第81話 偽りの太陽
“条件達成。次のフロアへ進みます”
「さて、どうなる?」
私の名前はメリッサ。吟遊詩人になりたての16才。今はその力を活かして冒険者をやってるわ。49層を攻略した私たちは不気味な扉を潜ると同時に光に包まれた。話に聞くところによると、ダンジョンは通常50層で終わりらしい。
「眩しいな。夕日か?」
「荒野の高台といったところだね。隠れる場所がない」
ボロゾは最下層に一番乗りできて内心嬉しくて仕方がないだろうに、至極冷静に状況を把握しようと努める。この男はいけ好かないけど、とても学ぶことが多い反面、真似したくないような面も多い。
「朝日ではござらんか? 昇っているように見える」
「一心斎。ちょっと待てどっちを見て言っている?」
「それはもちろん某の視線の先・・・」
「伏せろ!」
私は訳も分からず身を低くした。ブリューナが私とルイーズに覆いかぶさるように動いた。
カッ!ゴウッ!
光が迸ったように見えたが、後から熱気が襲ってきた。伏せたまま耐える。ピーク時の調理場の熱気に比べたら大したことはない。
「あっちゃあっちゃあっちゃー!」
「マルガレーテ! 服燃えてる!」
私は仕方なく飲料水を准教授にぶっかけ、炎上した服は素早く鎮火された。
「ブリューナ! なんで私を守ってくれないの?」
「まずは支援職を守るのが当然だろう」
「きい! 不公平だわ! 私が一番ダメージを出せるのに」
「服など要らん。私のように風と大地を感じろ。いっそのこと全部燃やしてしまえばよかったな」
「お下劣だこと。これだから反知性派は困るのよ」
破壊のことしか考えていないマルガレーテ准教授にそんな台詞を言わせたブリューナは、極端に少ない布面積で自身の肉体を誇示する。先ほどの熱波も涼しいそよ風に過ぎなかったのだろうか。
「来るぞ!」
我々は2つある太陽のうち近くまで迫ってきている方を見た。眩しすぎて直視できないが、シルエットからして翼の生えた人型のように見える。翼は煌めいており光が乱反射している。巨体は山ほどもあり、下半身は我々の足場である高台の縁に隠れているため上半身しか見えない。
「こいつがこのダンジョンの親玉ってわけか」
「おっとまだだよ。気配がする」
ボロゾが注意を促すと左右から同じぐらいの体躯の巨人が下から生えてきた。食卓を見下ろすように3人の視線が私達『幻影の刃』のメンバーに集まる。真ん中の奴はやたらと眩しくて直視できない。
「こんなことならダンディにサングラスを借りとくんだったわ」
「何!? ダンディ殿のサングラス、某も欲しいでございますれに候」
「ダンジョンを出てから考えるぞ」
「承知! セイッ!」
一心斎は剣気を3体の顔面目掛けて飛ばし、ヘイトを稼ぐ。
「『魔泉のアルペジオ』、『支配のオスティナート』、『群像のレチタティーヴォ』、『罅隙のオブリガート』頼むよ。全体的でいいからね」
「注文入りまーす」
私は楽器を準備して注文の呪歌の条件をすべて満たす演奏をする。
右の巨人が腕を振りかぶって一心斎に殴りかかってきた。
「なんの」
ガキイーン
およそ物理法則を無視したように一心斎を狙った巨大な拳は滑るように明後日の方へ飛んでいき、そのまま対岸のもう一人の巨人の顎にぶつけられ、その脳を揺さぶる。
「お、良いの貰ったね」
よろめいた巨人は激高したように顔を真っ赤にして肘鉄を一心斎にかましてきた。
「無駄じゃ」
肘の神経が通っている箇所を一心斎が剣の峰で叩くと、左の巨人は腕をびりっと振るわせて肘をひっこめた。
「ビリっと来ちゃったっぽい」
「人体と構造は一緒なのやもしれぬ」
まあ、いろんな動物を解体してる身としては、生き物の弱点は割と似てるところは多いと思う。人は流石に解体したことないけど。
「さて真ん中は・・・」
真ん中の眩しい巨人は羽に力を溜めるとそれを上空に放出した。雹のように熱せられた宝石の弾丸が降ってくる。
「ぎゃー!」
「こっちに集まれ!」
いともたやすく地面から岩盤を引っこ抜いたブリューナが、それを傘にして使う。みんなはブリューナのそばに集まる。
ズガガガガガガ!
ひとしきり宝石の雨は止んだところでブリューナは持っていた岩盤を眩しい巨人に投げつける。
ドゴオ!
相当大きな音がしたが、手で防がれていた。
「反撃開始と行こうか。一心斎はそのまま左右を翻弄。ブリューナとマルガレーテは真ん中の眩しい奴を狙え。バーサクも使っていいぞ」
「了解」
「僕は隙が出来そうなときに遊撃させてもらうよ」
相手が油断している場合には不意打ちとなり、攻撃時にダメージボーナスが入る。スカウト系のジョブでは定番の戦法だ。
私は呪歌の維持だ。地味だがこれを切らせばブリューナの動きは精彩を欠き、准教授はガス欠してしまうだろう。
「こういうのなんて言うのかしら。縁の下の力持ちだっけ?」
私は今の役割もまんざらでもなかった。
「『罅隙のオブリガート』」
次に発動する魔法の威力が2倍。清々しいほど馬鹿げた効果がマルガレーテを包み込む。
「『エンピリアルデトネーション』」
光線を放ち、広範囲を8属性の力で爆発させるマルガレーテの破壊魔法が放たれる。眩しい敵がさらに光で塗りつぶされシルエットすら見えなくなる。
ドンッドンッ
破壊音が炸裂するが効いているのかはわからない。ルイーズがぼやく。
「何も見えない」
「見えないかもしれないが、一番眩しいところを狙えば何かに当たるだろう。うおおおお!」
ブリューナが大地を蹴り、光の中へ弾丸のように体当たりを敢行する。やがて何かにぶつかり、激しい衝撃に大気を揺らす。
グオオオッ!
「効いてるぞ」
「ブリューナ危ない!」
「うおっ」
敵の体を蹴ってこちらへ戻ろうとしたブリューナを、巨大な光の手が掴んだ。あれでは身動きが取れない。
「『バーサク』!」
敵の握った手がわなわなと震えだし、指の隙間が徐々に開き始めた。
「うおおおお!」
バァン!
敵の握っていた拳は弾かれ、光の奥から驚愕の色に染まった敵の顔が浮かんだ。ような気がした。
「アアアアアッ!」
一度、大地に降りたブリューナは再び大地を蹴り、敵の元にすっ飛んで行ってしまった。敵の体を足場にして駆け上がり、顔面に強烈なパンチを叩き込む。
ドゴォ!
「それじゃもう一発。『シャドウレプリケイト』」
ドゴォ!
いつの間にかブリューナの影に隠れていたボロゾが、先程のブリューナとそっくりの動きで眩しい巨人に一撃をお見舞いする。味方の行動を忠実に再現する『シャドウレプリケイト』の効果だ。
「二つの光源のせいで影がはっきりしなかったけど、一心斎がうまくやったみたいだね」
見ると、遠くの方で2体の巨人と追いかけっこを続けている一心斎の姿が確認できた。
どうやら太陽を2体の巨人で遮り、この戦場の実質的な光源を一つにしたようだ。
「若! 偶然でござる!」
「なんだよ、言わなくても作戦が心で伝わってたのかと思ったじゃないか」
「危ないから引き離しただけに候」
たしかに巨人3体が入り乱れていては戦いの場は混乱するだろう。
「そろそろブリューナのバーサクが切れるな。僕に『鏡像のレゾナンス』を頼む!」
「『鏡像のレゾナンス』!」
ブリューナのヘイトをボロゾに渡し、ターゲットを交代させる。そして、バーサクの切れたブリューナが戻ってきた。
「くっ、まさか握りつぶされかけるとはな。回復を頼む」
「『セラフィックヒール』」
掴まれたときに少なくないダメージを負ったようだ。いくらバーサーカーは一度だけ衰弱なしで蘇生ができるからといって、無理は良くない。
「『エンピリアルデトネーション』!」
本日何度目かの准教授の破壊魔法が炸裂する。ブリューナが戻ってきている今、ボスのターゲットを取っているのはボロゾだ。黒い影がちょこまかとまとわりつき、マルガレーテの魔法も躱す。
「バテないようにね」
ルイーズがマルガレーテに忠告する。前衛としても割とやれるルイーズだが、役割が重要な場合はヒーラーに徹する。私と歳は近いが経験豊富な分、状況判断が優れているのだろう。
「光を吸収するような魔法はないの? 暗黒魔法的な」
私はマルガレーテに訊ねた。
「そんな地味な魔法に興味なっしん。リリカじゃあるまいし・・・。ああ、リリカ! どうして私に代わって破壊を遂行してくれないの? 貴方がしっかりしてくれれば、私なんかが破壊界隈の未来を背負う必要もないのに!」
「ちょっと! 宝石の弾丸飛んできてるわよ!」
ズガガガガ!
「ぶへっ! あがっ!」
私はその場を慌てて離れたが、妄想発作中だったマルガレーテはランダムターゲットの宝石の雨の直撃を食らい、ボロ雑巾のように崩れた。
「し、死んでないわよね・・・?」
「バリア張っといたから大丈夫だと思う。『セラフィックヒール』」
「良かった生きてる」
「ほ、骨がぁ・・・」
全身複雑骨折をしていそうな、か細い声が聞こえてきた。
「よし、もう行けるぞ! 『バーサク』!」
回復を受け、呪歌の効果が乗り、『バーサク』のクールタイムが終了したブリューナは水を得た魚のように敵に突撃していった。
ドゴォ!
重い音を発しながらブリューナによる渾身の膝蹴りが炸裂する。すると、眩い巨人の体に変化が訪れた。
「表面がちょっとだけ剥がれた!?」
巨人の顎の辺りだろうか。宝石のような質感を持った肌が剥がれ落ち、その部分は光を失っている。
「ダメージで皮膚が剥がれたのか」
「いいぞ、化けの皮を剥がしてやれ!」
正直、眩しくて目がシパシパしてきたところだ。瞼を薄っすら開けるのも疲れるから早く終わりにして欲しい。
「ダララララララ!!!」
ブリューナは巨人の頭部から足元へ、ゆっくり高度を落としながら拳を叩き込み続けた。逆サイドからはボロゾが『シャドウレプリケイト』によって自身の影からブリューナの分身を生成して連打を再現する。巨人は反撃に腕を振ったりもしているが、戦闘が長期化したことにより既に動きは見切られており、空を切るばかりだ。さすがトップクランといった感じ。
「グオオオ・・・」
頭から脛の辺りまで光を失い、巨人は影のような素肌を晒していた。だが、その眼球と歯だけはまだ爛々と輝いていた。
「とにかく光っている部分を狙うぞ! まずは目だ!」
ボロゾの意図が伝わったのか、ブリューナは巨人の顔めがけて飛びかかった。
「フンッー!」
光る皮を剥がされて幾分か身軽になった巨人の掴みがブリューナを捉える。
「ウォオオオオ!!」
ブリューナは掴まれながらも眼球に拳を叩き込む。
ドガッ!
拳が巨人の眼球にめり込み、亀裂を生じさせる。
メキメキメキ
拳をめり込ませたまま巨人がブリューナを引き剥がそうとしたため、眼球が根元から一気に抜けた。そしてブリューナは眼球を巨人の開いた口の中に放り込む。
「アガガガッ!」
巨人は驚きのあまりブリューナを手放す。
「片方だけだとバランスが悪いだろう。受け取るが良い」
ボロゾの『シャドウレプリケイト』によってもう片側の眼球も引き抜かれて口の中に放り込まれた。
「ダアアアアッ!」
着地すると同時に飛び上がったブリューナのアッパーが巨人の下顎に刺さり、そこへ同じ動きを上下反転させた影のブリューナの打撃が脳天を直撃する。
光り輝く眼球と歯は、その口の中で同時に粉々になった。
「マルガレーテ!」
「『エンピリアルデトネーション』!」
輝きを失った本体をマルガレーテの魔法の光がデコレーションする。
光る巨人はよろめき、膝をつき、灰が剥がれ落ちるように空に散っていった。
「一心斎! そっちはどうだ!?」
「もう限界にござる!」
我々は残った2体と戦闘中である一心斎の方へ意識を向けた。見たところまだ一発も被弾してなさそうだが、息は上がり、汗だくの状態だ。呪歌の効果は乗っていると思うが、早く助けてあげないと。
「敵の方が、でござる」
そう言うと剣閃を放ち、巨人の顔面に命中させた。倒れ込む巨人はもう一方を頭突きで巻き込み共に倒れ、消滅した。
「よっしゃー!」
私は思わずガッツポーズをする。すると、バトルフィールドの中央から大量の宝箱が出現した。
「うん、結構強かったね」
そう言うとボロゾは満足そうに笑った。




