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第93話 一線

 





 帝国の隠密戦艦インビジブルが出撃したとの報が届いたのと、東の空に出現したそれを目視できるようになったのは、ほぼ同刻だった。尋常ではない視力を持つ密偵である僕の能力をもってしてもここからでは霞んで見える黒点に過ぎなかったが。


「それで『ダスク・エヴァンジェル』を向かわせたということか」

「そうだ」


 僕の目の前にいるスラン教国の神官長イルマは苦々しげに肯定した。


「ふうん、ファウスティナ教皇の捜索も最初から僕に任せておけばよかったんじゃないの」

「戯言を。自国の問題をまず最初に他国の者へ漏らす奴がどこに居る」

「二番手を任せようとしてる人は居るけどね」

「減らず口を・・・いや」


 憎まれ口を叩こうとしたイルマは観念したようにかぶりを振り、落ち着きを取り戻した。


「教国の戦力は帝国ほど強大ではない。『ダスク・エヴァンジェル』と連絡がつかない以上、頼れるのは同じ協議会の冒険者だけだ。頼む、聖下と『ダスク・エヴァンジェル』を救ってくれ」

「あ、そう? てっきり敵の首魁を捕まえられなかったことを引き合いに出してくるのかと思ったけど。どう思う? アリルさん」


 僕は同席していたアリルさんに訊ねた。


「このような状況でもお前と馴れ合うつもりはないぞ。本来であれば正式に本国から許可を取りたいところだが、そのような時間的猶予はない。だが、仮にこの場にグランドマスターが居たなら放っては置かんだろう」

「アリルさんならそう言うと思ったよ。しかし、戦艦を落とすには少し手勢が足りないかもね」


 今、この聖都に滞在しているのは5カ国のクランのうち2クランだけだ。しかも、戦力を大きく底上げする役割を担った吟遊詩人という駒を欠いている。


「既にアステール王国へ向かった協議会のメンバーには連絡を回している」

「手が速いね」


 驚異の情報伝達速度だが、これも榴弾兵であるフェンリスの投擲スキルのお陰だろう。確か、どんな飛距離であろうとも必ず届くが絶対に命中しない技があったはずだ。それに文を乗せたな。


「増援の可能性はあるか?」

「少なくとも帝国正規軍から増援が来ることはないよ。あの戦艦は帝国の指令で動いてないからね」

「馬鹿な、そんなことが・・・」


 それがここ数週間で分かった帝国の内情だ。


「だが、帝国はそれを正直に謝罪するほど殊勝な国じゃない。外交よりも内政が彼らの運命を左右する限りは、表面上、強硬な態度を崩さないはずだ」

「では、あの戦艦は孤立無援という事だな」

「国境を越えなければね」

「だとすれば何としてもその前に墜とさねばな」

「じゃ、早速、作戦の検討を始めようか」


 我々は神殿騎士団の作戦卓を借りることにした。

 仲間たちが隕石のように到着したのはその日の夜のことだった。








「うん、状況は分かった」


 指令室で激論を交わしている2人をよそに、我々はミリアとイルマから行方不明になったファウスティナ教皇を捜索に出た『ダスク・エヴァンジェル』が東へ向かい、帝国の隠密戦艦インビジブルと遭遇し、交戦中に音信不通となった可能性が高いとの事情を聞かされた。


「でも、これ国家間の軍事問題じゃないの? 戦争の片棒担がないといけないのなら、我々の作品でやってきた表現の裏にある思想と真っ向から対立することになるけど」


 そこまで強いメッセージを前面に出してはいないとはいえ、日本国民のはしくれとして人並み程度には平和を愛する心はある。そんなあたしにリョーマが呆れたように物申す。


「アブがそういうとこに拘ってんのは分かってっけど、モラさん達を見捨てるような選択肢は流石に取れねえぜ」

「結論としてはそうなんだろうけど、そんなすぐ折り合いを付けられるような問題じゃないのよね、こればっかりは。何かある度に、これまでの言動は全て嘘だったんだろうか、とか、ここからこのメッセージを伝えてどんな説得力があるの? とか、かなり劇的な変質を受け入れなければいけないわけ。表現者としては大問題よ」


 あたしが大声で不満を垂れ流していると、さっきまでアリルさんと激論を交わしていたボロゾがこっちに寄ってきた。来るなし。


「戦争にならないように根回しはするつもりだ。そもそも、各方面から掴んだ情報を総括すると、あの艦も帝国正規軍の作戦で動いてないという事が分かった。全面戦争には絶対ならないと保証しよう」

「ボロゾの言葉を信じろって言われてもねえ」

「全財産を賭けよう」

「いらない・・・」


 ボロゾは全財産を引き渡すときに負債を押し付けるマネロン強者だ。ここは冗談として流すのが正解。


「じゃあさ、僕はアブちゃんと近しいものを感じてるから言うんだけど、人生を変えるほどの大きな事件の当事者になれること、そこから言える言葉は偽物だと思うかい?」

「そこまでは思わないけど・・・」

「う~ん、だとすると態度の問題なのかな? やっぱり生身の人間を攻撃するのに抵抗を感じる心を失いたくない。とか?」

「割と近い・・・」


 そう、仕方がないと開き直って割り切ってしまっては駄目なのだ。最後まで悩んで、終わった後も後悔するぐらいが良い。


「まったく、悪い人が乗ってるんだろうけど、権力に逆らえない立場の人間を振り回して連れて来てるのが気に食わないよね」

「以前も言うたが、それは逆らえずに従うしかない矮小さ故の因果よ。付き従う主の選択を誤ったことを後悔させてやるが良い」

「まあ、リリカならそう言うんだろうけどね」


 リリカも多少は丸くなったとはいえ、敵と見做した勢力に情けを見せるようなことは一切ない。


「俺からも頼む。過ぎたことは全て俺の責任にしていい。今はモラ達を助けてやってくれ」


 ダンディが珍しく頭を下げる。


「ふん、時術師殿もこう言っておる。モラさえ回収すれば少なくとも人命損失は0に抑えられよう。さすれば折り合いもつこうものだ」


 考えても仕方がないことなのかもしれない。むしろ時間をかければ迷惑をかける。


「腹を、括ろう」


 今のあたしは、人を殺すことも視野に入れる。その上で、絶対に蘇生する。そう覚悟を決めた。










 夜空の中、一際暗く吸い込まれるような漆黒を湛える一角があった。表面は鏡のように冷たく、星明りを照り返している。


「うおおおおお!!」


 ダァン!!


 騒がしさ全開の我々が巨大な戦艦の甲板に降り立つ。例の如く空中を移動したが、防音魔法で音が届く範囲を狭めているので周囲への騒音にはなっていないはずだ。加えて隠蔽魔法で姿もなく唐突に現れた我々に、配備された兵士らしき人影は戸惑う間もなく薙ぎ倒されていく。


「ブラディオ、ブリューナ! 船体は破壊できそうか?」

「かってえな!」

「駄目だな。強力なオブジェクト・プロテクションの加護がかかってやがる」

「随分と散財したものだ。こんなものが無ければ豊かな国で居られるものを」


 隠密戦艦は他国への抑止力だ。音もなく上空に忍び寄り、探知されず空爆を行うまで気付かれることはない。その歴史は長く、改良に改良を重ねられた現代でも隠蔽技術と探知技術の鬩ぎあいが行われているという。


「ふん、バカモノめ。時代錯誤の技術に縋りおって。魔法を極めろ、魔法を」

「破壊困難と見てプランBへ移行する!」

「おう!」


 一心斎、シスター・エナ、ボロゾ、あたし、ジーク、バラックのパーティは右舷前方から侵入。

 ブラディオ、アリル、クロード、サキ、リベリア、リリカのパーティは艦尾側から侵入して内部を捜索する。

 残りは甲板で大暴れだ。


「うわあああ!」


 ザシュ! バキン!


 我々は一心斎を先頭に進むが、勢いよく上がる血飛沫に床は赤に染め上げられていった。


「『不死鳥の舞』」


 その後ろをシスター・エナが舞う様に着いて行く。


「あ、首は切らないでね。踊り子は蘇生能力あんまりないから」

「承知!」


『不死鳥の舞』による蘇生は舞ってから約2時間後になるらしい。狭い通路で正面に滅法強い一心斎の相手になるような者は現れず、屍山血河の様相を呈していた。


「ひいいいい!」

「御免!」


 逃げる相手にも容赦がない。ギロリと鋭い眼差しであたしの方を見る。


「情けをかけても死角に入れば機会を得ますからな」

「いや、覚悟して来てるから文句を言うつもりはないよ」

「左様にござるか」


 その瞬間あたしの前のドアが勢いよく開いた。前列とは切り離され、あたしは飛び出してきた人物と目が合ってしまった。


「く、曲者め」


 後ろにはジークとバラックが控えているが、位置を入れ替えることが出来ない。あたしは咄嗟に小剣を抜き放った。


「が、はっ・・・」


 切っ先は一般兵らしき者の喉を突き、吐いた血は床に流れた。その人物は力なく崩れ、すぐに動かなくなった。


「・・・」


 自分でも咄嗟に手が動いた。何故ならそういう訓練を積んできたのだから。


「ケガはないか!?」


 ボロゾが扉を勢いよく戻し、倒れた者を見る。


「あれ、首やっちゃった? 大丈夫かな?」

「う~ん、繋がってはいるけど、ちょっと判別つかないから場所マーキングしといて後で他のヒーラーに見てもらおう」

「うそ・・・」


 あたしは血の気が引いた。一瞬蘇生できない可能性が頭をよぎったからだ。


「だ、大丈夫だって。こんな船に乗ってるんだからきっと悪い奴よ」


 シスター・エナが修道女らしからぬことを言って慰めてくれるが、遺体の首にかかったロケットペンダントから飛び出した妻と幼い息子の写真が見えてしまった。


「どうしよう・・・あたし・・・!」

「お、落ち着くっスよ。諸行無常っス」

「フォローになってないと思うが・・・」


 とりあえず深呼吸だ・・・。ファウスティナ教皇とモラさん達の無事を確認する。そのために来たんだ。他のことは終わってからでいい。


「どうする? 一旦甲板に戻って他の吟遊詩人と交代するかい?」

「大丈夫。覚悟して来たんだもの・・・。気分が悪いとか言ってられない」


 眩暈がする。でも先に進まなきゃ。

 あたしは無心で楽器をかき鳴らしながら戦艦の奥へと踏み入れた。






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