第61話 自然の掟
「セラフィーネ。話がある、少し良いか?」
「何?改まって。場所、移した方が良い?」
「そうだな」
アブもサキもリョーマもクランメンバーに連れていかれてしまったので、俺は『ダスク・エヴァンジェル』の仮設クランハウスに出向いていた。現場にはマリアンヌ、セラフィーネ、ルシエラと一般の労働者であろうスラン教国関係者が数名居た。モラとセリアは『人権派』の件で対応を教会内で協議していると思われるため、姿はなかった。
「ダンディから話って珍しいね。ようやく私たちを信用してくれ始めたのかな?」
「今までは特に頼むことが無かっただけだ」
歩きながら他愛のない話をする。
しばらくして、人は遠目に見えるが、少し離れた場所で俺達は立ち止った。念のために防音魔道具を展開する。
「実は、リョーマのやつが、同性愛コミュニティを見学したいと言い出してな」
「えっ!?リョーマってデリカシーゼロの性欲モンスターで顔面生殖器で如何にも女性の敵って感じだったと思うんだけど、いきなりどうしちゃったの!?」
「いや、流石に俺もそこまでは思っていないが、周りからはそう見えているんだな・・・。注意しておこう」
「あれは注意でどうにかなるもんじゃないと思うけどねえ」
俺も散々注意してきたが一向に改善されなかった。もはやあいつの個性として受け入れるしかないところまで来ていたため、客観的な視点が失われて行ってしまっていたのかもしれない。
「だが、あいつもあいつなりに悩んで改善しようと努力はしている。ザインヴァルト正教会のシスター・エナによる夢解析の結果、性欲と愛の切り分けと愛の定義について突き詰めて考えようと試行錯誤している段階なんだ」
「はーん、なるほどねえ。その試行錯誤の途中で男同士の愛に目を付けたっていうワケか」
「そういう事だ、奴は論理的に考えるのは得意だが、細かな感情の機微を掴むのが苦手だ。それは自分の感情すらな。奴の終着点は男色にはないと思いたいが、実態を知らなければ恐らく前に進むことはできないだろう」
「こ、こじれてるわね。リョーマって黙ってればまあまあハンサムなのに」
まあ、多少目つきは悪いが顔は整っている方だと思う。
「だいたいの事情は呑み込めたけど、どうして私なの?」
「お前が一番、聖都の裏事情に詳しいと思ったからだ」
俺は確信が持てないため明確には指摘していないが、セラフィーネは『虹彩の影』の一員なのではないかと考えている。あの日現れた10人の中に狩人が居たが、セラフィーネによく背格好が似ていた。サキに話しかけられた時も言葉少なに返答し、逃げるように他の隊員に押し付けていたのを俺は見逃さなかった。
「まあ、それぐらいなら案内してあげるわよ。ダンディも掘られないように注意しなさいよ」
「ふん、貞操帯でもつけていくか?」
「やだもう、本気にしないでよ」
そういう事で話はまとまった。
「おーやってるやってる」
クロードが陽気な声を上げる。険しい山脈が遠目に映る。峰を境目とした山の向こう側は、グレザール帝国領だ。森林と山間部の境目。山の麓の開けた斜面に巨獣の群れと1匹の禍々しい紫色のドラゴンが激しい戦闘を繰り広げている。
「基本的に縄張り争いはお互いの命を取り合うまではやらないものだが、長期化してそうだな」
ライラはそう分析すると、香水のような道具を準備し始めた。
「まずは我々の人間の臭いを消すぞ。介入して一網打尽に捕らえる」
「両方捕らえていいのか?生態系的にはアビスドラゴンの始末だけでいいはずだ」
そう言うのはブラディオだ。
「ベヒーモスは20体程の群れで生活している。一匹ほど間引いても生態系に問題はない。私への正当な報酬だ」
「まあ、ライラがそう言うならそうなんだろうけどよ」
私は頭が良くないから間違ったことを言うかもしれないが、やはり言わないのは良くないから言うことにした。
「仲良く生活してるのに無理矢理ペットにするのは良くなくない?」
ライラは難しい顔をして考え込んだ。
「確かにサキがそう言うのももっともだな・・・。予定を変更して、少しだけ群れを観察するか」
我々はアビスドラゴンとベヒーモスの群れの小競り合いを観察する。しばらくするとベヒーモスの群れの中から小柄な若い個体が押し出されるようにアビスドラゴンの前に突き出された。
「戦闘の試金石として立場の弱いものに先陣を切らせる。ベヒーモスの社会はそのように出来ているようだ」
「いじめだ」
小さい個体はそれでもアビスドラゴンへの威嚇を行う。頭に生えた角から電気をバチバチと発生させ、力をアピールする。
「グガァアアアアア!!!!」
アビスドラゴンの咆哮が響き渡る。これも威嚇の様だ。先頭のベヒーモスも身を低くして構える。アビスドラゴンはさらに翼を羽ばたかせ、強風を発生させた。まばらになっている樹木が斜めに傾ぐ。
「グオオオオオ!!」
先頭の小さなベヒーモスが突進を行うが、アビスドラゴンはその巨体を宙に浮かせ難を逃れる。ブラディオが戦況を評す。
「空中を浮いているアビスドラゴンに分があるように見えるがな」
「ベヒーモスは雷をある程度操ることが出来る。遠隔攻撃手段がある以上は、最終的には肉弾戦での決着になる。そうなれば個体で勝つアビスドラゴンよりも数で勝るベヒーモスの優位だ」
アビスドラゴンはベヒーモスに対して滑空攻撃を仕掛ける。それを電気を帯びた角で迎え撃つ。
ドガッ!バチバチ!
滑空攻撃はベヒーモスを吹き飛ばすが、アビスドラゴンにも多少のダメージを与える。アビスドラゴンは群れの方へ改めて向き直り、どこかへ去ってしまった。吹き飛ばされたベヒーモスは立ち上がり、群れの方へと歩き出す。その個体は良く見れば古傷だらけだ。
「弱いものから使い潰す。それが彼らの社会なんだ。大自然の掟は人間の社会よりもよほど過酷だ」
「ひどい」
私は正直な感想を漏らす。
「なら私が新しい関係を用意しようという話も悪くないだろう?別に向こうも懐いてくれなければ私も諦めるまでだ。もちろん私も気に入られるために手は尽くすが」
「わかった。ライラは悪くない」
私は納得した。
「では行くぞ」
そう言ってライラは群れから少し外れた個体が気づくように小石を投げる。
その個体は振り返り、ライラに気づく。
「まずは餌付けだ。物質的に満たされなければ信頼など築けるはずもない」
ライラは用意していたであろう獣肉を取り出しベヒーモスの前に放り投げる。
落とされた肉に面食らいながらも、警戒を残しつつその肉を食らい始める。
「野生では図太さが大事だ。どんな時でも食わねば体を作れず死に直結する」
そして肉を追加で投げる。ベヒーモスが飽きるまで投げる。
「満ち足りた時初めて会話ができる。これはどんな魔獣でも一緒だ。だが、この個体がどんな状況にあったかは先ほど観察させてもらったからな」
ライラはベヒーモスの眼を見ながら近寄り、どうどう、などと話しかける。目と目でどんなやり取りがなされているのかこちらからは知る由もないが、しばらくしてベヒーモスはライラの手を受け入れ、首輪をかけられることになった。
「これが魔獣の『テイム』だ」
「お~」
人間で言えば社会の歯車である社畜を誘惑して落とすのに近い感じはするが、それはきっと良いことなのだろう。元居たベヒーモスの群れは一頭減ったことに気づくこともなく森の中へ消えていった。
「では、アビスドラゴンの行方を追うぞ!状況的におそらくメスのはぐれ個体で近くに卵を産んだのだろう」
私たちはアビスドラゴンの痕跡を辿った。
我々は山脈の中腹にアビスドラゴンの巣を見つけた。中は大きな空洞になっており、体長20メートルはある成体も余裕で収納できる広さを誇っていた。
「多分、寝てるのかな?」
「そうだな。竜の力の根源は眠りであるとされている。食べる量に対して運動量が明らかに釣り合わないとの研究結果もあって、眠っている最中に何らかのエネルギーを蓄えている可能性が高いというのは定説だ」
「一応テイムを試してもいいが、失敗した場合は討伐するからな」
ライラにブラディオが釘を刺す。
「ドラゴンは気位が高い。ましてや邪竜とされるアビスドラゴンをテイムできた例は無い。だが、だからといって挑戦しないわけにはいかない」
「私も新たな召喚獣との契約のチャンスがあれば絶対やるから気持ちは分かるな」
シルヴィアも同意する。私も結果はどうあれ試すぐらいなら良いんじゃないかと思う。
「まずは対話を試みる。みんなは入り口で待っていてくれ」
「了解」
「相性占っておけばよかったかしら」
「いらん。相性が悪かったらショックだ」
そう言いながらライラは空洞の中に入って行った。私はみんなに聞いてみた。
「ドラゴンって話せるの?」
「竜言語と呼ばれる言語体系を持ってるとは言われてるね。ライラは独学で学んだって言ってたけど」
「魔獣の事においては博士号も取ってるし図書館より詳しいと思うぜ」
「へえ、そうなんだ」
クロードとブラディオの返答に相槌を打つ。
「でも、ダンジョンのドラゴンは話してこなかったね」
「ああ、氷雪嵐竜ズヴェイルか」
「ダンジョンのモンスターはたとえ人間でも言葉を発することはないな」
「10層の『嘆きの騎士』とかも無口だったよね」
「あんまり覚えてない・・・」
そんなやり取りをしているとライラが走って戻ってきた。
「残念だが交渉は決裂だ。矮小な人間どもの軍門に下るぐらいなら戦って死ぬ、だそうだ」
「まあ、無理もねえな」
「生活してても迷惑だと駆除されるよね。熊とかもそうだし」
私は日本での熊の騒動を思い出した。あれと同じ感じならなんとなく理解ができる。
「ゴアアアア!!」
洞穴から大地を揺るがすような叫び声が聞こえたと思ったら。アビスドラゴンが飛び出して体当たりを仕掛けてきた。
「随分なご挨拶だなっと!」
ブラディオはすれ違いざまに大斧での切り上げをアビスドラゴンの顎にお見舞いしようとした。咄嗟だったため斧は頬をかすめ、かすり傷を負わせるにとどまった。そのままアビスドラゴンは空中を飛翔し、こちらを睨みつける。
「来い!ピーちゃん」
ライラがマジックケージからグリフォンのピーちゃんを呼び出し騎乗した。
「風の精霊ガルーダよ力を貸したまえ!『サモン:ガルーダ』」
シルヴィアは風の召喚獣であるガルーダを召喚した。
「サキ!『支配のオスティナート』と『群像のレチタティーヴォ』を頼む」
「あい」
私は『殊死の鎌笛』で両方の条件を満たす演奏をする。我ながら器用なものだ。
呪歌の効果が発動すると味方の動きが格段に良くなる。
“吟遊詩人が仲間に居るとはな。相手にとって不足無し”
そう聴こえた。でも敵だと分かっているから手を抜いたりはしない。
クロードがボウガンでねらいをつけボルトを発射するが、翼の羽ばたきでボルトは弾かれてしまう。
「軽い飛び道具はきついな」
「よし、俺が空から行く。ピーちゃんに乗せてくれ」
「了解」
私はブラディオがライラと一緒にピーちゃんに乗っていくのを演奏しながら下から見上げていた。
“しゃらくさい。地を這いつくばる人風情が”
確かにそうハッキリと聴こえた。
アビスドラゴンはブレス攻撃を空中の2人+1匹に対して放ってきた。
「瘴気ブレスだ!」
「それは予想済み!シルフよ!」
「でえああああ!!!!」
シルヴィアがシルフに合図を出すと、シルフは風を起こしてブレスを逸らした。逸れたブレスは岩肌を溶かし、腐臭を上げながら霧散していく。
そのままブラディオが空中に踊り出し、アビスドラゴンの翼に斧の一撃を加える。
ドラゴンはブラディオを乗せたまま墜落していく。かなり激しく暴れる。
“許さんぞ!貴様ら人間など根絶やしにしてくれるわ”
確かに私たちはアビスドラゴンに危害を加えてはいるが、他の何の関係もない人間に怒るのはお門違いだと思う。私たちも他の平和に暮らしているアビスドラゴンに対しては何とも思わない。それはSNSでは主語がでかいなどと言われている現象だ。
「ダンジョンボスのズヴェイルよりはタフじゃないよ。一気に行こう」
そう言ってクロードは爆裂楔をアビスドラゴンに打ち込む。エルネスタがアストロラーベを中間距離に設置してブラディオをヒールする。
「星の護りよ!」
「シルフ!『ウインドスピア』よ!」
シルフは風を収束させ槍の様に打ち出し、アビスドラゴンの太もも付近に風穴を開ける。
クロードがさらに楔を起爆する。派手にアビスドラゴンの体から血しぶきが上がる。
最後はブラディオが額を斧でカチ割り、決着がついた。
「ふう、1対1ならともかく6人居ればこんなもんだな」
ブラディオはアビスドラゴンに近寄り、解体のために血抜きをしようとする。
「待って、何か言ってる」
「サキ、もしかして竜言語が分かるのか?」
“我が生を終わらせるに相応しい力であった。心残りがあるとすれば、まだ見ぬ吾子。だが我が死ねばあれも生きてはおれぬ身よ”
「お前も強かった。迷惑をかけなければ、人は割と融通が利く。強情すぎたのがダメ」
“竜に説教する気か。であれば、吾子を育ててみるがよい。竜と人が相容れるか貴様と吾子に委ねてみるとしよう”
そう言って竜は事切れた。
「竜が子供を育ててみろって言ってた」
「なんだと・・・。私でもそこまで詳細な言語は分からんぞ」
「なんか言葉じゃなくて気持ちが伝わってくる」
私はライラにそう説明した。
私たちは洞窟の中の巣を確認したところ、今にも生まれそうな卵を一つ発見した。
パキパキパキッ
「生まれるよ!」
「すごい!こんなの初めてだ!」
卵の隙間から覗く眼と私の眼が合った。つぶらだけど爬虫類特有の複雑で縦長の瞳孔だ。
それからしばらくして全身が這い出してきた。既に身長40センチ、尻尾を含めると体長80cmぐらいはありそうだ。
「キィー!」
「あら、サキの事をママと思ってるみたいよ」
「悔しいがサキに譲るとしよう。ドラゴンの孵化を見られただけ満足だ」
実際、ママを殺害した犯人の片棒を担いでたんだけどな。大きくなる前にどう説明しよう。
私は難しい顔をして、この新しい生命を腕の中に迎え入れた。




