっていう仮説は凄くしっくりくると思う」
納得感のある常識的な結論だ。
「次が、食材と命について。『Life Chain』っていう曲作ったよね。本来は曲を聞いて感じろって言われそうなんだけど、どうやってその気持ちをやり過ごしてるのかなって思ってさ」
あたしの疑問にメリッサは腕組みをしながら考え込んだ。
「う~ん。それなんだけどさ。実は私の中でなるべく考えないようにしてたっていうのが実情で、手を動かして慣れちゃえば簡単にそれが日常化していって、何も感じられなくなるっていうか。その立ち止まって考える機会を与えてくれたのが曲作りだったっていうか、まあ、そんなところなのよ」
「料理人でもそうなの?」
「というよりはそんなこといちいち考えてたら料理なんかできないわよ」
「となると思考の停止、いや、棚上げか――」
「だから、立ち止まって手を合わせる機会を作るわけ。動作が身に付けば10回に1回ぐらいは思い出すでしょ」
「・・・なるほど」
身体性への回帰。閉じこもって考えてるだけでは至れない盲点ではある。
「最後に、コンテストを見て何を感じたか聞かせてもらっていい? 何でもいいから」
これが本命の質問ではあるのだが、切実な前段の質問をしたことでハードルは相当下がったはずだ。
「正直さ、コンテストに参加してる人たちを見てると仲間が居て羨ましいって思っちゃったのね。それで私はまだまだアブ達に並べるような経験を積んでないけど、コンテストに出てる人たちから選り好みして一緒にやろうっていうのもなんか違う気がしてさ」
メリッサはぶわっと涙を溢した。
「どうすればいいか分かんないの! 個性をぶつけあえるような私だけの仲間が居ないの!」
予感は嫌な形で的中した。
「えっと、機材とかレコーディングとか、セッションとか、曲作りとかは手伝ってあげられるけどさ・・・」
「分かってるわよ。あなたたちは誰のものでもないもの」
そう言うとメリッサは落ち着きを取り戻し、服の袖で涙を拭った。
「考えれば考えるほど、あなたたちの世界の知識を他の人に共有できないことが足枷になってるの。この問題はあんまり先送りに出来ないかもしれない」
「おっしゃりたいことは重々分かってます・・・」
あたしはずーんと暗い気持ちになった。これもあたしたちの選択が背負った業だ。
「まあ、この話題は落ち着いたらみんなで話そっか。ダンディならいい案浮かびそうだし」
「そうね。私も一人で抱え過ぎたわ」
気が付くと霞がかった東の空は朝焼けに燃え、新たな日を迎えつつあった。




