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第57話 ノースモーキング

 



「なんかどっと疲れちゃった。閉鎖的なコミュニティで過ごすと視野狭窄に陥っちゃうのね」


 それが取り調べを終えたあたしの感想だった。元の世界でもカルト宗教などに取り込まれる人間は居たけど、それと比較しても彼女らの境遇は余りにも希望が無さ過ぎる。


「確かに気は滅入るが、情報を引き出せるだけ引き出したのだから良しとしよう。冒険者ギルドに集合して対応を協議するぞ」


 あたしたちは冒険者ギルドまで歩く。すると町の人から驚きの声が上がった。


「モラ様だ!」

「ありがたや・・・」


 祈るようなポーズでありがたがる老人、母親の顔を見ながらモラを指差す子供、彼らの顔はとても晴れやかだ。


「やっぱ地元だけあって有名人だね」


 あたしに向けられた笑顔じゃないけど、前向きな感情を見ると元気を分けてもらえる。

 リリカがモラに話しかけた。


「モラは、いつか言っておったな」

「はい、なんでしょう?」

「『弱き人々がいずれ偶像などなくても迷わぬように、そのために我々は在る』と」

「そうですね。今も気持ちは変わりません」

「そうか、少し我も汝を見習うべきかもしれんと考え直してな」

「え、本当ですか!?」

「勘違いするな。良いところは取り入れるが、悪しと判断した部分は取り込まんからな」

「えっと、その、悪い部分とは具体的にどのような所でしょうか?後学のためにお聞かせください」

「誰に対しても誠実な所だ。悪しき輩はその善性を利用しようと考えるであろう」

「つまり、私が不利な状況に陥ることを危惧しておられるのですね?」

「ぐっ、まあもうそれでよいわ!」


 珍しくリリカがたじろいでいる。


「おっしゃりたいことは理解は致します。ですが、私は相手を見て対応を変えるという事は基本的にするつもりはありません。向き合うことをやめてしまえば、真理の探究はそこで終わりです。リリカは魔導の探究、アブさんは音楽の探究。私にとっての探究は人道にあります。自分の中の鏡が他人にどう映るか。他人の中の鏡に自分がどう映るか。そこを誤魔化してしまえば私は私ではなくただの救護装置か政治の道具に成り下がってしまうでしょう」


 今の話でモラが聖者たる所以が分かった気がする。モラが更に続ける。


「心配せずとも大丈夫ですよ。そのためにセリアやマリアンヌ、ダンディ様や、今はリリカやアブさんもいらっしゃることですしね」

「思想的な脆弱性を仲間の存在によって補う、か。それによって守られた己は脆弱性を抱えつつも更なる高みへ至れる、と。組織として全員が同じ思想を体現してしまったのではこうはいかんだろうな」

「全員がリリカのようになってしまえば、たちどころに戦争が起こってしまうでしょう」

「ふん、言うようになったな」

「吟遊詩人の振り分け会議では随分意地悪されましたからね」

「あれはそちらにも相応の理由がだな」


 そう言えば疑問が一つ解決していなかったので聞いてみることにする。


「なんでスラン教って喫煙ダメなの?」

「そうですね、原因が複数あるのでまずは一つ目から」


 長い話になりそうだ。


「教会勃興の黎明期、過去に起きた大規模火災の原因が喫煙済み煙草の投棄だったことがあります。これにより貴重な人命や書物がいくつも失われました」


 ああ、元の世界にもありそうな話だな。


「次に健康被害。確かに肺の清掃は回復魔法で行えますが、そのような事のために治療を行う是非論もあり、喫煙者へ向けられる目は厳しくなりました。他にも小さな理由がたくさんありますが、副流煙も健康を害することが分かったので、もうそのような百害あって一利あるかどうかのものを許容するべきではないという論が多勢になり今に至ります」


 うん、まあしゃーないか。喉にも悪いしな。


「なんか肩透かしだなぁ。聞いてみたら思ったよりまともな理由の積み重ねって感じ。さっきの取り調べの話みたいに、凄惨な迫害や差別の歴史があるのかと思っちゃった」

「とはいえ、法律なので守っていただきます。一応観光客用の喫煙スペースもありますので・・・」


 そんな些細な理由でサキが『ダスク・エヴァンジェル』に入れなかったと思うと不思議な気分だ。本当に運命の悪戯だったんだな。


(でもまあ、サキだったらいじめにあっても逆襲してただろうな・・・)


 そんなことを思いながら冒険者ギルドへ歩くのだった。







 俺こと舎利弗亮磨はいつになく緊張していた。目の前に居るのはシスター・エナ。アブはリリカ達と一緒にモラさん殺人未遂の犯人から事情聴取をしに別行動を取っている。


「それで、話って何?」


 わざわざ冒険者ギルドの防音スペースで話しているのには理由がある。


「いや、前サラっと流しちゃったんだけど、俺と付き合うの絶対無理って言ってたよな?」

「あ~、言ったかも・・・」


 シスター・エナは気まずそうに顔を背けながら答える。


「理由を教えて欲しいんだ」

「ん~、別にいいけど、そこまで畏まって聞くような話なの?」

「俺、あれから考えたんだ。他人に何かを与えてあげられる人間はバリューが高いってな。何が言いたいかと言うと、エナさんにはお世話になったし、真の意味でエナさんという『個人』と向き合って、異世界のエンタメを独占提供できるのは俺だけだ」

「えっ、あのリョーマがそこまで考えてくれたんだ。意外・・・」


 シスター・エナは驚いたような表情を浮かべた。


「ダンディは『ダスク・エヴァンジェル』に囲われてるし、サキは女だ。アブはコロコロ相手を変えるけど浮気はしない。実質、異世界人は俺しかいない。俺の夢は一生踊り明かせそうって言ってたよな?俺はダンスパートナーとして相応しくないのか?」


 祈りにも似た気持ちをぶつけられたシスター・エナは静かに答える。


「私も前はああ言ったし、リョーマがデリカシー無いのは相変わらずだけど、相手のことをちゃんと見れるようになったのね。すごく成長したと思う。流石の私も少し心が動いちゃった」

「本当か!?じゃ、じゃあ?」

「待って、まだ理由を話してないわ」

「ああ、そうだったな」


 シスター・エナは伝えることに抵抗があるのか、少し深呼吸した。


「私、虫が苦手なの」

「は・・・?」


 予想外の返答に俺は呆然とした。


「ふ、ふざけんな!虫、可愛いだろ!あのフォルム、個性的な生態、多種多様なバイオームに分布する絶対的な黄金律!なんであれが苦手なんだ!?」

「に、苦手なもんは、苦手なんだからしょうがないでしょ」

「モンスターにもいるじゃん!前一緒に戦ったじゃん!」

「大きいのは大丈夫なの!小さいのが無理なの!この前の夢の中は引き出しでギチギチ言ってたのを必死に出ないように抑えつけてたんだから!」

「マジか・・・なんてこった」


 俺は頭を抱えた。


「・・・どうにか我慢できないのか?」

「・・・絶対無理」


 シスター・エナもウゾウゾと鳥肌を浮かべながら涙目になっている。少し脳内でシミュレーションしたのだろうか。


「じゃ、じゃあ俺が虫を諦める!これならどうだ!?」


 俺は断腸の思いで決断する。スマホの音源を手放すのは身を裂かれる思いだったが、虫に関することならまあ許容は出来なくもない。


「気持ちは嬉しいけど、深層心理レベルで好きなものって、そう言ったからといってすぐ無くなるものじゃないのよ。大丈夫と思って我慢しても我慢しきれなくなって余計意識する羽目になって、ある日突然出てきたりして、逆にそっちの方が怖いわよ」

「そういうものなのか・・・」


 俺はある程度納得してしまった。


「で、でも、今のリョーマ、相手に合わせるっていう発想が出てきたのはいい線行ってると思うからその調子で頑張って欲しいな。私もリョーマ自体は嫌いじゃないから」

「ああ、そうだな・・・」


 そう答えたはいいが、完全に振られたショックでしばらくは立ち直れないかもしれない。俺達はお互いに気まずさを抱えながら防音スペースを後にした。








「では、これより協議会による緊急会議を執り行う。スラン教国内の治安問題にも関係するため、神殿騎士ラーゾフ殿、神官長イルマ殿に同席をお願いいただいている」


 場所は冒険者ギルド内の会議室。アリルさんが開会の宣言をする。参加者は5カ国のクランリーダー及びあたし、協議会員であるマロゾフさんと先ほど紹介に上がった2名だ。ラーゾフさんは髭を蓄えた恰幅の良いオーク族の騎士、イルマさんは見た感じ40代半ばの白い蜥蜴人の女性だ。


「状況については理解した。だが、都合よく我々という強力な駒が居合わせたために便利に使われるのは納得がいかないね」


 ボロゾがいきなり詰める。アリルが返答する。


「ボロゾ。『人権派』がダンジョン攻略にちょっかいを出してくる可能性があるのなら、いち早くそれを排除したいのはお前含む我々攻略協議会の総意だと思うが、認識に相違はないか?」

「それについては相違ない認識だ。『人権派』には少数精鋭である我々が対処に当たるという結論も変わらないだろう。だが、反乱分子を排除するにあたって最大の受益者である神聖スラン教国は何をしていただけるのかという点が不明瞭だ」


 ラーゾフがこれに答える。


「僧兵2000名の出兵が可能である」

「規模を増やすと相手に勘付かれる。解決までに時間がかかるし、森の中だと間違いなく首謀者は逃亡を図るだろうね。だから少数精鋭でなければならない。斥候として隠密部隊10名規模の手勢が欲しい」

「教会に隠密部隊を要求するとは。貴殿は『虹彩の影』を動かせと言っているのか?」


 イルマが聞き返す。ボロゾはそれに対しとぼけた口を利く。


「そんな名前だったかな?知り合いが居るんだよね」

「馬鹿な・・・。『虹彩の影』の人事は秘中の秘だぞ」

「とにかくその10人の指揮権をくれたら、被害を最小限に留めながら最大の成果を出して見せると約束しよう」

「ぐっ背に腹は代えられん。良かろう。すぐに教皇猊下に掛け合おう。良い返事は確約できぬからな」

「それでいいよ。多分、大丈夫だから」


 教皇はこの国のトップだ。ボロゾはそのあたりとも何らかのコネクションがあるのだろう。


「おっと、そういえば『ダスク・エヴァンジェル』に情報提供をしてもらっているはずだ。敵の思想、リーダーの名前と肩書、施設の見取り図、見張りの交代時間と人数。これらはスラン教国が尋問に失敗した捕虜から得られた情報だ。『ダスク・エヴァンジェル』にスラン教国から情報提供料を払う義務があるんじゃないのか?」

「『ダスク・エヴァンジェル』はスラン教国の国策クランだ。なぜ情報提供料を払う必要がある?」


 イルマは困惑している。ボロゾは続ける。


「『ダスク・エヴァンジェル』に捕虜の身柄を受け渡す対価として金貨1000枚を肩代わりさせただろう?」

「捕虜一人にそのような金額、払えるわけがないではないか!」

「『ダスク・エヴァンジェル』は払ってくれたよ?」

「ぐ、金貨300枚だ」

「500」

「400で手を打とうじゃないか、この守銭奴め!」

「つれないね、守銭奴同志仲良くしようよ。ああ、あと不適切な人事で聖者を危険に晒した分も追加でお願いするね」

「うぐ・・・、それについては『ダスク・エヴァンジェル』と個別に協議する。これ以上は内政干渉だ」

「まあそれで良いか、別に僕が受け取るんじゃないからいいよね?モラ」


 突然振られて困惑するモラ。


「え、あ、あの、ボロゾさんからそのようなご好意を受けたことが無かったもので、びっくりしてしまいました」

「いや、提供してくれた資料が思ったより役に立ちそうでね。僕も腹が立ってるんだよ。せっかくのダンジョン攻略を邪魔されてさ。せめてものお礼だよ」

「感謝いたします」


 モラがボロゾに頭を下げた。イルマは憎々しげに言った。


「これだけの要求をしておいて首魁を捕らえられなかった場合は責を問うからな!」

「どうぞお好きなように」


 会議は閉会した。

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