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第65話 覚醒

 





 鬱蒼と茂った森の奥へ。我々『ダスク・エヴァンジェル』『第七特殊迷宮攻略分隊』の計12名は小さな里を構えているというエルフの元を訪れるべく、轡を並べて行軍した。

 地図を片手にアリルが口を開く。


「このあたりのはずだが」

「こんなギッチギチに木が生えてるとこに人住んでんのかよ」

「リョーマ、貴様が得た情報だろう」

「はい!そうでした!」

「これでやっぱり違いましたって言われたら怒るからね」


 シスター・エナがリョーマに文句を言う。ギクシャクしていたとは聞いたが、特に問題はないように見える。


「エナさん、森の中だけど、虫平気なの?」

「虫よけの薬使ってるから平気よ。冒険者として当然の備えでしょ」

「ってか、エナさんって属性多すぎるよな。軍属のシスターで夢魔で踊り子の冒険者って設定散らかり過ぎだろ」

「やっぱリョーマは振って正解だったわ・・・。男に走ったって聞いてちょっと責任感じて損しちゃった」


 邪魔になる草木はセリア、マリアンヌ、セラフィーネ、フェンリス、タイザンなどの刃物を持った者達が刈りながら進む。ダンジョン産の高級武器が草刈りに使われる。贅沢にもほどがある光景だ。

 すると、ルシエラが前に出た。


「むやみに森を傷つけるな」

「じゃあどうやって進むんだよ」

「少し待て」


 リョーマの抗議を静かな声と手で制する。


「森の精霊よ。我が跫音を言祝ぎ道と成せ」


 ザザーッ


 草むらと立木は脇道に動き、落ち葉の道が出現した。


「おお~」

「流石、精霊の巫女」

「どうやら、隠遁生活を送っているらしい。あまり歓迎されていないかもしれないな」

「スランが国になる前から住んでそうですものね」


 ルシエラの言にモラが付け足す。俺は気になったことを訊いてみた。


「スランは建国されて日が浅いのか?」

「出来てまだ50年ぐらいですよ」

「歴史浅っ!」

「こら、リョーマ。歴史が無いからといってその物言いは失礼だぞ」


 フェンリスがリョーマを諫める。


「本当の事じゃねえか!」

「本当の事だからだ」

「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」

「歴史的背景を簡単に解説しますと、内政が泥沼化した前身の小王国が滅び、既に大衆に広まりつつあったスラン教が推されて統治を預かったのです」

「まあ、そう聞くと土地に歴史ありって感じなのかな」

「おしゃべりはそこまでだ。お出迎えの様だぞ」


 アリルが皆に注意を促すと、目の前の空間が歪み、エルフの男が現れた。金色の長髪と小綺麗な装束を纏い、物腰は優雅さと剣呑さを併せ持っている。望まぬ訪問を煩わしく思っているのだろうか。


「何用だ。物見の類ならお引き取り願おう」


 モラが一歩前に進み出て会話をする。


「突然の訪問をお許し下さい。私はモラ・キレインと申します。一介の人族ではありますが、この周辺を取りまとめるスラン教国に属する一人です」

「また国が変わったのか。短命種は愚かだな。エルフの里に国境はない。おままごとなら外でやってもらおう」

「この度参りましたのは、シャリゼ・ルクソウル様のご紹介にございます」

「なんだと? 姉上が・・・」


 男はしばし考える素振りを見せた。徐に口を開く。


「要件を聞こう。里長に報告するが、期待に沿えるとは限らんぞ」

「ご配慮痛み入ります」

「私はオラフ・ルクソウルという」


 まずは話を聞く体勢を取ってくれただけマシだろう。


「こうして我々が訪問しましたのも訳があります。この方、ジャック・ダンディ様と名乗られておいでですが、吟遊詩人であるだけでなく第二適正に時術の資質を所持しておられるという事が判明したのです」

「なんだと・・・」


 オラフと名乗った男は驚きを隠せないようだった。


「もしや、その力を目覚めさせようとするつもりか?」


 この流れだと断られそうだ。だが、嘘をついてまで目覚めさせるようなものでもないと思うので俺は正直に答える。


「そうだ」


 オラフはまたしても考える素振りを見せたが、やがてかぶりを振って切り出した。


「私の手には余る問題だ。だが、先ほどの言をたがえるわけにはいかん。里長に報告するとしよう」


 我々はしばし、結界の外で待たされることになった。








「待たせたな。里長がお待ちだ」


 我々はオラフの後に続き、結界を潜る。

 景色が変わった。そこは背の高い樹木が乱立する広大な空間で、樹木に巻き付く蔦から咲く魔法のように光る花、鳥の囀り、柔らかな風の流れ、水の潺が調和した縮景の粋、それらが外界から隔絶された感覚の持ち主によって齎された理想郷であることを雄弁に語っていた。


「すっげえ。来てよかった」

「ふん、短命種には維持できまい」


 分かりやすいリアクションを取るリョーマに対し、オラフはかなり得意げだ。


「せっかく褒めてるのにナチュラルに差別しすぎだろ。田舎者かよ」

「なんだと、無礼な蛮族め!」

「やめないか。今のやり取りにはお互いに非があるぞ」

「叔父上!」


 見た目は若いエルフだが、オラフから叔父上と呼ばれたそのエルフはこちらを歓迎する姿勢を取った。


「ダグラフ・ルクソウルと言う。時術師の才を持った者が現れたと聞いてな。退屈な所だが、この話題だけでも30年は過ごせるだろう」

「どんだけ話題に飢えてるんだよ・・・。もうそれなら外出たらいいじゃん」

「ははっ、そうだな。だが既にその役はシャリゼに任せてある。アイツが返ってくるのが待ち遠しいな」

「そうか、もうやってんなら別に文句もねえぜ」

「ほう、ちゃんと筋道を通せば分かるじゃないか。短命種とはこうしてきちんと言葉を交わして相互理解に努めんと仲良くなれんぞ。なあ、オラフ」

「別に慣れあうつもりはありません」


 他愛もない話をしながら前方の大きな木造の屋敷を目指す。木造と言っても、もとからあった樹木を改造したか、家として育てたような印象を受ける。

 オラフが入り口の狩人のような服装をした男に話しかけ、道を空けてもらった。


「入れ」


 通されると、小規模の謁見の場のようなスペースになっていた。正面の木造の玉座には里長らしき男性の壮年のエルフが腰かけていた。


「里長のプロストクだ。時術師の能力覚醒のためグラシアに会いたいそうだな」

「代表者のモラ・キレインと申します。里長様にはシャリゼ様より言伝を預かっております」


 モラは、従者に封書を預け、従者が里長に手渡す。里長が中身を確認する。


「ふむ、3年後に戻るか。そなたたちの事も書かれておったぞ。無礼者だが悪いヤツではない。グラシアに合わせてやれとな」

「それでは――」

「待て」


 里長はモラが結論を急ごうとしたのを手で制した。


「時術の資質を持つ者。ジャック・ダンディと言ったな」

「それは俺の事だ」


 俺は一歩前に出た。


「そなたにいくつか質問をする」

「そうか、ならば正直に答えるとしよう」


 里長は一拍置き質問する。


「時術は強大な力だ。吟遊詩人という境遇に恵まれながら更なる力を求める理由を知りたい」

「確かに吟遊詩人は強力な職業だが、俺自身には何の力もない。身を護る力を得るために第二適正である時術の力を求めるのは自然なことだと思ったからだ」

「では仮に得られなかったとしたらどうする」

「別にどうもしない。大人しく俺以外の仲間に身を守られる一生を送るしかないだろう」

「ふむ、その差はお前にとって大きいのか?」

「俺にとっては大した差ではない。だが周りの人間には負担を強いることになるだろうな。だからやはり時術はあった方が良いと思う」

「・・・」


 里長が長い沈黙を作り、空気は張り詰める。


「お前は時術を持つに相応しい人物だ。グラシアと会うのを許そう」

「なぜそう思うのか聞かせてもらえないか?」


 俺は先ほどの質問の意図が分からなかったので聞き返した。


「そなたは個人的な欲望が極めて薄い。そして仲間を大切に思っている。それ以上に仲間でもない人間の事を慮っている。これは短命種には極めて稀なことだ」

「弱者男性として身の程を弁えているだけだ」


 里長が笑う。


「ははっ、自らを弱者と呼ぶか。謙遜も過ぎれば嫌味だぞ。吟遊詩人ともあろうものがそのような自己評価では他の職業の者の立つ瀬がないではないか」


 俺はそれもそうだなと思い、己を省みる。


「ふむ、そういう視点もあるのか・・・。次からは留意することにしよう。時術を手にして少しは自信を付ければ認識も変わっていくかもしれん」

「あくまで他人事か。いささか強すぎる自律ではあるが、それもまあ良い。ご苦労だった。下がって良いぞ」


 俺達は里長の屋敷を後にした。









 次に我々は公民館のようなところに案内され、そこで待つように言われた。訪問者が物珍しいのかエルフ族の少女が妖精族を連れ、窓からのぞき込んでいるのが分かる。


「んだぁ?見せもんじゃねえぞ?キッズは家に帰んな」

「リョーマ!我々は招かれざる客だ。子供と言えど、失礼な物言いはあらぬ諍いを生みかねんぞ」

「それにおそらくお前より年上だ。謝罪をして敬意を払え」

「ぷっ!怒られてやんの。無様ね、短命種」


 エルフの子供は手で口元を隠してアリルとフェンリスに窘められたリョーマを嘲る。周りを飛んでいる妖精族も同じようなポーズを取る。


「うっせー!薄く長く生きてんじゃねえぞ!おめーらと違ってボケっとしてたらジジイになんだよこっちは!」

「短命種って揶揄うと面白い!あははは――」


 エルフ少女は笑いながら走り去って行った。


「ちょっと美形だからって見下しやがって・・・。アーヴィンは全然そんなことなかったのにな」

「子供と張り合ってどうする・・・」


 俺はリョーマを見て嘆息する。


「アーヴィン殿はエルフ族から見たら異端だ。我々の常識に合わせてくれているのだろう」


 タイザンがそう言う。そうこうしているうちに入り口からオラフがグラシアと思しき女性のエルフを連れて入ってきた。金髪のロングヘアで伝統的なエルフの装束を纏い、森の美姫といった出で立ちだ。シャリゼの母という事はそれなりに薹が立っているのだろうが、それを全く感じさせない美しさを放っている。


「初めまして。グラシアと申します。皆さんはシャリゼのお友達なのかな?」

「お初にお目にかかる。俺はジャック・ダンディ、時術の資質を持つ者だ。シャリゼ嬢とは俺とこのリョーマが会話したが、長い付き合いがあるわけではない。話の流れで紹介してもらっただけだ」

「あら、あの子ったらいい相手でも見つけたのかと思ったけど残念」


 俺は返答に困った。確か隣には恋人然とした木霊種の女性(?)が居たはずだが、種族を超えた愛がエルフの里でどう扱われているのかが不明なため、情報を伝えることによって発生するいざこざを懸念しての躊躇だった。だがそんなことは構わず、リョーマが口を開く。


「ああ、木霊種のバルデラさんって人と一緒だったぜ。二人は恋人だと言ってたけど」

「へえ、あの子もやるじゃない」

「種族が違うが問題は無いのか?」

「生まれる子供は出産する側の種族になるから誰が相手でも問題ないのよ。短命種は別れが辛いからなるべくやめた方が良いってことになってるけど木霊種は長命種でしょ。良い相手じゃない」

「母は短命種と2度にわたって別れている」

「すると、その今は独身なのか?」

「ええ、そうよ」


 眼が充血したリョーマが生唾を飲む音が聞こえた。

 話の腰を折られそうな気配を感じたので早く用件を伝える。


「端的に言おう。俺には第二適正に時術の資質がある。だが、そいつを使う方法が分からない。グラシア殿なら引き出すことが可能と伺ってきた。里長にも許可は取ってある。頼めないだろうか」

「分かったわ」


 二つ返事であっさりと引き受けたグラシアは、前に出ると手をかざしてダンディの頭付近で止めた。


「眠りし古の力よ、その一端を白日の下に曝せ」


 グラシアの言葉と共に手から俺の頭へ光のようなものが流れた。


「母の職業は鑑定師の上位職である究竟師だ。物事を解析するだけでなく使い方まで明らかにするだろう」


 光が収まり、俺は体に異変がないか慎重に調べた。それとは関係なく頭の中に説明が浮かぶ。


『バック・イン・タイム』 物体の時間を巻き戻し、位置の逆行、状態の復元を行う魔法。消費MPは巻き戻す時間の長さと遡行速度により増大する。生物には効果は無い。


「魔法が、頭の中に浮かんだ」


 俺は頭を押さえ、性能を説明した。ジークが感想を漏らす。


「地味だが、汎用的に使えそうな効果だな」

「どういう使い方が出来る?」

「それも含めて検証しよう。ダンディさん、部屋の端っこまでコインを割と本気で投げてくれ」

「分かった」


 俺はコインをかなりの速度で部屋の端まで投げた。壁に当たったコインはしばらく転がってやがて止まった。


「『呪氷壁』」


 今度はジークが分厚い氷の塊をさっき投げた壁との間に出した。


「さあ、『バック・イン・タイム』を使ってみてくれ」

「どうなっても知らんぞ『バック・イン・タイム』」


 俺はコインの時間が戻るように念じながら術を発動した。治癒術の心得があったのでその応用という事は分かっている。


 バリバリバリーン!!


 コインは分厚い氷を突き破ってものすごい速度で手元に戻ってきた。


「おお!」

「すげえ!」

「ふむ、多少疲れを感じるが、今ぐらいの遡行時間と速度ならそれほど燃費も悪くないようだ」


 射線に味方を巻き込まないようにしなければならないことなど、仕込みに癖はあるが、これなら十分戦力として期待できるだろう。


「素晴らしい魔法だ。重ねて感謝をさせてもらう」

「いえいえ、お安い御用ですよ。でも、まだ眠っている力がありそうな感じなのよね。私の力じゃこれ以上の解放は無理ね」

「もとよりそれほど多くは望まん。俺は仲間の足を引っ張らずに戦うことが出来れば満足だ。それと、報酬の件だがどんなものを用意すればいいだろうか?」


 するとグラシアは困った顔をした。


「う~ん・・・、最近はアビスドラゴンが迷い込んできて生態系がおかしくなりかけてたけど、昨日ぐらいに誰かに倒されたようなのよね。心当たりあったりしない?」


 心当たりならある。おそらくやったのは『金獅子の牙』だろう。サキがアビスドラゴンの子育てをしているのを俺は見たはずだ。


「ああ、それなら我々の仲間がやったのだろう。冒険者ギルドからも討伐依頼が出ていたのでな」

「あっ、そうなのね。じゃあ報酬はそれでいいわ」


 我々が倒したわけではないので、少しそれでは問題がありそうだ。


「いや、それだと我々としては気が済まない、せっかく吟遊詩人が2人も居るんだ。演奏を聴いてみないか?」

「まあ、それは良い考えね。みんなにも伝えてくるわ。すぐに広場で準備しましょう」

「へっ?」


 かくして、我々はリョーマと2人で何かしらを披露することになったのだった。




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