第78話 ナラティブ
「ではあなた方は冒険者になってから2ヶ月も経っていないという事ですか」
「はい、その通りです。ダンジョン攻略の協議会に参加するよう圧力をかけられた当時は自覚していませんでしたが、思ったより制度がしっかりしていて、冒険者になってすぐ協議会に拾い上げられたのは僥倖でしたね」
あたしは今、聖都の新聞記者のインタビューを受けている。モラさんに紹介された記者は魚人族のスクラーダと名乗った。服装や雰囲気からしておそらく女性だと思う。
話を聞くと、聖都に複数ある民間新聞社の記者らしく、モラさんの記事もよく書いてもらっているとのこと。『人権派』とのつながりやモラさん殺人未遂の件などは特集を組み、人族至上主義派閥を解体へと追いやるのに一役買ったようだ。
「それまでは薬草の納品をこなしていた、と」
「はい、なるべく職業を隠して面倒が起こらないように生活資金を稼ごうとしていたんですが、騒音を出していたため、かなり早めに存在がバレてしまいました」
取材自体はあたしが質問に答える形式で、それからも順調に進んだ。
以前、ライブやアステール王家の方との会食で異世界人であることを公にしているので、その裏取りや、これまでの経緯をまとめるような質問が主だった。
「では、吟遊詩人の支援職としての優位性についてどう感じておいでですか」
スクラーダさんの目が光った。これが庶民の関心事なのだろうか。あたしは自分の考えを記者に述べる。
「圧倒的少数である吟遊詩人だけが優遇される現状には、あたしとしても疑念を抱いています。ですのでやりたいことは二つあります。ひとつは音楽そのものを広めること。音楽をやる人が増えれば、本来吟遊詩人に適性がある人材が見つけやすくなるかもしれません。もうひとつは、呪歌だけに頼らない支援戦術の研究です。ヘイトコントロールや支援魔法をもっと一般化できれば、吟遊詩人がいないパーティにも選択肢が増えるはずです」
スクラーダさんは驚いたように目を見張った。
「現在のご自身の権益が崩されることについてはどう思われているのでしょうか」
「傲慢に思われるかもしれませんが、現状は過剰かと」
あたしは考えを簡潔に述べた。ボロゾと初対面だった時にもこの話はしたな・・・。
当事者としては活動資金はあればあるだけあった方が良いのかもしれないが、それは別として、不平等を抱えたまま既得権益を崩すことが出来ない捻じれは、あたしの美学として断じて看過できない構造だ。これはあたしに責任のある話ではないので正当な報酬は頂くが、活動自体は真面目にやる、といった意思表明になる。
「最後の質問になりますが、近々、このスラン教国でアステール王国のような大規模なコンサートを行う予定はありますか?」
「あります。とだけ言っておきます」
「ありがとうございます」
スクラーダさんはメモをしまい、席を立って握手を求めてきたので応じた。
「それと、これは内密なのですが・・・」
「はい、なんでしょうか?」
あたしが変なことに巻き込まれるんじゃないかとドキドキしていると、スクラーダさんは色紙とペンを取り出してこう言った。
「実はファンなんです。サイン下さい」
あたしは喜んでサインに応じた。
聖都の某喫茶店の中に入る。聖都などと云われようと人々の生活は見えてくるし、その営みが街を作っているものだ。当然、喫茶店やお洒落なブティックだってある。あたしはボックス席に一人、ぼんやりとした表情をしたその女に声をかけた。
「やっほ。サシで話すのは初めてだね。ルシエラ」
「息災でなにより。それで話というのは、ダンディのことか?」
「いや、まあそれも話題の一部ではあるんだけどさ」
あたしはルシエラの対面に座ると、編んだ両手に顎を乗せ、切り出す言葉を噛み締めるように口に出した。
「ルルイエのダンジョンを踏破した日の夜、王都での祝勝会のこと覚えてる?」
「ああ、覚えているぞ。ブリューナが酒を飲んで暴れ出したので私が睡眠魔法をかけて鎮圧したのだ」
「そ、そっちはそっちで大変だったのね・・・」
酒乱のブリューナを見てみたかった気持ちもありつつ、ルシエラにとってあたしのことは割とどうでもいい存在なんだなと再確認した。
「いや、あの時なんでステラさんにあたしとの関係のことを尋ねたのかなって」
「なんだ、そのことか。そうだな。二人は付き合っていると聞いていたが、あまりそのように見えなかったものでな。単純に疑問だったのだ」
「なるほどね~。でも、疑問に思うってことは本当に何かある可能性が高いわけじゃん。本人を目の前にして言う事なの?」
「ん? その何かという理由が分からないから聞いたのだが」
「マジか・・・」
あたしはしばらく口が開きっぱなしになった。
「もしかして、そのことで気分を害してしまっていたのか? それなら謝ろう。昔から私は率直に話し過ぎるきらいがあるらしい」
「や、や、謝らなくていいよ。丁度、身内にそういうタイプが居ることだし」
「?」
頭に疑問符を浮かべるルシエラ。あたしはルシエラとリョーマを比較してみた。リョーマはアッパー系のノンデリなのに対し、ルシエラは常にナチュラルでフラットだ。ダウナーというわけではない。
「ルシエラって言動が浮き世離れしてるなって思うけど、精霊の巫女ってどんなことやってたの?」
「地元では主に祭事の演出を担当していたな。他にはモンスターの退治や怪我人の治療か。占いなどもしていたが、結果が悪いのであまり人気がなかった」
「ああ、そう・・・」
客に忖度せずに占ってるとしたらそれはそれで誠実なんだろうな。
「警鐘を鳴らして凶兆を回避できるなら有意義だと思うのだがな」
「いや、実際全くその通りだと思うけど、多分、お客さんが求めてたのは『何もせず良いことが転がり込む予兆』っていう虚像なんだよね」
「というと?」
「その方が前向きに生きていられるから。たとえ、マイナスをゼロに戻す効果量の方が凄かったとしても」
「そういうものなのか」
「少なくとも大衆向けのエンタメはそう」
「占いは大衆向けの娯楽か・・・」
「まあ、そこに重きを置くのも一つの価値観に過ぎないという反証は受け付けるかも」
ルシエラも思うところはあるようだが、ふと思い当たる人物の名前を出した。
「そうだな、エルネスタは占いで手広く稼いでいると聞く。あのようなやり方なら人気は出るのかもしれん」
「ルシエラもあんな感じにやってみる?」
「気が向いたらな。そう簡単には行かないだろうが」
ルシエラの無表情な瞳が少し柔らかくなった。ような気がした。
「そうだ、思えばあの祝勝会の日はアブに凶相が出ていたぞ」
「ええ!?」
「次の日はなくなっていたが」
「それって、ステラさんと別れた方が結果的に良かったってこと?」
「そこまでは分からんが、少なくとも拗れた関係のまま続けるのが良いこととは思わん」
「あ、なんかすんません・・・」
あたしは心当たりがあり過ぎて思わず頭を下げた。
「で、ダンディって『ダスク・エヴァンジェル』ではどんな感じなの?」
「ああ、奴は凄いぞ。もし、モラ様がダンディを要らないと言うなら、私が貰ってやるところだが」
「やっぱりダンディの意志は無視されてんのね・・・」
その後、しばらくダンディの話などで盛り上がり、冷めた茶が空になったところでその場はお開きになった。
「さてと。この辺りのはずなんだけど・・・お~、あったあった」
あたしは聖都の一角にある修道院を訪ねている。敷地は小学校か中学校程度の大きさがあり、学び舎まで併設されていた。塀の中の運動場では預けられている孤児と思しき少年少女が奇声を上げながら走り回っていた。あたしは門を潜り、更に開け放たれている入り口の扉を通り、挨拶をする。
「こんにちは~! お邪魔しま~す!」
「アブさん。お越しいただき光栄に存じます」
聖堂の中では、モラさんがこの修道院のシスターらしき人族と話し込んでいた。あたしの声を聞き振り返り、挨拶を返す。
「そちらの方は?」
「初めまして、アブさん。この修道院を預かっていますラティナと申します。マロゾフとはお会いになっていますよね? 彼は私の夫です」
「まあ、そうだったんですね。宜しくお願いします」
修道服を着た年嵩の女性はラティナと名乗った。あたしはマロゾフ司祭兼協議会職員の角ばった顔を思い出した。モラがそれに続ける。
「この修道院は私の寄付で運営しているんです。育ててくれた恩返しというのもありますが、もともと実家のようなものなので」
「へえ、そうなんですねぇ。モラさんはいつから冒険者を?」
「成人してすぐだったので13歳からですね。もう、7年前になります」
「改めて若いな・・・」
自分の10代の頃は相当やりたい放題してた自覚はあるけど、流石にヒーラーの冒険者として7年過ごした知り合いは居ない。修道院に居たってことは若くして両親に先立たれたのだろうと推察はする。
「旅立つ前にはしばらく帰って来ないだろうからって治療の行列が出来てたんですよ」
「冒険者になる前から色々と凄かったんですね・・・」
「小さい頃は治癒の力を制御できずにシメた鶏が生き返るわ、殺鼠剤を食べたネズミはいつまでも元気だしホント困ったんだから」
「そ、それは言わないでください」
あわあわと手を振り回し、謙遜するモラ。
「今では、生かすべき命とそうでないものに考えを巡らせない日はありませんよ」
「持ってる力が強大だと背負う物も凄まじいね・・・」
サラっと怖いこと言った気がするが、それがモラの日常なのだろう。
「それで、お越しになった目的の件ですけど」
「ああ、そうだね」
「ほら~、みんなもうすぐ時間よ~」
ラティナが庭で遊んでいる子供たちを呼び集めた。
「シスター! 今日もお歌うたうの?」
「そうよ~。はい並んで~」
ラティナがそう言うと集まってきた子供たちは四列横隊ぐらいになって聖堂に整列した。ラティナは色褪せてくたびれたオルガンの前の椅子に座ると、みんなにあたしのことを紹介した。
「今日は聖者モラ様と『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』のアブさんにお越しいただいています。緊張せずに歌える人!」
「「「は~い!」」」
一部返事をしなかった子もいたが、嘘を付きたくない性格なのだろう。それを見てあたしはニヤリとしたが、ラティナは気にせず曲名を告げる。
「では聖節4章より『寛き杯』」
軽快でどこか投げやりな長調の伴奏が聖堂に広がる。8小節を終えたところで合唱が入る。
“正しき者よ 驕るなかれ
罪ある者よ 沈むなかれ
杯の縁に 集う時
誰もが同じ 渇きを知る
寛き杯よ 割れぬ限り
我らはここに 戻り来る
赦しは水のように流れ
祈りは海へと 帰りゆく”
チャン♪
パチパチパチパチ!
平仄の微妙に合わない歌声。素朴な伴奏。けれど日々の営みの中の確かな音楽。その全てに拍手を送った。
「いやー! 感動した! ううっ・・・」
あたしは涙ぐんでいた。なにせ、この世界に来て初めてまともに現地の人たちの生活に根付いた音楽を聴けたのだから。
「これだよ、今のあたしに必要なのは。ナラティブな質量・・・!」
「ア、アブさん?」
あたしが猛烈に感動しているのにも関わらず、みんなには三分の一も伝わらないのであった。




