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第69話 トランスフォーメーション

 






「あれほど大きな口を叩いた割に、よくもノコノコと顔を出せたものだな」


 聖都の大聖堂付近の教会関係施設。その会議室で白蜥蜴人族のイルマはボロゾを睨み、忌々し気に吐き捨てた。一方のボロゾは涼しい顔で返す。


「アルベリッヒはあの決定がなされる以前に施設を脱出していたようだけど、君たちの国内問題や対応の遅さまで尻拭いをしなければならない謂れはないよ。どうであれ、我々は最善を尽くしている。結果についてどうこう言うのは自由だが、それが本当に建設的な意見なのか貴方が一番よく分かっているはずだ」


 ボロゾは口元は緩ませたまま、イルマを鋭くねめつける。その様子にイルマはため息をついた。


「ふん、口の減らん奴だ」

「恐らくだが、元老院の誰かが僕を良いように使ってやろうと考えているんだろうけど、遊んで欲しいなら別料金だって伝えてくれないか」

「・・・善処しよう」


 イルマは真面目な顔をして答えた。今はもう取り繕うような表情は感じられない。


「『人権派』についての情報はグレザール帝国内に居る冒険者を使おうと思っている」

「それについては異論はない。教国としても帝国に協力を要請するつもりだ」

「もちろん、その裏のクエストも発行するんだよね?」

「当然だ。帝国が関与しているのであればな。もっとも表向きはあくまで白を切り通すだろう」

「帝国も一枚岩じゃない。どの勢力の手先かはこれから探るさ」

「ふん・・・」


 イルマはボロゾから顔を背けると、あたしに向き直った。


「『人権派』の施設の件だが、改めて礼を言わせてもらう。誰一人傷つくことなく救えたのは貴殿の協力があったおかげだ」

「いやいやいや、あたしも少しは協力したけど、犠牲を無かったことに出来たのはモラさんのおかげだよ。それに人族の人はみんな連れ去られちゃったって話だし、まだこれからだよ」


 あたしは率直に感想を述べた。イルマはなおも低姿勢を続ける。


「ジャック・ダンディ殿といい、協議会の吟遊詩人には頭が上がらぬ」

「おや、僕にはそんなに感謝してくれないのに」

「貴様に心を許せば、ここぞとばかりに集りに来よう。この国の財布を預かる身としてそれは断じて受け入れられん」


 まあ、気持ちは分かるよイルマさん・・・。それにしても私は善人認定されてるってことか。


「アステール王国でやった時みたいに大規模な演奏会をやってはいかがでしょう?」


 モラがそんなことを口走った。これはアステールの時と同じ流れだ・・・。


「いや、あんな大きな催し物そう何度も開けるもんじゃないよ。ダンジョンを攻略しきったら考えるからさ」

「あら、そうですの? ダンディ様の雄姿をスランの人々にお披露目したかったのですが」


 モラはダンディに絶対気があるんだけど、ダンディはそれをのらりくらり躱してるような感じだ。やはり年が離れてると思うところがあるのだろうか。まあ、あたしも年の差カップルだから人のこと言えんが・・・。しかも元の国だと違法。


「その際は会場や資金援助について協力すると約束しよう」


 あ~あ、教会のお偉いさんまでこんなことを言ってくるとは。いい機会だからスタンスを話しておくか。相手が宗教だという事を考えるとかなりガチガチに内容について詰めた方が良いぐらいだ。


「お気持ちは嬉しいのですが、我々の歌は正しさや規範の押しつけに対する反動や批判を歌ったものも多くあります。それらはもちろん真摯に生きている人を攻撃するものではなく、自分が自分らしく生きられるようにとの想いを込めた歌です。しかし一方では、一部の方が不快に思われるような表現も社会の寛容を計るために敢えて書かせて頂いています。私としても配慮は致しますが、資金提供がかえって我々の創作活動へ圧力になったりしないように体裁を整える場を設ける必要があると感じています」


 王都の時も税金での資金援助は断った。工房というスポンサーを付けて正当なチケット販売で赤字を出さないようにした。そのノウハウはこの国でも役に立つだろう。モラが口を開く。


「アブさんは恐らく我々に対して特別な配慮をしていただく算段を付けているところなのでしょう。構想を固められれば我々も安心して楽しめる演奏会になる、そんな予感がします」

「分かった。機が熟したら連絡を入れてくれ。可能な限りの理解と配慮をさせてもらう」

「ありがとうございます」


 この場はそれで収まった。








 時刻は昼前。まもなく太陽が最も高く上る時間、私とリリカの2人は、とある宝飾店を訪ねた。ここは聖都とは言え人の都。着飾るための宝石から力を持つ魔石まであらゆるジュエリーが揃っている。出し物の構想や戦闘訓練のことなど考えることは山の様にあるが、ここを訪れたのには理由がある。


「いらっしゃいませ。どのような品をお探しでしょうか」

「『ファティマの花』の紹介なんだけど、オーナーさんはいらっしゃいますか?」


 私は小声で店員さんに話しかけた。


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 我々はバックヤードへと招かれ、応接室へ通された。『ファティマの花』はダンディとリョーマに会員制倶楽部を紹介したセラフィーネのコードネームらしい。裏社会にも顔が利くのは正直ありがたい。程なくして、体格の良い男性が現れた。体つきは男性という事はなんとなくわかるが、アイラインやチークが濃く、こだわりのある人物という事が見て取れる。あたしは立ち上がって挨拶をした。


「初めまして。アブと申します。貴方が例の店のオーナーですね」

「いかにも、ワタシはチャーリー・アドヴェイン。今をときめく吟遊詩人のアブさんがご来訪なんて嬉しいわ」

「えっ、あたしのことをご存じなんですか?」

「当然よぉ。流行にはビンカンじゃないと商売あがったりだわ。アステールでの公演は素敵だったと見に行ったお客様から聞いたんだから」


 チャーリーはそう言うとあたしにウインクしてみせた。口調は完全にオネエキャラだが、往々にしてこれだけでは内面の自認が女性であるかどうかまで判断できないものだ。リョーマだったらずけずけと聞いてしまうだろうが、性別には触れずに話を進める。


「うちのメンバーがそちらにお邪魔した際に、雰囲気が良かったからそこで演奏会なんてどうだという話が上がったものでして。本日は、もしよろしければいかがでしょうかという打診に参った次第です」

「まあ、なんてことなの!嬉しくて涙が出ちゃいそう。メイクが崩れちゃうわ・・・」


 チャーリーは目を潤ませてかぶりを振った。


「でも、ワタシのお店は人の目につかない場所よ? 本当に良いの?」

「それも事前リサーチのおかげですね。ハコは大きかろうが小さかろうが関係なく、目に留まったところにお声掛けしていくのが今の我々の方針です」


 ぶっちゃけ、大きいところでやった後だから小さいハコが恋しいのだという想いもある。我々はさらに日程や具体的な曲目などの話を詰めていく。その合間にチャーリーが世間話をつぶやく。


「私は恋愛に表も裏もないとは思ってるけど、オトナの社交場だから目につかないようにやってるの。じゃないと公然猥褻になっちゃうでしょ? 教会の教えはとても寛容だけど、寛容過ぎてちょっと前までは人族至上主義っていう差別的な派閥が幅を利かせてたのよ。話に聞くと『人権派』っていうもっとヤバい集団の隠れ蓑ってことだったじゃない。奴らに目を付けられなくて本当に良かったわ」

「あ~、彼らは拠点をほっぽり出して逃げちゃいましたからね」


 まあ、その拠点を押さえたのはあたし達だが・・・。こういった身近な人々の安心の一助を担えたと思えば、我々の行動にも意味があったんだなという実感が湧いてくるものだ。


「ところで、チャーリーとやら。興味本位で聞くが」

「はい? ミス・リリカ」


 黙っていたリリカが口を開く。


「汝は体は男で心は女なのか?」

「そうわよ!良く分かったわね!」

「相当ステレオタイプだったけど・・・」


 気になってたのは確かだが、見たまんまだった。直球過ぎる質問にむしろ自分のことを話せて嬉しいのか、チャーリーは顔を綻ばせた。リリカは更に試すように問う。


「ほう・・・。であれば、性転換魔法などには興味はないか?」

「ん~、せっかくだけど遠慮するわね。ワタシはこの体が好きよ。女だとこうはいかないもの」

「なんじゃつまらんの。アブと同じか・・・」

「考え方は人それぞれよ。たとえ性別は同じでもね」


 チャーリーはそう言って茶目っ気たっぷりにウインクする。厳密に言うとチャーリーとあたしは同じではないのだが、そこまで論じるのは野暮というものだ。

 だが、自分の体を大事にしたいという想いこそは同じだと、あたしは前向きに捉えるのであった。








「本日の訓練、終了!解散!」

「あざした!」


 1日1時間のダンジョンが終わった後、みんなの都合で俺達はまとめて聖都に移動した。だが、毎日の訓練をサボるわけにはいかないので、俺達は町の中の運動場で訓練を行った。鍛えれば鍛えるだけフィジカルが強くなっていくのが分かる。これがなかなかクセになるのだ。決してサボると怒られるからではない。


「う~、喉乾いたな。そういえばエルフの里でお土産にポーション買ったんだったわ」


 最近の俺のトレンドは高品質なポーション。訓練後の体力回復に一本飲むようにしているのだが、高い物は味も効能も凄い。それなりに収入もあるので、なるべく良いものを飲むようにしている。


「へへっ、結構値が張ったからな。エルフが作ったポーションとか絶対効くだろ」

「ポーションなどどれでも一緒だろう」


 無神経な熊人族のタイザンが訓練器具を片付けながらそう言う。拘らないタイザンならプラシーボ効果でポーションと偽って水を飲ませても体力が回復しそうではある。


「うっせーな。俺が好きで味にこだわってんだからほっとけっつの」

「まあ、それはそうだ」


 そう言って俺は瓶詰の液体を一口飲む。少しツンと鼻を抜けるような刺激臭がしたが、やがて不思議と体に染みわたるように清涼感が支配した。


「おお、うっめ~! こーりゃ当たりだ」


 俺はそれを一気に飲み干す。あまりに俺が美味そうに飲むのでタイザンが少し羨ましそうにこっちを見ている。ぜって~飲ませんからな。


「ふん、これに懲りたら少しは違いの分かる男になれ・・・よ?」


 あれ? 体がなんかおかしい気がする。声が裏返ってしまった。


「おい、リョーマ!? 体がちょっと小さくなってないか」


 言われてみれば、最近鍛えたはずの筋肉も落ちて脂肪が増えたような。そんなたるんだ生活は送っていないはずだ。


「んだ!? このポーション――声高っ」


 まるでヘリウムでも吸わせたかのような黄色い声が自分の喉から出てくる。違和感が凄い。


「リョーマお前・・・女になっているぞ!」

「な、なんだってえええ!!!!?」


 俺は自分の掌を見る。掌を見ただけじゃ分からなかったので隈なく全身を観察する。

 胸から突き出した左右の双丘、僅かに丸みを帯びた腰のライン。引き締まったウェストは細く、割れそうで割れない絶妙な腹筋。何より股間の違和感。アレがない・・・。


「おい、やかましいぞ。ここは公共の施設なんだから騒ぐと祖国の名に・・・誰だお前は!?」


 俺のことをリョーマだと思って話しかけたフェンリスが仰天する。服装は一緒だからまあ普通はそう思うよな。


「そいつは、リョーマだ」

「何だとッ・・・!?」


 ごくりと生唾を飲む音が聞こえる。


「ついに色に狂って自らを女と化したか・・・」

「ちげーよ! 俺を何だと思ってんだ!」

「なんだ、騒がしいぞ・・・!?」


 ジークは手に持っていた杖を放し絶句した。その瞳は俺の顔を見据えたまま見開き、口は何か意味のある音を紡ごうと急速に震えだした。


「け、結婚してください!!」


 杖が転がる乾いた音を聞きながら、俺もまた絶句した。



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