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第94話 Q.E.D.

 





「ここだ」


 複雑に入り組んだ内部を進んだ先の階段を上り、指令室らしき扉を一心斎が開け放つ。

 部屋の中にはウェーブのかかった長髪を真ん中で分けた、口ひげの中年の男が座っていた。


「我々は5カ国協議会に所属している冒険者だ。スラン教国の要請によりお前の身柄を拘束させてもらう。生死を問わず、な」


 男はフォークで肉を口に放り込み、口をもごもごと動かした。


「お前が首謀者か。こんな時に呑気に食事とは良い度胸だな」

「やれやれ、最後の晩餐も待てぬのか。これだから野蛮な冒険者は困る」


 男はそう言うとゆっくりとグラスを口に運んだ。


「お初にお目にかかる。我が名はアルベリッヒ・ドールマン。『赫き聖者』とも呼ばれるが、帝国の一工作員に過ぎん」

「お前が帝国の指令で動いていないことは分かっている。まずはこちらの質問に答えてもらおう」

「大した諜報能力だ」


 アルベリッヒは肩を竦めて驚いたような表情を浮かべた。ボロゾが切り出す。


「まずはファウスティナ教皇を今すぐ返してもらおう」

「それは出来ぬ相談だ」

「なぜだ、教皇は今どこに居る?」

「ふむ、今ここに居るとも言えるし、居ないとも言える」

「はぐらかさずにまともに答えろ」


 ボロゾは一瞬で間合いを詰め、アルベリッヒの喉に刃を突きつけた。


「脅さずとも喋るさ。女神の眷属に手を出したんだ。もう、我が命運は尽きたも同然よ」

「ふん、どうせ逃げられない」


 ボロゾは刃を下ろした。少しでも喋りやすくするためだろう。


「さてどこから話そうか。私自身の幼少期の憧れから話そうか。おっと、そう怖い顔をするな。現在の状況に無関係ではない」

「手短に話せ」


 アルベリッヒは犯行の動機について語り始めた。


「私は貧しい村の出身でね。まあ、圧政を敷く帝国ではさして珍しくもないが。食べ物に困った私はやがて、人を殺し、食べるようになった。我々の生活圏では人が一番、身近な食糧だったからだ。私は一度覚えたその味を忘れることは出来なかった」

「同情を誘うつもりか・・・?」

「そのような意図はない。だが困ったことに、食べてしまってはその人間が居なくなってしまう。これを何とか解消できないかと考え抜いた結論は、治癒魔術の力で食べてしまった部分を再生することだった。欠損を再生するほどの治癒の力を得る事は並大抵ではなかったが、独学で20年もの修行を続けた結果、赫き聖者と呼ばれるまでに至った。唯一の誤算は再生した部位は味が著しく落ちることだったが」

「・・・まさか!? お前が今食べていたそれは」

「そう、調理されたファウスティナ教皇の一部だ。天使族の肉を一度食べてみたくてね」

「うぷっ・・・」


 ただでさえ気分が良くなかったあたしは、嫌悪感に思わず吐きそうになったが、寸でのところで逆流したものを押し返した。


「おっと、部屋を汚すなよ。食事がまずくなるからな」

「黙れ、お前がこの場所で食事を取ることは今後ない」


 ジークが食卓に向かって冷気魔法を放ち、全てを凍らせる。


「ファウスティナ教皇は艦尾の部屋で安静にしているはずだ。切除した部位も私が再生している」

「『ダスク・エヴァンジェル』はどうしている?」

「さあな、この艦の主砲を食らったと報告を受けたが、聖者はあの程度で滅することは出来ぬ。そして聖者さえ生きていれば、他の者も蘇生出来よう」

「この艦には居ないのだな?」

「そうだ」


 あたしは勇気を振り絞って尋ねた。


「どうして、『人権派』なんて作ったの?」

「分断して国力を低下させる、そういった隣国への工作の一環だ。ここまでうまく行くとは思わなかったがな。色々な種族を食べたが、人族が一番美味だ。繁殖させる価値があるとの個人的な想いと、工作機関を隠れ蓑に出来る利点が合致した結果に過ぎない。成果さえ出せば上は全く文句を言ってこないからな」

「そんな、あれだけの惨事を引き起こしておいて、何の感情も湧いてなかったっていうの!?」


 翼をもがれて、もはや治癒魔法でも再生できなくなった有翼人種や、虐げられて生きてきたダラコッホ森林の集落の人々の姿が思い起こされた。


「不可解だ。そういうことを言う手合いはラゾのような家畜には何も言わない」

「同じだって言うの!?」

「そうだ。そして人間は神にとっての家畜だ。帝国は人としての尊厳を神から取り戻すのだと躍起になっているが、私には目の前の食事さえあれば十分なのだがね」

「話はそれだけか?」

「ああ、どこにでも連れていくがよい」


 アルベリッヒはボロゾからの拘束を受け入れ、連行された。


「道中殺害した兵は蘇生されるよう手を打ったが、1名蘇生が効いたか不確かな者がいる。そいつの蘇生を頼めるか?」

「ふん、どうせ逆らえん。命令すれば良かろう」

「お前がやらないなら協議会の他のヒーラーが蘇生するだけだ」

「では、手間が省けるよう協力しよう」


 あたしは複雑な思いを抱えたまま復路に就いた。









「『リザレクション』」

「うう・・・」


 アルベリッヒが蘇生魔法をかけると、例の兵士の突かれた喉は塞がり、呻き声と共に呼吸を再開した。惨劇の首謀者の手によって、あたしの犯した罪の実害が帳消しにされようとしているのは何とも皮肉な話だ。


「意識まではまだ戻さんでもよかろう」

「起きるなら寝かせるだけだよ」


 ボロゾが薄笑いを浮かべながら睨みを利かせる。アルベリッヒの目がこちらを向いた。


「やったのはお前か。吟遊詩人のアブ」

「アブに話しかけるな」

「いや、別にいいよ」


 気を利かせてくれたジークを手で制して、あたしはアルベリッヒの目を改めて見据えた。


「あたしのこと知ってるんだ」

「職業上な」


 捕まったというのに妙に落ち着き払っているのが気に食わないが、話をしたくはある。


「そうだよ。あたしが殺したんだ。この手でね」

「人を初めて殺めたものは皆そうだ。自ら引き起こした結果に恐れ戦く」


 あたしの震える指先を一瞥して、視線が外れる。


「だが私は恐れなかった。それよりも生存が優先した」

「・・・」

「虫を殺したことはあるか?」

「ある」

「では家畜を殺したことは?」

「ない」

「間接的に口に運ばれるそれは殺害ではないのか?」

「広義ではそう」

「ならばその有無で何が変わるというのか」

「分からない」


 ヴィーガンなら知性や苦痛を感じる能力の有無が争点とでも答えるだろうか。否、やはりそれは嫌悪感に帰結するものであって、レーティングに主観で閾値を定め、自己の行動を決定しているだけに過ぎない。理想と乖離した現実に納得を得るための合理化であり、普遍的な事実ではない。


「害虫を潰すのと行く手を邪魔する人間を殺害するのにどれほどの違いがある」

「あのさあ・・・」


 価値観があまりにも違い過ぎてつい頭に来てしまった。


「自分がやられて嫌なことを他人にやり続けて、どうしてそれが持続可能だと思うの?」

「では、家畜は許してくれるのか? 家畜の弱さに甘えているのは人間の方だ」

「だー、もうああ言えばこう言う! あなたにも分かりやすいように言うと、力を持つ者同士がにらみ合えば均衡が生まれる。人間同士だとそれが起こりやすい。以上! Q.E.D.」


 あたしの考えは本当は違うのだが、前提が異なる人間に話したところで共感は得られないだろう。あたしはロジカルに乱暴な結論を導き、議論を終わらせた。


「なるほど、そこがお前にとっての分水嶺か。神に阿るものは支配を受け入れる。私には人と家畜のどこが違うのか、終ぞ分からなかった」

「別に阿ってるわけじゃないけどね」


 勝手に人を分類しないで貰いたい。だが、一つ聞かないといけないことを思い出した。


「そういえば人権って言葉に聞き覚えある? あなたたちはこれをどういう概念で運用してたの?」


 元の世界では結構重要な単語だ。


「他の種族より美味であることに対して、私なりに何か優越性を持たせたかったのだ。その権利を得ようと他の種族は勝手に躍起になっていたが、私としては与える気は一切無かった」

「あっそ・・・」


 あたしからは呆れ以外の感想が出てこなかったが、人族以外の種族が共存する世界において、人権という概念が差別の温床として使われていると知ったら高尚な思想家などは顔を真っ赤にして怒り出すに違いない。悪意0%なのがさらに質が悪い。


「そろそろ甲板だ」


 外に出ると、何やら知らぬ間に出撃していた巨大ロボのようなものをスクラップにしていた仲間の姿が見えた。










「このゴーレムは超古代文明の遺産だな。文献で文様を見たことがある」

「破壊し甲斐があったわよ! 好きに破壊して良いものって意外とダンジョンぐらいにしかないから助かるわ」


 魔法大学の破壊学部准教授が訳の分からないことを言いながら興奮している。相変わらずだ。


「こっちも戻ったぞ」


 艦尾の方を探索していたアリルさんの部隊が戻って来た。


「ゲハハハハハ! 蘇生蘇生蘇生蘇生――」


 戦闘の巻き添えになった一般兵を高速で次々と蘇生しているリベリアを横目に情報を交換した。


「ファウスティナ教皇はここだ。今は眠っておられる」


 ブラディオが布にくるまれて頭だけを出しているファウスティナ教皇を抱きかかえたままそう示した。


「ならばあとは『ダスク・エヴァンジェル』の捜索だな」

「グラント、地上の魔力探知を頼む」

「お任せあれ」


 グラントが上空から地表に向かって両手を伸ばし、意識を集中させ始めた。

 他のメンツはアルベリッヒに視線を戻す。アリルがボロゾに向かって質問を投げかける。


「こいつが首謀者か」

「ん~それなんだけど、思ってたよりかなり正直に話してもらえてるんだよね。帝国の事だからどうせトカゲの尻尾切りみたいなことにするんだろうけど、背後にまだ何かありそうな気配はするよ」

「ボロゾ、お前が言うならそうなのだろうが、こちらとしてはこれ以上他国のいざこざに首を突っ込むのは御免だぞ」

「乗り掛かった舟じゃない。行くとこまで行ってみようよ」

「お前に梯子を外されるのがオチだ」

「つれないね」


 ボロゾは肩を竦める。リリカがさらに問いを発する。


「で、この船はどうする? 地上に墜とすのか?」

「そうだね、聖都の近くに広い草原があったからそこに着陸させよう」

「教国は労せずして敵の主力級艦を拿捕できるという寸法か。これは報酬を弾んでもらわんと割に合わんの」


 グラントが魔力反応を探知したようだ。


「聖者モラと思われる反応があちらから。『ダスク・エヴァンジェル』のクランメンバーも随行している模様です」

「よし、『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』の4名とリリカ、ルイーズの6名で救助にあたってくれ」

「了解」


 我々は地上の魔力反応へと向かった。






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