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第70話 ヒーロー・オブ・ア・デイ

 





「ジジジジジーク、落ち着け! おおおお俺はリョーマだ!」


 一瞬、何を言われたのか分からなかったが、俺は勇気を振り絞って前提となる情報を共有する。落ち着かなければいけないのは俺も一緒だ。


「リョーマ・・・なのか?」


 ジークの顔がみるみるうちに紅潮から蒼白へと変わっていく。


「俺は、何を言った? ど、どうしてそんなことになっているんだ?」


 ジークは落ち着きはしたが明らかに狼狽している。先ほどの発言が尾を引いているのだろう。タイザンが説明する。


「リョーマがエルフの里で買った怪しいポーションを飲んだらこうなったんだ。他に原因のようなものが分からない以上、聖都の錬金術ギルドで成分を調べてみた方が良いかもしれない」


 タイザンは俺の持っている空き瓶を指差してそう告げた。ジークはまだ呑み込めないのか呆然としている。


「そ、そうだな、こんな格好じゃ落ち着かねえし戻れる方法があるならさっさとそれを探すしかねえな」

「とりあえずアリル隊長に報告するぞ。連れてくるから待っていろ」


 報告するのか・・・。恥ずかしいが仕方がない。タイザンは全速力で駆け出し、東屋にフェンリスと俺とジークが残された。気まずいので俺は場を繋ぐべく、声を発する。


「・・・なあ、さっき『結婚してください』って言ったよな?」


 俺の呼びかけにびくり、とジークの背中が動いた。


「忘れてくれ・・・」


 フェンリスが俺とジークの間に入って黙って首を振る。消え入りそうな声に流石の俺もそれ以上声をかけるのが憚られた。気まずい沈黙が続く中、アリル隊長とシスター・エナを連れたタイザンが戻ってきた。


「なるほど、状況は把握した。錬金術ギルドへは私とシスター・エナとリョーマで向かおう。他は自由行動だ」

「はっ!」


 アリル隊長は俺を一瞥すると、着いてくるように促した。俺達は錬金術ギルド方面へと歩き出した。


「まさかこのような事態になるとはな・・・」

「め、迷惑をかけて申し訳ないであります」

「起こってしまったことは仕方がない。対処が分かっているならそれを実行するだけだ。いや、考えようによっては・・・」


 アリル隊長は何か考えるような素振りを見せ、一拍置いた。


「支障がないならそのままの格好でも問題ないのかもしれないな」

「いやいやいや、支障あります!メンタルに影響するであります!」


 俺は猛抗議した。アリル隊長は不思議そうに問う。


「女であることに何か不都合があるのか?」

「そ、そう言われると・・・」


 俺は考えた。男としてこれまでやってきた下地というかサンクコスト効果的な面があるのは否めないが、それさえ折り合いをつけることが出来るのであればやって行けるのではないか。


「ア、アリル隊長は女であることに不満を感じたり差別を受けてきたことはないでありますか?」

「無いな。実力を示せば大抵の問題は解決する」

「そうすか・・・」


 アリル隊長ぐらい完璧超人だったら確かに性別とかどうでもよくなるな。俺がバンドメンバーに抱いている感想と同じだ。もしかすると俺、女としてやっていけるのか?


「・・・アリル隊長、リョーマ。ちょっと待ってください」

「なんだ、シスター・エナ」


 さっきまで黙っていたシスター・エナが俺達に呼びかける。その手にはおそらく自分用に普段から使ってるオシャンティな手鏡が握られている。


「リョーマ。鏡で自分の顔をよく見ておいた方が良いわ」

「いや、そんな・・・まさかとんでもなく不細工とか?」

「いいから見て」


 シスター・エナは手鏡を俺に握らせると、見るように促した。俺はそれに従う。女になった自分がどんな顔してるのかと思うとドキドキしてきた。俺は恐る恐る鏡を覗く。


「なっ・・・!?」


 鏡に映っていたのは、かつて俺が封印した記憶の中の少女と瓜二つの、絶世の美女の顔だった。







「なんで、よりによって・・・」


 今はもうなくした半身。愛するという意味も分からず愛し続けた幼馴染。もう二度と見ることはできないと思っていたのに、それは俺の目の前に、俺自身となって再び現れた。


「シスター・エナ。どういうことだ? 私にも説明しろ」

「守秘義務があるので必要な事だけお伝えしますね。今のリョーマの姿は亡くなった彼のかつての想い人のものです」

「なんだと!?」


 アリル隊長が驚愕の表情を浮かべる。そしてすぐ俺に頭を下げる。


「リョーマ、すまなかった。お前がそのような状態だと知っていれば、あのような無神経なことを言わなかった」


 俺は一瞬どういうことか分かりかねたが、直前にアリル隊長とそのままでいいのではないかといったような一連のやり取りをしていたのを思い出した。俺はそれについては納得しかけていたので、別に気分を害したわけではなかった。


「い、いや、そんな謝る事じゃない・・・であります」

「そうか、だがよく考えてみれば私の態度に奢りがあったのは確かだ。何を選ぶかはリョーマが決めるしかないのだから」


 その言葉に引っかかりを覚えた。選ぶ? 俺が? 何を?


「どの道、そのポーションの成分と効能を知らねば対処のしようもないだろう。錬金術ギルドへは行かねばなるまい」


 錬金術ギルドへ行く? 成分を知ってどうする? 俺を元に戻すために?


「い、嫌だ!!」

「あっ、リョーマ!! 待ちなさい!」


 俺は駆け出した。行く当てなんてない。今は、少しでも一緒に居れるように――。


「はあっ、はあっ!」


 全速力で相当な距離を走ったからか、息が上がってきた。曲がり角から飛び出した人物とぶつかりそうになる。


「うわっ!」

「危ねえな!」


 バリン!


 俺はバランスを崩し転倒する。手に持っていたポーションの瓶が割れ、粉々になる。俺はやってしまったという気持ちと、これで良いという気持ちという別々の感情を抱いた。


「てめえ、どこ見て走ってやがる!?」

「うっせー! お互い様だろ!」


 怒気を漏らした筋骨隆々の男が俺に声をかけるが、俺はついそれに売り言葉に買い言葉で返してしまう。


「教育のなってないクソアマが・・・」


 男は持っていた棍棒を構えて振りかぶる。俺は逃げようとするが、体の変化のせいかいつもの調子が出ない。


「ぐっ!」

「オラァ!」


 寸でのところで身を捻って縦振りの棍棒を躱す。男は俺の顔を見てニヤニヤし始める。


「なかなか可愛い顔してるじゃねえか。お詫びに楽しませてもらわねえとな」

「やめろっ、放せっ!」


 男は俺の腕を掴んで顔を近づける。今の俺は俺の最愛の人の似姿をしている。こんな奴の手籠めにされるわけにはいかない。


「放せっつってんだろが!」

「ぐおっ!」


 俺の蹴り上げた膝が的確に野郎の金的を捉えた。野郎は後ずさり、隙ができる。


「あばよ、おととい来やがれってんだ」


 俺は立ち上がり走り去ろうとする。だが、その行く手を塞ぐようにモヒカン頭をした数人の男が立ちはだかる。


「へへへっ。アニキに一撃入れるとは大したアマっすね」

「このスラムからは逃れられないぜ」


 くそ、聖都のくせにスラムあんのかよ・・・。目的もなく走ってきた俺も悪いのだが。


「こいつは地下に監禁だ。顔を二度と治せねえように焼き潰して半年飼い殺しにするぞ!そのあと『人権派』のやつらに売っちまえ」


 マズい。なんでもいいから逃げないと。俺はマジックバッグから斧を取り出して構える。体のせいでいつもと違ってうまく扱える気がしない。


「チッ、武器持ちかよ。全員で襲い掛かるぞ!」


 奴らに引くという選択肢はないらしい。俺は斧を振りかぶった。遅い。それどころか空転して俺はバランスを崩す。


「ハッ使えねえ武器なんざ振り回すからそうなる!取り押さえろ!」

「ヒャッハー!」


 俺はあっという間に取り押さえられた。無力さと悔しさで涙が出る。男たちの一人が俺に布袋をかぶせる。


「ふー!もがー!」

「大人しくしやがれ!もうお前は二度と日の光を浴びることはない。せいぜい愛想良くすることだな。そうすれば地獄にも花が咲くだろう」

「花びら大回転ってか?」

「ヒャッヒャッヒャ!」


 こいつらの手から逃れるには、もう死ぬしかないかもしれない。こうなってしまったのは俺が選択を誤ったせいだ。アブ、サキ、ダンディ・・・俺が居なくなると完成しない世界がある。そのことをふと思い出してしまった。すまねえ。ドジっちまった。


「なんだお前は!」

「ぐあああああ!!」

「腕がああ!」


 袋の外が騒がしい。俺は今からどうやって死ぬか、それが問題だというのに。


「貴様らには過ぎた人財だ。返してもらうぞ」


 ピキッパキッ


 ひんやりとした張り詰めた空気と共に、一網打尽にした音が聞こえる。俺は程なくズタ袋から出された。


「ジーク!!」


 声で分かった。俺は安心する余り、ジークの胸に飛び込んでしまった。ジークは俺を優しく抱きとめる。


「貴女に涙は似合わない」

「馬鹿野郎!格好つけやがって!早く来いってんだ・・・ひぐっ、ズズ」


 俺はジークの服に鼻水を擦り付ける。ジークは困ったように明後日の方へ向き、俺にこう言った。


「失礼ですが、レディ。お名前は?」

「は? 俺はリョー――」


 おれはそう言いかけてやめた。はは~ん、さてはこいつ、俺のことをリョーマだと認めたくない気だな。助けてもらった礼という意味も込めて、そっちの芝居に付き合ってやることにする。俺は記憶の断片から片翼の真名を思い出した。


「俺は黒峰愛理くろみねあいり。助けてくれてありがとな」

「アイリさん。素敵な名前だ」


 ちょっと言い方がキモかったので、俺はスッと身を引いた。







「危ないところだったようだな」

「はい・・・」


 俺はアリル隊長の前で縮こまっていた。しかも錬金術ギルドへ持って行くはずだったポーションの瓶まで割ってしまった。


「私はすぐ追いかけようとしたんだよ? でも、アリル隊長がやめておけって」

「あの場面では私がリョーマの不安を煽ったようなものだ。リョーマが前に進むための勇気を持つには一人で考える時間が必要だと考え、敢えて追わなかったんだ。まさかスラムでゴロツキに襲われていたとはな」

「俺を気遣ってくれていたのか・・・!」


 俺は仲間の事を信じ切れず暴走してしまった己を恥じた。そして、アリル隊長がジークに向き直った。


「だが、ジーク。どうしてお前が居る。私はお前に待機を命じたはずだ」

「・・・」

「何とか言ったらどうだ」


 ジークはアリル隊長と目を合わせようとしない。いつも姉を崇拝しているジークがこんな調子では、俺まで不安になる。


「初めて、だったんだ」


 ジークはぽつりと語り始めた。


「俺は、姉さんをずっと慕って生きていくんだと思っていた。姉さん以上の人間は居ない、それはきっと呪縛だった。こんな機会はもう二度と訪れないと思った。そして、アイリが元の姿に戻ったらもう二度と会えないと思った。だから必死で探した」


 氷雪系としては最高の呪術師であるジークの『霧氷の眼差し』。かなり広い範囲で、対象者の視界を得ることが出来る。それで俺を探し当てたようだ。だが、問題はそこじゃない。


「お前、俺と同じ理由で・・・」


 俺も思いがけず再会して、別れるのが嫌だった。だから走った。結果として同じ想いが俺を救った。


「そうか・・・私としては縛り付ける気などないのだがな」


 まあ、それはそうだろう。アレをアリル隊長がジークに課しているのだとしたら業が深すぎる。


「もちろん、姉さんを嫌いになったりはしない。今でも俺の尊敬する姉さんであることは変わりない。だが、いつまでも姉離れできないのでは姉さんにとっても俺にとっても良くない」

「そうだな」


 俺もうんうんと頷く。


「だから姉さん!アイリと結婚する許可を下さい」


 俺もうんうんと頷く。・・・わけねーだろが!


「相変わらず俺の意志を無視してんじゃねえよ!」

「安心しろ。外堀を埋めるのが効果的だと本に書いてあった」

「ふざけてんのかッ!?」

「ぶぺらっ!」


 俺はジークに腰の入ったパンチをお見舞いした。ジークは全く抵抗する素振りもなく吹き飛ばされた。


「いつぞやの礼だ。助けてもらって悪いが、それとこれとは別問題だ」


 俺はジークを放置して、アリル隊長に向き直った。シスター・エナが心配そうにこっちを見ている。


「申し訳ないけどよ、みんなが都合のいい時にエルフの里にもっかい行くことにするわ。それまでこの格好で我慢する」

「リョーマ・・・」


 俺はそう伝えた。明日か明後日までか知らないが、ずっとこのままでいるわけにはいかない。その頃には俺の気持ちにはケリがついていることだろう。いや、つけなきゃならねえ。


「分かった。困ったことがあれば言ってくれ。同じ女として力になる」


 アリル隊長はそう言ったが、流石に気まずいのでアブに相談しよ・・・。


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