第91話 栄光
「第1回とりあえずバンドコンテスト! 栄えある最優秀賞は!?」
緊迫感のあるSEと共に固唾を飲んで見守る出演者と観客。我々は審査員なのだから当然結果を知っているわけだが、極めて平静を装いつつ、したり顔で結果を待つ。
「『玉響』の皆さんで~す! おめでとうございま~す! どうぞステージへおあがり下さい!」
盛大な拍手と歓声と共に、舞台袖から仮面を付けた美少女3名が上がってきた。もっとも、仮面の下が美少女だと知るものは限られた人だけなのだが、所作に品格があり過ぎるため断じてしまっても問題ないだろう。
「圧巻のパフォーマンスでしたね! 今のお気持ちをお聞かせください」
ルイーズではない大きい方の少女がマイクを受け取った。おそらくアンリエッタ姫殿下だろう。
「では、僭越ながら、私達が今ここに立てているのは当コンテストの発起人であり、憧れの存在である『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』の濁川鐙さまのお陰ですわ。あの人のように自分を自分らしく表現できたら、人を楽しませることが出来たら、それらを両立させることが出来たら。そんな情熱の熾火こそがこの私の魂を突き動かす原動力となったのです。応援して頂いたすべての人と、濁川鐙さまに惜しみない感謝を捧げます」
パチパチと拍手が沸き上がった。メンバーの名前は非公表なので感極まってバンド名を絶叫してるおじさんもいる。それにしても、面と向かって大勢の前でお礼を言われると照れ臭い感じがする。多分、あたしの顔は赤くなっている。
「当コンテストのチェアマンであり、審査員のアブさん! 熱いラブコールにいかがお答えいたしますか!? どうぞ」
審査員席に備え付けられているマイクに向かって声を出す。
「泣きそうです。褒めちぎろうと思ったのに、これ以上ないリスペクトを正々堂々騙し打ちされました。ですから、趣向を変えて少し真面目に評します」
観客を挟んで遠くに見えるステージ上の彼女らは、ライブの時より少し緊張していたようだったがあたしは遠慮なく言葉を紡ぐ。
「彼女らが素晴らしい才能を持っているのは明らかです。事実としてあたしも高得点を投じました。ですが、全力を出して魂を滲ませ、惜しくも敗れて行った者たちのことを私は忘れてはいません。特にオープニングアクトを務めた『ゴブリンレイパーズ』。彼らが何で負けたか明日までに考えといて下さい。あたしも考えます」
それは下品だからだ。会場は笑い声に湧いた。
「『玉響』のクオリティが群を抜いてるのは結果が証明しています。でも、みんながそこに向かって良いのでしょうか? 貴方は短剣が得意なのに、刀を振るべきでしょうか? 見向きもされなかった武器がひょっとしたら日の目を見るかもしれません。戦闘だとなかなか起こり得ないことですが、音楽ではしばしば起こります。己の信じる道を突き進んでください」
会場から熱い叫びが巻き起こった。
「最後に! 人生を捨ててまで音楽に傾倒する人がたまにいますが、仕事をして収入を得て、余暇に音楽を楽しむ程度で良いんです。その環境で突き抜けられるならあなたは本物です。周りが放っておかないでしょう。そしてこのアドバイスを無視した本物の馬鹿。君達のことは嫌いじゃないからね、むしろ好き。以上!」
拍手はまばらに長めに続き、収束した。若干説教臭かっただろうか。
「見事最優秀賞に輝いた『玉響』には王国金貨1枚および副賞として本日の記念音源であるサウンドスフィアと再生魔道具一式が贈られます!」
「わあ、素敵な思い出になります」
「これから量産化の動きのある最新モデルですよ! 製造元は当イベントのスポンサーでもあります」
サウンドスフィアというのは我々が最近熱心に研究している録音媒体だ。透明な球体であり、ビー玉よりやや大きいぐらいで、宝石のようだが頑丈でなかなか割れない。
「では『玉響』と総勢108組の門出に祝福を!」
「「「「おー!」」」」
こうして第1回とりあえずバンドコンテストは幕を閉じたのだった。
「お疲れ様です。先ほどはありがとうございました」
撤収が終わり、反省会と打ち上げにでも行くかと思っていた矢先、背の低い緑肌の男に呼び止められた。『ゴブリンレイパーズ』のフロントマン兼ボーカルの人だ。確か名前はザダム。
「お疲れ様! えっと、みんな好き嫌いあると思うから元気出しなよ」
「め、滅相もない! あの言葉であっしの立場がどれだけ救われたか」
あたしもちょっとダシにした手前、どう受け取られたかは気にはしていたが、伝え聞いていた通り人当たりが良く、礼儀正しい人物のようだ。
「よう! ゴブリン族ってダンジョン以外では初めて会うな。襲ってきたりしないのか」
「敵として出てきた印象引きずってんじゃないの。人族だってルルイエ10層のボスで出てきたじゃん」
「そういやそうか」
横からリョーマが差別的発言をかましてきたので、認識を正してもらった。こいつ、この人のバンドに満点付けたこと忘れてんじゃないのか・・・。
「確かに我々ゴブリン族の祖先はモンスターと変わらない生活を送ってたと聞きます。ですが、他の種族と共存共栄するようになってからはそのような文化レベルの低いゴブリン族はほとんど居なくなったという歴史的背景はあります」
「ふ~ん、そうなのか」
ゴブリン族にもそんな変遷があったのか。あたしの知るゴブリンはそっち寄りではあるが。リョーマが聞きにくいところをさらに突っ込む。
「ほとんどってことは若干居たりすんのか?」
「いえ、確認できていないだけで居ないと確信をもって言い切るのは難しいという言葉の綾です」
「まあ、悪魔の証明になっちゃうよね」
「シュレディンガーのゴブ」
どこからともなくサキまで現れた。シュレディンガーとかいう中二用語だけはやたら覚えが良い。
「ん~と、言おうか言うまいか迷った結果、言っちゃうんだけど・・・」
あたしは若干言い淀みながら言葉をつづけた。
「良かったっていう声がある一方で、下品だ、不快だと仰ってる声も上がってるのね。そういった人たちの耳にどうやったら届かなくなるのかなってことを考えてて、やっぱり棲み分けかなって。一定の年齢以上とか、下品で性的なコンテンツの視聴同意とか」
「はあ・・・」
ザダムはちょっと落ち込んでた。だが、こちらとしても若干の怒られが発生しているため、何とかしたい気持ちがある。
「もちろん、こういったフェスとかコンテストに出場自体ができなくなるのは避けたいっていうか、むしろ守っていかないといけないと思ってるんだけど、その実現方法に頭を悩ませてるんだよね」
「あっしの様な作風でご迷惑をおかけしています・・・」
「あたしは面白がっておけばいいと思うんだけど、そうもいかない人も居るからね。子供の教育に悪いとかで」
「あの・・・」
声をかけられて後ろを振り返る。見るとそこには『玉響』の面々が居た。
「鐙さま、ご歓談中でなかなか声をかけられなくて申し訳ありません。お言葉を交わすのは会食の日以来となりますね」
アンリエッタが優雅にカーテシーを披露する。
「心配しなくてもそちらのゴブリン族の睾丸はお姉さまと私がしっかり守ってみせますわ」
こちらはベアトリーチェ。びっくりした~。睾丸って言ったのかと思った。
「お父様といえど、私たちの思い出の一部に圧力をかけるなんて許せませんわ」
「アンリもベアトもほっときゃいいのに。問題が大きくなったらそれこそ面倒」
ルイーズは姫様ズに対して完全にタメ口だ。幼馴染だとは言ってたっけ。
「いいえ! 看過できませんわ。権力を持たない象徴王家となっても発言力はありますもの。嫌なことがおありでしたら日記帳にでも書きなぐっていればよろしくてよ」
あたしが呆気に取られていると、サキがルイーズの頭にポンポンと手を置いた。
「ドンマイ」
その一言だけ言うと、サキは喫煙所に向かって行った。
「私達、最優秀賞取りましたよね?」
「サキさんにとっては、賞とかどうでも良かったみたい・・・」
『玉響』のメンツはサキの常識外れの言動に面食らっていたので、このあとメチャクチャ褒めそやしておいた。
あたしたちはそのままディナーでもしながら、コンテストの感想戦や反省会をやろうということになった。着いてきたのはバンドメンとリリカと『玉響』の3人と護衛のブラディオとラディオスと音響ギルドのスタッフ数名、それと偶然鉢合わせた『タワンダワンド』の2人だ。
「そんじゃコンテストお疲れさまでした~!」
「「「「お疲れさまでした~~」」」」
「KP」
「そういやザダムは来なかったのか?」
「なんか嫁さん待たせてるって帰ってったよ」
「そか」
愛妻家の噂は本当のようだ。シェイプシフターのラゴイムさんが口を開いた。
「すみません、このような場所にお邪魔してしまって」
「ご馳走になるのだ!」
とラゴイムの肩(?)に乗っているフェアリーのラゼンヴィーユが言い放った。
だれが払うかとか考えてなかったけど、まあ、気分が良いので気前よく払うか。フェアリー族の食事代とか、どうせたいしたことないだろうし・・・。
「あたしたちの世界だと基本的に自由に使える腕って2本までだから、『タワンダワンド』はかなり新鮮に映ったね」
「はい、元々私はシェイプシフターの中でも結構器用な方で、大道芸などをやって生計を立てておりました。シェイプシフターという種族自体が珍しいものですから、生活には不自由していませんでした」
「でも、コンテストの出場には不自由してたみたいなのだ。そこで私が助けてあげたのだ」
「すみません、友達を作るのが苦手でして、知り合いはラゼンヴィーユぐらいしかいなかったんです」
「会うたびに形が変わってるから視覚に頼る種族はラゴイムの事を認識しにくいのだ。マナをもっとよく見るのだ」
コンテストの規定では2人以上の吟遊詩人ではない者が参加資格を持つとされている。ラゼンヴィーユの喋り方はなんかず〇だの妖精みたいだが、知らないだろうし突っ込むのはやめておこう。
「楽器はやってみようと思わなかったの?」
「試してみたけど大きすぎて疲れるのだ。歌も音痴でラゴイムの邪魔になるのだ」
「ああ、まあそうだよね・・・」
フェアリー族の体長は20センチほどしかない。見た目に反して力は結構あるようだが、サイズの問題は覆せない。我々だって人一人分ぐらいの重さの発泡スチロールで出来た巨大建造物を持ち上げることは理論上可能だが、物体とのバランスを保つことは難しい。
「アドバイスって程でもねえけど、多腕の種族が楽器をどう扱うかっていうノウハウが俺らには無いから、そこはラゴイムが先陣を切って開拓しなきゃいけない分野ってことになるな」
「そうなんですよね。複数の楽器を演奏することは出来ましたが、結局みんながやってることを一人でやってるっていうだけなので、ここから何か発展性が無いと面白いと思ってもらえないと思うんです」
「お、流石大道芸やってるだけあって観客目線で考えてんだな」
リョーマがラゴイムにそう感想を漏らす。さらにラディオスがコメントする。
「音が一か所から出てるというところにも音響的に課題はありますよ。あとやはり気になるのは、個性と個性のぶつかり合いという観点が無いので別の魅力を伸ばしていかなければならない、というのもありますね」
「ラディオスも言うようになったな」
「誰に似たのでしょうね」
そこから今日の音響の話題に移ったので、あたしは姫様ズに聞いてみた。
「コンテンツのレーティング問題、どうしたらいいと思う?」
あたしの質問にアンリエッタは手を顎に当てて考えているようなそぶりを見せた。
「考えているのは、魔術的な仕組みですね。特定の人物に品性下劣な表現を用いた場合、その人物の耳には上品な言い換えが行われるという仕組みです」
「へえ、そんなこと出来るんだ。リリカはどう思う?」
あたしは魔術に関する知見といえば他に類を見ない人物に聞いてみる。
「そのようなことに魔術を使うのも馬鹿馬鹿しいとは思うが、難易度もそう高くはないだろう」
「言葉の言い換えはちゃんとしてくれるのかな? 試してみたいな」
結局婉曲表現になるなら意味が伝わってしまうのではと思ったが、まずは試してから判断した方が良いだろう。徐にベアトリーチェがあたしに語り掛けてきた。
「あの、メリッサさんは1ヶ月ほどで吟遊詩人になられたんですよね。我々も全力を尽くしたのですが、それに及ばず、私たちとメリッサさんで何が違うのでしょうか」
「ベアト、鐙さまを困らせてはなりませんよ」
アンリエッタがベアトリーチェを嗜める。
「いや、良いって。でも、それに答えるのはちょっと言葉を選ばせて欲しいかな」
「はい、待ちます!」
あたしは少し考えた。メリッサが吟遊詩人になれたのは我々の世界の音楽コンテンツを浴びるようにスマホで聴かせて、さらにアーティストやジャンルに関する知識、基礎的な音楽理論、音響知識、疑問に答えてくれる師匠の面々に恵まれていたからだ。それと同じ環境を所望したいような雰囲気のあるベアトリーチェの期待には沿えないかなと思う。
「う~ん、吟遊詩人になりたいの?」
「なれるものならなりたいです!」
「コンテストに出られなくなっても? ダンジョンを攻略させられたりするよ?」
「う・・・結果的に仕方ありません!」
「そっか・・・じゃあ正直に話そうか」
あたしはこれまでの経緯と、信念を貫いた末の音源の破壊という選択、メリッサの号泣についての話、同じ教育方針は取れないにせよ、ジャンルによる方法論の引用は行えるという事を説明した。
「そんな・・・私が考えていたよりはるかに過酷な教育だったのですね。魔道具から発せられる音を延々聴き続けるなんて」
「いや、その辺は割とやってると気になんないかな」
娯楽用の器具なのだが洗脳器具のように捉えられてしまったのだろうか。
「ま、異世界の知識だから、この世界の音楽史はこの世界の住人に委ねるべきだってダンディが言ってさ。あたし達もそれに納得したんだよね」
「私達はそれをきっと受け入れたと思いますよ。現にこうしてバンドコンテストというものを嗜むようになっております」
「そう、かもしれないね。それも結局、我々のエゴというのも分かった上での選択なんだ」
「鐙さまがどのような選択をなされても我々はそれを受け入れます。その選択の裏には確かな信念があることを我々は決して忘れません」
2人は納得してくれたようだ。
その日は城から迎えが来るまで語り合った。




