第62話 隠しパラメータ
「くそっ、こんなことがあってたまるか・・・」
あたしたちがダンジョンから出ると、悔しげな表情を浮かべるボロゾの姿があった。
「なんだなんだ?」
「ボロゾの事だ。ダンジョン絡みだろう。何があった?」
近くの一般冒険者に話を聞く。
「ああ、『アーケイン・ナブラ』も今出てきたところなのか。実はこのダンジョンに突入できるのは一日一回までだっていうことが分かって、ボロゾさんが荒れているんだ。普段は余裕ある人なんだけどな」
「ほほう。それは愉快だ」
リリカは久しぶりに底意地の悪い笑顔を見せる。
「どうした、金に物を言わせて割り込んだ結果がこれか?残念だったな!」
自分もお金に物を言わそうとしてあたしに止められたのを棚に上げて、リリカはボロゾをいじり倒す。
「うるさいうるさいうるさーい!」
「ちょっと!火に油注がないでよ。やっと落ち着いてきたところだったのに」
メリッサがぷりぷりしながらリリカに抗議する。あたしもボロゾをなだめようとする。
「ほ、ほら、ダンジョンには結構早く入れたじゃん?、あたし達よりも先に。5カ国のクランの中では一番乗りだったんだから、きっと、その体験こそプライスレスだよ!」
涙目になっているボロゾが口を開く。
「そ、そうだ。分かってるよ。本当に欲しいものはお金で買えない。全て買った後でも、最後まで残るんだ。例えばダンジョンへの挑戦回数とかね・・・」
「金持ちが言うと実感こもってるね・・・」
あたしも金持ち寄りだから分からんでもない。音楽というのは金持ちの道楽である。本当に貧しい者は良い機材を揃えることすらできないし時間的余裕もない。だが、演奏技術や音楽知識は自分で磨くしかない。仲間の存在もプライスレスだ。あたしは雑談ついでに進捗を聞いた。
「因みに『幻影の刃』は何層まで行ったの?」
「14層」
「勝った!15層!」
リリカがガッツポーズを決める。
「畜生!うわあああああ!!!!」
ボロゾはどこかへ走り去って行ってしまった。
「まあ、ガチ勢だとあんな感じになんのかな・・・」
「盤外戦術が少し怖いの。煽らん方が良かったやも知れぬ」
「やめてよね。本気出したボロゾが手段を選ばなかったらマズいって」
「いや、あやつも流石にその辺りの線引きは弁えておる・・・はずだ」
メリッサ他5名の仲間は途方に暮れて走り去った方を見やる。あたしはメリッサに話しかける。
「どう?初めてのダンジョンは」
「う~ん、後ろの方で呪歌を使うだけだって聞いてたんだけど、このダンジョンでそれは通じなさそうなのよね」
「あ~、そうだよね。あたしは言霊あるけど。そういえばメリッサの第二適正ってなんなの?」
「料理人」
「あ、そうなのね。確かについ最近までメインジョブだったもんね」
洋画に出てくるコックは強いんだけどなぁ。この世界ではどうなんだろ。
「でも料理人も悪くないみたいなんだよね。戦闘中に料理を完成させるとその料理に味方を強化する効果がついたり」
「余裕あるときじゃないと無理じゃん・・・」
「魔物の解体が早かったり、食材が多くもらえたり」
「へえ、そういう戦闘以外のところも役に立つのね」
「あと、『グルメハンター』っていうパッシブスキルで『美味しさ』の高い敵相手にダメージボーナスがあるわ」
「なにその隠しパラメータ・・・」
何がおいしいか、一般的においしいとされるものはあるが、人それぞれの面もありそうな気もする。料理人・・・。謎が多いジョブだ。
「キィー!」
「ぅわーーーーー!何その可愛い生き物!!!!」
「アビスドラゴンの子供」
『金獅子の牙』と一緒に帰ってきたサキは見慣れない紫色のトカゲを抱っこしてあやしていた。クリクリのお眼目に庇護欲を掻き立てる鳴き声と動きにあたしの心は一瞬で鷲摑みになった。
「いったいどしたの!?」
「いろいろあった」
「それを聞いてるの!」
ライラが説明を買って出た。
「討伐したアビスドラゴンが卵を持っていてな。その場で孵化してサキに懐いてしまったというわけだ」
「刷り込みかあ」
「この辺の生き物じゃないから放置するわけにもいかないしな。飼えないなら残念だがお別れということになる」
「イヤ!絶対いや!なんでそんなこと言うの!」
「いや、有害な魔獣は討伐の対象だ。もちろん保護できるものはしているがアビスドラゴンは他の魔獣との共生が難しい」
「うちで飼う!絶対飼う!サキもそのつもりだよね?」
「見捨てたくはない」
「そうだよね!あれ?でも、なんか複雑な顔してるね」
あたしは上がったテンションを落ち着かせた。
「私が親を殺したようなものだから」
「あー、それで悩んでるのか・・・」
「そう」
思ったより深刻な悩みだ。適当な言葉はかけたくはない。
「アブならどうする?」
「その子に真実を話すタイミングはいつが良いかってこと?」
「そう」
サキの翻訳はお手の物だ。まあ、違うなら違うって言うからな、サキは。
「ってか竜って言葉分かるの?」
「分かる。こいつの親は話せた」
「マジで?」
「サキは竜言語を心で理解したと言っていた。私には少ししか分からなかったが」
ライラが補足する。サキはやっぱ天才肌だな。
「言葉が通じるなら、親を殺さない選択肢は無かったのかな~」
「言葉は分かるけど話が通じない奴だった。すごく頑固」
「あー、人間にも居るよね、そういうタイプ。誇り高く戦ったと伝えよう・・・」
あたしは親の最期をオブラートに包んだ。
「まあ、言葉が分かるようになったらその段階で話してしまった方が良いかもね。それでどうするかはその子に委ねましょ」
「アブはまじめだからな」
「誠実ね」
「そうそれ」
サキは遠くを見るような眼差しで腕の中の小竜を見て呟く。
「私の親は最悪だったから。この子に同じ思いをさせたくない」
「うん・・・そうだね」
虐待、暴力、鑑別所。それがサキの青春に影を差していた。そしてサキはおもむろに煙草に火をつける。
「あ、子育てに煙草は・・・」
「アビスドラゴンは瘴気を好むから煙草は寧ろオヤツみたいなもんだぞ」
「えっ、そうなの?」
俄かには信じられないが、魔獣使いであるライラの言う事ならまず間違いないだろう。小竜を見てみれば、サキの吐いた副流煙を目を閉じて美味そうに鼻から吸う有様であった。
「ブハァァア!!」
「うわっ何か吐いた!」
「瘴気ブレスだ!危ないぞ!」
地面が少し穢れてしまった。このまま放置してはまずそうだ。あたしは言霊を紡ぐ。
「清浄なる風よ、穢れし地に祝詞を届け給え!」
ビュウウウウ!
「おっ、綺麗になった」
「掃除ならお任せ!」
「ビィイイイイ!」
小竜は少し嫌そうな顔をした。綺麗すぎる場所はあんまり好きじゃないのかな?
「そう言えば、名前はもう決めてあるの?」
あたしはサキに聞いた。
「アビー。アビスドラゴンのアビー」
「ほ~ん・・・」
あたしとキャラ被ってないか?
「いらっしゃいませ」
「マスター、『ファティマの花』からの招待だ」
「こちらへ」
地下酒場の更に地下へ俺達は通された。ここは聖都の秘密の花園である。もっとも、咲く花は薔薇か百合ばかりだろうが。
階段を降り切った我々が見たのは開けた空間だった。カジノか社交場のような高級感のある装飾のラウンジに、通路の脇には光に装飾された水路を水が波打っている。
「おおおお!随分ご機嫌な所じゃんか。BGMが無いのが少し寂しいけど」
「贅沢を言うな。どうせ、音が鳴ったら鳴ったでアンプやスピーカーの質が悪いとか文句を言うのだろう」
「そうだが?」
俺はこいつ、つまりリョーマの付き添いでこのような場所まで足を運んでいる。
入り口をくぐると係員のような人物に呼び止められた。虎人族の様だがその上からさらにマスクをしている。
「いらっしゃい、新入りだね?」
「ああそうだ。説明を頼めるか?」
俺は正直に答えた。このような所で経験者ぶって恥をかくのは御免だ。
「ここでは自分の好きな相手の性別の色をしたマスクをするのがしきたりさ」
「へえ、そう言うシステムなんだ」
「男が好きなら青い仮面。女が好きなら赤い仮面。両方いけるなら紫の仮面」
「アブなら紫だな」
この場に居ない人物の事を考える。アブも少しは興味があったようだが、リリカに睨まれて今頃は宿屋で留守番だ。サキは急に子育てを始めたと思ったら、それは拾ったドラゴンだった。意味が分からない。
「う~ん、でも悩むぜ・・・」
「自分の性癖ぐらい把握できないのかい?」
受付のタイガーマスクマスクが疑問を抱く。彼のマスクは青色だ。俺はリョーマについて説明する。
「ああ、こいつは色々こじらせてしまって性別を超えた真実の愛を求めているんだ」
「へえ、そういうのもあるんだね。じゃあこの白いマスクを付けると良いよ。サングラスの君も」
「白いマスクにはどういう意味が?」
「恋人がいますって言う意味さ。君たち二人が恋人ならここに居ても違和感はないだろう?」
俺が?リョーマと?冗談ではない。アブとサキが聞いたら大爆笑必至だろう。
「いや、決めたぜ。俺はこの紫の仮面を付ける!」
「完全に女を諦めていないのがお前らしいな」
「なんとでも言え!」
リョーマが紫なら俺も紫を付けるべきか・・・。一瞬悩んだが普通に赤を付ければ大した話にはならんだろう。こんな場所に来る女など百合しか居ない。弱者男性など歯牙にもかけまい。
「俺は赤をもらおう」
「あなたはノーマルなんだね?でも、ここでは相手はぐいぐい来るから飲まれないようにね」
「忠告感謝する」
俺達は受付を後にした。
「ヒャッホウ!」
「あ、こら走るな」
リョーマはラウンジのソファーに向けて駆け出していた。最近は大人しめだったが、こいつが多動であることを忘れていた。男性同士のカップルであろうボックス席に向かい合う形で着席した。
「ハーイ、俺リョーマって言うんだ。真実の愛を追求する伝道師みたいなもんだ。ヨロシクゥ!」
向かいの席の二人は面食らって苦笑いを浮かべた。両方ともかなり体格が良い。俺が詫びを入れる。
「すまない。彼は人類史上稀にみる礼儀知らずで、そのおかげで恋人がいないんだ。少しでも可哀そうだと思ったら、何かアドバイスしてやってくれ」
「ああ、そうなんだ」
「確かにびっくりしたよ」
男性のカップル二人は表情を崩し、語り始めた。
「まず自分の気持ちに正直になる事。次に相手の気持ちを考え、望みを叶えてあげようとすること。そうすればだいたいうまくいくよ」
「ただまあ、どんな性別や性的指向を持ってても最終的には相手次第かなって言うところはあるかな。彼と出会えたのは幸運だったよ」
「そう、まさに奇跡だね。ここはそういう出会いの場所を提供する場所さ。君にもいい相手が現れることを願っているよ」
その言葉を聞いてリョーマは質問を重ねる。
「えっと、パートナーとはどういう性生活をしてるんだ?役割とかあったりするのかな」
「い、いきなりな質問だね」
そう言うと二人は照れつつも声を潜めながら答えた。
「彼、トニーがタチで僕、リックがネコだ」
「マンネリ解消のためにたまに役割を入れ替えたりもするよ」
「へえ~、なるほどねえ。やっぱそういう性的指向の話になると恥ずかしいのか?」
「そりゃまあね。でも確認しないと相性が分からないからいつかは聞かなきゃね」
「候補が少ないからといって無理矢理付き合っても長くは続かないよ」
「その辺は男女の話と同じなんだな」
もっともな話ではある。
「ありがとう。大変参考になった」
「次からはもう少し周りに目を向けて雰囲気を感じ取ってくれ。男が好きな俺から見ても君に足りないのは落ち着きと余裕だと思うよ」
それは俺も思う。というか常日頃から言い聞かせている。会釈して俺達はその場を立ち去り、空いている席に向かい合った。
「お前は少し頭を冷やして周りを観察しろ」
「そうは言ってもよ~。おっ、あの娘激マブじゃね?ビアンのカップルにも話聞いてみてえな、ぐへへ」
「お前は何をしに来たんだ・・・」
俺は少し考えた。視覚的な情報がやはり邪魔をしているのではないか。リョーマは耳が良いはずだ。
「目に入る情報がノイズになるなら、目を閉じて周りの雑談を聞いてみるのはどうだ?」
「おっ、ナイスアイディア。そうしてみるぜ」
そう言うとリョーマは目を閉じて黙り込んだ。俺はあたりを観察する。
男装の麗人、女装した男性、性的指向や性自認といったギャップを抱えた人たちが自分たちの体験や何気ない世間話を繰り広げているように見える。性も多様なら種族も多種多様だ。
「興味深そうな話題発見!」
「おい、待て!」
俺が注意するのも構わず座席から飛び出す。頼んだ飲み物が入っているグラスが倒れて中身を盛大に溢す。俺はその片付けに追われて出遅れてしまった。
「というわけで、所感を聞かせてもらえないかな~と」
俺がリョーマに追いつくと、既に座席に座って会話を始めていたところだった。
共に白い仮面をしたエルフの女性と木霊種の女性のペアだった。まあ、このような場所なので、実際の性別がどうかは分からないし気にもしない、
「すまない、連れが迷惑をかけていないか?」
「ああ、困惑はしたがそこまでおかしなことは言っていない」
「短命種にしては難しい問題に向き合って感心しましたよ」
そう言われて、俺も席に着く。
「ジャック・ダンディと名乗っている。リョーマのお目付け役と思ってもらっていい」
「シャリゼ・ルクソウル。エルフだ」
「バルデラ・ソムと申します。木霊種です」
リョーマがまくし立てる。
「俺聞いたんだ。長く生きていると性とかどうでもよく思える、だけど共に歩める相手は得難いものだって。長命種の恋愛観について教えて欲しいんだ」
「まず、そうだな。基本的に長命種は長命種同士での恋愛が主流だ。何故なら、短命種はすぐ寿命が来てしまうので、別れが辛過ぎる。それがその後の人生に影を落とすケースが多く、教訓から忌避されているのが実態だ」
「なるほどなぁ」
「まあ、木霊種の私なら単為生殖が出来るので、パートナー自体要らないんですけどね。共同生活者ってやっぱ良いじゃないですか。というわけでシャリゼさんとお付き合いさせてもらっているわけです」
「バルデラはとても香りが良いんだ」
「まあ、お世辞でも嬉しいです」
「お二人は付き合ってぐらいどれぐらいたつの?」
リョーマが続いて質問をする。
「だいたい150年ぐらいだな。10年前にこの集まりが開かれていると風の噂になって、新しいもの好きのバルデラに連れられて遊びに来ているんだ」
「エルフはのんびりすぎますわ。気を抜いていたら短命種の施設なんてすぐなくなってしまいますのに」
会話から長命種の時間感覚はかなり大雑把だという事が分かる。
「この世界って恋愛する相手の種族とかって気にしたりする感じ?」
さらっとこの世界という単語を出すリョーマ。だが、2人は気にせず会話を続ける。
「寿命の他には特に相手が誰とか気にはしないな。種族は基本的に出産する方の種族で生まれてくる。男でも妊娠する魔道具や性転換の魔法もあるにはあるが、希少かつ高額過ぎて一般人には縁の無いものだ」
「う~ん、別にそこまでして自分が出産したいって言う願望は無いぜ。もし嫁が子供は欲しいけど出産が怖いってんなら代わってやりたいけど」
シャリゼがリョーマに聞く。その視線は仮面の色に向けられている。
「リョーマは男が好きなのか?」
「いや、いろいろあってプラトニックな恋愛に興味があって、男同士の恋愛ってどういうものなんだろうと考えたまでは良いが、話を聞いた感じ結局、性欲ドリヴンって意味だと男女のそれとそこまで差があるようには思えなかったな」
「なるほど、そこで我々長命種の会話を聞いて興味を持ったと」
「そうだな」
「だが、我々からすると、短命種の情熱的なアプローチは魅力的に映るぞ」
「えっマジで?」
「我々には無いものだからな。ただやはり寿命の観点から恋愛対象外だが、だからこそ羨ましくもある。長命種はあそこまで太く短く生きることはできない」
「自然であることが一番だと思います。見たところリョーマさんはかなり不均衡な状態かと」
「う~ん、自覚はあるけど性分だしなあ。やっぱこんな俺でもいいって言う人を地道に探すしかねえのか・・・。貴重な話をありがとう」
リョーマはある程度自分の考えに納得した様子だ。俺は席を立とうとした。
「邪魔をしたな」
「待て」
シャリゼが呼び止める。視線は俺に向けられている。
「ダンディとか言ったな。君は時術の資質を持っているな?しかも、それを扱えていない」
「ああ、そうだが。まさか知見があるのか?」
「私には資質が分かるだけだ。我が母グラシアなら、素養を引き出すことが出来よう」
「本当か?」
「ああ、君に興味があるなら会いに行くと良いだろう」
時術師の資質を引き出す方法はリリカでも分からなかった。
「里の位置は『俯仰の森』。お前たちがダラコッホ郡と呼んでいる辺りだ」
「ダンジョンの近くじゃん!」
リョーマの叫び声を聞き、俺は期待と共に一抹の不安を覚えた。




