第87話 欲望
「モラ、がんばっててえらい!」
「ありがとうございます、聖下」
それぞれの代表者に勲章が授与されたところだが、色々疑問が浮かんでくる。後でリリカを問い詰めないと。
「これでだいひょうしゃはおわり。アブっていうこ、だれ?」
げっ。いきなりターゲットにされてるじゃん。
前回も名指しで王室と会食させられたのにまたかと思ったが、相手の立場も立場なのでせいぜい失礼のないようにご挨拶することにする。「だれ?」とか疑問形を使用しつつもベールの下の目は真っ直ぐあたしを見据えているのを感じる。この大勢の中でしらを切ることは出来そうにない。
「あたしです」
「うお~、ほんものだ~!」
それはどちらかと言うと本物の天使を見たあたしのセリフなのだが。ファウスティナ教皇は鼻息を荒げながら凄い興奮してる。
「おうたのはっぴょうかい、たのしみにまってるからね!」
「あ、ありがとうございます。ご期待に沿えるように精進します」
「ファウスティナ聖下のご退場!」
その合図のあと、来る時と同様にファウスティナ教皇は演出魔法で従者を連れて神々しく歩き去って行った。リリカはあたしを見てニヤニヤしていた。
「以上を持ちまして授与式を終了します」
あたしはどっと疲れてしまった。
立場を持った人と接するのは精神力を消費する。
会場を後にしながらあたしはリリカに質問をした。
「なんで天使様が人間の教団の教皇なんてやってるわけ?」
「話すと長くなる。我が説明すると脚色するやもしれん。どれ、そこのミリアとか言ったか」
「えっ! わ、私ですか?」
『ダスク・エヴァンジェル』の2軍ヒーラーであり、最近はもっぱらクランの経理担当というような様相を呈してきた彼女は、寝耳に水といったような面持ちで挙動不審気味に応えた。
「なるほど、つまりファウスティナ教皇聖下の来歴を知りたいと」
ミリアはカバンをごそごそしだして何かを取り出した。
「書籍は何冊か出ておりますが、私がオススメなのはこの『無垢の生き字引き』ですかね。教会と教国と聖下の歴史を無骨ながらも臨場感あふれる筆致で――」
「いや、話を聞いて興味が出たら読んでみるよ・・・」
「そうですか、残念」
ミリアは残念そうに言うと、真面目に語り出した。
「ファウスティナ様が降臨なさったのは今から250年前の事。当時から女神スランより遣わされた天使という事で、権力闘争の道具になりかけておりましたが、よくよくお話を聞くと女神スラン様は眠りについており、いずれ目覚める日のためにその間の信仰を預かる役目を負っているのが自分だと仰ったのです」
「へえ」
「ファウスティナ様を武力で奪おうとする輩は滅び、逆に平和的に保護しようとする勢力は恩恵を受けました。それからは皆はファウスティナ様を巡って争うのをやめ、信仰を集めるべく教団を設立しました。それが約200年前のことです」
「そういえば神聖スラン教国としての建国は50年前だったっけ。150年は普通の宗教をやってたのね」
「ええ、その150年の間にも色々ありましたが、おおむねその認識で合っております」
「う~ん、女神とか天使とか普通に居るんだな・・・。あ、一応ステラさんにその存在は仄めかされてはいたっけ」
初対面の時に両性を持つ種族の具体例として挙げてもらった気がする。
「ファウスティナ聖下はご覧の通り天真爛漫な方で、かなりの力を持っておられます。ですが、天使による人間の世界への直接介入は制約があるようで、幼児の姿と精神を保ったままでおられます」
「ふ~ん、それで、女神スラン様は何を司ってる神様なの?」
「豊穣と繁栄です。神聖スラン教国は付近では随一の農業輸出国で、食料自給率は250%を超えております。人口もこの50年で2倍に」
「そうなんだ~」
人口が右肩上がりと言うのは景気が良いが、世代間人口差が広がってしまうとそれはそれで暮らしにくい国になってしまうという現実をあたしは見てきているため素直には喜べない。
「ファウスティナ様が何をお考えになられておられるか分からないという声もありますが、女神スラン様の正統なる使いという立場を疑うまでもなく力を有しているというのは疑いようのない事実です。それに」
「それに?」
「なによりあの無垢なお姿を見て庇護欲を掻き立てられるとは思いませんか」
「まあ、確かに・・・」
それはなんとなくわかる。あたしもこう、父性愛というものに目覚めそうになったぐらいには。信者が多いのも納得だ。
「ステージの構想、少し頑張らないとな」
あたしは人知れず気合を入れたのだった。
表彰式の後、バンドのみんなとリリカ、メリッサと一緒にルルイエに寄っていた。工房の様子を見るためだ。注文した楽器を回収したらルルイエのクランハウスで1泊して、明日からは王都へしばらく滞在するプランになっている。
「おう、ヴァンダル! 元気にしてたか?」
リョーマはちょうど顔を見せたヴァンダルに声をかけた。
「久しいな。お陰様で鍛冶仕事にとどまらず細かい金物の依頼が多く届いて工房の大きさを倍ぐらいにする計画が進行中だ。ただ、鍛冶ギルドの俺より木工ギルドのビゼリの方が忙しくてな・・・」
そう言うとヴァンダルは併設してある木工ギルドの方を見やる。明らかに人の出入りが激しい。
「で、頼んでた品はどこだ?」
「ああ、それならアーヴィンのところに・・・っておい! まだ話の途中だぞ」
「へへっサンキュー!」
それを聞いたリョーマは走って行ってしまった。失礼なヤツだ。
「全く。変わっちゃいないな」
「ごめんごめん、後で言っとく」
「いや、いい。俺がリョーマに近況を話しておきたかっただけだ。あいつはあいつでやりたいことがあるんだろう。構いはしない」
ヴァンダルは相変わらず器が大きいな。
「あれで昨日まで魔法薬で女になっていたというものだから不思議なものだな」
「そういう噂は広まるのが速いのね」
「聖都のなんとかいう新聞の記事に書いてあったそうだ」
「あ~、あたしも取材されたなそういえば・・・」
「しかし、あれだな。もうお前たちも超一流冒険者らしくなってきたんだと思うと早いものだな」
「う~ん、1か月か2か月ぐらいしか経ってないと思うけどめちゃんこ色々あったね」
「初対面でいきなり怒りを爆発させておかしなヤツだなとは思ったが、そうだな」
ヴァンダルは遠くを見る。
「やはり、目だ。お前たちは選ばれた者の目をしている。それは出会った時から変わっていない。吟遊詩人や音楽のことは今でも分からんが、注文を受けた楽器がどう鳴るかは職人として品質面の関心事ではある」
「ヴァンダルは真面目だね」
「ふん、どう見えるかはさておき大切なのはここだ」
ヴァンダルは自身の胸板に拳をもってきて軽くトントン叩いた。
「技術が拮抗した時、差が出るのはそこだ。設計時の思考の深さ。仕事を支える生活。全てが魂と繋がっている」
「うん、あたしたちもそう」
「ひと月ほど前、俺もあの会場の中にいたが、それを見せるための音楽というわけか。アブが他の吟遊詩人とは一線を画すのも分かる気がするな」
「あんまり褒められると照れるな」
ステージ以外での努力を評価される機会は少ない。
「正直、みんながあたしたちの音楽を聴いてくれるのは、あたしが大手クランに所属している吟遊詩人だからっていうブランド込みなのかなって思うこともあったけど、いざステージに立ったらもうなんかそういうの関係ないよね。楽しい空間にしていこうっていう意識が先導してくれる」
あたしはかつてステージを設営した街外れの空き地の方を見た。
「王都のコンテストとスラン教国でのライブが終わったら凱旋ライブなんかもいいかもね。やっぱこの町はホームっていう気がするよ」
「俺は王都出身だが、この街に愛着も湧いている。実は婚約者が居るんだ」
「ええっ!? あたしの知ってる人?」
「いや、多分面識はないはずだ」
「な~んだ。まあ、今度紹介してよ」
「ああ、タイミングが合えばな」
雑談に花を咲かせていると、リョーマが大量の楽器を抱えて戻って来た。アレ全部要るのか? まあドラムセットは個人的に叩きたいらしいから許容するけど、ってかあたしも叩きたくなったから注文しとくか・・・。
ジャ~ン・・・♪
アウトロの余韻とともにリョーマが練習室の隅にある魔道具を操作する。その上のくぼみにはまり込んでいた色付きのビー玉のような魔石がほのかに光る。
「これで録れてるはずだ」
「さて・・・」
リョーマはそのまま魔道具の操作パネルをポチポチした。
“ああ 揺り戻してくれ~”
「おお~録れてる録れてる」
聞き覚えのある・・・と言ってもあたしの歌だから当然か。自分の声は録音すると違和感があるものだが、録音に慣れてくるとそんな気もしなくなってくるから不思議なものだ。先程演奏した曲の途中から再生されたようだ。
「やったじゃん! 録音魔道具だなんてすごい!」
「いや、これは元々この世界にあった録音魔道具を改良したものに過ぎないぜ」
「録音魔道具自体はあったんだ?」
「ああ、高価で珍品。しかも音質が火星人の電波並みに良くない。集音も指向性もゴミ同然だ。それを外部機器の接続を出来るよう調整してようやく使い物になるレベルまで磨き上げたんだ。まあ、アーヴィンのおかげだな」
「これでライブの一発録りは可能になったけど、ミックスは?」
この状態でもマイクを複数繋いでそれぞれの楽器の出音を拾えば実現可能だろう。ただその後の編集は難しいと思う。
「それなんだよなあ・・・ミキサー的な魔道具の構想はあるけど、ユーザーインターフェースっていうのか、そういうのが得意な人材が居ればいいんだけど」
「ステラさんに頼んでみる?」
冒険者の登録システムを構築したのはステラさんだと聞いている。魔道具の操作パネルに知見はあったりしないだろうか。
「それは考えてみたけど相手はギルドの支部長だぞ? 本業しながらできる作業じゃねえよ」
「まあそうだよねぇ。伝手とかあるだろうし、ダメもとで出来そうな人を紹介してもらおうか」
「頼むわ」
そういえば、録音技術で思い出したけど、インターネット構想は頓挫したままだったな・・・。
「サキ、ごめんけどインターネットを作り直すのは正直、無茶だったっぽい。期待させといて申し訳ない」
「いいよ。アビーの動きで癒されてるから。ショート動画はとりあえず大丈夫」
「ああ、そっちで気は紛れてる感じなのか・・・」
「まあ、できればまたショート動画見たいけどね」
う、まあチャンスがあったらできそうな人に丸投げしよう。コンプライアンスとかを気にしない、でかいビジネスを志すブルドーザーみたいな人材がどこかにいるはずだ。
「しかし、随分課題は前に進んだね」
「あとは理想の楽器の作成。理想の音響機器の作成。理想のシンセサイザーの作成。理想の録音媒体の作成。理想の――」
「リョーマの中では全然進んでないんだな・・・」
改めてあたしは、この男の深い欲望を頼もしいと思った。




