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第67話 継承

 





「はあっ、はあっ・・・!」


 今まで見せられたのはバラックの凄まじい剣技の片鱗だけだが、それに対峙し続けたあたしは完全に息が上がっている。訓練スーツ越しにもバシバシと容赦のないラバーソードの乱打が飛んでくるので、打ち身も無視できなくなってきた。正確には打撃よりも吹き飛ばされた後の地面の方が痛いのだが。


「よし大分反応できるようになってきたな。今度は互いに魔力での身体強化を解禁して先ほどの訓練を行う」

「オーケー・・・!」

「バラックは剣に魔力は込めるなよ」

「へいへ~い!」

「アブも体術でなら反撃して良いぞ」

「分かった!」


 後衛職も魔力によって身体を強化できる。それは魔力持ちの前衛職である魔剣士のバラックも同様だった。


 ダッ


 地面を踏む音が聞こえると同時にバラックが大上段に構えた剣を振り下ろしてくる。早さを重視した一撃があたしの脳天を狙うが、動作の文脈を理解したあたしにはフェイントではないことが分かっていたため、紙一重でそれを躱すことに成功する。


 くるっ


 バラックは剣の位置はそのままに体だけを捻転させ、あたしに横薙ぎの追撃を繰り出す。事前にバラックのリーチを把握していたあたしはその範囲外に後退する。


 バラックが回転しながらさらに一歩踏み込む。回転の最中に視線を外さないように首の回転は最小限にしていたが、あたしは空中に飛び上がりその首の動きに合わせてさらに軸をずらす。死角を回り込むようにバラックの背後に移動した。


「ヒュー!」


 鳴らない口笛を漏らしバラックが賛辞を贈る。その隙にあたしは空中からバラックに蹴りを放つ。胴を狙ったが、バラックの腕に阻まれた。衝撃でバラックは弾き飛ばされる。


「もう回転しない方が良いっスかね?」

「好きにしろ」


 バラックの眼は真っ直ぐあたしを捉えている。おそらく今後はそれから逃れる手段はない。

 あたしは更に集中する。身体的には疲労が蓄積しているが、驚くほど視界と頭の中がクリアだ。あたしの呼吸音がスーツの中に響く。


 どうやらバラックの方から隙を作るつもりはないらしい。お互いが対峙する時間がかなり長くなっている気がする。ならばこちらから状況を動かした方が良いかもしれない。


「はああああっ!」


 あたしはバラックに向かって駆け出した。視線と全身の筋肉の流れ、剣の位置を把握しながら拳を突き出す振りをする。


 シュッ


 カウンター気味にバラックの突きが飛んできた。どんな攻撃が飛んできても良いようにバランスを崩さないことに注視していたためそれを避けながら次の動作に移れる。あたしはそのままバラックに体当たりをしようとする。


「おっと」


 体を捻って回避しようとするも、あたしはバラックの腕を掴んだ。


「どっせええい!!」

「どわああ!」


 一本背負いが決まった。あたしに投げられたバラックは背中を地面に打ち付けられてそのまま抑え込まれた。


 ドスッ


 勝った気でいたが、気が付くとあたしの脇腹にラバーソードが撃ち込まれていた。


「ちゃんと武器を落とさないとダメっスよ」

「そこまで!」


 リリカの合図によってお互い起き上がる。

 実戦は試合じゃない。ここまで付き合ってくれる相手じゃないってことを忘れていた。


「まさかバラックの動きについてこれるとは思わなかったぞ」

「やれるもんだねぇ。多分、教え方が良かったんだと思う」

「・・・」


 リリカは考えるように沈黙を作った後、口を開いた。


「魔力の流れを見るに今のは言霊ではないのか?」

「え?そんなつもりは無かったけどなぁ」


 使ったのは基本的な魔力操作による身体強化だけのつもりだ。


「どのような音が聞こえていた? いや、どのような音を口から発していた?」

「ん~、そう言われると集中してたから覚えてないんだけど。自分の呼吸音ぐらいかな?」

「それだ」

「・・・マジ?」


 おおよそ意味のある音ではない。いや、言葉ですらないそれが言霊として扱われるなど俄かには信じ難い。だが、あたしは考え直した。


「いや、でも真実の音ではあるのか。目の前の相手の攻撃を掻い潜って打ち倒すイメージを構築するための副産物として考えれば自然なのかも」

「言霊は別に文字に起こすわけではないからな。ただの叫びですら真に迫れば事象を引き起こすに足る」

「そう言われればなんかそんな気がしてきた」


 空中の蹴りとか一本背負いとかやったことないのに自然と体が動いたもんな。こうなったらいいなぐらいの妄想が、極限状態において現実と重なってしまったのか。


「アブが戦闘要員として使い物になるまでまだしばらく時間がかかると思っておったが、これは思わぬ逸材だったかも知れぬな」

「真剣に取り組めたからかな? あたし、追い込まれないとやらない性分でさ」

「そうか、普段は甘やかしすぎだったという事か」

「ん~、まあ甘やかされてはいたかも・・・」


 藪蛇だったのかもしれない。今日は訓練はここまでとなった。








 朝が来たので今日もバイトだ。1日1時間で良くなったのだが、休みは無くなったらしい。今日からアブの職場と交代だ。ライラとクロードも居るのでそんなに困ることもないだろう。


「なんだと、もう会話が出来るのか!?」

「うん」


 私はアビーに狐人族で魔獣使いのライラへ挨拶するよう促した。


 “仲間の ライラだ 挨拶しろ”

 “初めまして では ないな 母ともども 世話に なっている”


 竜言語は何かもごもごとした感じの音だ。それ以外の叫び声は基本的には他種族への威嚇などに使うらしい。


「私には友好的な態度で挨拶をしていることしか分からない。正確にはなんて言ってるんだ」

「初めましてじゃないと思うけど私と一緒に世話になってるってさ」

「よくできた子だな」


 お行儀が良いのは良いが少し良い子過ぎる気はする。赤ん坊と言えば夜泣きのイメージだが、今のところそういった事態もない。


「言葉が分かるのはおそらく、ドラゴン族などに見られる習性である『知識の継承』だろう。語彙や背景などの情報を言語の通じる者同士である程度共有できる能力だ」

「ふ~ん、そうなんだ」


 ライラは魔獣に異常に詳しく学者肌だ。たまに言っている意味が難しくて分からないことがある。もう一回説明してもらうのも面倒なので聞き流しておいたが、どうせ大したことではないので困ったらまた聴けばいいだろう。


「サキ!おはよう!」

「今日から頼むぞ」

「おはようアブ。それと、えっと、リリカ」


 アブの彼女の名前を思い出した。アブの相手はコロコロ変わるから名前とかいちいち覚えてられないが、バイト先のリーダーなら覚える必要があるだろう。友達の彼女が上司とか、正直やりにくいが仕方ない。


「リリカ、サキは戦闘はすっごく強いけど、細かい指示や手順やルールを覚えたり、計算とか言語化が苦手だからフォローしてあげてね」

「正直、我の苦手とするタイプだ・・・」

「こっちも頭いい人とは会話が噛み合わない・・・」

「なるべく自由に動いてもらうように配慮するとしよう」

「それがいいかもね・・・」


 ライラが胸を叩いてアピールする。


「サキとのコミュニケーションは私とクロードに任せてもらいたい」

「サキさんを魔獣扱いしてないですか?」

「そんなことはないぞ!」


 アビーが私に語り掛ける。


 “母は 凄い 強い 仲間 いっぱい”

 “それほどでも ない”


 私は謙遜した。私一人では仲間を作ることはできなかっただろう。全てアブがネゴってくれたおかげだ。リリカがこちらを見て訝しげに語りかける。


「ん~? 竜言語だと?」

「知ってるのか!?リリカ」


 ライラが劇画調になりそうな台詞で応じる。


「心得がなくもない」


 そう言うと目を細める。瞳孔が爬虫類っぽくなった。


 “聞こえるか竜の仔よ”

 “母以外 話せる 不思議”

 “そうか不思議か。これも何かの縁だ。我から精いっぱいの祝福を贈ろう”


 そう言うとリリカは優しい光をアビーに送り込んだ。


 “魔導の知識だ。我の古い知識の大半もそうやって受け継がれたものだ”

 “通りで 若いのに 物知りだと 思ってた”

 “アブにはまだ内緒にしておいてくれ”

 “分かった”

 “・・・汝にも知識を分け与えることが出来るが、どうする?”


 私は考えた。それをすれば頭が良くなるかもしれない。ただそれをすると他の事に悪影響が出そうな気もすると、直感が告げている。


 “遠慮しとく。今は”

 “そうか、知識が欲しくなったらいつでも言え”

 “ありがとう”


 私はリリカに礼を言った。


「どうやらサキは竜言語の方が得意なようだ。普通の会話よりも文脈が伝わりやすかったぞ」

「へえ。あたしも竜言語出来るかな?」

「アブなら練習したらできると思う」

「本当に!?」


 本当にそう思う。コツを掴めばアブならできるとの確信が私にはある。


「アブは戦闘訓練が先だ」

「ちぇっ」


 アブはリリカに機先を制されるのであった。


「じゃあ、またね!」

「また」


 我々は別れてダンジョンへと向かった。アブとグラントとバラックは『金獅子の牙』のメンバーと合流しに行った。


「では行くとするか」

「おー」


 我々は気合を入れた。







 “22層の目標。敵の殲滅。ただし物理攻撃は敵味方共に無効になる”


「ほう、早速来たか」


 私からすると敵を殴っても効果が無いのは嫌だが、リリカは嬉しそうだ。


「安心して我の後ろをついてくるが良い。クアドラブルスペル『スペルエンハンス』『フローティングウェッジ』『スピードブースト』『マナシールド』」


 リリカを先頭に着いて行く。角を曲がって丁度出会い頭に顔を合わせたのはゴブリンシャーマンとゴブリンメイジ2体だったがリリカの周りに浮いている浮遊した楔にズタズタに切り刻まれ2秒ほどで崩れ落ちて消滅した。


「そらそらそら!『ストーンランス』」


 遠目に見えたミスリルゴーレムの胴体に石つぶてが飛んでいき、風穴を開ける。ドーナッツの様に穴の開いたゴーレムはそのまま消滅した。次の角を曲がるとトレントが道を塞いでいた。


「燃え尽きよ『ファイアボール』」


 小さな火球がトレントに吸い込まれるように見えたと思ったら突然発火して火柱を上げる。

 トレントはあっという間に消し炭になった。


「ふん、他愛無い」


 燃え尽きたトレントの背後から大柄なリザードマンが現れた。手には鏡のような盾を持っている。


「おっアレは・・・そうはいかんぞ『インビジブルフォース』」


 そう唱えるとリリカはデコピンのスタイルを取り指を弾いた。リザードマンの盾が弾かれ、本体は無防備になった。


「『サンダーボルト』!」


 雷鳴が閃き、リザードマンはびくりと大きく硬直しつつ跳ねたと思ったらそのまま動かなくなり消滅した。弾かれた盾も一緒に消滅した。


「我の魔法を反射しようなどとは小賢しい」


 さらに進むと扉があったのでクロードが先に中に入る。罠はないようだが、中の大部屋には大きなキマイラが鎮座していた。


「ロズホーンよ行け!」

「『マナタウント』」


 出番がなくて暇だったであろうロズホーンがここぞとばかりにヘイトを取る。

 魔法盾はキマイラの攻撃を受けつつ魔法的な反射ダメージを与えているようだ。


「サキ、『魔泉のアルペジオ』お願い」

「そうだった」


 クロードの言葉にはっとして私は念じながら演奏を始める。笛で適当にピロピロやっておけば分散和音にはなる。


「手出しは無用だ。クアドラブルスペル『サイレンス』『ポイズンドープ』『パラライズ』『グラビティ』」


 リリカがキマイラを弱体魔法漬けにする。キマイラは見るからに具合が悪そうだ。


「クアドラブルスペル『ストーンバレット』『アイススマッシュ』『シャドウブレイズ』『エアカッター』」


 細かい魔法でキマイラの体力を削っていく。どうやら効き方を見て弱点を探っているようだ。クロードが私に話しかける。


「サキ、『鏡像のレゾナンス』を!」

「えっと、誰から誰に?」

「リリカからロズホーンに!」


 リリカは分かるがロズホーンって誰だ? えっと、緑のオッサンは違うから消去法で今盾を構えてる人になるな。


「ほい」


 私は笛で重奏和音を作り出し『鏡像のレゾナンス』を発動させた。リリカの敵対心がロズホーンに上乗せされ、ロズホーンのヘイトがより強固なものになる。


「弱点は分からんかったがどれでも良さそうだな。とどめだ!クアドラブルスペル『アブソリュート・ゼロ』!」


 視界が白く輝いたと思ったら。そこにはキマイラの氷像が出来上がっていた。


「むうん!」


 ロズホーンがそれを魔法盾の一撃で粉々にする。


 “条件達成。次のフロアへ進みます”


「ようし。だが、1層当たりの労力がやはり低層の時と比べて跳ねあがっておるな」


 今日の我々はなんだかんだで28層まで進むことが出来た。


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