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第74話 オワピ

 






“41層の目標。対峙する敵を各個撃破せよ。”


「!!」


 ダンジョンの次の回に進むと唐突に俺は一人になってしまった。このアナウンスの内容から推察するに、一人になってしまったのは俺だけではあるまい。6人の突入者である『ダスク・エヴァンジェル』は分断されてしまったと言っていいだろう。


「さて、何が出る」


 俺はバンジョーを取り出し『支配のオスティナート』と『群像のレチタティーヴォ』が成立する演奏を始める。歌うように執拗に繰り返される短調からの硬質かつ内省的なリフレインが、決闘者である自分自身と挑戦者を演出するような錯覚を与える。


「あるいは挑戦者は俺の方か」


 呪歌の効果が表れるのと同時に柱の暗い影から立派な鎧を纏ったスケルトンの魔物が姿を現した。腕は6本あり、左下手に盾を構え、残りの5本に剣をそれぞれ携えている。


「ガアァアッ!」


 骸骨が吼えた。

 声帯が無い魔物がどうやって声を出すのか。無論、骨を鳴らせば乾いた音は聞こえるだろうが、余りにそれは肉声に近かった。


「大した骨伝導だな」


 俺はそんな皮肉を呟くと、敵の次の動作に備える。

 スケルトンの剣士は真っ直ぐ俺に向かって走って来た。

 それを見た俺は親指でコインを弾くと、それは相手の頭上を通り越し、背後に落下する。


 その寸前――。


「『バック・イン・タイム』」


 ゴガァアアアン!!


 目にも止まらぬ速さで、激しい轟音と共にコインは敵を貫いて戻ってきた。


「グォオオ!!」


 敵は一瞬つんのめったが、またこちらへ向かって再び走り始めた。確かに敵の鎧には風穴を開けたが、スケルトンである敵の肋骨の隙間を通ってしまったらしい。スケルトンには普通の人間にある、内臓や動脈といった急所が存在しない。


「流石に点の攻撃では分が悪いか」


 俺は後方に逃げながら、敵の方へカードを何枚か投擲した。最近は走りながらの投擲訓練に『ダスク・エヴァンジェル』の面々も付き合ってくれていて、成果も出ている。元の世界に居た頃は、年のせいか肉体の衰えを感じていたものの、この世界に来てからは体の調子も良く、あらゆることを前向きに考えられるようになってきてはいた。


 俺は敵を投擲物との射線に入れるために右に曲がる。


「『バック・イン・タイム』」


 ギィンッ!ガンッ!ガンッ!


 鋭い音が辺りに響き渡る。スケルトンの持っていた盾が弾かれ、剣を持っていた手が1本、膝の後ろから脚が1本切断された。俺の手には3枚のカードが戻ってきている。ミスリル銀繊維を織り込んだ戦闘用のカードらしい。どのジョブが使うのか分からないが俺が気に入ったのはこれだった。


「ようやく動きが止まったな! そこだ!」


 俺は3度目の『バック・イン・タイム』を発動させる。残りのカードが手元に帰ってくると同時に、スケルトンの剣士を切り刻んだ。


「ギャアアアアア!!」


 けたたましい苦悶の叫びをあげるスケルトンの剣士を後目に、奴の落とした盾へ向かって走り、それを手に触れる。武器として使うのに必要な条件だからだ。


「!」


 そこを狙われたのか、スケルトンの剣士は持っている剣を投擲してきた。何本もあれば1本ぐらいなくても平気なのだろう。


「落ち着きが無いのは、カルシウム不足だ」


 俺は『バック・イン・タイム』を自分の着ている服に対して発動した。俺の体は不自然な軌道を描き、元の位置へと帰っていく。物理法則を無視しているため、多少の反動はある。できれば多用したくないが、剣が刺さるよりはマシだ。


 続けて俺はスケルトンから距離を取りながら走った。残りの剣が投擲されたが、全て『

 バック・イン・タイム』の応用でそれを躱す。


「砕けろ!」


 俺は『バック・イン・タイム』を発動する。


 ドガァァァアアア!!


 スケルトンの剣士が持っていた盾は持ち主の頭蓋を粉砕しながら俺の手元に飛んできて、ピタリと止まった。


「牛乳を飲め」


 盾はガァンと音を立てて地面へ落下した。筋肉もないのによくこのような重いものを持てると感心するが、なにも筋肉だけが信仰ではない。


 “条件達成。次のフロアへ進みます”


「俺が最後か。どうやら、皆を待たせてしまったようだな」


 それはそうだろう。俺は比較的、弱いのだから――。










「お勤めご苦労さまでした!」


 セラフィーネが元気良く皆を労う。ダンジョンから出た我々は、仮設のクランハウスで休息を取っていた。


「今日は43層まで進みましたね。ここに来てペースが上がってくるとはびっくりです」

「だが、一人で隔離されてしまった時は気が気ではなかったぞ」

「セリアはダンディ殿が心配だったのですよね」

「なっ、そういうモラ様こそ・・・」

「あら、私はダンディ様を信じていましたよ?」

「ぐっ、まだ私は修行が足りないのか・・・」


 貸しを作ったとはいえ、俺のような弱者男性を尊重する必要はないとは思ったが、どうせ聞き入れてもらえないのだろう。俺は黙って茶を啜った。


「しかし、あのスケルトンロードを単独で撃破するとは、ダンディ様の戦闘能力向上には目覚ましいものがありますね」

「うむ、日ごろの訓練のおかげだ」


 最近はもっぱら雑務をこなしている2軍ヒーラーのミリアの声に、したり顔を見せるセリア。俺を守る時は頼もしいが、訓練の際の気迫は凄まじいものがある。強い女に苦手意識が生まれそうだが、かといって、か弱い女が良いのかと言われればそれはそれで戦力的に不安だ。


「全員があのガイコツを俺より早く倒せたのだろう? 一体、どうやって戦ったんだ」


 俺はそれぞれに訊ねた。まずはアマゾネスのセリアが答える。


「聖の闘気を纏い、正面から斧槍を振り下ろし、薙いで、頭蓋を貫通させた。それで終わりだ」

「いつも通りだな」


 俺の勘違いかも知れないが、セリアは俺という重しを得てからは、メキメキと実力を伸ばすようになってきた。後悔と葛藤、そして未来への展望が彼女をより高みに押し上げたのだろう。守るものがある方が強く在れるというのは羨ましくもある。


「盾で奴の剣を滑らせ、バランスを崩したところで『ホーリークロスブレイド』をお見舞いした」


 そう言ったのはパラディンのマリアンヌだ。彼女は常に状況を見ており、冷静で判断を見誤らない。その冷静さの裏に喪失の悲しみと優しさが隠れているのは俺とマリアンヌ本人だけが知っている。だが、実のところそれは言い過ぎで、俺以外にも話をしているのかもしれない。たとえそうであっても、マリアンヌの強さには理由があり、それが揺らぐことは決してないだろう。


「私はコイツで。高いからあんまり使いたくないけどね」


 狩人のセラフィーネはそう言うと、矢筒から数本の矢を見せた。鏃は尖っておらず、流線型でありながら凹凸を持ったそれは、手榴弾を思わせる危険な香りを漂わせていた。こんなものを雨よ霰よと食らったのでは相手が骨でなくても風葬の憂き目にあうだろう。店の紹介の件ではリョーマ共々お世話になったが、本当に器用で抜け目がなく、底が見えない女だ。


「土精霊の魔法で墓を建ててやった。今頃は成仏していることだろう」


 眠そうな目でそう呟くのは精霊術師のルシエラだ。成仏という事は仏教なのだろうか。いや、これまでの経験から、この世界の言葉は脳内で自動翻訳されているという事が分かったので、深く突っ込むつもりはない。相変わらず不思議な女だが、無神経であるということは強いという事だ。あとは他人を傷つけないように気を配ればいい。


「私は浄化の光で一瞬でした。やはりアンデッドとは相性がいいですね」


 モラはそう屈託なく笑う。モンスターとはいえ死体を模しているわけだから元は人間に近い種族だったのかもしれない。その落ち窪んだ頭蓋からは生前の面影を察することはできなかったが、モラはそれすらも受け止めながら前に進める度量を持った力強さを含んだ笑みを見せた。周りの支えが無くては成立しえないとはいえ、流石聖者というだけはある。


(いや、それは俺達のバンドも同じか?)


 モラの姿にアブを重ねる。偶像という役割ロールは演者の魂を縛ることがある。魂が自由であるかどうかは表現者として最も大事な要素の一つでもある。さらにもう一つ付け加えるならば、良し悪しに関わらず魂の形を問われる。『ダスク・エヴァンジェル』である以上は、これを俺達が支えなければならない。俺も思わず口から笑みを漏らす。


「フッ」

「鼻で笑われました」

「ダンディさん。アピールが露骨なモラ様に対して失礼ですよ。もっと、忖度してあげてください」


 ミリアが一番失礼な物言いをしていないか。


「いや、数奇な巡り合わせだと思ってな。気分を害したのならすまない」

「埋め合わせを所望します」

「考えておこう」


 女ばかりの所帯で、俺は相変わらず肩身の狭い思いをするのであった。








「そっちもタイマン張らされたの? ほんとビックリしたよね」


 あたしはバンドメンバーとリリカ、アリル、ジーク、ライラ、モラ、セリアなどの協議会の仲間と合流した。リョーマの飲んだ薬の詳細を知るためにエルフの里へ向かうのだが、我々の同伴者は些か過保護のきらいがあるように思う。その当事者であるリョーマが言う。


「アブはアヌビスっぽいのと戦ったんだっけ。俺んとこはミノタウロスだったぞ」

「私の相手は殺人ピエロだった」

「こわっ」


 なぜ道化師は殺人に走ってしまうのか。サキは多分、それを上回る暴力でマジレスしたんだろうけど。


「クァー!」

「アビー起きてるじゃん。珍しい」

「ご飯の時間だ。肉食わせてから出発でいい?」

「しょうがないね」


 サキの持っているマジックケージから、アビスドラゴンの子供であるアビーがあどけない顔を覗かせる。サキは焼き肉の支度を始め、他のみんなは雑談モードになった。


「しかし、我々もかなり強くなったよね」

「自惚れない方が良いぞ。俺も時術という強力な力が覚醒したおかげで何とか戦えてはいるが、結局強いのは俺ではなく魔法やスキルだ。倒すのもパーティでは一番最後だった。吟遊詩人はあくまで支援職であるという事を自覚した方が良い」

「謙遜するねえ」


 ダンディは調子に乗らない構えを見せた。そう言われてみれば、あたしも倒すのは最後だった。その事実は、世界有数のトップクランの中に居るのだと嫌でも自覚させられる。ヒーラーである星読みのエルネスタでさえ、攻撃に回ると恐ろしく強い。


「我としてはアブの伸びは想定外だ。あらゆる音を言霊と化してしまうその無自覚なセンスは何を起こすか分からない期待感がある」


 リリカがそう評す。褒めてくれるのは正直照れるが、リリカ直々に鍛えられているだけあって、自画自賛感も含んだ物言いは、二重の意味で照れ臭い。


「リョーマの戦闘バリエーションも増えたぞ。甲冑を着込んだ姫騎士だが、これでなかなか流麗な剣捌きを見せる」

「アリル隊長を参考にしているであります!」

「アイリさん・・・素敵だ」


 ジークっていうこの人、アリルさんの弟なんだけど、女の姿のリョーマに惚れてるんだよね。リョーマのことを幼馴染の名前で呼んでるし、元に戻った時に性癖がバグんなきゃいいけど・・・。

 まあ、あたしが言っても説得力ないか。どうせ、性癖なんて矯正できるようなもんじゃないし。


「ほれ、食え」

「ハムッハフハフッ!」


 サキが放り投げた分厚い肉を、アビーは空中で器用にキャッチして瞬く間に平らげていく。

 我々は少しののち、ダンジョンのキャンプ地を発った。


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