第88話 とりコン
翌朝、我々は冒険者ギルドを訪問し、支部長であるステラさんへの面会を求めた。
「つまり、アーヴィンと同じぐらい優秀な魔導技師の方を探して欲しいと」
「そうなんだよね。冒険者証を作った人と同じぐらいユーザーインターフェースに明るい人材が欲しいんだけど、心当たりってあったり?」
「無くはないですが。利用用途を詳しく聞いてもよろしいですか?」
「録音した音を編集する部分に関することなんだけど、あたしよりリョーマの方が詳細は分かるだろうから説明は任せた」
「俺? まあいいけど」
リョーマに話を振るとステラさんは少し不満気な表情になった。割と表面を取り繕うのが上手い側なのに、余程嫌なんだろうか。
「――で、録音した魔力痕跡に対して音量や周波数特性の編集機能を持たせた部分に関して画像出力したうえで操作する機能を組み合わせて」
「難題ですね。そちらにいらっしゃるリリカ・エラディンには相談したんですか?」
ステラさんはリョーマの説明を切ってそう返した。リリカは眠そうな表情を浮かべている。
「いや、技術的な話って魔法そのものと関係薄いのかなと思って」
「生憎と魔道具までは研究の対象外だ。我に話をしても途中で席を外しておったと思うぞ」
「そうですか。では、私からどう難しいのか説明します」
ステラさんはホワイトボード的な立体投影魔法を展開し、現在リョーマがやろうとしていることの技術検証における問題点を指摘し始めた。
「魔力はリアルタイムな変化には柔軟ですが、過去の記録の改変や偽証、複製に対する概念抵抗が強いです。つまり魔力によって保存された痕跡は容易に編集できないのです。あなた方の世界における科学の概念は非常に興味深いですが、世界も違えば理が違うのも十分留意するべきでしょう」
それを聞いたリョーマは少し考えた。
「う~ん、だったらトラック毎に分割するか、パート毎に別録りした上でさらに別の記録媒体へ出力を調節することで解決できないか」
「なるほど、音量はそれで調節は可能でしょう。周波数特性というものは存じ上げませんが、どのような概念なのでしょうか?」
「流石にそれを短時間で説明できる気はしないぜ」
「リョーマ、あの自分で書いた冊子のコピー持ってないの?300ページぐらいあるやつ」
あたしはかつてリョーマがラディオスに読ませる目的で書いた冊子のことを思い出した。リョーマがマジックバッグをごそごそし始めた。
「あったわ。この部分なんだけど」
「拝見します」
ステラさんはそれをぱらぱらと眺める。
「なるほど。深い理解を得るにはまだ読み込まなければならないですが、技術的に可能だろうという目算は立ちそうです」
「本当か?」
「あとはこれを実現するために必要な人材に関してですが、現在ドラテナで国家魔導技師をやっておりますので、引き抜きをしなければなりません。ある程度の外圧はかけられますが、本人の説得に関してはやはり直接出向く必要があるかと考えます」
「ありがとう! 助かったよ! スケジュール的には聖都のライブ後が良いかな」
外圧とかいう物騒な単語に関しては突っ込まないものとする。直接会うならその時にステラさんから変な条件を飲まされていないか確認しよう。
「いえ、私もアブさんのお役に立てるのでしたら光栄です。こちらの冊子は頂いてもよろしいですか?」
「ああ、写本してあるからな。本当は1億部ぐらい印刷して全人類に配布したいところだけど」
「ふん、迷惑なヤツだ。しかし、その冊子、我の分は無いのか?」
「わりいけど、写本はそれで最後だ。原本まで渡したら書き直しになっちまうんだわ」
「そうか、ならば仕方あるまい」
リリカも少しだけ興味を持ってくれたようだ。
「っと、手紙によるとこの辺っつー話だが・・・」
「あれじゃない?」
あたしたちは王都に移動してまず、ラディオスの元を訪ねることにした。大きく『音響藝術ギルド』と書かれた看板に目を引かれ、あたしは指を差した。
「はん、大層偉くなったもんだな。どれぐらい成長したやら」
「たのもー!」
我々は門扉を開き、中を見渡すと、ギルド職員と思しき人たちが忙しなく働いていた。その中に見覚えのある毛深くて長い耳の兎人族、ラディオスの姿があった。
「リョーマ師匠じゃないですか。コンテストはもう明日から始まっちゃうので心配しましたよ」
「連絡できなくてすまねえな。何せ手紙より早く着いちまうもんでよ」
「例の隕石みたいな移動方法ですね。本当に非常識な方々だ」
二人はがっちりと握手を交わした。
「耳は腐っちゃいねえだろうな」
「まさか。それに、俺が成長させなければならないのは耳以外です」
ラディオスと旧交を温めていると、周りが少し騒がしくなってきた。
「あれは英雄の・・・」
「うそっめっちゃ近い・・・」
職員は我々が誰か知っているらしい。通行人にはバレなかったのに。
「はいは~い! 我々は『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』です! コンテストでは審査員を務めさせていただきますのでよろしくね☆」
「ビシバシ指導してやるから覚悟しとけよお前ら! ヘマしたら耳にモノラルプラグ突っ込んでヴ〇ン・ヘイレンの刑あだっ、引っ張んなって」
リョーマを脇にやって再び喋る。
「轟音で耳を酷使する仕事なので、人によっては片耳が聞こえにくくなったり、高音が聞こえにくくなったりすることもあると思うので、回復魔法を使うなりして対策しましょうね」
実際、地球では蝸牛をいわしてる業界人は多い。幸いなことに、この世界では回復魔法があるのでケアをしっかりしてもらうことにする。気遣いでポイントを稼げたのか、まばらながら拍手で迎えられた。
「しかし、良くこれだけ集められたな」
「普段から交友関係は広かったですからね。ダンスクラブにいた悪魔族のボーマン。彼のこと覚えてますか?」
「ん~まあ薄っすら記憶にあるような」
「彼にはギルド長やってもらってるんですよ」
「おめーがやんねーのかよ」
「組織の長なんて現場に出れないつまんない閑職ですよ。高い給料もらっても俺はそんなのごめんですね。ボーマンも飲み歩いてるだけで人気者になれるいい仕事だって喜んでますよ」
まあ、適材適所だろうからうまく行ってるうちは任せてもいいだろう。そもそもそういうとこに口出すと自立できなくなってしまう。我々は立ち行かなくなった時のケツ持ちをするぐらいの気持ちでいいのだ。
「で、何組集まったんだ? 出演者は」
リョーマの言葉にギルド職員に緊張が走る。これで0組ですとか言われた日には“何がいけなかったんすかね~”とかぼやきながら反省会をするしかない。だが、1組は王家の姫とルイーズがお忍びで来てくれるはずだ。1組だけだったとしても絶対に逃さんからな!
「出演は108組です。噂を聞き付けた外国籍の参加者もいらっしゃいます」
「多いな」
あたしはホッとした。
「ですが、国外勢のほとんどが申し込みの締め切り直前に押し寄せたので、予選のスケジュールが1日で終わる目途が立っておらず・・・」
「出演者に曲目が何分何十秒かかるか聞き取りはしたのかな? 1曲5分として転換5分の時間を足してだいたい10分ペースでやって行けば1080分、つまり18時間で予選が終了するって計算になるでしょ。2つに会場を分ければ9時間で無理なく終わらせられるんじゃないかな」
「ですがそれですと審査員であるあなた方が全員を鑑賞できないのでは」
「あたしとリョーマが会場Aに行くからサキとダンディは会場Bで」
「りょうかい」
「それで構わない」
寡黙な二人の許可をいただいた。あたしはラディオスに確認する。
「何とかなりそ?」
「はい、俺はあなたたちを全部聴かないと気が済まない人たちなんだと勝手に思ってましたけど、本人に確認を取ったわけではなかったので」
「俺は全部聴きたいぞ! 会場を1つにしてステージAとBで転換と演奏を交互にローテーションすればノンストップで回せるだろ!」
「あ~夏フェスでよく見た形式だ。それがいいかもね」
あたしはリョーマの案を評価した。なるべく口出ししない方針だったのに結果的に相当干渉してしまったな。
「でもまあ、ラディオスが決めなよ」
「リョーマ師匠の案が一番良いのは火を見るより明らかでしょう。採用させて頂きます」
「あ、じゃあサキとダンディも一緒に採点できるね」
「うい」
「分かった」
2人とも振り回してごめん。
「リョーマ師匠、昼休憩の時間が無いようですが」
「うっせー、音が安定したら卓の下でバレないようにイ〇ゼリー飲んどけ」
「承知しました」
この世界にイ〇ゼリーの類似品はあるのか・・・。
王都の中心部から外れたところにある公園の広場でそれは催された。大きすぎず小さすぎないステージ2つを望む広い会場。二つのステージを見下ろすように会場の外周は緩やかな斜面になっており、座席はなく、敷物を敷いて座り込んでるカップルや家族連れ、組み椅子と執事を持ち込んだ老婦人など様々な人が思うように振舞っていた。
「それでは防音魔道具入ります!」
「防音魔道具ヨシ!」
近隣への騒音を勘案して会場には防音魔道具を広域に展開している。スタッフが一つずつ魔道具を起動していくのが見える。
「晴れてて良かったね」
「雨降ってもこの世界なら何とかなるんじゃね?」
「それはそう」
などとPAブースに近いところにある審査員席でリョーマと雑談しているうちに開演のブザーが鳴り響き、我々が録音したSEと共に上手側の幕のかかったステージ脇に司会進行らしき人物が姿を現した。小悪魔風のファッションに身を包んだ若い女性のスタッフだ。
「大・変・長らくお待たせしました。第一回とりあえずバンドコンテスト、通称とりコン。まもなく予選が開催いたします。第二回が開催されるかどうかは、舞台を担う出演者の皆さん及び会場の皆さんの盛り上がりにかかっております。共にイベントを盛り上げていきまっしょ~う!」
盛大な拍手と共に、まばらだった人だかりはステージ前へ集まりつつある。固定で椅子などを持ち込んだ人は動かず遠巻きに見る姿勢だ。
「開催の前に軽くルールをご説明します。お手元のパンフレットにも記載がある通り、今日は王都に熱い夜をプレゼントして頂いたのも記憶に新しいあの『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』にお越しいただいております!」
歓声と拍手が上がる。あたしは手を挙げてにこやかに笑顔を振りまいた。リョーマは会場を見据えて目と耳がガンギマっている。他人の音に飢えすぎだろ・・・。
「メンバーによる採点と、会場にいらっしゃる皆様の反応の合計点上位10組が明日のファイナルへ進むことが出来ます。会場に来ていただいた皆様は、現在演奏されているバンドに点を入れたいか入れたくないかだけをお手元の魔道具のボタンで操作して頂けたらと思います。ふるってご参加くださ~い!」
審査員の採点と会場の採点は50:50になるようにバランスを取っており、得点は会場にいる総数の割合になるので、途中で会場の人数に増減があった場合にも対応している。
「なお、組織的な票の操作を行う事は理論上可能ではありますが、急激な増減は検知出来ますので発覚した場合は事情聴取の対象となりますのでご覚悟下さい!」
そんなやついないだろとは思うけど、これも一応念のためだ。賞金付きの大会ではあるので。
「ご気分がすぐれない方はあちらのレストハウスへヒールスタッフが居りますのでお気軽にお声がけください。注意事項は以上となります。それでは一発目行ってみましょう! バンド名は『ゴブリンレイパーズ』曲名は『スペル・マシンガン』!」
初っ端からド直球の下ネタ来たな。どうなってしまうんだ・・・。
あたしは期待と不安で胸がいっぱいになってステージの幕が上がる様を見守った。




