第85話 反転
メリッサと中華風の娘(名前を知らなかったので一心斎に聞いたがシャンシと言うそうだ)の両名は、マジックバッグから庭にそれぞれの厨房を展開すると、ほぼ同じタイミングで焜炉に火をつける。
「まずは火の準備から。流石に両者、手際が良い」
「包丁捌きが速過ぎて食材が勝手に割れてるように見えるぞ」
「まな板に使っているあの木はエルダーポローニアだな。楽器には向かないが、少々の傷なら自然に塞がる木材だ」
「ほう、リョーマは異世界人なのに木材に詳しいな」
「とりあえず色んな木で楽器を作ってみたくて調べたんだ。暇があれば伐採して加工してるぞ」
「そ、そうか」
リョーマ、木のこと詳しすぎてブラディオに引かれてるじゃん。蘊蓄を語っているうちに料理がもう出来てしまったようだ。
「早っ」
「では実食に移ります。全ての実食が終わったのち、各料理の合計ポイントで勝敗が決まります」
審査員は5名。料理は4品ずつなので最大20ポイントを取り合う計算だ。
「まずはコカトリスのテリーヌから」
「うまい!!!」
「シャンシの作った物はいつも食べてるけど、メリッサもなかなかじゃないか」
「うますぎる!」
「むう、『アーケイン・ナブラ』も料理人を雇うべきか・・・」
「これどっちか決めなきゃいけないの?」
「残念ながら」
セラフィーネのコメントにユランが返す。
「続いて肉料理! なぜか市場に流通していたベヒーモスの肉です。随分と値が張りましたが、今回はこれを豪快にステーキにしてもらいました」
おお、会場でどよめきが起きる。隣でサキとライラがぼそぼそと会話している。
「え、アレってライラが狩りに行ったやつ?」
「そのようだな・・・」
聞かなかったことにしよう。随分狭いところで経済が回っているものだ。審査員は実食に移る。
「本当にうまい、信じられないほどうまいが・・・」
「ああ、両者そんなに違わない気がするぜ」
ブラディオとリョーマが同じ感想を漏らす。
「当たり前よ。こんなところで差がついたらお笑いよ」
「決まった火加減で一定時間肉を焼くだけなんて素人でもできるアル」
料理人の二人はそう返した。
「なるほど、両者の温度と時間の管理は拮抗していると理解しました。続く品では差が出ることになるのでしょうか。お題はロズホーンの好物であるシチュー。行ってみましょう」
審査員はスプーンを取り、それぞれの口にシチューを運ぶ。まず、ロズホーンに電流が走った。
「こ、これは。まずはメリッサのクリームシチュー。静謐なる水を湛えたような佇まいから溢れ出す芳醇な大地の恵み。これは出汁に魚介類を使っているな? 流石につい最近まで料理人だっただけのことはある。手間を惜しまないその姿勢たるや驚嘆に値する。続いてシャンシのシチュー。これはまさか、野菜のみで構成されている? いや、このような濃厚な旨味を野菜だけで再現できるとは思えぬ。どんな魔法を使った?」
「いや、全然違うけど・・・」
「普通にラゾの油を使ってるアル。素人は難しいこと考えずにどっちが美味いか判定すればいいアル」
「なんだと・・・」
長台詞にプロのマジレスカウンターが炸裂した。ロズホーンって結構料理うまかった気がするけど、舌の方はそんなもんなんだな・・・。
「コホン、身内が大恥を晒してとんだご迷惑をおかけしました。最後はデザートに参ります。どんなものが出来上がるのでしょうか」
審査員の前に2皿のデザートがそれぞれ並べられる。1つはゼリーもしくはジャムで固めたフルーツが上に載っているケーキ。もう一つはシンプルな黒いプルプルした物体に金粉で飾りを付けたものだ。
「私のは普通のフルーツケーキよ」
「こ、これは」
「うまい!」
リョーマさっきからうまいしか言ってない気がするな。まな板の解説がピークだったか。
「酸味と甘味の分離感を果物を漬け込むことによって解消しているわ。シンプルながら感動するバランス感覚ね。私はもっとサイズがある方がいいけど・・・」
「あとで好きなだけ食べたらいいわよ」
「本当!? メリッサ大好き!」
「待つアル。量での買収は不公平アル。こっちも好きなだけ食べたらいいアル」
「どれどれ・・・」
スイーツ好きのセラフィーネが目を輝かせながら黒い物体をスプーンで掬って口に入れる。途端に顔色が驚きに染まる。
「こ、これは・・・。『始原の黒蜜』!?」
「なんと、究極の食材の1つとも冠されるあの『始原の黒蜜』か!?」
「ダンジョンのレアエネミーのドロップ品だぞ! いくらすると思っているんだ!」
様々なリアクションに不敵な笑みを浮かべるシャンシ。
「流石にこんな勝負で本物を使う財力は私にはないアル。これはある食材同士を組み合わせることによって疑似的に再現したレプリカアル。まだどこにも発表していないアル。もちろん研究段階では本物と比較する必要があるのは仕方がないアルが、今回は使っていないアル」
「なんと、これはとんでもない隠し玉が潜んでいました」
「問題は『始原の黒蜜』を食べたことがある美食家が審査員の中にいるかどうかだったアルが、セラフィーネさんはその筋では知られているスイーツ評論家アルからうちのグループの通信網で顔と名前は割れているアル」
「てへ☆」
「ボロゾは食ったことあるの?」
リョーマが疑問を呈する。
「ないね。質の低いものはあまり好きじゃないけど、食にそんなにこだわりはないさ。上を見ればきりがないだろう? しかし、初めて食べたがこれはなかなか・・・」
「結構ハマってんじゃん」
デザートの好評具合にメリッサの表情に余裕がなくなる。
「さて、これより審査に入ります。審査員は各自用意された紙にどちらの料理がおいしかったかを記入下さい」
ユランの進行によりついに判定の時が迫っていた。
集計は滞りなく終了し、発表の準備が整う。あたしは直接食べていないので味の判別はつかないが、心情的にはメリッサの肩を持ちたいところだ。
「それでは結果を発表します」
符術師であるユランが札の束を広げると、おそらく合計で20枚あるのであろう札はメリッサとシャンシの方へ各々向かって行き、地面に等間隔で刺さった。
「メリッサ8ポイント! シャンシ12ポイント!」
「おお」
「シャンシの勝利だ!」
「ぐっ・・・」
「やったアル!」
喜ぶシャンシと悔しがるメリッサ。涙ぐんでやり場のない怒りを寸でのところで抑えているようだ。
「それでは審査員の方々に選評を伺いたいと思います。まずはブラディオさん」
「俺か? 全部旨くて勝敗を付けるにはもったいなかったぞ。分からなかったのはデザートだが、量が多い方に入れておいた」
何で審査員に立候補したんだ? 食いしん坊はたくさん食えればいいのか。だが、それもまた真なり。
「発案者のリョーマさんはいかがでしたか」
「いや~、やっぱ勝負って燃えるな。正直、一流クランお抱えの料理人とタメ張れるメリッサにビビったわ」
あたしもそれは思った。改めてメリッサを育てた料理屋トラペジストの店長、何者なんだ。
「ロズホーン、何か言う事は」
「自分の舌と知識が信じられなくなった。今後、料理は冒険せずレシピ通りに作ることを誓おう」
その、まあ、料理嫌いにならないで。あたしはロズホーンの料理、結構好きだよ。
「ボロゾさん、コメントをどうぞ」
「シャンシが負けるはずないと思ったけど、結構危なかったね。僕の知らない未発表料理まで出して相当この勝負に勝ちたかったのかな? 市場戦略的には説教レベルだよ」
雇い主からの容赦ないダメ出しにシャンシがあわあわしている。
「最後にセラフィーネさん」
「両者の造詣の深さにビックリしたけど、料理そのものの歩みを進めるという気概はシャンシの料理からより強く感じたわ。これも当事者意識の差というやつかしら。勝敗は決したとはいえ、メリッサはその舞台から降りたことを後悔せずに、信じた道を突き進んで欲しいと願うわ」
レベチのコメント来た~! 料理から魂を読み取り、どちらも下げない。セラフィーネの選評は、これが評論家のあるべき姿と思わせるに足る風格を備えていた。
「それでは勝者のシャンシから一言」
シャンシはボロ泣きしているメリッサを一瞥して咳ばらいを一つした。
「敗者にかける言葉はないとは言うものの、メリッサの言う事も一理あるとは思っていたアル。私には敵わないかもしれないアルが、いい線行ってるアル。誇っていいアル。これも私が勝ったから言えてることアル。マスターの言う通り、何が何でも勝ちたかったから、手段を選ばなかったアル。大人げなかったアル」
「シャンシ・・・」
メリッサもシャンシの真面目なコメントを聞いて、泣き止んで鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしている。
「正直、味の分からない奴に食わせるよりやりがいがあるアル。文句は言っていいアルが、私の選択は尊重して欲しいアル」
メリッサは躊躇いがちに、次第に力強く、半ば自分に言い聞かせるように言葉を返す。
「・・・うん。料理の道に関しては、私はもう、外から文句しか言えないんだって分かったわよ。もう、これに懲りたら他人に自分の理想を歩ませようとするなんて烏滸がましい真似はしない」
二人はひしとお互いを抱いてすぐに体を離した。会場は拍手に包まれた。
「雨降って地固まるってやつね」
「誠に良い余興であった。互いに持てる力をぶつけ、新しい風を起こす。それこそが止揚よ」
リリカもご満悦の様子であった。
宴会は日が落ちるまで続いた。修道院のキッズにも料理を振る舞ったり、冒険譚を聞かせたり、直ったオルガンで合唱してもらったり、余興でバンド演奏を披露したり、それは充実した時間だった。
「ふい~おつかれおつかれ! 明日は大聖堂で教皇様から勲章の授与式があるんだっけ」
「その手筈になっています」
モラがそう答えた。リョーマは授与式とかは興味なさそうにそこから先のことを語る。
「それが終わったら一旦アステールに戻らないとだな」
「そうだね、コンクールも予選からガッツリ見たいし」
あたしたちがぶち上げたコンクールの事も忘れていない。責任もって後進を育てないとだな。とはいえ、手取り足取り教えるつもりはない。あくまで自然発生を促進する程度に留めておかないと、こと創作の場においては息苦しいだろう。
「メリッサもわだかまりが解けたみたいで良かったね」
「むしろぶつかるのはこれからじゃね?」
「不穏なこと言わないで。リョーマの方はどうなってるわけ?」
「あー、もうちょっとかかりそうだわ」
表面上は普通に接しているリョーマとエナさんだが、今は微妙な関係にある。
「そういう機微にリョーマは疎いと思ったんだけどな」
「流石に当事者だからな」
1日経ってあれこれ考えてもしょうがないと気づいたのか、憑き物が落ちたのか、まな板の上の鯉なのか、リョーマはいたって冷静に振舞っていた。
「ダンジョンの攻略は終わったし、今日の夜に男に戻るわ」
「えっ」
唐突な宣言にあたしは少しびっくりした。
「男とか女とか関係ないとか言っちまったけど、やっぱ落ち着かねえよ。両生類のアブに言っても分かんねえと思うけど」
「あたしはカエルか! まあ、想像はつかないわけじゃないけど、共感はできないよね。完全生命体であるあたしにとっては」
どちらかしか選べないのはやはり不便だ。客観的にも、主観的にもそう思う。
「あの、オルガンを直していただいてありがとうございます」
モラが会話が途切れた頃合いを縫ってお礼を言ってきた。
「おう、気にすんなって。ダンディのことなら相談に乗るぞ」
「ほ、本当ですか? では好きな食べ物と好きな女性のタイプと・・・」
モラさんはノリノリで相談してきた。が、リョーマはすぐに悩んだ。
「いや、実は好きな食べ物も女性のタイプも知らないんだったわ」
「ダンディ、あんまりプライベートのこと話してこなかったもんね。こっちの世界に来てからは結構喋るようになったけど」
「そうだったんですね、てっきり家族のようなものかと」
「まあ、親子でも不思議じゃないぐらい年は離れてるか・・・」
家族でも知らないことはあるものだ。仮に血縁があっても、究極的には他人という側面は否定できない。
「では、ダンディ様と皆さんの出会いを教えてください」
「えっと、あたしとリョーマがふざけて書いた『弱者男性募集!』っていうメンバー募集に乗ってきたのがダンディだったんだよね」
あたしは当時のことを思い出した。
「ベースはものすごくうまかったから、すぐにOK出して囲い込みに走ったね。あんなにハードボイルドなのに弱者男性を名乗ってるギャップもおかしくてさ。すごく味があって素敵だなって思って。そこからの化学反応の期待度っていうのかな? とにかくワクワクしたわけ」
モラさんはものすごく深くうなずいて真剣に話を聞いてくれた。
「あの、あなた方の世界では『弱者男性』とはどのような存在なのでしょうか。ダンディ様を見る限り、私には額面通りの意味とは到底思えないのですが」
「モラさん鋭い!」
あたしはここからは慎重に言葉を選んだ。
「本来、『弱者男性』というのは異性から見向きもされず、収入も低く、生きづらさを抱えて孤独に生きる社会的弱者を指すスラングです」
「ふむふむ」
「だけど、ダンディは『弱者男性』を自ら名乗ってその枠に属しながら、決して自分の信じるものを曲げない。そうするとそのラベルは反転し、魅力を放つ」
「おお、そういう事だったんですね」
モラさんは得心がいったというような顔で驚いてみせた。
「以上がダンディと何度もセッションして得たあたしの見解です」
「音楽というのはいろんなものを浮き彫りにするんですね」
「う~ん、まあ音楽だけじゃなくて、今日のメリッサとシャンシの料理対決もそうだったけど、人と人が全力で関わり合う。そういうところに言葉を超えた“理解”が生まれるんじゃないかって、そう思うんだよね」
「確かにそうですね。冒険者としての活動だってそうかもしれません」
モラさんに一定の理解を得られた気がした。
「ありがとうございました。またいろんな話を聞かせて下さい」
「本人に直接聞くと良いですよ」
そう言うとモラさんは照れながら離れて行った。あたしはそれを見送った。




