第72話 流転
「でやああああ!!」
パッカーン!
俺が斧を振り下ろすと薪みたいにエビルトレントが真っ二つになった。
“条件達成。次のフロアへ進みます”
「よし、どんどん進むぞ」
俺達『第七特殊迷宮攻略分隊』はその日、33層まで進んだ――。
「最初はふざけた衣装だと思ったが、大した強さだな」
アリル隊長が俺を褒める。なお、服装への評価についての申し開きはない。
「強いのは良いが、流石に露出が高すぎて恥ずかしくなってきたぜ」
「アクトレスは役を演じる事で力を得ると聞いたが、どういう役なんだ? その服装は」
フェンリスが興味深そうに聞いてくる。
「金太郎っていう昔の人物だよ。御伽噺的な」
「さすがリョーマの国は変な奴が多いな」
「うっせー、タイザン。あとで相撲するからな」
「ほう、構わんが、負ける気は無いぞ」
熊人族のタイザンが体毛の上から筋肉の陰影を浮かび上がらせる。
「アイリさん。その、目のやり場に困るのですが・・・」
目を逸らしながらモジモジしたジークがこちらに話しかけてきた。
「やましい気持ちで見てるからそうなるんだろ。スライムなんか常に裸だぞ」
「普段なら一番やましい目で見てるリョーマの口から出たとは思えない台詞ね・・・」
シスター・エナがジト目で睨む。ジークはそれにしたり顔で続ける。
「そう、リョーマの口から出たと思えない台詞。つまり今話したのは、逆説的にリョーマではなくアイリさんという事だ」
「強情なヤツだな。まだ俺であることを認めたくねーのかよ」
「思えばリョーマのことは嫌いではなかった。何故ならアイリさんという存在を生み出してくれたのだから」
「お前の中で俺はどうなってることになってんだよ」
「リョーマは俺にアイリさんを託した。アイツの遺志は無駄にしない」
「お前、頭おかしいんじゃねえか? エナさん、絶対こいつドリームコンサル必要ですよ」
「う~ん、アリル隊長はどう思います?」
エナさんはアリル隊長へ意見を伺う。
「ようやくジークも私以外に関心を示したと考えれば喜ばしいが、リョーマに迷惑をかけているのは否めない」
アリル隊長は渋い顔を浮かべる。だが俺はそれに物申した。
「いや、なんか迷惑よりも楽しいっていうのが勝ってるかな今のところ」
「どういう意味だ?」
「今の自分の顔を見ると、アイリもチヤホヤされたかったのかなとか、もっと色んなところに行きたかったのかなとか、お洒落したかったのかなとか考えてさ」
「リョーマ・・・」
シスター・エナが心配そうな顔で俺を見る。
「まあジークは変なヤツだけど、悪いヤツじゃねえし」
「アイリさん!やはりあなたは運命の女神だ!」
「調子乗んな!俺に触るのは無しな!」
「ぐっ、アイリさんの言う事なら仕方ない」
ジークは大人しく言うことを訊いた。流石アリル隊長の弟だけあって躾がなっているな。
「おい、リョーマ!早く相撲を取ろうではないか」
「今行くぜ!」
「タイザン!どさくさに紛れてアイリさんの体に触ろうとするなど許さんぞ」
「ええ・・・俺はリョーマに誘われただけなのだが」
俺達は向かい合って位置に着いた。エナさんとアリル隊長はそれを目の端にやる。
「余計な心配だったか」
「でも、いつまでも続くわけじゃないですからね」
「ああ、そうだな」
「うおおおおおお!!」
「タイザン! お前っ、許さんぞ! 俺に代われ!」
「違っ・・・これは不可抗力だ! 手加減できる相手ではない!」
タイザンは俺が解放した力の前に余裕がなくなり、俺の体の色々な所に手が当たる度、ジークの悲鳴が辺りにこだました。
「え、リョーマが今そんなことになってるの!?」
そう驚きの声を上げるのはメリッサだ。
「う~ん、まあ自業自得っていうか、意外と嵌ってるっていうか、本人もそんなに嫌そうじゃないし、おいおいエルフの里に薬の効能を聞いて解除する方向で進んでるって感じかな」
「よりにもよってリョーマの幼馴染ねえ。どんな面なのか拝ませてもらいたいところだけど」
「めーっちゃ美人だった。今日はライブもあるし、後で会うのを楽しみにしといて」
「でも中身がリョーマじゃねえ・・・」
それはあたしも同意だ。
「それより、今日はよろしくね」
「うん、望むところよ」
メリッサにも今夜のライブに出てもらうように打診していたのだった。冒険者として活動し始めて間もないが、ミュージシャンとして人前で演奏する経験は積めるときに積んでおいた方が良い。
「ギャラは正直吟遊詩人としてパーティに参加してる方が稼げちゃうのはしょうがないけどね」
「まあ、生活資金のことを考えなくていいのは助かるかも」
「ダンジョン攻略と戦闘訓練に楽器練習とライブ。かなり充実した生活だわ」
メリッサと雑談していると、どこにでもいそうなにやけ面が話しかけてきた。
「リョーマくんが女の子になったんだって? それじゃあ僕の妹が紹介できないじゃないか」
「そんなこと心配してたの? 別に友達としてでもいいから紹介しなよ」
「何かしらメリットを感じてもらわないと申し訳ないじゃないか」
「ああ、そういう性分なわけね・・・」
ボロゾという男、そういう考え方をする奴だったんだな。盗人にも三分の理というやつか。
「ちなみにボロゾと性格は似てるの?」
「全く似ていないね。抜け目がないところは似ているかもしれないが、それはヴァルファゴの国民性や教育によるものだろう」
「ふ~ん、まあ似てないならいいけど」
「失礼な」
ボロゾはやや鼻息を荒くした。
「そっちはダンジョン攻略の方は順調なのかい?」
「おかげさまでね。今は35層まで進んでるよ」
「こちらは36層だ。やはり情報収集した分が有利に働いているな。そのためにどんなお題があるかパターンを割り出して対策まで考えているからな」
「ふん、たった1層差で威張りおってからに。今に見ておれ!」
リリカが顔を赤くして捲し立てた。『アーケイン・ナブラ』と『金獅子の牙』は同じ進行速度だ。
「昨日あたったパズルを解くだけの層がめちゃんこ難しかったけどグラントがすんなり解いてくれて助かったよ」
「我は自力で解いたぞ」
「こっちはマルガレーテが解いたんだったかな」
「あんなのでも頭は良いのね・・・」
「思想は危険だがな」
長いこと絡んでないけど元気でやってんのかな? てかメリッサと喧嘩してなきゃいいけど。
「それじゃまた夜にね。こっちは音を仕上げないといけないから」
「今日ぐらいは訓練も休みでよいだろう」
「ジャズやることになったからってリリカも楽しみにしてるんだよね」
「余計なことを言うでない」
「は~い、じゃあ後程」
そんなこんなで我々はその場を後にした。
水は留まれば濁るものだ。店の脇に流れる水路の音を聴きそう思う。外的要因がほとんどである気はするが、我々はこの世界に適応するために変わって行かざるを得なかった。中には性別まで変わってしまった者も居り、異世界に生きる難しさを痛感させられる。
「ありがとうございます!吟遊詩人メリッサでした!」
ヒュー!素敵だ!パチパチパチ
観客の歓声と拍手に包まれてメリッサは満足そうに舞台袖を去り、客席の空いている座席に座った。
次はあたしたちの番だ。準備する間に比較的準備するものがないあたしでMCをして場を繋がないといけない。だが、その焦りは杞憂だった。
「さあ!皆様、お待たせしました!秘密クラブ『トワイライトジェリーキャッツ』にお越しの皆様!昨日告知していただきました通り、吟遊詩人のクラン『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』の皆様がスペシャルゲストとして楽曲を披露して下さるそうです!」
そうアナウンスするのはこの店『トワイライトジェリーキャッツ』のオーナーであるチャーリーだ。今日はオネエな恰好ではなく、ガタイの良さをアピールするようなスラックスとワイシャツとベストを着こなしている。
「レディース・アーンド・ジェントルメーン!そうでない方もこんばんは!ご紹介に与りました『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』の濁川鐙です。名前が知られては来ているようなのですが、知ってる人も知らない人も今日は一緒に楽しみましょう」
ひゅー!パチパチと観客の口笛と拍手が店中に響き渡った。
「今日は個性と個性のぶつかり合いであるジャズのセッションを中心にやっていきます。普段やってるものとは少し趣が違うのですが、音楽にはこういう形もあるという事で知っていただけたら幸いと思っています。ではいってみましょう!」
「論・客・用・なし」
サキのカウントから入る。スウィング気味のシャッフル4分の4拍子、テンポは90ぐらいCメジャー2-5-1というオーソドックスな進行だ。まずはゆったりとしたドラム、ベース、ピアノの前奏から全体の主テーマを提示する。
ラーララララーラーラーラララーラー♪
あたしの声が乗る。ワンコーラスに1分ほどかけ、曲は最初のソロに突入する。リョーマのピアノソロだ。オーソドックスとはいえ変化は必要なので、事前にコード進行はやりたいようにやってもらうため打ち合わせ済みだが、高級感のある店の雰囲気にグランドピアノは抜群に合う。しかもリョーマはドレスを着た超美人という事で大変絵になる状況が生まれてしまっている。
ポロンポロロロロン♪ティラティラリラリラリジャーン♪ティラッティラリターン♪
繊細さと激しさを緩急をつけつつ表現しなおかつ破綻せず、コードトーンを意識した基本から外れないソロだ。もっとも、途中で迷子になってもダンディがうまくつないでフォローをするだろうが。無邪気に自由に駆け回るその音は、さしずめ天翔ける跳ねっ返りのペガサスのようである。
続いてダンディのソロパートだ。これまた高級感のある店の雰囲気とウッドベースの雰囲気がばっちりで大変絵になる。リズムで遊びつつも終盤はメロディアスであることを意識した大人なソロだ。ソロを終えたリョーマのピアノがダンディの代わりにコード進行を支える。だがダンディは最後までリョーマに甘えるようなことはなかった。
次はサキのドラムソロ。パフォーマンス重視でタムとシンバルを叩きまくる。静かな曲のニュアンスを忘れているわけではなく、速さはあるもののいつもより繊細な音の粒が堪能できた。サキのドラムに関してはあたしはすこしうるさいのだ。後で感想聞こっと。
主題に帰ってきて、後半はあたしのソロだ。先ほどのリョーマのソロでも言及したが、ジャズのメロはコードトーンを押さえるのが重要だ。その押さえ方や外し方にセンスが宿ると言っても過言ではないだろう。あたしは今できる全力のスキャットでジャズヴォーカルの神髄を表現した。リリカにも届くと良いな。
ソロが終わり、曲は静かにアウトロを迎え、最後はリョーマのピアノが綺麗に締めた。
うぉー!最高!素敵!
そんな声が拍手と共に店内にこだました。
我々は続いて12/8ブルースと1コードのモーダルヴァンプ、ボサノヴァの曲を演奏してこのステージは終幕となった。




