第80話 楽でいい
「あー、食った食った。うますぎて涙が出るぜ」
「馬鹿、本当に泣いてどうすんのよ」
「最近色々あったから・・・」
リョーマがガチで泣いてる。まあ、性別変わったりしてるからしょうがないか。
「んで、薬を作るための素材集めの方は進んでんの?」
「ああ、順調だぜ。オークションで出るような高額素材以外はだいたい集まった感じだ」
「常飲するようなら財布へのダメージも大きいね。どっちにするか早く決めなさいよ」
「うっせー、そんな簡単に決められっかよ。今の体の方が性能高いのは分かってるし、ダンジョン攻略も佳境だし俺の我儘で男に戻るのもどうかと思ってんだよ。繊細なトコだから気を付けろよ」
「リョーマの口からそんな言葉が出るとは思わなかったよ」
あたしもちょっと言い過ぎたとは思ったから気を付けるとする。リョーマにだって男としてやってきた自尊心はあるだろうし。あたしがそう思ってると、リョーマが声を潜めて耳打ちしてきた。
「いや、ちょっと聞いてくれよ。ザナンダに聞いたんだが、この世界ってアレが無いらしい」
「? アレって言われても何も分からないんだけど」
恥ずかしそうに目を逸らしてモジモジしながら小声で訴えるリョーマ。
「え、えっとだから、ホラ、月に一度来る女の子の日・・・」
「は?」
あたしは目が点になった。そういえば、来てたか? ただでさえこんな体で不順になりやすいから調子いいなぐらいで済ませてたけど、笑い事ではなかった。
「え、え? ちょっと待って。サキはどう?」
「確かに、来てない。アビーの母親になったから止まったのかと思った」
「何その雑な認知・・・」
しかし、しかしだ。我々は異世界から来てるわけだから、元の世界の生物学をそのまま当てはめられる存在ではない。と思っていたが、どうやらこの事実を多角的に考察すると、元の世界の生物学的な法則がこの体には適用されていないということになる。
「我々って、精神的には連続してるって認識してるけど、肉体としては元の体とは別個体って感じなのかな?」
意外な角度からのツッコミにリョーマは首を傾げる。
「そこ考えてもあんまり意味なくね? 抗えないし」
「根源的な問いを疎かにすれば土台から崩れるよ。あたしがやってることはずっとそうだから。これは正解がどうという事ではなくて姿勢と態度の問題ね」
「まあ、アブならそう言うよな」
「リョーマだって自問自答ぐらいは好きにやる権利はあるよ」
「適材適所だろ。そういうの俺、向いてねえし」
「それもまあ一つの答えか」
男であり女でもあることがあたしのアイデンティティの一つであった。その五割を占めるピースが、知らぬ間に変容していたとして、果たしてあたしはそれを受け入れられるのだろうか。いや、考えてみれば月経があるのは霊長類など、ごく一部の哺乳類だけだったはずだ。人類はそもそも生物全体で見ればマイノリティなのだ。
「う~ん・・・」
あたしは長い沈黙の末、結論を出した。
「楽で良いな」
「うん」
「どういうこと? さっきから何の話してるの?」
サキは同意したが、この世界の住人であるメリッサだけがついて行けていない。ダンディは目線を完全に明後日の方へやり、会話に一切参加しないままソファで寛ぎながらアビーと遊んでいる。マジでごめん。
「ん~と、俺達の世界ではだな――」
「リョーマのアホ! 余計なことを教えるな!」
ホワイトボードに裸婦画を描いて図説しようとしたリョーマに、あたしは罵声を浴びせるのであった。
「おつかれ~」
あたしはみんなとの音合わせを終えてタオルで汗を拭った。今日はメリッサも居たので軽くセッションしてハモリのバリエーションなどを改めて確認した。
「そういえば『幻影の刃』ってもう50層に近いんじゃない?」
音楽という栄養を補給して満足したあたしはふとダンジョンのことを思い出し、メリッサに話題を振った。
「うん、明日は49層からだから運が良ければ一番乗りさせてもらうことになるわね」
「果たしてどんなボスが待ち受けているやら」
我々がトップクランだったとしてもルルイエの50層は相当歯応えがあった。ダラコッホのダンジョンがそれと同じぐらいの難易度だとすれば、全く気は抜けない。一度ぐらいは敗退する覚悟が必要かもしれない。
「ちょっと前までは料理人やってたのに今では吟遊詩人でダンジョン攻略の最前線なんて、未だに信じられないわ」
「後悔してる?」
「まさか」
メリッサは笑みを溢しながら、肩を竦めた。
「今までも充実はしてたけど、ここ最近はそれ以上よ。本当に決断して良かった」
「メリッサは遠巻きに冒険者を見てきたぶん、生活のイメージがあったから良かったけど、あたしらの時はいきなり初日で1層から30層までぶち抜かれて、あたしは流れ弾に当たって死ぬんだと思ったよ」
「あのリリカ・エラディンが同じパーティに居るならそういう事もないでしょ」
「うん。でもやっぱりあの時はどういう子か知らなかったし、ちょっと怖かったな。第一印象も第二印象も悪かったし」
それが今では恋人というのだから分からないものだ。
「それ、リリカ本人に直接言ったの?」
「もちろん。ちょっとズレてるけど良い子だよ」
「怖いもの知らずとはこのことね・・・」
メリッサは呆れ顔だ。
「あたしからしたらメリッサも相当なもんだと思うけど」
「どうして?」
「舞台度胸というか、いきなり本チャンであんな落ち着きを見せられたらそう思うっていうか」
「もしかしてアステールのライブの時のこと言ってる? あの時心臓がバクバク言ってて破裂しそうだったんだから! 楽屋でだーれも話しかけてこないし」
「え~? あれだけ集中して話しかけるなオーラ出しといてそりゃないんじゃない」
「もー!」
「あはは」
「ふふふ」
あたしたちは笑顔を見せ合った。
「戦友」
「なに?」
「あたしたちは戦友」
「そうかもね」
「多分これからが大変。メンバーを探して育てて、自分の表現を模索して、みんなの好きを探す。ヴェルディンが探しに行ったように」
「私も旅しないといけない?」
「そうならないように種を蒔いてるんだけどね。ヴェルディンはせっかちだから」
今頃どこかを旅しているであろうヴェルディンのことを考える。同じ志を持った人間というのは得難いものだ。だけど、あたしたちも同じ方向を見ているわけではない。バンドをここまで続けてこれたのは我の強いあたしのやりたいことを支えてくれるメンバーが居てくれたからという側面がある。同質ではないという事実が個性と個性のぶつかり合いを生み出す。あたしはそれがひたすら楽しいのだ。
「まあ、ヴェルディンはベテラン冒険者だし、フットワークも軽いね」
「サウンドはヘヴィ志向だけど」
「そだね」
仲間を得た彼の音楽をまた聴いてみたいものだ。
「それじゃ、隣のクランハウスへ行ってくる」
「いってらっしゃい」
「爆発しろ!」
リョーマの罵声が遠くから聴こえた気がしたが、あたしは構わず恋人の待つ閨へ向かった。
パラリバッパパラリバッパー、ブファッ・・・♪
あたしがリリカの部屋を開けるとサックスの音色が耳に入ってきた。
「おーやってるやってる」
「ノ、ノックをせんかバカモノ」
練習風景を見られて恥ずかしいのか楽器を背後に隠して照れるリリカ。
「ノックはしたけど、練習中はノックの音なんて聞こえないし、楽器練習してるかどうかって防音魔道具のせいで外から分かんないよね」
「む、であれば光で知らせる魔法を組み込むか・・・」
そう言うとリリカは扉に向かって魔力を込め何やら詠唱を始めた。
「これでノックをすると扉が光り、知らせてくれるだろう」
「扉の方見てなかったら意味なくない?」
「部屋全体の光量が変わるぐらい強い光を放つようにしておるから問題ない」
「そか」
目を瞑って演奏していたらどうかとかも考えたがこれ以上突っ込むのも野暮だろう。
「それはそうと順調みたいね。さっきやってたのはスケールの反復練習かな?」
「うむ。理論は把握したが、いざ吹こうとすると手が追い付かん。体に叩き込む必要がある」
「へえ、そういうのって魔法で解決できないんだね」
「自動演奏程度ならこなせるだろうがな。それは果たして楽器を演奏したという事になるのかの」
「リアルタイムに制御できるならっていう条件付きかな」
「では、自分で演奏できるならそれに越したことはないな。それにだ」
「それに?」
リリカは照れ臭そうに口角を上げて言う。
「自分で演奏できた方が達成感がある」
「おー、やっぱ分かってんね」
リリカの答えにうんうんと頷くあたし。自分の中の何かが高ぶるのが分かる。
「やっぱ身体性との接続を疎かにすると音楽の意義って薄れるんだよね。音を本質的に追究すればするほど人間は不要になってくるんだけど、その問いに否と言えるだけの初期衝動をリリカは備えてるっていう事だよ。それはあたしにとってとても嬉しいこと」
リリカはあたしの早口に静かに耳を傾けた。
「ふむ、難しく考えすぎなような気もするが、人と人の関わり合いこそ真価であり、音楽はその助けに過ぎない、そう考えているのか」
「極端に言うとそうだね」
「であれば音楽とは何か・・・」
リリカの本質的な問いにあたしは真正面から答える。
「あたしは空気の振動の集合体でしかないとハッキリ言えるね。それに伴ったイメージ、例えば色、香り、情緒、手触り、味なんかは人が脳内で勝手に作り出した連想に過ぎない」
「随分と突き放した物言いだが、であれば人の幻想は虚無か、胡蝶の夢か」
リリカはあたしに試すような眼差しを送る。
「否。あたし達が音を奏で続ける限り、それは誰かの耳に届くから」
「音楽は手段の一つに過ぎぬ、か」
「そうそう、スポーツをしたり、絵を描いたり、何かを作ったり、詩を詠んだり、小説を書いたり、料理をしたり、色んな手段のうちの一つだよ。誰かに何かを伝えるという結果を得るためだったら何でもいい」
「それでも敢えて音楽を選ぶ理由は?」
「出来ると思ったからかな? でも結局は、音楽が好きだからってことになるのかな」
「控えめな好意だな」
「理屈っぽく追究するとそうなるんだよね。でも、結局は感情だ」
「そうか、そうだな」
リリカは目を閉じ、祈るように俯いて言った。
「であれば我も魔法の次に音楽が好きだ」
「お、リリカに楽器を勧めた甲斐があったね」
「ふん、せいぜい研究の息抜き程度だがな」
「それでも嬉しいよ。ところで今日はインタビューの後、修道院で――」
とりとめのない話で夜は更けるのだった。




