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第83話 日常の中の非日常

 





「待たせたな。ダンディ殿」

「ああ、気にするな」


 カフェのテラス席で茶を啜っていた俺はマリアンヌの姿を確認し、会計を済ませた。


「悪いな。付き合ってもらって」

「それは今更というやつだ」


 俺とマリアンヌは聖都の外苑にあたる共同墓地へと足を運んだ。天候は晴れ渡っており、日差しは強く、風は程よく乾いていた。


「着いたぞ」


 墓群の中の一つに向かい、マリアンヌは献花の準備をし始めた。事前に説明を受けた限りでは、この墓はマリアンヌの許嫁だった者のものらしい。


「許嫁とは年が離れていてな。生きていれば今年で44になる」

「別れはいつ頃だったんだ?」

「11年前。丁度私が成人を迎える前になる」

「・・・」


 11年前。何の偶然か、俺が天涯孤独を迎えたのもその年だ。

 献花を終えたマリアンヌは胸の前で聖印のようなものを結び、聖句を並べた。

 俺もそれに倣い同じ動作をなるべく不自然にならないように再現する。


「みな等しく、女神の御前に」

「みな等しく、女神の御前に」


 それを隣で観察されているような視線を感じる。


「そつなくこなすのだな。異国のましてや異世界の作法など慣れぬだろうに」

「敬意さえあれば作法など自然と身につくものだ。それにもし、無作法があっても敬意があれば見逃してもらえるかもしれん」

「ダンディ殿らしい哲学だ」

「そんな立派なものじゃない」


 俺自身、これといった宗派に属しているわけではないが、宗教には寛容だ。少なくとも世の混乱を少しだけ治めてくれる。本来はこの弱い俺にこそ必要なものだったのかもしれないが、自然と縁がなかった。ただ、何かに縋らなければ生きていけない弱い者の気持ちは理解しているつもりだ。


「許嫁殿は立派だった。国一番の神殿騎士であり、私の誇りだった。暇さえ見つければ私に剣の稽古をつけてくれてとても目をかけていただいた」

「ああ」


 マリアンヌと2人で居ると幾度か聞かされた話だが、遮るような真似はしない。


「ダンディ殿は最近少し変わられたか?」

「どんなところが、だ?」


 正直、心当たりはある。


「後悔が少し和らいだような」

「鋭いな」

「何があったか聞いてもよろしいか?」

「・・・話せるところまでな」


 俺は考えを巡らせて間を作った。何もかもを話すわけにはいかない。


「11年前、俺は数少ない家族を全て失い天涯孤独の身となった。今まで誰にも話していなかったが、最近になってそれを仲間に打ち明けた。たったそれだけのことだ」

「そうか・・・ダンディ殿も色々背負っておられたのだな」

「よせ。俺は何も背負えていない。放り出した側の人間だ。誇りに生き、誉に殉じたマリアンヌの許嫁殿とは比べようもない」


 マリアンヌは何かを堪えるように噛み締めると、こちらを見据えて告げた。


「放り出したのは私も同じだ。当時、傷心の私は家を捨て、出奔した。冒険者となり、そこで出会えたのがモラ様だった。一度捨てた誇りを取り戻せたのはモラ様のおかげだ。そのモラ様と私の恩人が悩んでいるのなら力になりたい。いつ、いかなる時も」

「・・・」


 俺は沈黙し、少し笑った。


「そうだな。悩みは少し軽くなったが新たな悩みが出来た」

「そうか、何でも相談すると良い」

「知り合いに何もかも知られてとても居心地が悪い。俺はどう振舞えばいい?」


 マリアンヌは驚いたような表情を見せ、それから少し笑った。











「では、明日のダンジョンボスはこの作戦で行く」

「はっ!」


 俺達は声を揃えて肘を水平に手を胸に添えた。ザインヴァルト軍の汎用的な敬礼だ。戦術の共有を終え、本日は解散となった。


「タイザンの盾で光を遮りながらジークがお供を魔法で足止めする。アリル隊長とフェンリスとエナさんと俺が遊撃か」

「氷魔法が得意なジークなら時間稼ぎは適任ね」

「任せろ。アイリさんには指一本触れさせん」

「おめーも俺に触るの禁止な」

「うぐっ、仕方ない」

「言われなきゃ触ってたのかよ・・・」


 ジークは相変わらずアイリの格好をした俺に夢中だ。正直なところ、からかって遊ぶのも可哀そうなぐらい純情なため、かつての俺を見ているようで共感性羞恥が襲って来る。


「他人の振り見て我が振り直せって言うけどよ、俺って他人から見てあんな感じだったのか?」

「分からん!」

「ノーコメントだ」


 能天気で正直なタイザンと気遣いのできるフェンリスがそれぞれ返す。


「リョーマ、街に買い物に行くわよ」

「おー、そういえばライブできそうなハコも見つけなきゃいけなかったしな。行くぜ」

「正直、給料良すぎてお布施や寄付をしたところで使い切れないのよね」

「贅沢な悩みだな。俺は新しいシンセサイザーとか録音機材とかの開発費を考えたらそんな湯水みたいに使えねえよ」

「俺も金ならある! 連れてってくれ!」

「おめーは明日は勝負所なんだから精神統一でもしとけ」

「むぅ、一理ある」


 ジークが俺に懇願するが、俺はそれを邪険に扱った。


「んじゃ行くか」


 俺達は二人で颯爽と聖都の繁華街に繰り出した。

 オークションハウスに、高そうなブランチに、美術館なんか行ったりして、半日でそれはそれは聖都を満喫してしまった。


「これ、リョーマに似合うと思うけど?」

「ん~、そうか? 何の職業か分かんなくないか」

「ファッションを性能で量るのやめなさいよ」


 エナさんに呆れられたが、俺は持論を述べる。


「けどよ、俺、みんながこの姿だと喜ぶから元に戻んないんだぜ。戦闘にも役に立つし、幼馴染と過ごして俺も嬉しいし、変な虫も付いたけど、そいつだって喜んでることは確かだ」

「やめてよね。ジークを虫扱いするなんて、連想して鳥肌立っちゃうわ」

「でっかい虫はノーカンじゃなかったのかよ」

「でかい虫か・・・ふふっ。そういやリョーマって虫好き寄りじゃなかったっけ?」

「ん? あれ? そう言われてみれば今は虫そんなに好きじゃないような・・・」


 ジークを虫に例えるという事は、ジークのことが好きだという婉曲表現だ。たとえ無意識だとしても俺がそんなことを口走るはずはねえ。そのことに気づいたら、俺の中の時が止まった。目の前にはきょとんとしたエナさん。俺を虫好きという一点でこっぴどく振った女。それを思い返した。


「やばい、エナさん・・・」

「どしたの?」

「俺、今、虫、そんな好きじゃないかも」

「え、それって・・・?」

「肉体に引っ張られて好きなもんが変わったかもしれない」

「ウソ・・・」


 ザナンダには言われたことがある。肉体変質の副作用として物の好みが変わったり、変わらなかったりする。要領を得ない言い方だが、本質は変わらずに、付随するものが少しずつずれる。つまりエナさんが俺との交際を断る理由がなくなった。そういうことらしい。俺は正座して頭を高級ブティックの床にめり込ませる勢いで土下座した。


「頼むエナさん! 俺にもう一度チャンスをくれ!」

「ちょっと、変な人だと思われるじゃない・・・いったん出ましょ!・・・すみません、ちょっと変な子なんです」


 俺はエナさんに床から引っぺがされて手を引かれながら店を出た。


「リョーマ、ダメじゃない。仕事でちょっと優しくされただけの女に引っかかっちゃ」

「エナさんにとって俺は夜空の星の一つかもしれないけど、俺にとっては太陽なんだ」


 俺の言葉にエナさんは深呼吸しながら答える。


「リョーマは元は男かもしれないけど、今は女同士なんだよ?」

「それが何だってんだ。性別は関係ねえ」


 遠くの方で鐘が鳴り、白い鳥が羽ばたく。


「俺はエナさんが好きだ」

「・・・!」


 自分でもこんなに正直に気持ちを伝えられたのは初めてだ。エナさんは顔が紅潮して俯いた。こんな大勢の前で言うべきではなかったのかもしれない。気持ちを伝えるには今しかないと思いながら行動を起こしたが、そのことが気がかりだった。


「・・・少し、考えさせて」

「分かった」


 俺達は別々の道で帰った。

 俺の気持ちは割と本当だった。そのことだけは心底ほっとした。










「おー、いっぱい肉あるな」


 私は聖都の市場に来ていた。アビーにはいつもこの世界で最も一般的に流通しているラゾ肉を与えていたが、いくらうまかろうが毎日同じメニューでは飽きてしまうと思い、肉の買い溜めを決行したのだった。


「サキ、肉の鮮度は色で分かる。色が鮮やかなほど良い。分かりやすいだろう。見て覚えろ」

「おうけい」

「灰色や緑色のものは論外として、あとはドリップ(汁)が底の方に溜まっているものは要注意だ」


 今日は魔獣に詳しいライラにも来てもらった。ドラゴンの生態に詳しいのでアビーに関することはだいたい答えてくれる。暇なんだなと思ったが、アビーを観察したいらしい。


「今はメリッサが居るから、帰ったら料理してもらう」

「噂の元料理人か。デビューして最速踏破を成したそうだな。ひょっとすると冒険者史上最速かもしれんぞ」


 確かに、前のダンジョンの時は1ヶ月ぐらいはかかっていた。それに比べれば今回は速い。


「軍の指揮やるやつキラい。アレが無ければ1番だった」

「ああ、その節は私の落ち度でもある。しかし、なぜ人間はこれが食べられないのだ」


 ライラは腰に巻いている袋から乾パンのような粘性のある歯応えに癖のあるオヤツのようなものを取り出し、口に放り込んだ。私もよほどお腹が空いて無ければ遠慮したい。


「買いに来ただけじゃない。1日1時間しかダンジョンが進まないから私も暇でな。おーい、誰かベヒーモスの肉を買い取らないか」

「ベヒーモスの肉だと!?」

「あんなの倒せる奴居るのかよ」


 周囲がざわつき始めた。


「その肉って前見た群れの奴?」

「ああ、ヒーモ君が苛められてたからってリベンジしたがってたからな。魔獣使いのペット強化スキルを用いればあの群れの連中が束になって襲ってきても返り討ちに出来るぞ。絶滅するとマズいので狩るのは1匹だけにしてもらったが」


 やはり暴力による支配は復讐を生むんだな。気を付けよ。


「おーい、こっちだ! 買い取るぞ」

「了解だ、お前に売ろう」

「でかいだろうから向こうの解体場で出してくれ」

「分かった。サキ、私はベヒーモスの解体を見てくるがどうする?」

「興味ない。喫煙所でタバコ吸ってくる」

「分かった、肉は7割ほど売却して残りはこっちで引き取るつもりだ。後で落ち合おう」


 私は喫煙所へ移動し、煙草に火をつける。アイ〇スが欲しいところだが贅沢は言ってられない。アビーが煙に釣られてマジックケージから頭を出してきた。


「スンスン」


 アビーは短く臭いを嗅いだ後、深呼吸して恍惚の表情を浮かべた。

 大通りには荷ラゾ車が市場に停留しており、積み荷を降ろしたりしていた。アビーはそれをじっと見つめている。


 “どした?”

 “なんか おまたが むずむずする”

 “ん? それって・・・”


 車だ。ドラゴンは車に欲情するといんたーねっつに書いてあったのを見たことがあるが、まさか本当だったとは。


(しかし、う~ん・・・)


 ドラゴンとはいえ私は育ての親だ、子供の性癖が歪もうとしている今、手をこまねいているわけにはいかない。私は立ち位置を一瞬で入れ替え、アビーの視界から荷車を締め出した。


 “あとで、絵本を買ってやろう”

 “絵本?”

 “そうだ、色んなドラゴンが描かれているやつだ”

 “たのしみ”


 ドラゴンは全員裸だからヌード写真集みたいなものだろう。普通の子供には刺激が強いかもしれないが、健全化のためだ。多少エッチな子に育ったとしても大目に見よう。


「待たせたな。プロの解体士が居たから一瞬で終わったぞ」

 “うまい肉 たのしみ”

「ライラ、ちょっと本屋寄っていい?」

「馬鹿な・・・サキが本を!?」

「そんなにビックリするな」


 意外と私は漫画を読む。台詞は飛ばすが。


「買うのはアビー用の絵本だ」

「そういうことか、早く言ってくれ」

「言う暇がなかった」


 少しの理不尽を感じたので頬を膨らませたが、誰も気づかなかった。




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