第66話 母の真実
エルフの住民が木製の椅子に座る中、風に揺れる枝が葉を鳴らす。木洩れ日のスポットライトを浴び、俺とリョーマはアコースティックギターのチューニングを終え、即席の観客席に向き合った。打ち合わせではブルースの即興でインストをやろうという事になっている。
「突然の訪問で驚かせてすまない。俺達は冒険者として吟遊詩人をやりながらこのような催し物を度々開催している。耳に馴染みは無いだろうが、足のつま先でもリズムに合わせて動かしてくれると嬉しい」
まばらに拍手が聞こえてきた。
俺は心の中でカウントを取り、シャッフルのリズムを刻む。しばらくしてリードギターであるリョーマが入ってくる。ブルースでありながらジャズの要素を含んだヴォイシングをエッセンスに決して技巧に寄らない実直な音が森の郷邑に響き渡る。
実生活においては悉く選択肢を誤るリョーマだが、こと音楽においては人間離れした聴覚とセンスを持つ。特に音作りの面では俺はリョーマ以上の才能を見たことがない。それは、この場においても遺憾なく発揮された。
箱鳴りの無い開放的な空間。されど樹木の材質、地面の反響。それらを計算しつくされたような豊かな中音域が、『前に出る音』として小気味良く響いた。
曲の中盤で見せたスリリングな展開から、情熱的なアプローチ。会場に集まってきた鹿のような動物にアイコンタクトを取るも、チョーキングの音にびっくりして後ずさってしまった。ギターソロは顔で弾くを実践するようなリョーマの泣きの表情に、会場はコミカルな雰囲気に包まれた。
終盤では繊細にそれまでの流れをまとめ上げ、きっちりと締めるところは締めて綺麗に終わった。見たこともない綺麗な鳥が木の枝に止まり、羽をバタバタさせアピールしていたのが印象的だった。もっとも、ステージ側からしか見ることはできなかったため、観客と体験の共有が出来なかったのが残念だったが。
「ご清聴感謝する」
合わせて30名ほどの会場は拍手に包まれた。先ほど憎まれ口を叩いていたエルフの少女などは顔を紅潮させて喜びの表情を見せている。
「受けが悪かったらどうしようと考えていた。これならもう1曲やっても罰は当たらんと思うがリョーマはどうだ?」
「MC下手か!ノーMCノーアンコールだ」
「我々はパンクバンドじゃないんだぞ」
「じゃあ丸サ進行のハーフシャッフル。あとは流れで」
「オーケイそれで行こう」
エルフ族の聴衆はその後飽きることはなく、日が傾くまで手を変え品を変え楽器を変え俺達は演奏する羽目になった。
「また来てね!短命種!」
「名前で呼べ!俺はリョーマだ!」
「短命種はすぐ死ぬからいちいち覚えてられん」
「もう来ねえからな!」
エルフのキッズとオラフに見送られ、俺達はエルフの里を後にした。リョーマはグラシアにプロポーズしたが里で暮らすことを要求されたので引き下がってしまった。流石にバンドの方が大事らしい。
「恋愛って難しいな」
「そうだな。向こうにも割と気があったように見えただけに残念だ」
「なんでこう指と指の間をすり抜けんだよ!畜生!」
「ははっ、その方がリョーマらしくていい」
「俺は幸せになっちゃいけねえってのかよ!」
「いや、そういうわけではないのだが・・・」
熊人族のタイザンがリョーマに詰められ、たじろぐ。この男も天然の無神経で割とデリカシーが無い。
「どうでした?里長の話は・・・」
「興味深い話が聞けたが、核心には至れなかった」
「やはりですか、残念です」
「いや、良い。空振りというわけではなかった」
フェンリスとアリルがそうやり取りしたのが見えた。流石にただリョーマの恋人を探しに来ただけではなかったらしい。
「そういえばルシエラはエルフの里で育ったと聞いたがこの近くなのか?」
俺はルシエラに話しかけた。
「この近くではないが、エルフの里の空気はだいたい同じだな。懐かしい感じがした」
「ほう」
「因みに父がエルフで母は人族だ」
「ハーフってわけか」
「ハーフ?子供は母の種族で生まれてくるので混血だとかを気にする者は居ないぞ。寿命の差は気にするが」
「そういえばそうだったな」
この世界ではハーフというものは存在しないらしい。
「長命種は妊娠しにくい。里の人口に難がある場合はやむなく短命種を相手に選ぶこともあるらしい」
「あくまで消去法でしかないのか・・・」
回復や蘇生が当たり前の世界で、長命種が増えすぎないのは、こうした事情があるからなのだろう。そのぐらいは分かる。月明かりに照らされたルシエラは伏し目がちに続ける。
「故郷は聖霊の森という場所だ。この俯仰の森と共に、恐らく忘れられた地名ではあるがな。私はそこで精霊の巫女として過ごしていた。そのころ既に冒険者として頭角を現していたモラ様と出会い、私も同じく冒険者になった」
「故郷を去ることに抵抗は無かったのか?」
「私はこの力を持て余していた。里の者も強すぎる力に怯え、本音を話そうとしない。精霊だけが私の友だった。背中を押してくれたのはそんな精霊たちの助言あっての事だ」
「どんな助言を聞いた?」
「怖れるな、心に従え、だ」
確かにルシエラはあらゆる事象に物怖じしない。
「俺にモラを勧めてくるのもそれか?」
「そうだ。だがそれは正確ではない。お前にはその資格がある。あくまで選ぶのはモラ様とお前だ。普通の男にはその資格すらない」
「だそうだ」
俺はモラにそう冗談めかして聞いたが、身の程を弁えた俺は親子ほども年の離れた女と一緒になるつもりは毛頭ない。だが、リョーマが割り込んでくる。
「ダンディだけせこいよなぁ」
「リョーマもある意味普通の男ではないが、その資格はない。その違いを噛み締めろ」
「俺にだけ厳しいの何なんだよ!!くっそー!」
「お前は女に多くを求め過ぎだ」
ルシエラの言葉は端的で強い。それに、本質を捉える力がある。
リョーマも男色に走るという突飛な方向に行かなかっただけ前進はあったのだろう。
そんなことを考えながら、夜の帰路を歩くのだった。
「ほれ、どうだ。うまいか?」
「キィー!」
私は今日もアビーに肉ばかり与える。
野菜も食った方が良いとは私は思うが、ドラゴンという種族はこれが普通らしい。種族によっては駄目なものとかあった気がするから、無理に食わせない方が良いのだろう。当時は知らなかったが、タマネギが混じっている残飯を食わせてたうちの飼い犬はいつも具合が悪そうだった。
早死にしたアイツのために教訓は生かさなければならない気がする。
「たんと食え」
「ガツガツ」
ライラが言うには生肉でも問題ないらしいが、焼いた方が美味いと思うので携行焼肉セットを使って焼いている。私はなかなか親に美味いものを与えられなかった。だから、アビーに美味いものを与えるとあの日の自分を救えた気になる。これは病みつきだ。
「グェップ!」
「ん?もう満腹か」
アビーはそれほど食いしん坊ではない。食い飽きるとすぐ寝てしまう。
「食って寝るのがお前の仕事だとライラから聞いた。そんなに働くとカローシするぞ」
「ブィイイイ!」
私の心配を察したのか今日はすぐ寝ないらしい。
そういえば親竜のアビスドラゴンは言葉を話していたな。どんな感じだったっけ。
“やっほー、聴こえる?”
「!?」
アビーはハトが豆鉄砲を食らったような表情をしている。
“私 名前 サキ”
“サ・・・キ・・・?”
アビーが言葉を発した。意味を持って聴こえるのは私だけだが。
“お前 名前 アビー”
“ア・・・ビー・・・?”
“さっき食べたのは ごはん”
“ご・・・はん?”
私は肉を食うジェスチャーを混ぜ、身振り手振りで表現した。人間は頭がでかすぎて自然界においてかなり未熟な状態で生まれてくるらしい。それと比べるとドラゴンはすぐ言葉を覚える。かしこい。
“これが うんち”
“うんち!”
私は踏ん張るジェスチャーをした。それを見たアビーはすぐさま楽しそうな反応を見せる。やはりキッズはうんちが好きなんだな。
“うんち!”
「うわっとっと」
アビーがプルプルといきみ始めた。危ない。私はすぐさま浄化シートを設置して構える。すぐにアビーの総排泄孔からもりもりと紫色の物体が出てくる。このアビスドラゴンのうんちはとんでもなく臭い。浄化シートの上に排泄されたうんちはすぐににおいが消えてただの汚物になった。
“キレイ なった!”
“煙草とか臭いものが好きなのにうんちはダメなんだな”
“限度 ある!”
ちゃんと会話になっている。アビーの成長速度に私は度肝を抜かれた。
“お前 賢いな 私より”
“母より 賢くは ない”
「・・・」
ああ、やっぱり私を母親だと勘違いしている。私にはアビーが言葉を理解できるようになったら言うつもりだったことがある。早くも2日目にしてその時が来てしまった。覚悟はできているから言ってしまおう。
“私は お前の 母では ない”
「!?」
めちゃくちゃショックを受けてる。言葉を失ったアビーに慌てて私はフォローを入れる。
“案ずるな 私が お前を 育てる”
“ならば 貴方は やはり 母だ”
アビーはなおも食い下がる。母という概念の定義に拘りがあるようだ。
“産んで いない 母では ない でも 育てる”
“分かった でも 母と 呼ぶ お願い”
これ以上拒絶すると嫌われそうだ。何よりアビーをこれ以上悲しませるのに私が耐えられない。眼を潤ませて精いっぱい懇願している。
“いいだろう 私が お前の 新たな 母と なろう”
“悲しい そして 同じ くらい 嬉しい”
身を寄せるアビーに私は真実を告げた。なるべく嘘はつきたくない。私はまだアビーには告げていない真実がある。少なくとも今は追い打ちをかけるべきではない。それをいつ、どう伝えるべきか、無い頭で必死に考えるのであった。




