第82話 若者の人間離れ
「だああああああ!!」
「おしいいいいい!!!!」
あたしたちは尋常ではない悔しさと共にダンジョンから排出された。時間が足りずボスを倒せなかったのだ。
「流石に48層からじゃ50層を攻略する時間は無かったか」
「巨人3体からボコボコに殴られる団長を必死でヒールする身にもなって欲しいわ。ハゲるかと思ったじゃない」
「そんときゃゴールデンフリースでウィッグでも作ってやるよ」
「相場の4倍で買い取ってもらうわ」
「無限錬成するな!」
あたしはブラディオとエルネスタの漫才を聞きながら辺りの様子を窺った。
「ん? 妙な人だかり・・・」
少し離れた場所でやいのやいのと人が集まっているのが見えた。あたしはその視線の先を見ようとするも背が低くて群衆の先が見えない。
「地勢む力よ、天崩す力と均衡を成せ」
言霊の力を借りたあたしは、宙を浮いて群衆の先を確認した。するとそこには『幻影の刃』の面々が立っていた。こちらに気づいたボロゾが手を振って叫ぶ。
「やあ、アブちゃん! 高いところから見下ろしてないで降りてきなよ」
「ちょっと待って。まだ制御に慣れてないんだから・・・」
ふらふらと高度を下げてあたしは地面に降り立った。ボロゾは機嫌が良さそうだ。流石にあたしも何があったのか察してしまう。
「50層、先を越されちゃったってところかな?」
「察しの通りさ」
「ぎいいいいいい! 悔しいいいいい!!」
我々もあと少しで倒せそうだっただけに悔しさがぶり返してくる。だが、こちらが仮に倒せていたとしても、時間的にボロゾ達の方が討伐は早かっただろう。
「でも、ちょっと驚いたね。そこまで真剣に攻略してただなんて、アブちゃんもダンジョン攻略に興が乗って来たって感じなのかな」
「う~ん、誰かの熱に中てられちゃったのかもね。いや、仕事だってんならそれはそれで真面目にやるけども」
あたしは群衆をかき分けてこっちへ合流しようとする『金獅子の牙』とバラックとグラントをちらりと見た。
「あくまであたしは添え物で、主役はみんなだ。みんなの力があたしをここまで連れて来てくれたんだよ」
「ああ、やっぱアブちゃんは良いね。すぐにでも『幻影の刃』に加入して欲しい」
ボロゾがそんなことを言っているとメリッサがふくれっ面で罵声を浴びせてきた。
「私というものがありながら良くもそんなことを言えたわね。これから敵のヘイトは全部ボロゾに押し付けてあげようかしら」
「ちょっとこの子、不遜過ぎないか?」
「あはは、まあ心臓は強いと思う・・・」
あたしはメリッサが何かに怖気づいたりするところを見たことがない。ライブ前の時のことを聞いた限りでは内心、色々あるのかもしれないが。まあ、こんだけ主張強くないとこれからのパイオニアにはなれないとは思う。見習うべきところは見習おっと。
「メリッサ、おめでとう! クラン単独撃破ってことで冒険者としての実績は先を越されちゃったのかな?」
「あら、あなたたちはルルイエで1回踏破したじゃない。ようやく私が並べたってワケ」
「まあ、あの時は競争はなくて共闘だったから・・・」
「アブちゃん、僕にはおめでとうって言ってくれないんだね」
「はいはい、おめでとうおめでとう」
激寒ムーブをかましてくるボロゾがいい加減鬱陶しくなってきたので適当にあしらうことにする。
「お久しぶりでございます!」
「あ、マロゾフさんだ」
モラさんの後見人であり、協議会の職員でもあるマロゾフさんが群衆をかき分けて駆け寄ってくる。
「いやはや、ダンジョンの踏破、お見事にございました。しかしながらご報告が・・・」
「そうだね、僕も少し気になっていたんだ」
「はい、実は」
マロゾフは声を潜めボロゾとあたしに聞こえる声で囁いた。
「ダンジョンの活性化が止まっていません」
「では会議を始めます」
鈴の音のような清浄な響きが空間を満たし、開会を告げる。
聖都の貸し会議室の円卓で我々5カ国の協議会代表は雁首を揃えた。5カ国の代表の集まりのはずなのになぜかあたしが居る。ダンジョン素人どころかこの世界の常識もそこそこなあたしが発言するような事態はない、と思いたい。
「ボロゾ。確認だが、本当にダンジョンのボスを倒したんだな?」
開幕早々『第七特殊迷宮攻略分隊』隊長アリル・トリロイが鋭い眼差しでボロゾをねめつける。
「まさか疑っているのかい?」
「念のためだ。貴様はルルイエのダンジョン50層に到達したことを報告しなかった前科があり、下らん理由で人を巻き込む危険性を持つ戯けであることも分かっている」
「そこまで言うことないんじゃないの? まあ、証拠を見せろというなら見せるけどさ」
ボロゾは不満げに机の上に戦利品の数々を置いた。
「これらが今回の戦利品だよ。『ツインドラゴンブレード』、『火鼠の皮』、『緋緋色金』、『ニーベルンリング』、『解脱の宝珠』、『世界樹の子株』どれもレジェンド級のお宝だ。加えて戦闘報告はその資料にしたためてある」
それらを確認し、アリルは頷いた。
「ふむ、確かに。まだ仲間と口裏を合わせた線も拭えないが、貴様にそれをするメリットがないだろうな」
そこにリリカが口を挟む。
「アリルよ。あまり苛めてやるな。踏破したことにしてやるのが大人ではないのか」
「えっ!? 違っ・・・ちゃんと踏破したって!」
ボロゾが慌てて大声を出す。だが、周囲を見てすぐに落ち着きを取り戻す。
「あ、いやなんでもない。くそ、揶揄われたか」
「くっくっく・・・」
リリカがニヤニヤしながらボロゾを見つめる。こういう性格が悪いところはいつまでたっても直んないな・・・。まあ、相手がボロゾだしいいか。
「それで、前提はこれで良いとして。踏破したにもかかわらず、ダンジョンの入り口の宝玉は赤く光っている。そういうことですね」
モラが現在の状況を整理する。
「前例はねえのか?」
ブラディオの疑問にリリカが嘯く。
「稀な事例だが、古い文献にスタンピード間近のダンジョンは複数の攻略パーティが現れなければ活性化が止まらないという記述があったと記憶している。遭遇したことは当然ないが」
「まあ、ここのダンジョンはただでさえ発見が遅れてスタンピード間近って聞いてたから条件には一致するわな」
「であればこのまま攻略を続けるとしよう。踏破したのは『幻影の刃』だけか?」
アリルが全体に確認する。
「いや、我ら『アーケイン・ナブラ』も攻略を完了しておる」
「何だって! 聞いてないぞ!」
ボロゾがリリカの報告に驚愕の表情を浮かべる。
「そりゃ訊かれなかったし、言っておらんからの。安心せい、踏破は汝らの方が先だ」
「っしゃあああ!!」
驚いたりガッツポーズしたり忙しい奴だ。ボロゾって揶揄うとめちゃんこおもろいな。
「あのさ、クリアした人たちがもう1回ダンジョンに突入したらどうなんの?」
あたしは思ったことを訊いてみた。ボロゾは顎に手を当てて考え始める。
「確かに気にかけていなかったな。謎だね。『幻影の刃』で明日確認してみよう」
「『アーケイン・ナブラ』でももちろん確かめるぞ」
リリカも調査に乗り気なのであった。
「閉会とする!」
会議が終わった後、リリカとあたしはロビーのテーブル席で雑談していた。
「まさか、リリカが実はダンジョンを踏破してたなんて、よくあそこから巻き返せたね」
「当然だ。46層からは全て戦闘力がモノを言う階層。サキと我にかかれば並み居る雑魚など紙切れのように飛び散って行ったわ」
「グロいから飛び散るとか言わないで~」
「紙切れのようにと言ったであろう。実際はどうあれ、雅量を感じよ」
未だ活性化が続くダンジョンのことはさておき、得意げなリリカ。そういえば『アーケイン・ナブラ』本隊はどうボスを攻略したんだろ。聞いてみることにする。
「で、あの眩しいボスはどうやって倒したの?」
「まず、我が魔法で敵を闇の霧によって包んだ。続いてサキが取り巻き2体を輪切りにしてだるま落としを本体にぶつけて終わりだ」
「絵面がひどすぎる・・・トムとジ〇リーかっての」
だんだん人間離れしていくメンバーの活躍を聞き、あたしは往年のコメディアニメのシュールなシーンを思い浮かべた。
「他の面々も色々攻撃に参加してはいたが、大まかに言うとそんな感じだ。正直なところ、時間が無かったから間に合わんと思ったぞ」
「あたしたちもあと少しだったのにな~」
あとちょっとだったことを思い出してしょんぼりするあたし。
「まあ、そう気を落とすな。明日は攻略できるだろう」
「そうだね。で、リリカのところも戦利品出たの?」
「もちろん出たぞ。すぐにダンジョンから排出されたゆえ宝箱を開ける時間はなかったが、気づいたら各々のマジックバッグに放り込まれておったわ」
「無くなってもおかしくないのに、勝手に分配までしてくれるんだね。なんか親切」
「心情としては現物を確認して分配したいがの。自分の手持ち品とすり替えて差益を得る輩を見逃してしまう可能性があるでな」
「それもそうか」
こちらとしても戦利品で揉めたくはないが、クランの運営者としては切実なのだろう。
「エルネスタは絶対しらばっくれるよな・・・」
「あの強欲な星読みか。あ奴ならやりかねんな」
「あ、でも身内だと頼りになるんだよ。全体の利益を考えられるし、損切りも容赦ないから判断がとにかく早い」
「それこそがヒーラーに求められる資質ではあるがな。闇雲に癒すだけでは敵のヘイトを買い、パーティは崩壊する。優れた癒し手に求められるものは慈悲の彼岸にあると言っていいだろう」
「・・・なるほどな」
あたしは昨日の修道院でのモラの言葉を思い出した。
「生かすべき命とそうでないものに考えを巡らせない日はない、か」
「ほう、それはモラが言ったのか?」
「なんで分かるの?」
「伊達に何度も問答をしておらん。あ奴の考えそうなことだ」
かたや銭ゲバ。かたやお金に無頓着。全然違う二人をヒーラーという共通項で括れば、浮き彫りになる点がある。
「我もヒーラーとして振舞う機会があるなら、それなりにこなす自信はあるぞ」
「リベリアの数少ない仕事まで奪っちゃダメだよ」
「分かっておるわ」
魔力が封じられていた階層で、いつもは暇そうにしてたリベリアの、少し活躍できたあの表情は忘れようもない。
「人間は何かを握れてこそ実感を得られるんだよね」
「・・・分かっておるわ」
リリカは先ほどと同じ言葉を繰り返し、それからたどたどしく続けた。
「握っているものを少しずつ明け渡す。それが真の王の務めだ」
あたしは普段のリリカから予想もつかない言葉にちょっとびっくりした。
「うん、リリカは良い王様になるよ」
そんな予感がした。




