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第58話 虹彩の影

 




「教会の犬め・・・(キリッ)」


 眉間にしわを寄せたサキが中二病台詞をこすりまくっている。


「普通の人生で使う機会のないパワーワードランキング上位じゃん」

「犬め・・・」


 闇の力とか剣に巻き付いたドラゴンのキーホルダーとか大好きだもんね。使えて嬉しいんだろう。


「早く会いたいな。教会の犬・・・」

「サキ、それ本人に言っちゃダメだよ。失礼だから」

「いけず」


 あたしたちは聖都のある地下酒場で人を待っている。その人というのがスラン教国の特殊隠密部隊『教会の犬』・・・じゃなかった『虹彩の影』と呼ばれるプロの工作員だ。我々は例によって『空中楽隊マーチングバンド超特急エクストリーム』による高速移動要員というわけだ。


「よく考えれば、我々も良いように使われてないか?」

「高い給料もらってるから文句言えません・・・」

「それもそうだな」


 ダンディが疑問を呈すが、あたしの返しで納得した。


「つーか、音が出てやかましかったり、着地の衝撃は隠密的に問題があるんじゃないのか?」

「ちょっと離れたところに着地して、隠蔽魔法を使いながら消音魔道具を使うんだってさ。だからリリカも夜更かし」

「最近は夜更かしにも慣れてきたからの」

「なんだと、許せねえ!マジでこの犯罪者どもは!」

「合法だ、馬鹿め」

「俺の国じゃダメなんだって!」


 何があったか既に聞いてるあたしはリョーマに慰めの言葉をかける。


「ま、まあ、元気出してよ。多少は成果有ってことで納得しよう」

「うっせー、ほっとけ」


 リョーマは力なく応えた。どこか遠くを見つめている目だ。


「ああ、これから顔合わせづらくなるな。踏み込み過ぎなきゃ良かったわ」

「向こうも聞こえてるの分かって絶対無理って言わなくても良いのにね?」

「アブ、俺を慰めてくれるのか・・・」

「あっ、距離感近かったからもうダメ。はい、これ以上はNG」


 あたしは手でバッテンを作り、リョーマから距離を取った。すまないがバンド内では距離感が大事なのだ。


「畜生。女みたいな男か男みたいな女か分かんねえ奴からも拒絶されるなんて・・・」

「あはは、まあ頑張って・・・」

「いや、待てよ。女みたいな、男みたいな、男・・・?」


 リョーマの動きがピタリと止まり、自分に言い聞かせるように口走る。


「そうだ、なんで気づかなかったんだ・・・」

「え、なに?」

「別に相手が女である必要はなくないか?」

「え、え!?それって!?」


 彼の物語は明後日の方角へ走り出した。


「性欲と愛は別物だって言っただろ!アブ!他ならないお前がそう言ったんだ!」

「でも、待って!ほら、やっぱ気持ちが大事――」

「それで気持ちが先走って今まで俺は失敗してきたんだ!もっと論理的に考えよう。俺はそっちの方が得意だから」


 何かのスイッチが入ってしまったのだろう。隣でリリカが信じられないものを見るように目を大きく見開いている。リョーマの灰色の脳細胞はすさまじい速度である仮説を導き出した。


「いいか、俺は仮説を立てた。真実の愛は男同士でしか成立し得ない!」


 リョーマの仮説が響き渡る中、酒場の入り口で、『虹彩の影』を引き連れたボロゾがぽかんと口を開けて立っていた。







 我々は鬱蒼と茂る森のやや開けた部分に静かに着地した。メンツは吟遊詩人4名にリリカ、ボロゾ、『虹彩の影』10名の計16名だ。『虹彩の影』のジョブ構成はこうだ。忍者2名、アサシン2名、シーフ1名、狩人1名、密偵1名、スクリア1名、インクイジター1名、話術師1名の計10名。彼らは代々教皇の懐刀として不穏分子を秘密裏に始末したり、危険な勢力との裏の交渉などを担ってきた。取り敢えずボロゾがその場を仕切る。


「それじゃ、帰りは地図に記した違う場所で合流だ。リリカも居るから魔物除けの魔法はあるよね」

「無論だ」

「あーえ~っと、釈明がしたいんだけど――」

「リョーマくん。今の僕の頭の中に余計な情報を流さないでくれ。作戦が失敗するかもしれない」

「うっす、帰ったら頼むわ・・・」

「魔力信号弾が打ち上がるか、夜明けまでに戻らなかったら一旦帰還して良い。その際の指示は一心斎に託してあるから彼に頼むように」


 『幻影の刃』も個性が強いので一心斎が相対的にまともに見えるが、割とあの人も胡散臭いところがある。一番アレなのは准教授だが。


「クアドラブルスペル『コンシールメント』『スニーク』『デオドラント』『フェイドサイン』」


 リリカが魔法を全体にかける。効果は存在希薄、消音、消臭、隠蔽だ。


「魔法の使用料は出世払いにしておいてやろう」

「僕はこれ以上出世しないつもりだけど?」

「ふん、早くも踏み倒されたか。どんどん汝の信用がなくなってしまうのう」

「過分な信用だよ。投資に失敗することなんてよくある話さ。めげずに次の投資をしよう」

「せいぜい、損切りされんようにな」

「ああ、努力はしよう」


 ボロゾはリリカに手を振って歩き出した。


「それでは『虹彩の影』のみんな、行こう」

「オーケー、ボス」

「昔は世話になったから、今回だけですぜ」


 何故かボロゾは慕われているようだ。彼らはすぐに見えなくなった。


「行っちゃったね。大丈夫かな?」

「『教会の犬』ともっと話したかったな・・・」

「癖になるからその呼び方やめよ?」

「忍者とアサシンが良い」


 そういうとサキは持っていたドラムスティックを逆手に構えて素振りをしだした。


「じゃああたしらも移動~」


 我々は地図の地点へ移動を開始した。真っ暗なので照明は必須だが、特定の距離以上に離れるとそこからは明かりが見えないようになる隠蔽の術式もリリカが同時に仕込む。


「言霊でもこのくらいはできるんだけど、声を出し続けないといけないっていうのがね」

「そろそろ普通の魔術も教えていい頃かもしれんの」

「ほんと?」

「うむ、移動用に浮遊の魔術と、喉を潰されるなどをした場合に使える念話の魔術だ」

「ほえ~」

「あちこち同行しないといけないのもそれはそれで問題があるのでな」

「まあそれはそうだよね」


 確かにリリカへの負担はすごい。当人は退屈なレベルだと言ってはいたが、我々の依存度がヤバいのでそろそろ何とかしたいところではある。


「そういえば、俺も『ダスク・エヴァンジェル』で治癒魔法を習い始めたんだ」


 ダンディがそう発言した。


「時術師殿がか、まあ時術は治癒魔法との相性は良い方ではある。向かない魔法ではないだろう」

「そうだな、時術の方はさっぱりだが、少しぐらいの怪我なら治せるようになってしまったぞ」

「お~、うちらも第二適正でだいぶバランス取れてきたよね?タンク&前衛のサキ、前衛&中衛のリョーマ、後衛&言霊のあたし、でもってヒーラーのダンディか」

「4人で冒険したりダンジョン攻略することってあんのかな?」

「おっかなびっくりだけど、初心者用のダンジョンとか今度機会があれば潜ってみるのも悪くないかもね」

「ルルイエのダンジョンが攻略完了したおかげで非活性化して敵も弱くなっているから最適かもな」

「まあ、気が向いたらってことで、ん?何か聴こえね?」

「静かに――」


 あたしはリョーマの聴覚を信じて、みんなに音を立てないよう指示した。

 話し声は防音魔道具と『スニーク』のお陰で漏れていないはずだが、自分たちが喋る音はリョーマの聴覚のノイズになる。


「あっちだ」


 リョーマは音のするであろう場所に向かって歩いて行った。我々もそれに着いて行く。


「!?」

「これは木の蔦に覆われた・・・石碑?」


 ものすごく見えにくい場所に石碑が隠されていた。石碑は幽かに音を発しているようだ。


「楽譜?もしかしてスコアかこれ?」

「えっうそ、すごーい!」


 リョーマが蔦をナイフで切り払って石碑がその全貌を表した。


「ほう、これが吟遊詩人の石碑か。実物は初めて見るな」


 我々4人が石碑の前に立つと、石碑が発光しだした。


「うおっ」

「眩しい!」

「ふう、サングラスをかけていて正解だったな」

「夜道でグラサンかけてんじゃねえよ!てか寝てる時以外、外してるの見たことねえし」

「悪いがこれは外せない」

「で、習得したけどこれは・・・」


 あたしは脳内に刻まれた効果を読み上げる。


「『勇壮のカンツォーネ』声楽のみ使用可能。自身を含めた仲間の士気、戦意高揚。最低演奏時間5秒。効果時間120秒」

「ほう、味方への精神干渉の呪歌か。この性能なら戦争などに役に立ちそうだな」

「ちょっと怖いこと言わないでよ。我々はそういうのには加担しないからね」

「だがもし、大切なものが理不尽に傷つけられそうになったら汝はどうする?」


リリカがいずれ来るかもしれない現実的な選択を突きつける。これは実際に取った選択はさておき、自覚的であるかどうかでその先の未来が変わるものだ。


「・・・戦う。でも、構造的な問題がどこにあるのかは必ず見極める」

「ふむ、そう考えるか。やはり我の隣にアブが居て良かった。心からそう思うぞ」

「うん」


 新しい呪歌という思わぬ収穫があった。我々は地図の目的地へと向かうのだった。







「――つまり、魔導の秘奥とは具体と抽象の止揚にある」

「具体化するのは得意だけど、抽象化ってイメージ湧かないんだよなぁ」

「リョーマはあんま向いてなさそうだね。魔導回路もよく分かんなかったぽいし」

「魔力が概念粒子であることまでは理解したけど、感応がロジックで成り立たないのが無理ゲー過ぎる」


 我々は待機場所ですることも無いので、リリカによる講義を受けている。屋外ではあるが夜なので、青空教室ならぬ星空教室というやつだ。光源は移動時と同じようにリリカの魔術によって確保している。


「そうだ、理解と感覚どちらが欠けても深奥には至れぬ」

「あたしたちそんな深いところまでやるつもりないから初心者向けにできないかな?」

「すぴー・・・ズズ」


 サキは切り株に座りながらいびきをかいて寝ている。


「そうだな、感覚を鍛えるには目を閉じ、耳を塞ぎ、呼吸を鎮め、微動だにせず瞑想する。これが良いとされている」

「あ、それあたしもやらされた。魔力探知と魔力操作の基礎ね」

「五感になるべく刺激を与えず、残った感覚を探すのだ。さすれば捉えることが出来よう」

「なんかチャクラとかマントラの修行みたいだな」

「それは『気』だな。魔力と同じく精神力と相関関係があるが、魔力と異なるのは、身体を鍛えることで成長するとされている部分だろう」

「そういうのもあるのかよ。ノイズになるなぁ」

「他に得意なものがあるのであれば無理に魔術を頼る必要もないだろう」

「ちっ、大人しくアブとダンディに任せるかぁ」

「あたしとダンディはバランス型だもんね」

「まあ、それはあくまで具体と抽象の捉え方の話に限るが」

「あたしも人としてバランスが取れてるとまでは流石に言えないよ」


 ダンディの言葉にあたしはそう返した。完璧な人間などいない。特にこのバンドのメンバーは偏りの極致だ。


「しかし『人権派』ね・・・」

「何か気がかりでもあるのか?」


 リリカがあたしの顔をのぞき込んで聞く。


「あたしの元居た世界では人権っていう概念は『全ての人間が出生時から持っている普遍的な権利』と定義されてたんだよね。譲渡や剥奪などできず、生きている限り備わっているものだと社会的に浸透してたわけ」

「ほう、興味深い話だな」

「それをまさか、人族とそれ以外を分断して支配するために使うなんて思いもしなかったよ」


 あたしは更に続けた。


「あたしがこの世界の事が好きになったのは、種族による差はあるけどそこに差別的感情が介在してないというか、すごくボーダレスでしかも、それが押しつけがましくないのね。あたしの性別が両性なのなんて本当に軽いことだなって思ったの。だから『人権派』の存在はあたしとしてもちょっと見過ごせないかも」

「差別・・・か」

「ともかく、社会全体で受容と寛容が高いレベルで保たれていないと成立しない。これはこの世界の人たちが誇って良いことだと思うよ」


 あたしは素直にそう感想を述べた。リリカは何かを言いかけたが、それよりも我々に近づいてくる集団に意識が向く方が早かった。


「待たせたね。情報はある程度持ち帰れたから帰ってから対応方針を検討しようか」


 そこには一仕事終えたボロゾと『虹彩の影』の面々が居た。

 我々はすぐに聖都へ帰還することにした。

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