第77話 机上演習
“45層の目標。西軍を勝利に導け。”
「なんだなんだ?」
我々が44層をクリアし45層に入ると、毎度のアナウンスと共に目の前には広大な平野を望む展望台が広がっていた。展望台の中央には6つの操作パネルのようなものがあるのが見える。
「いい眺めだな~」
「シルヴィア、そういうのは後だ。今、何ができるのか調べるぞ」
「はーい。遠くに見える軍隊が西軍と東軍なのかな?」
我々はひとまず人数分用意された操作パネルを確認する。左からエルネスタ、シルヴィア、ブラディオ、あたし、バラック、グラントの順に並ぶ格好となった。
「情報収集、資源確保、作戦指示、実戦訓練、内政、外交とあるね」
「まずは情報収集だ」
ブラディオがタッチパネルを指でつつく。
“西国と東国は南方諸島のある島の領有権を巡る紛争中です。10分後に開戦し、5分で勝敗が決します。戦力は開始時点では4:6です”
4対6は結構な戦力差だと思うが、これにはブラディオも渋い顔をした。
「なるほど。1.5倍の兵力差を覆さなければならんという事か。俺は実戦訓練をしてみる。エルネスタとシルヴィアは資源確保、グラントは内政、アブは外交、バラックは情報を集めつつ作戦指示で何が出来るのかを確認してくれ」
「了解!」
およそ適切な役割分担だ。あたしは端末の操作パネルから『外交』を選択した。するとさらに東国、北国、南の国、中つ国という選択肢が出てきた。
「バラック。北国と南の国と中つ国の情報が分かれば教えて」
「えっと北国は利己的な軍事国家、中つ国は聖地があるため独立している小さな中立国家、南の国は自由と貿易の海洋国家とあるっスよ」
「なるほど、ありがと!」
10分後に開戦と分かっているので、悠長な策は打てない。まずは北国に東国と手を組まないような工作をするべきだろう。この戦いで疲弊した側は恐らく北国に狙われる。地政学的には当然の話だ。あたしは更に細分化されたコマンドを選択する。
「女スパイを送り込む、と。ハニートラップで何とかなればいいけど・・・。お、もう結果が返って来た」
成功!と画面に表示された。これで北国は少なくともこの戦中は東国と手を組むことはない。
「これ以上を要求したら流石に不味いよね。1回使ったコマンドはもう使えない仕様みたいだし。う~ん・・・お、これは?」
紛争地の領有正当性を訴える。このコマンドをどの国に使えばよいかだが。
「これは発言力の高そうな中つ国に使うしかないな。それ」
あたしはタッチパネルを選択し、中つ国に領有権の正当性を訴えた。どうやら東国からも同じ話があったらしく、中つ国は改めて中立の立場を強調した。
「まあこういうのは黙ってたら負けにされるケースが多いしな・・・。自軍の士気にも関わるし」
軍を動かすうえで、自分たちは正しいことをやっているという意識が非常に大事だ。このシミュレーションにおける歴史的経緯はあまり分からないが・・・。
「あとは、傭兵を募る、か。これは南の国かな? 資金が不安だけど」
「お金のことは心配しないで。エルネスタがめっちゃ頑張ってるから」
「おほほほほ! この素材とこの素材を交換すれば利ザヤが400%で未来永劫安泰よ! 残り時間が許す限り尻の穴までむしり取ってやるわ!」
「えげつな・・・」
エルネスタの金銭的嗅覚はドン引きするぐらい鋭い。この変な戦略シミュレーションでも例外ではなかったようだ。
「訓練はうまく行ったぞ。本隊の戦力は数こそ少なく見えるが、死ににくく、逃げにくい軍隊になったと思う」
「作戦指示の情報は把握できたんで、実戦はグラントに譲るから共有するっスよ」
「内政はうまく行きました。民衆は疎開、反乱分子と敵方スパイの粛清が完了しています」
「よっしゃ行くぜ!」
そろそろ開戦の時間だ。
「右翼と左翼をやや突出させて進軍。中央に誘い込んで叩くぞ」
「旗が見えるように影武者を使いますか?」
「いや、将軍も訓練で重点的に鍛えてある。流れ弾ではそう死なんだろう。ここは策を弄さない方が士気が上がる」
「では中央の前方に配置します」
ブラディオとグラントによる軍議の傍ら、本隊は進軍を開始する。南方からは待機している傭兵部隊による遊撃を行う予定になっている。
「弓の射程に入ります」
「進軍停止。盾構え! 弓兵は狙撃準備!」
敵軍の動きも止まる。敵軍の使者らしきものが馬のような動物に乗り近づいてくる。
「使者から降伏勧告を手渡されました。そのまま返しますか? 爆弾を付けて返すことも可能です」
「い、いや、そのまま返そう。降伏勧告は当然、聞き入れられない」
グラントの悪辣な選択をブラディオは却下する。実際の戦場ではないもんだからか、グラントの倫理観にブレーキが付いていない。ブラディオも流石にその選択肢には忌避感があったようだった。
「陣形を保ったまま前進するぞ」
「来ます」
東軍から飛んできた矢を大盾を構えた前衛の兵が防ぐ。こちらから放った矢も同様だ。
「東軍は矢が尽きたか」
「向こうから来てくれた方が確実なのだがな。仕方ない、右翼左翼は突撃しろ。遊撃隊もそこに合わせる」
詳細な説明によると、少なくとも終了時間には兵の残存数を逆転させなければ勝利とは認められない。つまり、待てばいい戦ではない。
「いけー! 高い金払ってるんだから値段分働きなさいよ!」
「エルネスタ、随分熱が入ってるね。現実のお金じゃないのに」
傭兵は一撃離脱を繰り返し、かなりの活躍を見せた。これには資金を捻出してくれたエルネスタも満足げな表情を見せる。
「コマンド以外で介入できないのが辛いね」
「介入出来たらアブの歌と団長の無双で終わっちゃうでしょ」
「それもそうか・・・」
試しはしたが、フィールドには入れないし、召喚獣も出せないし、味方にバフをかけることもできない。そうこうしているうちに両軍の歩兵が激突する。
「向こうも陣形の意図には気が付いているだろう。中央は手薄にして両翼を広げるぞ」
西軍が東軍をじわじわ包囲し始めた。当然包囲が完成すれば数の不利はひっくり返せる。
「現在の自軍と敵軍の数は互角の様です」
「質と物資では勝っているから、このまま何もなければ押し切れるだろう。念のため中央付近は引き付け気味にしておきたい」
もはやコの字型に敵を包囲しているため遊撃隊は敵の後方からしか攻めることが出来なくなった。
「敵も完全包囲は流石に嫌でしょう。引いていきます」
「深追いし過ぎないように矢で減らしていけ」
入念に指示を飛ばしたところで時間切れとなった。
“条件達成。次のフロアへ進みます”
「よしよし」
「敵軍の全滅が条件でなくて良かったですね」
今日はその後の階層もサクサク攻略でき、47層まで攻略できた。
「おつかれ~。変な階層があったけど楽勝だったね。そっちはどうだった?」
ダンジョン攻略の後、あたしはリリカ達と合流した。きっとリリカなら楽勝だと思ったのだが、様子がおかしい。
「どうもこうもないぞ・・・。45層の仕掛けは軍事演習だったであろう? 大軍の指揮に心得があったのは我とクロードだけであったため1度失敗してしまっての」
45層は準備に10分、決着まで5分の合計15分を持っていかれるヘヴィな階層だ。ここで再挑戦が発生したのは相当なロスだろう。
「あら、それはなんとも・・・。リベリアとロズホーンはそういうの苦手なんだね」
「あやつらは我とグラントに依存し過ぎておることが今回明らかになった。軍の指揮を任せてもいいレベルまで教育が必要だな」
「う~ん、これまではリリカが張り切って何でもやるから育つ機会が無かったんでしょ。あんまり怒んないであげて」
「アブがそう言うならそうするが、我の即位後に必要な事ではあるからどのみち学んで貰うことには変わりないぞ」
「うん、流石にそこは免除したら駄目だと思う」
あたしも経験値を得られてなかった実感があったため、言ってはみたものの、業務上必要なことは避けて通れないのはしょうがない。それと、少し聞くのが怖いが、残りの2名についても聞いておこう。
「ライラとサキはどうだったの?」
「思い出すだけで腹が立って来る! まずライラ! あやつは立派な学位こそ所持しておるが魔獣以外のことに関心が無さ過ぎる。魔獣の餌になりそうな飼料を兵糧と称して買い漁って国庫を破綻させおった。そしてサキ! 周辺国へ次から次へと喧嘩を売り、あっという間に四面楚歌だ。ここから勝ち筋を見出すのは困難を極めたため、早期に降参して再挑戦という運びになった」
「うわぁ・・・。そりゃなんとも」
誰にでも向き不向きはある。リリカとサキの組み合わせだけ見ると戦闘力だけは抜群でも、軍隊の指揮となれば話は変わってくる。申し訳なさそうにライラがリリカを見る。
「すまん、一般的な兵糧と比較して5分の1の価格で売られていたので費用対効果を考えて買ってしまったんだ。誤算は兵糧として使えなかったことだ。私はいつも食べているので全然いけると思っていたのだが」
「この有様だ!」
「ああ、発想は良いけど確かにちょっとズレてるね・・・で、サキは?」
煙草を吹かしているサキに聞いてみた。ちょっとだけ気まずそうにしてる。
「文字が読めなかったから適当にボタンを押した」
「は?」
「あ~・・・」
これは咄嗟に擁護の言葉が出てこなかった。確かにこっちに越してきて2カ月も経ってないはずだ。日本語の置き換えに近いとはいえ、外国語のリーディングを履修するだけの十分な時間はあるとは言えなかった。しかもサキ。さらに言えばマニアックな軍事用語は初修用のテキストには基本的に出てこない。
「それだけであんな状況になってたまるか! 北国は東国と同時に進軍してくるわ南の国からは貿易が途絶えるわ中つ国からは非難文が送られてくるわ」
「て、敵は一つにまとめた方が殴りやすい」
「それは圧倒的な強さを持った者の発想だ! 我々以外は基本的に弱い!」
「うっ・・・」
リリカに詰められてサキがたじろいだ。
「確かにそうだ。ごめん」
「分かれば良いのだ。あと、文字が読めなかったら早めに相談しろ」
「うん、そうする」
喧嘩にならなくてほっとした一幕だった。




