第92話 不可視
私の名前はセリア。神聖スラン教国の国策クラン『ダスク・エヴァンジェル』のアマゾネスにして、最近はモラ様を補佐する副官の座まで仰せつかった。目をかけていただいているモラ様には申し訳ないが、私は悪を許せない性格で、それを理由に私は未だに私自身を許すことが出来ていない。
「ダンディ殿が聖都を離れて3日か」
溜まっていた事務仕事はミリアが片付けてくれたので、当面は休暇を言い渡されたに等しく、聖都で平和な日々を過ごしていた。
公園のベンチにもたれかかり、漏れ出るように出た私の溜め息に、同僚であるパラディンのマリアンヌが揶揄うように笑う。
「なんだ、数日の留守も待てぬとは。それではダンディ殿も安心して本業に臨めないぞ」
「守る対象が居ないと落ち着かぬのだ。否が応にもみじめな自分だけが炙り出される」
「そうか・・・」
肯定も否定もしないような相槌が少し嬉しかったが、同時に申し訳なくもあった。
「副官にはそなたが相応しいと思っていたのだがな」
マリアンヌにそう語りかける。これは謙遜ではなく、少なくとも客観的に見てそう思えた話だ。
「そう思ってくれるなら嬉しいが、『ダスク・エヴァンジェル』にはやはりセリアのような剛直な人間こそ副官に相応しいと私は考えるよ」
「ご、剛直だと・・・。それはまあ、妥当な評価だとは思うが、なぜ相応しいと言える?」
人事は覆らない。モラ様の判断には従うつもりだ。だが、それはそれとして周りの意見に耳を傾けるのは何ら矛盾することではない。
「それが均衡を生み出すからだ。セリアはモラ様の様に振舞うことは出来まい」
「そうだな。私であれば許しがたきを許せるほど心は広くない」
己を殺そうとした前副官サラ・モルスレッドをモラ様は被害者だと言って、未だに極刑から救う手立てを模索している。お考えはたいへん美しくご立派だとは思うが、私がモラ様の立場なら厳格な法の裁きを受けさせるだろう。
「であればセリアは今まで通り思うままにモラ様に意見具申するべきだ」
「だが、モラ様は私の意見には耳を貸すまい」
「それでよいのだ。副官の強固な反対を押し切ることで、モラ様の意志は磨き上げられる」
マリアンヌの考えに合点がいった。
「・・・ふ、ふはは! 肚落ちしたぞ。確かに私が適任だろうな」
宝玉を護るための捨て石にして、宝石を磨く砥石。それが今の私に課せられた役割。
「ようやく副官就任だな。おめでとう、友よ」
「ああ、モラ様が苦労を掛けることになると思うがよろしく頼む」
「それについては相変わらずだ」
「やはりマリアンヌは周りを見る力がある」
「視座が高くなれば足元が見えぬものだ」
私は能力が高い者が然るべき地位に立つべきだと思ったが、それが良い結果を生むとは限らないと知った。全体からすれば役割の違いに過ぎない。
「おーい、探したぞ」
さして探してもいなさそうな気の抜けた声色が聞こえてきた。クランメンバーの精霊術師であるルシエラだ。突拍子の無いことを言う変わり者だが、モラ様に人生を変えられた者の一人として同じく轡を並べている。
「イルマ神官長が呼んでいる。おそらくクランへの依頼だろう」
「分かった。出向こう」
我々は神官長の居る大聖堂へと向かった。
「ファウスティナ教皇聖下が行方知れずだと!?」
「シッ、声が大きい・・・」
我々が大聖堂に到着するとそこにはミリアとセラフィーネとモラ様が待っていた。依頼内容はイルマ神官長から話すと言われ、奥に通されて現在に至るというわけだ。
「教皇聖下は気まぐれな所がある。従僕の目を盗んで抜け出すのはさほど珍しいことではないのだが、今回は戻りが遅すぎる」
「それで、我々に探し出せと?」
「そうだ。教皇聖下の不在により信徒を不安にさせるわけにはいかぬ。見つけ出せたならヴァルファゴの若造に毟られた分は半分補填してやろう」
「モラ様。是非もないと思いますが、いかがいたしましょう」
「そうですね。その依頼、謹んで――」
「ちょっと待った!」
大きく声を張り上げたのはミリアだった。
「既に4割の補填が決定しているところから5割になっても金貨100枚ですよ。それに不適切な人事でモラ様が危険に晒された件がまだ清算されていません」
「ぐっ、ダンジョン攻略の報酬をやったばかりだというに・・・」
「ミリア、事は一刻を争う。報酬の調整など依頼の達成後で構わんだろう」
「いいえ! この場で合意できる条件を提示するべきです。だからウチは装備で他国に出遅れるんですよ。前回のことでよく分かりました」
ミリアは一歩も引かない。私もモラ様も身に覚えがあるためか、強く追及できずにいた。
「はあ・・・あの若造と話している気分だ」
イルマ神官長はため息とともにボヤいた。
「良かろう、私もモラ様の人の好さに付け込んでケチをしたのでは教国の威光も翳るというもの。補填金額は7割にしておいてやる。ただし、教皇聖下の無事が条件だからな!」
「かしこまりました。みんな! 行きますよ!」
イルマ神官長の回答に満足したのか、ミリアは顔を綻ばせて喜んだ。だが、見れば額やうなじの辺りに汗が滲んでいた。決死の進言だったのだろう。
(変化があったのはミリアも同じか。やはりダンディ殿の影響力は大きい)
『ダスク・エヴァンジェル』のメンバーの中で、ボロゾとダンディ殿の死体引き渡し交渉を目撃しているのはミリアだけだ。彼女がお金にうるさくなったのはあの時がきっかけだ。
「それで、最後に目撃された場所と時間だが――」
聞くところによるとファウスティナ聖下は3日前、中庭で昼食後のお遊戯の時間に、侍従のザックとマイルズが目を離した隙に忽然と姿をくらましたそうだ。我々はその現場にすぐさま足を運ぶ。
「助かったぞ、依頼が依頼だけに値段を吊り上げるなんて考えもしなかった」
「国策クランといえど、競う以上は国威に関わりますからね」
「だが、必ずや聖下をお守りせねばならん」
「そういえば『虹彩の影』は既に動いてるのでしょうか」
「うん、半数は帝国へアルベリッヒの件で潜入調査に行ってるけど、残ってる人材で出来る限りのことはしているはずだよ」
モラ様の疑問にセラフィーネが答える。諜報機関は目立たずに動かすのに適しているためまず最初に動くべきだろう。権限があるなら私でもそうする。
「名前は知らぬが、スクリアの者は帝国に行ったのか?」
「そうだね、だから魔力的な捜査が可能な人材は乏しいかも」
魔力、と聞くと絶大な力を持った『アーケイン・ナブラ』のあの尊大な小娘を思いおこされる。恩義はあるにせよモラ様に失礼な発言を繰り返すなど、私の中の評価では差し引きゼロの関係だ。
「精霊に聞こうか? 大まかな事しか聞けないけど」
「ルシエラ、今は少しでも情報が欲しい、頼めるか」
「分かった」
そう言うとルシエラは周囲の精霊と交信し始めた。
「来たれ。永遠に幼き天使いの行く末を知るものよ」
ルシエラは色とりどりの光に包まれ、精霊たちと意識を通わせた。我々はそれが終わるまでしばらく見守った。
「どうだ?」
マリアンヌの問いにルシエラは首を横に振った。
「精霊たちもファウスティナ聖下には近寄りがたいそうだ。国内には居るらしいが経緯を知るものは居なかった」
「残念だが、国内にいることが分かっただけでも収穫だ」
「おそらく探知に優れた精霊なのだろう。方角は・・・東の方だな」
「遠いのか?」
「そうだな、遠そうだ。ラゾを借りるとしよう」
我々は東へ移動を開始した。
草原と森を一つずつ抜け、渓谷を下った辺りでルシエラが止まった。ラゾが嘶く。
「どうした急に」
「この辺りらしいが・・・」
渓谷とはいえ、辺りには人工の建造物など何もない。近くには魔物もいたが、どれも討伐対象に指定されない大人しい種だ。
「精霊も正確な位置までは分からない。手分けして捜索をするとしよう」
我々がラゾを降り、周囲に散ろうとした瞬間だった。
ドンッ
「なんだ!?」
爆発音が響き、一拍遅れて山から大量の落石が雪崩のように押し寄せてきた。
「『ホーリーウォール』!」
モラ様の防御魔法が発動し、我々を守る。私だけなら大岩ごときが衝突しても砕き割る自信はあるが、生き埋めにされては面倒だ。
「『昇鯉の戟』!」
衝撃波を上に向かって放つ。我々に向かってきた直線状にある岩は全て砕け散り、周辺の岩も軌道を逸れていく。
「警戒して! 自然な落石じゃないよ!」
「分かっている」
セラフィーネの言葉に、マリアンヌが応じる。我々は動かずに警戒を続ける。
「音がしたのは上だな?」
「山の上からだとしても我々を狙うとはいい度胸だな」
その時、鳥が一羽急降下してきた。
「待って。あれは私の連絡用よ」
「驚かせるな。貫くところだったぞ」
斧槍を収め周囲を警戒する。セラフィーネは飛んできた鳥の足に括りつけられた文を確認する。
「追撃は来ないようだな。脅しのつもりか?」
「セラフィーネ。どなたからですか?」
「帝国に潜入している『虹彩の影』からです。なになに・・・」
セラフィーネの表情が険しくなる。
「帝国の隠密戦艦インビジブルが一隻出撃しているそうよ」
「なんだと? では、上空に居るのは・・・」
「危ない!」
衝撃が音速を越える気配がした。マリアンヌが飛び出し盾を構えた瞬間、轟音が響く。
ガァン!
「ぐっ・・・!」
マリアンヌの盾はへしゃげ、吹き飛ばされたが、本人は踏みとどまる。砲弾らしきものが逸れていくのを目の端で捉え、爆風に顔を覆う。
「いかん! 敵から視界を取られている。退避するぞ」
「『ヒール』!」
モラ様がマリアンヌに回復魔法をかける。
「今の射線で大体の位置は分かったわ。この矢に『無の風』お願いできる?」
「分かった」
ルシエラがセラフィーネの要求に応える。
「空よ、塗りつぶせぬ虚ろを暴き出せ」
その矢を受け取り、セラフィーネは流れるように弓を引いた。瞬きもしないうちに矢は放たれ、空の一角を穿つ。
バチバチッ
電気のような音と共に、巨大な黒い飛行戦艦がその姿を現した。
「正体を現したわね。恐らくファウスティナ聖下はあの艦内よ」
「だが、あの高度。どうやって攻め入る?」
「それは考えてなかったわ」
セラフィーネは舌を出して笑う。
「外交ルートで帝国を糾弾しましょう。この状況では流石に言い逃れはできません」
「モラ様。流石に手段が穏便すぎるかと」
私がモラ様にそう進言すると、セラフィーネがそれを遮る。
「それも割とアリな選択肢よ。あの戦艦、ステルス性能に全振りしてるせいで亀より遅いわ。多分、このまま国境を越えるには1週間ほどかかるかもね」
「だが、我々をこのまま逃がしてくれるか?」
「盾は予備の分が5枚はある。あと5回は凌げるぞ。その間に死角に逃げ込めばいい」
マリアンヌはそう笑ったが、敵艦は駆動音を響かせると、格納された主砲を展開してきた。
「まずい。あれは防げんぞ」
「敵も身を隠す必要がなくなったということか」
「分析してないで、走って!」
「うおおおお!!」
収束したエネルギーは光を放ち、我々を貫いた。




