第89話 玉響
分厚い幕がゆっくりと上がり、そこに現れたのはゴブリン族だと分かる小さい緑色のオッサン三名とホブゴブリン族一名の四人組だった。ドラムセットに座ったホブゴブリン族の男がハイハットのカウントを始めると、すぐさま速いフィルインの後、バキバキに鳴らしたベースと共にビートを刻み始めた。歪んだ音のギターがパワーコードをかき鳴らし、満を持して歌声を乗せる。
“破裂するシャッガン 速度的にマシンガン
宛処なく生死彷徨う 湧き上がる無尽蔵の魂金”
「ヒャア! 我慢できねえ!」
「ちょっと、リョーマ! ・・・ったくもう」
リョーマは座席を飛び出して前列の方へ駆け出してしまった。
バンドの方はというと、酷い歌詞だが、曲のジャンルとしてはメロコアに近く、かなり真っ当に聴こえる。技術的には伸びしろしかないが、今できることを最大限やるという覚悟に満ち溢れていた。
“俺たちは同じ金玉を共有する兄弟さ
立ち上がれ 何度でも 魔法の言葉
精一杯 投げかけるぜ”
「イェエエエエ!!」
「ウォーーーー!!」
「なにあれ・・・」
「最低ザマス!」
曲が終わり、沸き上がる歓声。野郎どものウケは良かったが、女子の反応は微妙だ。
あたしも下品路線には割と理解がある方だから複雑な心境だ。なんならバンド名はライン超えてる気もする。
「エネルギッシュなステージを披露してくれた、トップバッターの『ゴブリンレイパーズ』の皆様でした! ありがとうございました! どうでしたか? 審査員のリョーマさん」
気づくと、最前列で拳を振り上げていたリョーマはそのままスタッフに回収され、解説をさせられていた。
「あ~、正直、演奏はヘタクソですね。機材も安いエントリー品ですし、耳が腐るかと思いました。でも、良かったので俺は満点付けます。へこんだ部分があっても満点取れるのが音楽です。なんで良かったか、明日までに考えといて下さい」
謎のコメントを残してリョーマは去って行った。あたしは少し気になったことをダンディに聞いてみる。
「そういえば、この世界ってマシンガンとかショットガンってあるの?」
「セラフィーネから聞いたことがある。この世界では基本的に弓やボウガンの方が強いから銃はマイナーな武器らしい」
「ふ~ん、そうなんだ。でも比喩に使われるぐらいの知名度はある、と」
基礎的な身体能力という意味でも、この世界の人間はかなり高い水準にある。
きっと法則も地球のものとは異なっているのだろう。
「続いて二番手は『マナリーク』! 曲名は『青い火花』! 行ってみましょ~!」
逆サイドのステージの幕が上がり、現れたのは魔導師のような三角帽子を被った魔女が三名。みなが揃ってカーテシーを一つ披露したと思ったら、全員が楽器を手に持たず、宙に浮かせて演奏し始めた。魔法ならではの人間の可動域を無視した音の組み合わせにあたしも新しさを感じる。
「ふう、帰って来たぜ。やっぱ音はPA周りの方が良いな」
「おかえり。あのまま全バンド解説するつもりかと思ったよ」
「今日は流石に聴衆で居てえわ」
「そだね」
ステージの方はというと、宙に浮いた音は生楽器の音ではあったがシーケンシャルな構成で、かなり硬さを感じた。インストのみでボーカルは無く、ルーピーなリズムだけがグルーヴを構成している。
「う~ん、まだまだ伸びしろありそうだけどな」
「それを言ったら全バンドそうでしょ。まだ始めたばっかりなんだから」
「そうだな」
リョーマはそう言うとすさまじい速度で過剰な量の選評を書き連ねるのであった。
「え~現在、機材トラブルのため再開を見合わせております。復帰は30分後の見込みです」
ステージでのアナウンスが響き、それを聞いた会場の観客は各々トイレに並んだり、露店の食品を買ったりといった時間に費やしているようだった。
「お昼若干過ぎてるぐらいの時間だけど、観客にとっては休憩出来て丁度良かったのかな」
「観客はそれでいいけどスタッフ的には休みはないけどな」
復旧作業のためステージ付近ではスタッフの怒号が飛び交っていた。楽器の交換ぐらいなら出演者でも出来るが、コア機材交換の際は魔導技師によるペアリングの組みなおし等が行われるため、どうしても若干の時間は取られてしまう。
「無生物ならダンディの時術で機材修理できたりしないの?」
あたしの疑問にダンディは面倒くさそうに答える。
「出来はするだろうが、機材トラブルの度に駆り出されてはたまったものではない。やるのは俺達のバンドの時だけにしたい。線は引かせてもらうぞ」
「まあ、そりゃそうか。ダンディが居ない時のトラブル対応どうするんだって話だし。そういや、話は変わるけど今って何バンドまで終わってるんだっけ」
「ん~と、57組が終わったとこだからちょうど半分過ぎたぐらいだな」
「いいペースだね」
『ゴブリンレイパーズ』には肝を冷やしたが、その後は問題のありそうなバンドは特に出なかった。目を引いたのは13本の腕を持つシェイプシフターと呼ばれる種族と数合わせのフェアリー族による独奏バンド『タワンダワンド』、王都の地元貴族の子女が結成した『没落サバイバーズ』、悪魔族を中心とした7人編成のバンド『フライクーゲル』、支援職が吟遊詩人への恨み節を半ば自虐的に歌った『吟遊詩人被害者の会』などだ。
「なんか放っておいても文化は育っていきそうな雰囲気はあるね」
「何もなきゃそうだろうけど、商業主義的に歪んだりプロパガンダとかに利用されたりするから、そっち方面は警戒しといた方が良いんじゃね」
「ふふっ、リョーマって音楽のことになると本当に真面目だね」
「うっせー、褒めても何も出ねえからな」
「いつもありがとう、かな。みんなが居てくれて本当に助かってる」
「な、何だよ改まって。調子狂うじゃねえか」
マンネリというのは怖い。マンネリは退屈を生み、退屈は停滞からの脱却を促す。仮に我々のやってることに意義が見いだせなくなってしまうと、そこでバンドは終わってしまうのだ。外からいくら望まれても、それがバンド全体のモチベーションに繋がらなければ動くことはできない。
「やっぱりコンテストを開いて正解だったな。色んな考え、色んな音楽が広がっていく。まだ一つ一つは拙くても、これからを期待させるものを多く貰えたよ」
「アブ、それ以上は締めの感想にとっておけ」
ダンディがあたしの言葉を遮る。
「あ、ごめん、なんか湿っぽくなっちゃったね。まだまだ始まったばっかりなのに」
「そう言えば、姫様ズとルイーズのバンドってまだ出てないよな」
リョーマに言われてあたしはその存在を思い出した。慌てて出演者リストを確認する。
「あー、そういえばそうだったな。それっぽいのは・・・流石にバンド名じゃ判別つかないな」
「サキはルイーズからなんか聞いてねーの?」
「練習は見てたけどバンド名までは知らない」
「ふ~ん、そうなんだ」
ラディオスならなんか知ってるかと思ってPAブースを覗いたが、忙しそうにしていたため声をかけるのを見送った。
「じゃあ、どうせ全部見るし、分かんないなりにリスト見てどれか当ててみない?」
「よっしゃ当ててやるぞ!」
あたしの提案にリョーマが乗ってきた。
「この『ロイヤル・トリニティ』って怪しくないか? スリーピースだし」
「んな安直な」
「いいや、これにする」
「ダンディは?」
「そうだな・・・姫という立場を鑑みるに自由への憧れがあるのかもしれない。であればこれだな『ワイルド・ライオット』」
「振れ幅大きすぎない?」
「あくまで仮定の話だ。そもそもこの中ではアブしか姫の顔を知らん」
「そりゃそうだけど・・・あたし、この『シャイニー・プロムナード』ってのに賭けよう。なんかビビッと来た」
「キラキラし過ぎじゃね?」
「そういうの好きなお年頃だと思うけどな~。サキは?」
「この『†漆黒のアバドン†』ってやつ、名前がかっこいい」
「趣旨が変わっちゃってんじゃん。てか読めるんだ」
「かっこいい単語は覚えやすい」
アバドンってなんかのバケモンだった気がするけどまあいいか。
そこに会場へのアナウンスが響き渡る。
「お待たせしております。復旧作業が完了し、まもなく再開となりますので、今しばらくお待ちください」
あたしは後半戦も満喫するつもりで審査員席で再開を待った。
「全くけしからん!」
「ステージガン見してたくせに何言ってんだか」
先程の演目は『サキュバス・メモリーズ』というグループだった。現職のサキュバス店のキャストということで宣伝とお色気全開だったのだが、演奏のレベルはというとかなり志が低くて雑だった。リョーマがぷりぷり怒りながら選評を書いているのをあたしは横から白い目で見ていた。
「もうなんかバンドのレビューっていうかグラビアアイドルのレビューだね」
「しょうがねえだろ。音に言及したらやる気出してもらえないようなことしか書けねえんだよ」
「あっそう・・・」
音楽の振興のための苦渋の決断というのも分からなくもないが、馬鹿正直なリョーマもそういった政治的判断ができるようになったという事を喜ぶべきなのか。
「えっと次のバンドは『玉響』か・・・ん? ブラディオが警備にいるってことは、これ姫様とルイーズじゃない?」
「予想は全員外れだな」
「まあ、他の候補がこんだけあったら外れるでしょ。にしても『玉響』か・・・」
『玉』は王家に連なるもの。『響』はその音。結果論ではあるが、最初からシンプルに答えは見えていたということになる。
「さて、どんなステージを見せてくれるのかな」
つまるところの関心事はそこだ。程なくして、幕は上がり、おおよそ庶民的ではないドレスで着飾った少女が姿を見せる。背格好からしてギターがベアトリーチェ、ベースがアンリエッタ、ドラムがルイーズだろう。彼女たちはみな、顔の大半が煌びやかな仮面で覆われていた。
“遠い昔に離れてしまっても 一人じゃない 一人じゃないわ
細い腕が体を支える 私たちはここにいる”
歌詞は一言で言えば実存主義的だった。その上に叙景と情緒があった。確かな教養の下地に、持って生まれた才。それらがたった今、芽吹いたと思わせるだけの説得力を持って迫っていた。
「ありがとうございました」
最後は優雅な一礼をしてステージの幕は下りた。あたしは惜しみない拍手を送った。
「いや~、良かった良かった。ルイーズうまかったじゃん。サキの教え方が良かったのかな?」
「いや、実を言うとあんまり教えてない。練習見てただけ。でもまだ下手だと思うな。歌いながら全然叩けてないし」
「初心者への要求が高すぎる・・・」
リョーマは最近、少しずつ配慮することを覚えた気はするが、サキの感想にはオブラートが全くない。それでも積極的に他人をくさしたりすることはないのだが、知人に対しては厳しいところがある。
「それにしても3人全員でコーラスするのは意識が高いというか、バンドって感じがしたよね」
「ちゃんとハモってたしえらいよな~。他のバンドって全然ハモってないし、これは頭一つ抜けたか」
まあ、練習環境が良かったのだろう。何たって王家だし・・・。多分、観客も気づいてるけど配慮して言わないだけだよな。
「観客の会話聞いてたら、なんか姫様ってこと気づいてんの俺達だけっぽいわ」
「え、嘘でしょ?」
「う~ん、多分この感じは認識阻害系の魔法だな」
「名誉宮廷魔術師のタガールさんの仕事なのかな?」
リリカに習った記憶によると、認識阻害の魔術は弱ければ弱いほど気づかれにくいらしい。それ故に最初から注意深く意識していた我々は気づけた、ということか。
「ま、そんなことより次だ次」
リョーマの声に、あたしの意識は逆サイドのステージの幕へと向かった。




