第79話 原点
「あ~~~~~~♪」
「そうそうそう! 口を大きく開けて、一番気持ちいい音を出す! 出来てるよ~!」
やや調律のおかしいオルガンを弾きながらあたしはキッズたちとコミュニケーションを図る。短い時間でみんなにはあたしの考案した、『歌が大好きになるマル秘トレーニング虎の巻』を伝授した。モノに出来ればグロウルから裏声まで自由自在だ。5歳ぐらいの角の生えた女の子があたしに近寄って話しかける。
「アブさんってモラさまの家来なの?」
「家来じゃないよ~。お友達だよ~」
「スゲー!!」
何が凄いのか分からないが、人狼族の男児が興奮気味に叫ぶ。
「モラ様と 並び立てる 存在 貴重」
ロボットみたいに話すゴーレム族だろうか。岩のような肌を持つ眼鏡をかけた少年が片言で話す。
「さすが地元って具合の慕われっぷりじゃない。てか、このオルガン調律おかしいからリョーマに直してもらうけどいい?」
「本当ですか? 何とお礼を言ってよいやら」
「いやいいって。アイツも人の役に立てば迷惑も多少相殺できるっしょ」
あたしは年代物のこのオルガンをまじまじと観察した。木で出来た上品な造りにかすれた意匠。埃こそ積もっていないが、真鍮と思われる蝶番は茶色く変色しており、ボディにはクラックが入っている。
「このオルガン何年前の? 直すよりいっそ買い換えたらいいんじゃない」
「この国の前身であるザオ小王国の貴族の持ち物で由緒あるものなので。それに楽器はなかなか簡単には手に入りませんので」
「まあそだね。最近になって受注生産と流通経路は確保したけど・・・じゃあやっぱ直した方が良いか」
あたしはルルイエ工房のみんなのことを思い出す。多分そのうち会えるけど、元気してるカナ。あれからも注文はしているが、我々のお金は無限ではないし彼らの手と時間も無限ではない。王都の職人への教育にも関わっていたはずだ。おそらく暇はない。
「そういえば、先程披露した『聖節4章』は100年ほど前の吟遊詩人の作曲なのですよ」
「へえ、道理でしっかりした造りの曲だなと思ったよ」
あたしは噛み締めるようにうんうんと頷く。頭の中で流れるメロディは元の世界での讃美歌のそれだ。輪唱やハーモニーなどの要素は無いが、グレゴリオ聖歌の流れを汲む讃美歌にかなりの近似性をもって迫っていた。
「楽譜って残ってるかな?」
「ありますよ。でも、貴重なものなので、ご覧になられるなら写譜になると思いますが」
「全然オッケー。見れるだけで満足だよ」
「では、明日取り寄せておきますね」
リョーマを働かせることで自分へのご褒美ゲットだ。アイツも楽譜は好物だろうからお裾分けしてやろう。
「おっと、こんな時間か。戦闘訓練しに行かなきゃ」
「私もダンディ様を鍛えませんと」
お開きムードにキッズたちは不満たらたらだ。
「え~! もう帰っちゃうの?」
「回復魔法教えるから新しいシスターになってよ!」
「困ったな・・・」
あたしは少し躊躇いながらモラさんに聞いてみた。
「あたしもこの子たちに音楽教えてみたいし、この修道院、しばらく通っていい?」
「もちろんです」
「という事でまた明日!」
あたしはキッズに別れを告げて修行モードに切り替えた。
「ふうぅ~・・・」
呼気を吐き出す。その音の力が全身に漲ったその時、極度の集中が超常の領域へとあたしを導く。
「・・・」
対峙するのは今日もバラック。木刀を下段に構え、不敵に笑みを浮かべる。集中状態では相手の動きの意図がある程度読める。どうやらあちらから攻める気は無いらしい。
「はあッ!」
あたしは気合と共に構えた小剣を前に突き出し、ゾーニングを図る。牽制により相手の可動範囲を制限し、盤面を動かす。こちらの最終的なプランは手首を狙った武器落としにある。
「バレバレ」
バラックは下段に構えた状態から、凄まじい速度で切り上げを放った。あたしの握った小剣の刀身を狙ったそれは、手首の動きで軸をずらすことによって回避できた。
「あれ? 今の避けるんだ」
驚いた風に見えるバラックだったが、空振った攻撃後も隙があるように見えなかったため、あたしから即座に追撃を行う事は難しかった。だが、足を踏み出し前に詰める。あたしは攻撃の軌道を読ませないように刀身を八の字に揺らめかせ、相手の出方を伺いながら距離を詰めた。
間合いに入ったと思った刹那。
「シッ」
低い位置から横薙ぎの一閃が飛んできた。それから逃げるように足を浮かせ、視界は相手を捉えたまま空中で横に回転する。剣の一撃が通り過ぎる頃にはあたしの視界は上下逆になっていた。そのまま空中で突きを放つ。
スッ
バラックは僅かに軸をずらして頭を狙ったそれを避け、空中に居るあたしに突き上げ気味の一撃を放つ。
「うわわっと」
意図したわけではないが安全な足場はそこしかなかったため、あたしはバラックの木刀の峰を靴裏で踏み、静かに着地する。バラックはそれを払いのけ、あたしは宙返りをしながら後方へ下がる。仕切り直しだ。
「反応は良いけどプランは相手にバレないようにッス」
「難しい・・・」
取れる手段は相手の方が100倍はある。それはあたしには相当難しい注文だった。
「はい、それまで」
リリカの合図であたしはバラックに一礼して肩の力を抜く。
「手札が揃わんうちは格下に負けぬような立ち回りに注力するのが良いだろう。まあもし、吟遊詩人が格上と近接戦闘に持ち込まれるようなことがあれば、そのような状況を招いた戦略に問題があったと認めねばならん。アブのせいではない」
「押忍っ」
格下との戦闘経験か。真剣に攻略している今はそんな余裕はないだろうなとは思う。今のダンジョンをクリアした後はオフシーズンになる・・・と思うからそれからだろう。念のために聞いておこう。
「今のダンジョンをクリアしないと戦闘経験を積む目的での攻略ってのも難しいね。というか、ちゃんと休暇ってもらえるのかな?」
「まあ、余程の緊急事態でなければ認められるだろう。アステールでのコンテストも近いのであろう」
「そうだった・・・」
あの王都でのライブ2日目にぶち上げたバンドコンテストは開催まで1週間ほどとなっていた。それまでにこのダンジョンも攻略は出来そうなペースではある。
「50層で待ち受けている試練がどのようなものかにもよるがな・・・」
「まあ、国境越えるとはいえ移動は間に合うから、ダンジョン終わった後ダッシュで向かえば良いか」
当日に攻略がまだ終わっていないケースも想定はしている。進め方についてはリョーマがラディオスと相当詰めてたから最悪、審査員のあたし達が欠席しても問題ないだろう。ちゃんと人員の手配もしてあるし。
「この国でのライブの構想もちゃんと形にしないといけないしやることいっぱいだ」
「アブが充実しておるならそれでよい。それはそうと時術師殿の魔力調査の結果だが・・・」
「ふむふむ」
あたしはリリカのマニアックな講義を寝そうになりながら必死に受講した。
「あれ? メリッサが居る」
「ただいま・・・」
あたし達が攻略村の仮設クランハウスに戻ると、ばつが悪そうにリビングの椅子に座っているメリッサを発見した。吟遊詩人として『幻影の刃』に参加してからは、向こうのクランハウスにずっと世話になっていたはずだ。
「ちょっとしばらくの間、こっちで寝泊まりさせてもらえない?」
「全然オーケーだけど、なんかあったの?」
「うん、実は『幻影の刃』の専属料理人と調味料の加減の話で揉めちゃって・・・」
「あらら」
「それで、一応クラン内では私が初心者だからって色々教えてくれるのは感謝してるんだけど、私としては料理作ってないとどうも調子が出なくて。でも、向こうには専属料理人が居るから気まずいし、私の料理を食べてくれる人も居ないし。で、しばらくは家事するためにこっちから通いにしようかと思って」
「なるほどねえ。そういう事なら全然かまわないし、報酬も出すよ」
「てかあんたたちしばらく見ない間に散らかし過ぎ。清掃魔法でゴミとかは落ちてないけど、スペースの使い方とか整頓がメチャクチャじゃない」
「なんかごめん・・・」
あたしも衛生面とかは気にするけどそれ以外はさっぱりだし、リョーマは音楽関係のものはキッチリ片づけるくせにそれ以外は散らかし放題だし、ダンディは自分の部屋以外の掃除とか興味ないし、サキは捨て方が分からないとか言って自分の部屋にアビーの使用済み浄化シートを溜め込んでいる。
「私が居ない間は全然出来てないじゃない。私が居る間は良いけど、いつまでも居るわけじゃないし、新しい人雇った方が良いと思うわよ」
「そうだよねえ。う~ん・・・」
仕事に困ってそうな人に若干心当たりがあった。
「『人権派』の村で虐待されてた人たちで家事が得意な人居ないかな? 仕事が回せるなら支援になるし、モラさんに聞いてみよ」
「得意じゃなくても時間があればできるでしょ、こんなの」
「あたし達にはない!」
バンドマンとして音楽活動をする。冒険者としてダンジョン攻略をする。そこに家事や生活の入り込む隙間はない。
「あなたたちそれでどうやって生きてきたのよ」
「実家が太かったから・・・」
「別に気にしたことなかったぜ」
「親の遺産があったからだ」
「水道止められなきゃ何とかなる」
あたし、リョーマ、ダンディ、サキの順に答えた。メリッサは呆れ顔だ。
「私もあんたたちぐらい他のことを捨てるべきなのかしら」
「いや、単なる文明の差だと思う。それに人の人生ってそれぞれだから、通ってきた道が違えばそれも音楽の違いにもなってくるわけだし、後々、点と点が線でつながって良い作品が作れる瞬間がきっとあると思うよ」
「ふ~ん、アブさんがそう言うなら良いけど」
メリッサも納得してくれたようだ。真っ当な人が敢えて変人の真似をする必要はない。
「俺、ラゾ肉のソテーと卵クリームパスタな」
「はいはい、ちょっと待っててね」
メリッサはいそいそと料理を作りに厨房へと向かった。
「まあ、誰にでも人としての原点はある、か」
足取り軽く厨房へ向かうメリッサの背中を見て、あたしはそんなことを呟いた。




