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第75話 因果の縺れ

 




「白日の杜よ、拗れた揺り籠を今一度、紐解かん!」

「お~!」


 あたしの言霊に応え、木々の隙間をみっちりと埋めていた蔦はするすると道を空け、茂みは中に舞台役者が居るかのように動き、並木道が姿を現す。


「どんなもんよ!」

「アブはやっぱスゲーわ」


 リョーマが素直に褒める。余計な一言の多いリョーマだが、リアクションが率直な所は美点である。


「前来たときはルシエラが精霊にお願いしてたんだよな。道の開き方がそっくりだったわ」

「え、あの人と同じ感じだったんだ・・・」


 ルシエラという名前には苦い記憶がある。ルルイエ攻略後の宴会の席で、あたしとの仲をステラさん本人に直接問い質し、別れの事実を公にしなくてはいけないきっかけを作った人物だ。勘が異常に鋭く、直感型の精霊術師として活躍している。


「あ、なんかすまん・・・」


 リョーマが気を遣って謝ってきた。発言する前にちょっとは考えろとは思うが、こういう奴だと分かってるから、今更腹も立たない。苦い記憶はしっかり思い出したが。


「あれから結構経つし、もう流石に大丈夫だって。リリカも居るしね」


『ダスク・エヴァンジェル』とはもう和解した気でいたけど、そういえばルシエラと直接腹を割って話したことなかった気がする。今度、声をかけてみるか。無神経が服を着て歩いているようなタイプだから、向こうは覚えてるか怪しいが。


「リリカから見てルシエラって同じ魔法職としてどう見える?」


 あたしはルシエラがその場に居ないのを良いことに聞きにくいことを訊いてみた。いや、意地悪な気持ちが無いと言えばウソになるが、相手の立ち位置を把握するのも大事だ。声をかけにくい相手なら尚更リサーチが必要だ。


「奴は相当やるぞ。我が覚えるよう助言した『無の風』も次に会った際には使えるようになっておった。興味のない分野への無関心さえ無ければ、話が合ったやもしれんな」

「お~、意外と高評価」

「天賦の才だけでトップクランのメイジ枠に収まっているのを見るに、まだまだ発展途上と言えばよいか、はたまた怠惰と断ずるべきか」

「ん~・・・ありがと。参考になった」


 なんとなく人となりは分かった気はする。それがやはり個性、ということなのだろう。そんなことを話していると、目の前の空間が歪み、エルフの美男子が現れた。


「何用だ、止まれ! っと、ダンディじゃないか」


 アイリの姿をしたリョーマがダンディの前に割り込んで挨拶をする。


「よう、オラフ! また来てやったぞ」

「? 誰だお前は」


 オラフと呼ばれた男は頭に疑問符を浮かべて怪訝な顔をする。そこへダンディが話しかけた。


「オラフ、久しぶりだな。いや、長命種の感覚ではさっき帰った奴が忘れ物を取りに来たぐらいの感覚なのか?」


 ダンディは握手を求め、オラフはそれに応じる。


「短命種の感覚は分からんからお互い様だ」

「俺達は地位向上に貢献したと見える」

「ふん、見識を広げてくれた礼を言うぞ」


 聞いた話ではエルフの里では男二人でブルースの即興をやったらしい。長尺で。


「それで、わざわざ何の用だ。今日はやかましいアイツが見えないな。寿命で死んだのか?」

「俺をセミと一緒にすんじゃねえ!」


 リョーマが足踏みをして抗議する。しばらくオラフはリョーマを目を細めて見つめていたが、何かに気が付くようにはっとした表情を見せた。


「ま、まさかお前・・・」

「おう。もう来ないと言ったが・・・あれはたった今、嘘になった」







「わあ、すっごい景色! 来てよかった!」

「どうだ、この私の自慢の作品だ」


 エルフの里は外界とは空間が隔絶されており、外の杜とは違う生態系を形成していた。オラフはこの里で庭師のようなことをやっており、木の枝を剪定したり、花の種を植えたりしてるらしい。人工的とはいえ、拘りを感じる色彩や年月を滲ませる世界観にあたしは素直に感想を述べる。


「なにせ隠れ里だから、ブブレフ草とヤタゴンの花なんかは仕入れるのに苦労したんだ。里のみんなは最初は喜んでたが、慣れてしまって反応が乏しくてな」

「なんでお前ら隠れ住んでんだ・・・」

「隠れている方が凄そうだろ」

「その理由で合意形成されてんの、何?」


 リョーマが呆れた表情でツッコミを入れる。遠くから美人のエルフが手を振ってるのが見える。


「あ、リョーマちゃんじゃん。やっふー」


 その人物は走って近づいてきた。


「グラシアさん! 俺のことが分かるのか!」

「鑑定士の上位職である究竟師を舐めないで貰いたいね。随分見た目は変わっちゃったけど」


 グラシアさんと呼ばれたエルフの女性はふんすと鼻を鳴らした。


「あれ? この人、リョーマが告白したって人?」

「そ、そーだが? 恥部をほじくり返すんじゃねえ!」

「そういちいち怒んナッツ。恥じても悔いてないんだったらいいじゃん」

「一理ある・・・」


 リョーマは納得した。すぐ納得するな、こいつチョロすぎる・・・。


「それより、この体になったの、この里の薬屋で買ったポーションのせいなんだけど」

「薬屋って言ったらザナンダの店ね。趣味に走った一点物の薬が多いのが特徴よ」

「時間が無限にある奴はめんどくせえな」

「ヒマなのよ」

「資本主義が仕事してない」

「そもそも店やってなくても生きていけるし、本当に趣味でやってるだけの人だから」


 そう言われてしばらくついて歩くと、見るからに怒張した怪しいキノコ型のお店が姿を現した。


「里の景観崩れてない?」


 あたしはオラフに訊ねた。


「ザナンダは薬の研究ばかりして外に興味が無くてな。かといって私が家の外観をいじくるのは許してくれないんだ」

「こだわりがあんのね・・・」


 まあ、人が集まってれば趣味の合わない人も中には居るだろう。それに折り合いをつけて許容するのが共同生活というものだ。家族だってそうだ。


「たのも~!」


 我々は店に大人数で押しかけたが、中は意外と広く、全員が入っても狭くならないだけのスペースがあった。ふと目をやったガラスのショーケースには年代物の薬が並べられており、消費期限は大丈夫なのかと心配になる。


「ザナンダ~! 訳アリのお客さんよ~!」

「客か・・・」


 客は珍しいはずなのだが、面白くなさそうな声が奥から聴こえてきた。店主と思われる銀髪のエルフは後姿で顔は見えない。声からしてかろうじて女ではなかろうかと判別できるぐらいの高さだった。振り向きもせず泡を立てたフラスコを光に透かして見つめている。


「くぉら! おめーの薬で女になっちまったんだけどどーしてくれんだよ!」

「なんだァ? 貴様、こないだの・・・」


 リョーマの剣幕に釣られ、目を据わらせた厳しいまなざしが髪の隙間から覗いた。


「病人だと思ったから売ったのに説明も聞きやしねえアホに付ける薬はねえぜ」

「暇人に付き合ってたらジジイになっちまうんだよこっちは」

「んじゃ、ジジイにならなくてよかったな」

「てんめえ・・・!」

「よせ、リョーマ。 お前の自業自得だ」


 アリルさんがリョーマを制す。アリルさんが言ってなきゃあたしが言ってたよ。


「頼む、リョーマを元に戻して欲しい。失礼な奴なのは承知の上だが、大事な仲間なんだ」


 アリルさんが頭を下げる。だが、ザナンダはにべもない。


「そっちの方が正直お似合いだぜ」

「急に褒めんなよ。照れるだろ」

「褒めてねえよ」

「いや、似合っているぞ」


 ジークがうんうんと頷いた。


「ジーク、てめえ! 俺を助けろ!」

「なっ!? アイリさんが、俺に助けを・・・?」


 ジークはワナワナと全身を震わせると、店の床がへこむぐらいの速度で土下座を敢行した。


「頼む! 俺は何でもするから、アイリさんの望みを叶えてやってくれ!」


 余りの勢いにリョーマが狼狽し始めた。


「おい、よせ! 助けろとは言ったが、流石に何でもするのはマズいだろ」

「いいや、俺はこの愛が本物だと証明してみせる!」

「喧しい奴らだな。いや、そういえばあの日も外で何やら聴こえてきたな・・・」


 ザナンダは考える素振りを見せるとジークを見た。


「お前はその女を愛していると言ったが、そいつは元男だぞ?」

「俺が愛する女性に経歴は関係ない!」

「その愛する女性が男に戻りたがっているのだが?」

「それが彼女の望みなら叶えるまで!」

「叶えた後は元の男が残るぞ?」

「くっ、そんなことは分かっている!」


 辛そうにジークが唇を噛む。


「だが俺はこの気持ちに従う!」

「ふむ・・・」


 長い沈黙が周囲を包んだ。


「ふん、私もその薬の効き方には興味がある。みたところ相当な因果のもつれを感じるな」


 ザナンダはちらとグラシアの方を見た。


「グラシアは何か感じないのか?」

「うん、めっちゃグネグネしてるよ。元気がいいね」

「それで済ますのか・・・まあ良い」


 意味が分からなかったが、何かあるらしい。


「丁度、他の薬の材料も調達に行きたかったところだ。お前たちに同行するとしよう」


 ザナンダが仲間に加わった・・・?










「さて、出立する前にお前の現在の状態を確認させてもらう」


 ザナンダは奥の診察室のような部屋に俺を呼び出すと、俺の肩、膝、脇腹などにシールのようなものをペタペタと貼り付け経過を観察した。しばらくして貼り付けたシールは淡く発光しだした。


「ふむ、なるほどな。リョーマとか言ったか。お前の言う通りその体は記憶の中の幼馴染なんだろうな」

「分かるのか?」

「本来あの薬『カルペ・ディエム』は喪失感を埋め合わせるために、失ったものが側に居合わせているかのような感覚を保持するという効能だ。それを大量に服用したとあれば、精神に合わせて肉体が変化するという副作用が齎されてもなんら不思議じゃない。本来の用途とはかけ離れているけどな」

「シャリゼに聞いた話とほとんど一緒だな」

「シャリゼに魔法薬学と錬金術を教えたのは私だからな」

「まあ村社会だからそうなるよな」


 この里は40人ぐらいしかいない。おそらく全員顔見知りだろう。


「それに、お前が飲んだ薬はより効能を高めるために私が独自に調合を加えている。私以外にお前を治せると思わねえことだな」

「マジかよ」


 治すも治さぬもこいつ次第。完全に金玉を握られているということだ。今はないけど。


「まあそう怖がるな。先ほど啖呵を切ったジークという奴の男気に免じてお前の意志を確認したいというわけだ」

「俺の意志・・・」

「場合によっては治さないという選択肢も取れる、という事だ」


 俺はどうしたい? 正直な気持ちを何とか手繰り寄せて言葉にする。


「元には戻りたいが、今はまだ別れが惜しい」

「煮え切らないな。考えまで女々しくなったか?」

「そんなんじゃねえよ」

「ふむ・・・」


 ザナンダは顎に手を当てて考え始めた。


「で、あればだ。服薬によって元の姿と今の姿を行き来できるようにするのはどうだ?」

「そんなことが出来るのか!?」


 願ってもない話だ。少なくとも、どうするのかの選択も先延ばしに出来る。


「私はしばらくはお前のかかりつけ医という位置づけにはなるが、お前の方が早く寿命は尽きるだろう。その間にせいぜい吟遊詩人として珍しい錬金素材を私に供給すればいい」

「随分適当だな。それでいいなら俺もオッケーだけど」

「では、その方針で薬の調合を考えるとしよう」


 その後、エルフの里でアコースティックライブを敢行した我々は、前回出立した時と同様に、エルフのメスガキとオラフに見送られて里を後にした。


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