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第76話 罪

 






「到着!」


 我々はダンジョンの近くの野営地に到着した。冒険者と一般労働者が中心となって開拓した野営地は、できてから日が浅い割には、すでに栄えたバザーのようになっていた。日が落ち始めたこの時間でも篝火が焚かれ、そこそこの人通りが見られる中、我々はそれぞれの仮設クランハウスへと向かう。


「とんでもない移動速度だったな・・・。生き急ぐのも程々にしとけよ短命種」

「長命種に付き合ってるとジジイになっちまうんだよ!」

「お前はそのままだとババアだ」

「うっせー! ぽたぽた焼き食わせっぞコラ!」


 ザナンダは空中楽隊超特急を体験するのは初めてなので、こんなリアクションになるのも納得だ。常識というのは破壊されるまでの時間が長ければ長いほど衝撃は強いものである。


「少し質問がある。ザナンダ」

「なんだ? ダンディと云ったか」


 軽く自己紹介を済ませたばかりだがザナンダは顔と名前を一致させたようだった。それもそのはずで、ダンディは時術師を第二適性に持つと紹介した時は目を見開いて驚いてみせたものだ。


「お前がリョーマに飲ませた薬は法で禁止されたものではないのか?」

「? 特に禁止はされていないが・・・」

「それは市場に出回っていないか、製法を知るものがザナンダしか居ないからではないのか?」

「確かに『カルペ・ディエム』系の薬剤はエルフの中では知られた薬ではあるが短命種の街には出回っていないな」

「・・・では、脱法ということか?」


 いつもにも増したダンディの鋭い追及にリョーマが焦る。


「おいおい、折角付いて来てくれたのに歓迎されてないような雰囲気出すとヘソ曲げられるかもしんねーじゃん。そのくらいにしとけって」

「黙ってくれ。俺がけじめを付けなければならない問題だ」

「ナニ拘ってんだか・・・」


 リョーマはそれ以上追及する気も失せたのか、ザナンダに告げる。


「ちょっと難しい年ごろなんだ、遊び相手になってくれないか?」

「まあ、お前らに比べれば時間など十分あるから問題ない。問答の相手をしてやろう」


 ザナンダはダンディに向き直り、サングラスの奥を見据えた。


「エルフにも法はあるが、法に触れるかどうかは些細な問題だ。特に短命種の作った法などな」

「・・・」


 沈黙するダンディに向かって懐から小瓶を取り出し、示す。


「例えば、この風邪薬だが、症状のみを治すため根治に結びつかず、それどころかかえって病原を分かりにくくし、かつては禁止されていた。しかし、別系統の薬と併用することにより相乗効果が生まれ、この薬さえあれば風邪で人が死ぬことはなくなった。他にも法によって禁止されていたばかりに研究が遅れ、機を逸した事例は枚挙に暇がない」

「だから容認しろと? 肉体が変質するような副作用を持った薬を」

「説明も聞かずガブ飲みしたコイツが悪い」

「そんな入念に俺をディスんなくてもよくね?」


 それまでのやり取りに呆気に取られていたあたしは考えを整理した。なぜダンディはそこまで違法薬物を目の敵にするのか。おおよそ、考えられるとしたら、薬物のせいで身内に近い人物が死んだか、それに近い状態になったかというところだろう。そこまではこれまでの付き合いや、やり取りの中で輪郭を掴むことが出来た。あとは考えるより先に口が動いた。


「ん~、薬ってさ、毒にもなるしさ。気の持ちようだよ。なんだかんだ処方するにも人の目と意志が介在するワケじゃん。人の弱さに付け込まれないように正しく在ろうとするダンディの気持ちも分かるけどさ、こんなリョーマでもなんとかしてくれるっていうザナンダを一旦は信じようよ」

「アブ・・・」


 ダンディの心に響いたかどうかは分からない。事情を詳しく聞いたわけでもないのに勝手なことを言っているかもしれない。でも、ダンディの魂の在り方はずっと間近で身に染みてきた筈だ。少なくとも、ダンディの拳の力は少し抜けたように感じた。


「誠に遺憾だ。私に説得されんならともかく、身内で解決しやがって」


 ザナンダは仏頂面だ。ダンディは口元を曲げ、煙に巻く。


「フッ、すまんな。この詫びはいずれするとしよう」

「せいぜい長生きしろよ。ダンディは見たところ、心臓が悪そうだからこれを処方しとく」

「・・・多少、自覚はあるが、違法なものじゃないだろうな?」

「ゴーホーだ合法! 何度も同じ件やらせんな!」

「冗談だ」


 あたしはホッと胸を撫でおろした。

 とりあえず雨降って地固まる、である。







「今日の音合わせはここまで! おつかれ~!」

「おつ~」


 我々は30分程度のバンド練を終え、楽器を片付けた。この仮設クランハウスはリリカが建ててくれたものだが、ルルイエにある我々の借家とよく似た造りをしていた。概念を繋ぎ合わせれば境界を誤魔化し物理的な跳躍も可能になるかもしれないとかなんとかブツブツ言っていたが、リリカにとっては妥協の産物らしい。


「どう? ちょっとはスッキリした?」

「ああ、俺の考えを整理させるための練習だったんだな。すまない」

「メンバーのメンタルがやられてるならそのケアに回るのは当然でしょ。バンドのクオリティが一番」

「フッ、理に適っている。下手に励まされるよりよほど効くぜ」


 ダンディはリビングのソファに腰かけ、コップの水をあおった。


「まあ、ダンディのことが心配な気持ちもあるけど、調子崩すなんて珍しいね」


 あたしはストローでコップの中の氷をかき分け、一口すする。やはり聞くべきか。それは今が良い気がする。


「薬に関して。昔、何かあった?」


 ダンディのことはあまり詮索したことがない。年長者に歴史があるのは当然だし、敬意は払いたい。だから、なんでもは知る必要はない。ただ、この問いに対して彼が教えてくれることだけは知りたいと思った。


「・・・昔だ」


 ダンディは肘を膝に乗せ、両手を組んだ。低く沈むような姿勢のまま、ぽつりと語り出す。


「久々に再会した音楽仲間が違法薬物に手を出していた。俺はそれを通報した。最近その問題に自分でもケリを付けたつもりだった。だが、目の前で薬物に苦しむ仲間を見るのはどうもまだ我慢がならんらしい」


 ダンディはそう、他人事のように呟いた。


「ダンディ、それは今回のケースには当てはまらないよ」

「分かっている。条件反射で感情が先に立った。俺はそれをコントロールできなかった。引き戻してくれたのはアブとザナンダのおかげだ」

「ダンディ・・・」


 少し長い沈黙の後、ダンディがまた口を開いた。


「・・・もう一つある。俺の母親の話だ」


 ダンディは深呼吸し再び語り始める。


「父は俺が高校の頃、事故で亡くなった。残してくれた遺産のおかげで不自由はしなかったが、俺が長いこと就職できなかったのを見て母が気を病んだ。母は俺が就職できなかったのは自分のせいだと思い込むようになり、精神科に通うようになった。医者から処方される薬の量と種類が、日に日に増えていった。その頃の俺は反抗的な自立心と脛を齧らざるを得ない現状で板挟みになり、我を見失っていた。だから、発見が遅れた」


 ダンディは静かに告げた。


「母は処方された薬を大量に服用し、自死を選んだ」


 言葉も出なかった。


「本能が覚えているんだ。あんな思いはもう二度と御免だと――」

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!」


 部屋に入ってきたリョーマがいきなり声を荒げた。


「随分心配してくれてるみたいだが俺は死なねえ! それにこの世界は死んでも3日まではセーフだ!」

「リョーマ・・・」

「辛気臭えツラしてんじゃねえよ。おふくろも今のダンディの年収聞いたら右団扇だろ」

「・・・」

「あー、それに俺達も一回死んでるぽいしな。実感薄れてきてっけど」


 それはそうだが、嫌なことを思い出させる。あたしもなんとか言葉を探す。


「ん~、あたしはダンディの歩んで来た険しい道を思うとリョーマみたいに騒げないけど」


 でも言う。


「それを許せるようになれる自分ってどんな自分だと思う?」


 それを許せるような自分になれ。それはかつてセリアに断罪するようにせがまれたときに他ならないダンディ自身がかけた言葉だ。ダンディは顔を伏せて少し沈黙したが、徐に口を開いた。


「わからない。まだ道半ばだ。だが・・・」


 顔を上げてみんなを見る。いつの間にかサキもソファの端っこにちょこんと座っている。


「お前たちに話せて良かった」









 アブは『アーケイン・ナブラ』のクランハウスへ行き、リョーマとダンディは自室に戻った。ソファに一人座った私は、カップのコーヒーにミルクを注ぎ、口を付けた。


 母親とはそれほどまでに尊重されるものなのだろうか。ダンディの話を聞いて私はそう思った。ホストに入れあげてパパ活に精を出していた私の母は14歳で私を出産した。私の存在はそんな滑稽な行為の結果でしかない。ましてや親戚に預けて碌に関わろうとしなかった者に何の感慨も湧かない。


(ダンディと私は違う。人それぞれだ)


 お前さえ産まれなければ、親戚からもそんな恨み言を言われた。私は自分の意志で生まれたわけではないが、それは全ての生きとし生けるものがそうだろうと思った。


 “母。お腹すいた”

 “分かった。待っていろ”


 マジックケージからアビーが這い出してきた。私はキッチンで肉を焼いてアビーに振舞う。


 “塩加減 うまくなった 香草の効き方も いい”

 “アビーはグルメになったな”

 “違いが分かる 楽しい より良いもの 価値がある なんでもそう”

 “音楽の違いも分かるようになったか?”

 “母の仲間の音楽しか 聴いたことがない 比べれるものが ない”

 “たしかにそうだ”


 この世界はバンドが少ない。だから仲間を増やそうとアブ達が色々頑張っている。私は特にアイデアは持っていないのでみんなに任せっきりだ。


 “私の生みの親は、私を産むだけ産んで育てなかった”


 子供に言う事ではないが、聞いてもらいたかった。


 “ふつうの親は自分の子供を育てるらしい。私の親はふつうではなかった。つまり、私もふつうではない”


 アビーは黙って聞いている。


 “そんな私が育てたアビーはふつうのドラゴンにはなれないかもしれない”

 “そもそも 種族 違う しょうがない” 

 “たしかにそうだ。アビーは物わかりが良いな”

 “ほめられる うれしい”


 くすぐったそうにアビーは言う。それから真剣にこちらを見つつ小首を傾げる。


 “産みの親 屠ったこと 気にしてる?”

 “なぜそれを”


 こちらはいつ、どう伝えようと苦心していたのだ。それが伝わってしまったか。竜言語というものは厄介だ。


 “母も 母の母が誰かに殺されたら 怒る?”

 “まさか。もう何とも思ってないし”

 “吾の 生みの親の事 もっと教えて”

 “そうだな。やつはでかかった。この部屋に入ったら尻尾は壁を突き抜けるぐらい。何年かかるか分からないがお前もいずれそうなるだろう”


 ドラゴンって成体になるまで何年かかるんだ? ライラなら知っているだろうか。


 “あいつはそれなりに強かったが頑固だった。そのせいで勝てない相手に戦いを挑んで負けた”

 “・・・”

 “強い奴はその強さに見合うだけの振る舞いをする必要があるらしい。私も聞きかじりだけど、気まぐれに弱い奴を助けて仲間を増やすと良いとかなんとか”

 “ふ~ん”

 “まあ、譲れない戦いがあるっていうのもなんとなく分かる。お前の生みの親も生き方は急に変えられなかったんだろう”


 私は虚空を見つめて冷めたコーヒーを啜る。悪くない味だ。


 “話してくれて ありがとう おやすみ”

 “おやすみ”


 私は口下手なのでうまく伝えられたか分からないが、アビーは納得したらしい。


「普通のドラゴンってなんだ?」


 それを目指す必要があるのかどうか明日ライラに聞いてみようと思った。



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