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第73話 打ち上げ

 




「おつかれ~~!!」

「いえ~~~い!!」

「KP」


『トワイライトジェリーキャッツ』の片隅のボックス席であたしは振舞われた青色の謎のカクテルを揺らし、口を付ける。フルーティーな抑えた甘さとミントのような爽やかさが鼻腔を突き抜けると同時に疲れた喉に潤いを与える。


「ぷっは~ッ! 最高! あれ、リョーマ飲まないの?」


 見ればリョーマは手元でグラスを揺らすだけで中を見つめている。


「いや、怪しいモン入ってないだろうなって・・・」

「入ってるわけないでしょ~、どうでもいいところで心配性なんだから」

「いや、俺それで性別変わったからな」

「別に怪しい森のエルフの薬屋で買ったわけでもないのに」

「マージで迂闊だったなあ・・・」


 浮かない顔をするリョーマ。もともと両性のあたしには分からない悩みではあるが、死人が生き返るレベルのファンタジー世界なので何が起こっても不思議はないだろう。今を楽しむべきだ。


「それより、今日はジャズやって正解だったでしょ」

「おお、それな!鬱陶しいジャズおじが絡んでこないだけでジャズってめっちゃ楽しいよな」

「ふふっ、元の世界のジャズおじが聞いたら怒りそう」


 ジャズファンは厄介な人が多いのだ。それらは往々にして全く悪気が無いのが質が悪い。確かにジャズは、奏者にとっては奥の深いジャンルであり、技術とセンスを発揮する場合、それは果てしない。しかし、その分マニアックなリスナーの期待も際限なく高くなるというわけだ。期待を下回れば説教され、上回ってもコーチングされる運命にあるので関わると非常に疲れる。


「この世界に来て丸くなったけど、ちょっと前のリョーマもややそっち側だったでしょ」

「ん~、まあそうかもな。張り合う相手が居なくなって肩肘張る必要もなくなったっつうか、今の姿で楽しまないのは勿体ないっていうか、失礼っつうか」

「まあ、幼馴染にリョーマのカッコ悪いところは見せたくないよね」

「そうだな。音楽はマニアだけのものじゃねえ。この世界に来て俺はそう強く考えるようになった」

「流行ってないから、裾野を広げなきゃって焦るよね」

「だな。吟遊詩人の稼ぎがあったからようやく音も満足に出せるようになってるわけだし、迷宮攻略の知名度も全然追い風になってるよな」

「興行としての道筋をちゃんと見せないと文化も発展しないだろうしね」


 そんなことを危惧していると、ダンディが静かに言った。


「あまり気負い過ぎるな。流石にこの世界の音楽シーンの在り方までは責任は持てん。俺達はやりたいことをやって堂々としていればいい」

「でも、能動的に動かないと仲間も増えていかないしな~」

「そういう意思も含めてやりたいことの範疇だ。結果まで担保しようとすると融通が利かなくなるぞ」

「まあ、ダンディがそう言うならそうなんだろうケド」

「それに、何もやっていないわけではあるまい。王都でのコンテストに廉価版楽器の開発と量産。これだけやって響かなければ、もはや個人の力ではどうしようもないだろう」

「確かに・・・」


 我々は既に相当頑張っていた。その実感が持てた。そこに、この店のオーナーであるチャーリーが顔を見せる。


「はぁあい! 楽しんでるぅ? こちとら楽しませてもらったから朝までいていいわよ」

「いや~、ダンジョン攻略があるので、居ても日が変わるぐらいまでですかね。それより今日の服装は昼間と随分雰囲気違って逞しいというか」

「分かっちゃう? これもやっぱりこの体のオ・カ・ゲ。似合う服を着ないと損だもの」


 それを聞いたあたしはリョーマの方を向いた。


「だってさ? リョーマも今日は飛び切り美人だったじゃん。ピアニストのロールプレイでもしたの?」

「うっせ。演奏に関してはいつも通りだっつの」

「信じてくれないと思うけど、この子、昨日の朝までは男だったんだよ」


 あたしはチャーリーにそう言った。


「あらまあ。とんでもない変身だこと」

「それが間違えてエルフの里で買った変なポーションを飲んじまってさ」

「そうだったのね。せっかくだから遊び倒しちゃいなさい。良い男が欲しかったら紹介するわよ」

「い、いらねーよ!」

「あら、残念。女の子も紹介してあげられるけど?」

「う~ん、俺今こんなんだし戻った後で相手に悪いしな・・・」

「それもそうね・・・」


 リョーマの奴、自分の体に興奮していじくりまわしてなきゃいいけど・・・。弄ってたとしても驚きも責めもしないが。自分の体だし。まあ、流石にそれを聞く勇気はない。


「あ、あそこに里を教えてくれたエルフと木霊種のカップルいるじゃん! ちょっと話聞いてくるわ」

「いってら~」


 あたしはリョーマを生暖かい気持ちで見送った。







「オイーッス!」

「おお、どこの誰かは知らんが、先ほどは素晴らしい演奏だったぞ。私はシャリゼでこちらは――」

「バルデラだろ。俺だよ俺! リョーマ! ほら、第二適正が時術の人と一緒にいた方!」


 俺達に里を紹介したエルフの女、シャリゼは怪訝な顔で俺を見つめる。


「んん? お前、女だったか? まあこのような場所であれば別に普通のことかもしれないが凄い変装技術だな。ほとんど別人だぞ」

「シャリゼ。肉体的な変化は見られますが、同一人物のようです」

「バルデラが言うなら間違いはあるまい。よく見れば第二適正も変化しているな」

「おめーの地元で売ってた怪しいポーション飲んだらこんなになっちまったんだよ!」


 俺がそう言うとシャリゼは笑い出した。


「あっはっはは! 短命種はせっかちだな。買うときに説明を受けなかったのか?」

「日帰りだからそんな時間はねえ!」

「初めて買う物は店の者に説明を受けろと親に教わらなかったのか?」

「エナドリは高ければ高いほど性能が良いと思うだろフツー!」

「ふむ・・・? エナドリというものは聞き馴染みが無いが、お前の飲んだポーションには心当たりがある」

「マジか!? 教えてくれ!」

「そうだな、素晴らしい演奏の礼だ。教えてやろう」

「おお!」


 気合を入れて演奏した甲斐があったというものだ。


「症状から推察するとその薬はおそらく『カルペ・ディエム』と呼ばれるものだ」

「カルペ・ディエム?」

「ああ、辛い心的外傷を負った患者に処方される向精神薬だ」

「マジかよ・・・ってなんで精神薬で体まで女になるんだよ!」

「リョーマ、お前のその姿はかつての想い人のもので間違いないな?」


 俺はぎくりとした。


「なぜ分かる」

「それが薬の効能だからだ。現実との乖離を少し埋め、別れの時間を作るのが本来の用途だが、お前は瓶を一気飲みしたな?」

「ああ、運動後に喉が渇いたからな」


 俺が言い切ると、シャリゼは天を仰いでこう言った。


「薬には適量というものがある、魔法錬金薬というものは適量を超えれば肉体の変質を呼び起こすのは不思議な事ではない。ましてや、浴びるように飲めば姿も変わるだろう。詳細は薬の調合者でなければ分からんだろうが、それぐらいは私も知識としてある」

「ん~つまり元に戻るためには、結局、薬の作成者のアドバイスを受けるしかないってことか?」

「そういう事だな。下手をすれば一生そのままだ」


 マジか。性別が変わるぐらいだから魔法の力で元に戻るのも簡単かと考えていたが、思ったよりややこしい薬をオーバードーズしてしまった様だ。幼馴染に喜んでもらおうなどと考えている場合ではないかもしれない。


「まあ、何も死ぬようなものではない。女として生きるのも悪くないと思うぞ」

「その手のアドバイスしか飛んでこねえのマジで何なんだ・・・」


 やってやれないことはないとは思うが、流石に俺はゲンナリした。


「流石に童貞のままメス堕ちとか、情けなさ過ぎて悔いが残んだわ」

「ははっ、姿は変わっても中身は変わっていないな」

「あ、そういえば・・・」


 俺はふと思い出した。


「俺、勇気出してお前の母ちゃん――グラシアさんに告白したんだけど、振られたんだわ」

「ええ? 何ですかその面白い話。詳しく聞かせて下さい」


 バルデラが身を乗り出した。シャリゼが天を仰ぐ。


「また、母は懲りもせず短命種漁りをしているのか」

「いや~、うまく行ってたら俺、シャリゼのお義父さんになってたのか・・・」


 俺は感慨に耽りながら一割増しでその時のことを話すのだった。









「そういえば、ダンディ。時術ってちゃんと使えてるの?」


 あたしはダンディに話題を振った。ダンジョンに行っているはずだから戦闘する機会もあるだろう。


「ああ、問題ない。『バック・イン・タイム』に関してはコインやカードなどを投げて設置する動作が必要になるうえ、射線上に相手を誘導しなければならないという縛りもあるが、その条件さえ整えばモンスターを貫通して戻って来る」

「え、えげつない威力してるんだね・・・」

「ああ。それと戻す際の軌道に関してだが、直線的に戻ってくる場合と忠実な逆再生をする場合の撃ち分けが可能になっている。そして、起点が常に自分を中心とした座標になっている点も特徴だ」

「ふうん。まあ、そうじゃないと惑星の自転公転とかも計算しないといけなくなるから難しすぎるよね」

「全くだ」


 ダンディが戦っているところを見たくはあるが、余り機会はない。そんなことを思っていると、リリカが割り込んできた。


「そろそろ時術師殿の力の調査をしようと思っているのだが、都合はつきそうか?」

「今の『ダスク・エヴァンジェル』では、俺が日替わりでクランメンバーの相談を受けることになっている。既に週6日は埋まっているから週1日で良ければ力になろう」

「分かった。楽しみにしておるぞ」


 リリカは満足そうに頷き、杯を傾けた。あたしはリリカに今日の感想を聞いた。


「本格的なジャズって今回初披露だったけどステージはどうだったかな?」


 リリカは表情を緩ませ、感想を述べる。


「そうだな。既に練習で聴かされてはおったが、やはり、相応しき場で、相応しき時に、相応しき者が鳴らす、相応しき音といった趣があった。これこそ生演奏かつ即興演奏の舞台の醍醐味であろうな」

「ほんと? そう思ってくれるなら、会場もここに決めて良かったね。リリカがジャズに興味あるならもっと色々教えてあげられるよ」

「生憎と楽器の習得にかなり手間取っておるゆえ、それほど高度な事は出来ん。しばらく時間はかかるだろう」


 既にあたしはソプラノ、アルト、テナー、バリトンの4種をルルイエ工房に作ってもらってリリカにプレゼントしている。


「リリカなら魔法で演奏するっていうのも手かもしれないね。空中に4種のサックスを浮かせて遠隔操作するの。超カッコ良くない?」

「まあいずれはそういう手法もやっても良いが、生身で楽器を扱うという部分においても楽しみを見出している故、こればかりは譲れんの」

「嬉しいこと言ってくれるね。下手でもいいから今度スタジオでセッションやろうよ」

「長時間できるほど引き出しは広くないぞ」

「まあまあ、いいから。あとリョーマからの辛口アドバイスは無視していいから」

「・・・考えておこう」


 そんなこんなで打ち上げの夜は更けるのであった。


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