第71話 女優
「あーーーっはっはっはっはっは・・・・!!!ヒィーーーっ!」
あたしの腹筋が十二個に割れそうなほど捩れる。笑ってはいけないのだが、こればっかりは無理だ。人にはなるべく敬意を払うという私の信念が今は真顔で白旗を振っている。
「そ、その。気を落とすな・・・ブホッ!」
「ブーーーーーッ!!!」
「クッソ・・・てめえら、予想通りの反応しやがって!」
そう漏らすのはリョーマ(?)だ。相変わらず迷走気味だったが、まさか美少女化して戻ってくるとは思わなかった。あたしは久しぶりのマインドセットで精神を統一する。
「ふーっ、ごめんごめん。ファンタジーな世界だからそういう事もあるよね。つい気ぃ抜いてたよ」
「フン、今回はたまたま俺だったけどアブとダンディのチ〇ポもひょんなことでいつモゲるか分かんねえからな!覚悟しとけよ!」
「あ、やっぱなくなってるんだ・・・たまたま」
性別が変わってるという事はアレがない代わりにソレがあるという事だ。という事を考えていると、徐にリョーマは腰のベルトをカチャカチャし始めた。
「でさ、ちょっと教えて欲しいんだけどこれ――」
「うわー!!!!人前で見せるな!!!」
あたしはズボンとパンツをずり下ろそうとするリョーマを慌てて止めた。ダンディはサッと後ろを向いてるが、サキは身を乗り出して見ようとしている。
「ディックドッグにあげたら一億再生は堅いのに」
「即垢BANだよ!」
そもそも男から女になりましたって言っても、誰も信じないのである。結果はただのアダルトコンテンツでしかない。
「リョーマもさ、内心複雑なんだよ。普段はアレだけど今回は色々あったから。あんまり笑わないであげて欲しいな」
そう言うのは付き添いのシスター・エナだ。この人が居なかったらリョーマを自称する謎のガサツな女と、押し問答を繰り広げるところから始まっていた気がする。
「う~んまあ、亡くなった幼馴染の事ってリョーマの口から聞いたことなかったけど、随分一人で抱えてたんだね」
「いや、前、シスター・エナの夢診断受けたじゃん。あん時思い出したんだわ。それまでずっと記憶を封印してたっぽい」
「封印って・・・。人間やめるのは聴覚だけにしときなさいよ」
「それなんだよなぁ。記憶を封印してからやけに耳が良く聞こえるようになったのは」
「えっ、そうなの?」
人は限界を超えるような悲劇や危機に直面すると、防衛本能で認知を歪めてしまうことがある。その副次的な産物であると言われると、リョーマの異常聴覚にも得心が行くところもあった。
「黙ってたかったんだけど、事態が事態だけに向き合わないといけねえと思ってな」
リョーマはそういうとこは真面目だ。恋人を探してたのもその子の存在が影響をしていたのだろう。ある意味呪縛になってしまっている。だが、敢えてそれは指摘しないようにした。
「ん~、それはいったん了解したけど、リリカは何か分かった?」
あたしは隣で難しい顔をしてリョーマの魔力を探っているリリカに声をかけた。
「駄目だな。魔力の流れに変化があるのは確かだが、錬金術となると専門外だ」
「そっか~。じゃあ大人しくエルフの里に向かうしかないね」
「あーそう言えば確かめたいことがあってだな・・・」
そう言うとリョーマはギターを取り出して適当にカッティングやリフなどを弾いてみせる。更にピアノを取り出しソナタを軽く弾きこなす。
「う~ん、なんともないな。まあ一安心か」
「なんかあったの?」
「いや、この体になって斧が凄い使いづらくなったから、楽器も下手になってんじゃないかと思ってさ」
「あー、違和感の正体はそれだ!」
リリカが手を叩いてスッキリした表情になる。
「おそらく第二適正が変わっておるな」
「え? マジ? せっかくレンジャーとしても板についてきたと思ってたのに」
「じゃあ、鑑定しよっか」
「そうだな」
あたしはいつぞやの短い杖のような棒切れをリョーマに手渡す。リョーマは念じながらそれを掲げる。
「頼むぞ、使えるジョブであってくれ」
ほどなく発せられた光が、幾何学模様を描き出す。
「これは?」
「ん~とね、あったあった」
あたしはステラさんに貰った早見表から目当ての模様を探し出す。
「アクトレスだってさ」
「アクトレス? 女優ってことか?」
リョーマは怪訝な表情だ。
「ん~と、ジョブガイドブックによると、相応しい装束を身に纏うことで見た目に応じた力を発揮することが出来る、だってさ」
「はあ? 俺、着せ替え人形かよ!?」
「でも、着替えさえどうにかなれば汎用性高そうで、いい感じのジョブなんじゃないかと思う」
「ん~、そういうもんか・・・?」
あたしは、にんまりした。
「じゃあさ、服買いに行こっか」
「カ・ワ・イ・イ~~!!」
ブティックの試着室前であたしは最大級の感動を表した。
「スタイル抜群だし顔小さいし何着ても似合うじゃん!やっぱ思った通りだ!」
「ふん、馬子にも衣裳というやつか」
「私より胸大きい・・・ムカつく」
リリカとシスター・エナも感想を漏らす。
「お前らなあ・・・こんなんよりもっと役に立ちそうな装備探した方が良いだろ」
「む~、ファッションを装備って言うなー!服は絵を飾る額縁なの!なんなら絵画の一部なの!」
あたしは力説する。リョーマの主張も分からなくはないが、目的がないわけではない。
「ほら、鏡の中のその人、アイリだっけ? すっごく綺麗だよ。ちゃんと見てあげなきゃ」
「アブ・・・」
リョーマはそう言いながら鏡を食い入るように見つめた。ポーズを取ったり笑顔を見せたり忙しなく動きを見せる。
「おっちゃんこの服くれ!」
「お買い上げありがとうございます」
「まだまだハシゴするよ~!」
「俄然やる気が湧いてきたぜ!」
「もっと気品ある態度を心がけ給え。アイリはまだまだ可愛くなれるよ!」
「おう、究極の美を追求してやるぜ、じゃなかった、やりますわよ!」
「・・・!?」
一瞬ドキリとした。ちょっとだけ『女』を演じただけなのに、見とれてしまった。これがアクトレスの力・・・? あたしは首をぶんぶんと振った。ダンディが呆れて口を出す。
「おい、息抜きも必要だが、新しい力の確認も忘れないうちに頼むぞ」
「うん、確かにごもっともだし今あるもので確認しよっか」
「ほーい」
我々はこの街の冒険者ギルドの訓練場へと向かった。
「で、俺としてはやっぱり斧が武器としては使い慣れてるから、斧が良いな。斧が得意な恰好ってどんなのだろ?」
「ん~木こりとか? やっぱなんかオーバーオールとかツナギみたいなのとかじゃない?」
リョーマの疑問にそう答える。サキがぼそりと呟く。
「マサカリ担いだ金太郎」
「サキ! それはナイスアイデア!」
「げっ、腹掛け一枚で戦うのかよ! 勘弁してくれ!」
「腹掛けかぁ・・・持ってないけどそれに近いのはあるよ」
あたしはマジックバッグから真っ赤なエプロンを取り出した。
「これ着てみて」
「は、裸エプロンとか天才かよ! 良いか、こ、これは試すだけだからな!」
そう言うとリョーマは更衣室へ消えた。
「さて、どうなる・・・」
程なくしてリョーマが斧を担いで歩いてきた。流石に裸はまずいので水着の上からエプロンを着て貰った。まあ、後ろから見えるのは紐みたいなTバックなので実質後ろは守れていない。おかっぱ頭のウィッグを被り、早速、素振りを開始する。
ブン!ブン!ブン!
「おっ、重心が崩れない。こんなガバガバなコスプレで良いのかよ」
「女優は演技力だよ!今は金太郎!」
「俺は金太郎、誰が何と言おうと俺は金太郎・・・」
リョーマがブツブツと呟き始めた。斧を振る力もどんどん増していく。リョーマは本当にノリが良いというか乗せやすいタイプだ。
ブオッ!ブオッ!ブゥーン!
「おお~、すごいすごい」
「今ならタイザンと相撲取っても勝てる気がするぞ」
「これがアクトレスの能力か~」
「他にはなんだろ、踊り子のエナさんも居るし一緒に踊ってもらう?」
「うっ、ちょっと気まずいけど面白そうって気持ちが勝っちゃう・・・」
エナさんもちょっと乗り気だ。
「ほんじゃ着替えてくる」
リョーマは再度試着室へ消えていった。我々は雑談しながら待つ。
「それでジークがリョーマを危機から救ってさ、リョーマだっていうことをまだ認めてない感じなの」
「ほ~ん、そんな感じだったんだ」
「襲い掛かってきた奴ら、なんか人さらいやってたらしくて『人権派』のブローカーとつながり持ってるっぽいのよね。今アリル隊長とジークが氷漬けにして神殿騎士の詰所に持って行ってるはずだけど――」
「お、来た来た」
舞踏会で着るようなドレスを身に纏った一人前の淑女が近づいてくる。
「私は舞踏会の女王アイリよ。対戦よろしくお願いします」
「いよっ、大将!解像度低いよ~!」
「分かんねえよ!淑女への知見とかなんもねえから!」
シスター・エナが一礼してリョーマに近づく。リョーマも裾を持ってカーテシーを決める。少し『らしさ』が出てきた。
「ダンディ、フラメンコ行ける?」
「いいだろう」
あたしはアコースティックギターを取り出し、ダンディはウッドベース、サキはカホンとカスタネットを取り出した。今回のあたしは歌を歌わない。代わりにアコギが存分に歌ってくれる。
「えす・いー・えくす・わい」
サキのいい加減なカウントから、ミドルテンポの16ビートが、炎が揺らめくように立ち上がる。パーカッションとウッドベースに支えられ、あたしはEを基調としたきめ細やかなリズムギターで拍を埋める。
訓練をしていた冒険者たちが何事かと手を止めてこちらを見始めた。音楽が始まるとエナさんとリョーマは向き合いながらテンポを確かめるようにステップを踏み始める。
互いの存在を確かめるように見つめ合う修道服とドレスの二人。どちらがリードという事もなく役割を補い合いクールに、軽やかに舞う。どうやってるのかは分からないがアイススケーターのようにつま先で滑りながら移動して訓練場を縦横無尽に駆け巡る。
エナさんがリョーマを回転させる。駒のように回りながら軸は全くぶれておらず、ポーズを決めて急停止する。同時に今度は連鎖するようにエナさんが回り始める。回転の間隔が徐々に短くなり、曲もダンスも最高潮の盛り上がりを見せる。
リョーマが飛んだ。それを支え持ち上げるのはエナ。最後は抱きとめるように沈み込み、リョーマは上体を逸らし大きく開いた胸元をアピールする。体を起こし二人は顔を近づけ、リョーマの手がエナさんの顎をくいっと傾け、演目は終幕を迎えた。
「どこの誰か分からねえけど凄い踊りだ!」
「バッカ、あれザインヴァルトのシスター・エナだぞ」
「え、そうなん? やっぱトップクランってすげえな。で、隣の奴は誰だ?」
冒険者たちは拍手を送った後、各々に噂を口にし、それぞれの訓練に戻って行った。
「興が乗ったから派手にやり過ぎちゃったかな?」
「まあ、観客は多くなかったから大丈夫だろう・・・」
我々はそそくさとその場を後にした。
「んじゃエルフの里には近いうちに向かうとして、例の店にはライブの打診をした結果、明日やることになったんでヨロシク」
「結構急だな。準備あんまりできねえぞ」
「出し物として認知してもらうには小さいハコで回数重ねた方が良いと思ってね」
「んまあ理屈としては分かるが、秘密クラブって宣伝になるのか?」
「そもそもあそこにしようって言ったのリョーマとダンディでしょ」
「まあな、雰囲気良かったし。数やるってんなら細かいことは気にしないで良いか」
「一応大きなとこでやるっていう話もあるから、それについても追々話し合っていこう」
「もう計画あるのかよ。こっちは女になったりしてるのに容赦ねえな」
「そんな面白いことになってるとか聞いてなかったし、でもなんか大丈夫そうじゃん。なんなら男の時より戦闘に関しては伸びしろあるんじゃない?」
「ぐっ、それについては言い返せねえわ」
実際、着替える時間さえあるならどんな役割でもこなせるのは可能性がありすぎると思った。
「それじゃあたしはリリカと戦闘訓練するから音合わせはまた後で」
「おう、そんじゃな」
「アビーに肉やらないと」
「今日は・・・マリアンヌか」
リョーマはシスター・エナと歩いて行き、サキは煙草を出そうとして喫煙エリアではないことに気が付き、それをしまう。ダンディは何か手帳のようなものを出しスケジュールを確認しながら呟いた。みんなそれぞれの用事を片付けに散って行った。あたしはリリカに訊ねた。
「アクトレスって結構メジャーなジョブなの?」
「いや、それほど数も多くはないし、服装だけであそこまで効果を出せるのもそうはおらんだろう。リョーマのやつが常人では考えられないほどの集中力と思い込みの力を持っておるという事だな」
「考えようによっては危ういところがあるってこと?」
「どうかの。聞けば奴の過去の想い人と同じ姿に変化しておるというではないか。記憶が体の変化に影響を与えているなら、こればかりは計り知れん」
「う~ん、じゃあやっぱりエルフの里に行ってしっかり原因を探った方が良いのは確かだね。もとよりそのつもりだけど」
「それが良いだろう。それより今日の実戦訓練はロズホーンにやってもらう。属性相関とその対応速度を鍛える」
「押忍、師匠」
我々は『アーケイン・ナブラ』のメンバーと合流するべく、待ち合わせの場所へ向かった。




