第86話 二度寝
「じゃあ行くぜ」
ここはホテルの共用部であるラウンジである。バンドのみんなとザナンダと『第七特殊迷宮攻略分隊』の面々が見守る中、リョーマはそう言うと、生唾を飲み込みながら瓶に詰められた緑色の液体を見据えた。服装は男に戻っても良いようにゆったりとしたものを着ている。
「で、これの材料ってなんなん?」
「飲んだら教えてやる。早く飲め」
「チッ、分かったよ」
リョーマはザナンダに急かされ、瓶の封を開けてその中の薬品を自らの喉に全て流し込んだ。
「うわっマッズ・・・」
「味は改善中だ。吐くなよ」
「まあ我慢できないほどじゃないけど・・・おお?」
そんなやり取りをしているうちにリョーマの体が変化してきた。髪の色は抜け、毛は短くなり、骨格は大きくなり、筋肉は太くなる。
「おお~!」
「すぐに変わるもんだな」
「女になった時もそんな時間かかんなかったしな」
すっかり男に戻ったリョーマ。女になる時は同じ薬をもう一度飲めばいいらしい。
「こいつの材料だが、サダマ草の茎、イオンナビスの花粉、シュリゲラの甲殻、高濃度錬金液ε、ドラゴンの糞などだ。ほかに食塩などの一般的な材料も使うが、それらは錬金術ギルドや食料品店で手に入るだろう」
「ドラゴンの糞って・・・まさか」
「ああ、アビーのフンを少量採取したぞ」
「あっはっは、リョーマ、ウン〇食ってやんの!」
「うっせーな、背に腹は代えられんだろうが!」
聞き慣れたトーンのリアクションが返ってきて、あたしも少し安心した。
「で、もうアクトレスは使えなくなった感じ?」
「ああ、多分な。その代わりにレンジャーの力が戻ってきたのを感じるぜ」
性能的には下位互換気味だが、嬉しそうにしてるしこれ以上水を差さないでおこう。
「良く戻って来たな」
「待たせたな!」
リョーマがダンディと拳を合わせる。ダンディは男女比的に肩身は狭かっただろう。
それはそれとして・・・。
「ああ、うぐっ・・・アイリさん。グスっ・・・ェッ」
部屋の隅でひたすら激しい嗚咽を漏らしながらみっともなく泣く男の姿があった。
「うわっ、しょうがないとはいえ心が痛くなるな・・・」
“アイリさんを見送りたい”という事で決死の覚悟で立ち会ったジークだったが、喪失の衝撃に耐えられず、精神に大ダメージを受けていた。
「よりによっていなくなった後に残るのがこんなんじゃね」
「失礼すぎんだろ! 意外と俺は向こうでも真面目にやってんだぞ」
「はいはい、分かってるって」
実際のところ『第七特殊迷宮攻略分隊』から上がってくるリョーマの話はやらかし2割、賞賛8割といったところだ。普段の行いを鑑みるにこれは驚異的な数字だ。アリルさんがしょげてるジークに言葉をかける。
「ジーク、泣くなとは言わん。これまで適当に話を合わせてくれるリョーマの好意に甘えていたが、そろそろ現実に向き合う時だ」
「姉さん・・・。そうだ、俺が不甲斐ないばかりにアイリさんは去ってしまった。アイリさんに釣り合う人間になるよ。そうなればきっとまた巡り会えるはずだ」
「いや、そうではなくてだな・・・」
ジークってあんなに思い込みの激しい奴だったんだな・・・。よく社会生活を送れて来れたと感心する。リョーマがまともに見えてしまう。
「まあ、薬もっかい飲めばアイリにはなれるけど」
「リョーマ、憐れみはよせ! ダンジョンの活性化が落ち着いた今、俺はもう一度自分を見つめ直す旅に出るつもりだ。属性が氷に偏り過ぎているという自分の戦力的な弱点も見えているしな」
確かにジークは最高峰の呪術師だが属性は単一で、氷属性が無効な敵に対してはサブウェポンである短剣を用いた物理攻撃に頼ることが多いと聞く。
「だが、汝のその力は属性を偏らせることによる制約によるものではないのか?」
魔法職の事情に明るいリリカが尋ねる。
「もちろん自分の強みは損なわない形で第2の刃を磨く。少しアテがあるんだ」
「ほう? 我に師事した方が良いのではないか? 自分で積極的に使う気は無いが呪術の運用についてもそんじょそこらのマスタークラスには後れを取らんぞ」
「えっ、リリカがジークを弟子に!?」
あたしは思わず驚いてしまった。
「いや、結構だ。身内に近い人物の世話になるわけにはいかない。それでは心身の荒行にはならない」
「振られてしもうたわ。どうやら女には一途と見える」
「えっ、リリカ浮気するつもりだったの?」
あたしは少し動揺した。そして、今まで沈黙を保っていたエナさんが言葉を発した。
「リョーマ、返事を待っているところ悪いんだけど・・・」
「な、なんだ?」
エナさんは意を決したように伝えた。
「確かめたいことがあるから、今晩夢に入らせてもらって良い?」
「・・・分かった」
それを受けたリョーマは真剣な目をして応える。
そして二人はホテルの寝室へ消えていくのだった。
「シスター・エナも寿退職が近いか?」
「あれだけ優秀な人材の後釜を探すとなると苦労しそうだが、まだ早計だろう」
フェンリスとアリルさんはそう話すとその場は解散になった。
(くっ、気になって寝れない・・・)
我々に謎を残し、夜は深まるのであった。
私の名前はエナ。ザインヴァルト正教会のシスターであり、『第七特殊迷宮攻略分隊』のヒーラーであり、冒険者の踊り子としては並ぶものは無いと自負する夢魔。
「スリープ」
「ぐう」
私は、私の膝に後頭部を預けたこの男に睡眠魔法をかけ、眠りに陥らせた。本来はカウンセリングや応急処置のために使うこの力を今日は少し私的な目的で使用する。
(実際、条件だけ見ればそう悪い相手じゃないのよね。ダンジョンを2度も踏破した吟遊詩人で顔は良い。職人気質でこだわりが強くて少々性格に難はあるけど、そういうもんだと思えば味も出てくる。何も考えずに夢中になれたらなとは思うんだけど・・・)
そんな他愛もないことを考えながら、目の前の相手に意識を集中させる。魔力とも、気のエネルギーとも違う、いわば夢の力を同期させ、自身も睡眠状態へと誘う。
「さてと、この夢も1カ月ぶりね。相変わらずトンチキな世界だこと」
見るもの全てが新しく興味深いこの果ての無い世界でも、私には夢の主がどこに居るのかぐらいは分かる。私は大通りの人込みの隙間をすり抜けて雑居ビルの階段を降り、分厚い防音扉のレバーを回して押し開いた。
「おっいたいた」
スタジオの隅で4発のスピーカーから小気味良いクランチサウンドが鳴り響き、キャビネットの前でヘッドアンプのつまみを小刻みに調節しているのはこの夢の主であるリョーマだ。
「うおっエナさんじゃん」
「エナさんじゃんじゃないでしょ。元の世界の夢だからって隙あらば真空管アンプをいじりに行って。先が思いやられるわ」
「いや、アンプ鳴らせると思ったらつい・・・この前の内容覚えてないけど、エナさん居ると夢がメチャクチャリアルなんだよな」
「実際、夢魔が夢に介入すると明晰夢になりやすいし、ちょっとやそっとじゃ覚めないわよ」
「ふ~ん、そうなんだな」
気のない返事を漏らすリョーマ。告白の返答待ちということもあって少しソワソワしているようだ。
「で、何を確認したいんだ? 虫?」
「やめてよね! ちっちゃい虫があんまり好きじゃないのは本当なんだから」
その言葉にリョーマは少し驚いた。
「う~ん・・・その言い草だと、振られたのって虫が決定的な理由じゃないっぽい?」
「全部説明すると時間が足りなくなるから、ちょっと眠っててもらおうかな」
「えっ、今って夢の中だと思うんだけど、さらに寝るとどうなるんだ?」
「ん~、リョーマ視点だと意識が持ってかれるだけかな? どうせ起きたら覚えてないし」
「ひどくね?」
「ちょっと悪いとは思うけど~、見過ごせなくてね。スリープ」
「じゃあまあしょうがねえな、んごおお・・・」
私の魔法を浴びると盛大ないびきをかいてリョーマが即落ちした。
「ごめんね。でも、あなたの想いにはちょっとだけ真面目に応えてあげたくなったんだよね」
いびきが収まり、リョーマは静かに寝息を立てる。
「深い眠り。普通なら私も夢からはじき出されるはずだけど・・・」
普通ならそうだ。だがこの男は普通ではない。しばらくリョーマを観察していると、その体が女のものに変化していった。目を擦りながら伸びをして起き上がる。
「こんばんは、眠り姫。アイリさんでよかったかしら」
「そういうあなたはエナさん。初めまして。アイリです」
やっぱり思った通り、無意識下に独立した自我が芽生えていたようだ。悠長にしている時間は無いので、聞きたいことだけ聞く。
「いくつか質問をします。リョーマに出会う前のことを覚えていますか?」
「あまり覚えてないですね。家族との会話ぐらいは思い出せますが」
「自分が亡くなった後のことは覚えていますか?」
「・・・覚えています」
不安そうにそう答えるアイリ。回答は決定的だったので取れる処置をする。因みに夢の中で夢魔に嘘をつくことは無意味だ。
「残念ながら、あなたは本当のアイリではありません。リョーマの記憶が生み出した幻想に過ぎません。ですが、あなたには最近のリョーマの身に起こった出来事を通じて自我が宿りつつあります」
「やはりそうなのですね」
自覚があるようだ。協力的だと嬉しいのだけれど。
「あなたは、このままリョーマの中に残れば、いずれ記憶と一緒に薄れて消えます」
アイリは静かに私を見つめていた。
「ここで緩やかに朽ちるのを待つか、別の場所で生を受けるか。どちらを選びますか?」
私は彼女に選択を委ねた。
「あー、あったまいてえ・・・」
聖都セイラムの中心に位置する大聖堂の中、リョーマはそう言うとだるそうにしながら整列した。ちょっと離れたところにエナさんも同じく疲労を感じさせるような表情で立っている。
「やっぱ夢の内容覚えてないの?」
「開幕スタジオでアンプ弄ってたところまでは微妙に覚えてる」
「リョーマって夢の中でも音弄ってんのね」
「いや、あのリアルさ体験すると病みつきになんぜ。ってかなんで微妙に覚えてるんだろ。前回はほとんど覚えてなかったのに」
「エナさんの優しさかもね。楽しい思い出は残してくれたんでしょ」
「肝心の用事が何だったのかは全く分かんなかったぜ」
「早いとこ付き合っちゃえばいいのにね。リョーマなんか尻に敷きまくれば幾らでもいうこと聞かせられそうなのに」
「バ、バッカ! そういうこと言うんじゃねえよ。俺は割とエナさんに関しては真剣なんだから」
「コホン、そろそろ始まりますので静粛に」
「アッハイ」
「すみません・・・」
あたしらはマロゾフさんに窘められ静かにした。
授与式には様々な教会関係者が出席していた。マロゾフさんはもちろんのこと、神官長のイルマさんや神殿騎士ラーゾフの姿も見えた。
「暁の女神スランの御使いであらせられるファウスティナ教皇聖下がおいでになります」
拍手と共に付き人の光源魔法で演出されながら仰々しく登場した小柄な女性が壇上に進み出た。ベールで顔を隠しており、その素顔をうかがい知ることはできない。
(ん? 子供?)
一瞬そう思ったが、この世界は多種多様な種族が共存しているため、顔や体形などで年齢や精神成熟度を判断するのは失礼の元だ。そういう種族と仮定して敬意を払うものとする。
「あのね。ダンジョンを攻略して、とってもえらいからにじゅうまるだよ!」
・・・子供だ。
(子供なの? 聞いてないんだけど・・・)
あたしは思わず念話でリリカに語り掛ける。
(聞いてないと言われてものう。聞かれなかったしな)
(どうリアクションすればいいのか分からないから手短に教えて)
(手短に、か。そうだな、スラン教国のファウスティナ教皇は・・・)
リリカは少し溜めを作って言った。(言ってない)
(天使族だ)




