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第56話 人権

 



 神聖スラン教国、聖都セイラム。比較的最近建てられたであろう丘の上の大聖堂を中心に、七本の大通りが放射状に伸び、同じ数の環状道路がそれを束ねている。ルネサンス様式に似た石造建築が多く、七は「安寧」を齎す縁起の良い数字らしい。


「ここが例の事件の犯人が拘留されている留置場です」


 目的地へはマロゾフの案内で到着した。街の南西のはずれにあるそれは、見るからに高い塀に囲われており、建物も角ばった堅牢な造りになっていた。


「新しい街に来て最初の用事が取り調べとはね・・・」

「せっかく首都に来られたのに観光のご案内が出来ず申し訳ありません」


 大人数で押しかけても良くないのであたし、リリカ、モラ、セリア、マロゾフの5名で訪れている。他のみんなは冒険者ギルドで手続きや準備などを進めているはずだ。我々は守衛に通され、地下の面会室で待った。


「まずは我が魔術的見地から観察して然るべき処置を決めようと思う」

「お願いします」


 そのような打ち合わせをしていると、透明な結界を隔てた向かい側の扉が開き、看守に連れてこられた女が席に座った。


「ティリス・・・」

「モラ様・・・」


 ティリスと呼ばれた人物は、辛そうにモラから顔を背けた。


「このような事態を招いた私にはモラ様に合わせる顔がありません。モラ様が無事であることこそがせめてもの救いです」

「人質を取られていると伺いました。話すわけにはいかないのですね?」

「はい、残念ながら。私が死を迎えるか、真実を語れば同胞は殺されてしまうでしょう」


 ティリスはモラの後ろに控えているリリカを見て目を見張った。


「リ、リリカ・エラディン!?」

「久しいのう。出会い頭に拘束したというのに物覚えが良いではないか」

「ええ、あの時、私はあなたを見た瞬間、死を覚悟しました。今、私が生きているのもあなたの気まぐれに過ぎないのでしょうね」

「我を快楽殺人者かなにかと勘違いしておらぬか?」


 日頃の行いだろうか。


「まあよい、今日はそんな戯言を浴びせに来たのではない。汝に施された魔術痕跡を調べ、最善の道を選ぶために来たのだ」


 そう言うとリリカは片手を不安そうにしているティリスへと構え、目を閉じた。空気が張り詰める。


「見えたぞ」


 リリカは目を開けそう言った。


「解除は容易いが、ここで取るべきは偽装だ。我が正常な魔導信号を術者のもとに送り続ける。その間に真実を存分に語るが良い」

「そんなことが可能なのですね・・・」

「喜ぶのは早いぞ。人質の解放を見届けた後、刑に処されるまで汝は生きねばならぬ」


 モラが驚くような表情を見せる。


「リリカが人の道を説いているだなんて」

「さて。どこかの誰かに絆されたかの」


 リリカはあたしの方をちらりと見やった。


「さて、心の準備は出来たか?」

「私の命を役立てるには他に手立てはありません。お願いします」


 ティリスは祈るようにリリカに懇願した。


「良かろう」


 リリカはティリスに片手を向け力を集中させた。掌より伸びた紫色のオーラがティリスを包む。


「もう良いぞ。さあ、話せ」

「はい。仲間は人族至上主義者の拠点に捕らえられております。拠点の場所はダラコッホ郡の森林地帯にあります」

「なんと!」

「それって・・・」


 聞き覚えのある地名だ。マロゾフとあたしは思わず声を上げた。


「ダンジョンが発見された場所の近くじゃん」







 その他、告げられた事実はこうだ。人族至上主義者派閥は自らの事を『人権派』などと呼称し、他種族の集落を暴力で支配し、家畜同然に支配しているのだという。それらが集められた施設がダラコッホ郡の森林地帯に存在するらしい。


「ティリスと言ったか。汝は、人族ではないな?」


 リリカが問いを投げかける。意外な質問を受け、ティリスの全身がびくりとした。


「はい、サラを含め、『ダスク・エヴァンジェル』へ潜入した5名全員が有翼人です。翼を切られ『人権派』の工作員として教育を受けました。モラ様に出会えたことで、教会の教えは私達を変えましたが、仲間を、家族を人質に取られた我々は大人しく従う他ありませんでした。歯向かった人々は惨たらしく殺されました」

「回復魔法で再生しないのは切断されてから少なくとも数年は経過しているからだな」

「なんと・・・このようなこと、許されるはずが・・・」


 モラは強いショックを受けているようだ、一時的にとはいえ仲間だった者がこのような迫害を受けていようとは思いもしなかったのだろう。


「人族至上主義者は表向きには人族の地位向上を謳っておりましたが、真の目的はそれをさらに超えた先にあるのです。それは『人権』を持った人族による支配。我々はその片棒を担がされていたのです」

「であれば、サラは何を考えていたのでしょうか?」


 モラはかつての副官サラ・モルスレッドの名前を挙げてティリスに疑問を投げかけた。


「『人権派』の生活圏では姿が人族に近いほど優遇を受けます。比較的人に近い有翼人は、人族を除けばヒエラルキーの上位に居ました。彼女は最終的には人族と同じ立場になる事を目標にしていました。身も心も人族として認められ『人権』を得る。それが彼女の動機の源泉です」


 凄惨な差別の再生産。その実態に言葉も出ない。


「なんと愚かな・・・」

「すぐに討伐隊を編成しましょう。これ以上、悲しみを連鎖させてはいけない」


 マロゾフがそう進言する。


「待て、ダンジョンが発見されたという報は『人権派』にも伝わっているだろう。もしくは奴らが流した撒き餌の可能性も十分考えられる」


 リリカがそう発言する。あたしもそう思う。偶然にしては条件が噛み合い過ぎている。


「ボロゾとアリルさんに相談しようか」

「お人よしのアリルはともかく、ボロゾが助けてくれるとは限らんぞ。寧ろ、これ幸いとダンジョンの攻略を進めるかもしれぬ」

「全然ありそうなムーブだわ」

「ふむ、だが考えようによっては攻略に横槍を入れてくる可能性もある。その芽をボロゾの奴が放置するとも思えん」

「それも全然ありそうで困る。あたし達にコントロールできるかな?」

「奴を動かそうとするなら、まず、制御しようと思わず取引を持ち掛けることだな」

「説得は私にお任せください」


 モラが自信満々に言うが、リリカは渋る。


「奴の良心にでも訴えかける気か?奴はそういうのが一番ヘソを曲げるぞ」

「彼自身の利に訴えかけるつもりです。あくまで私が用意できる範疇で、ですが」

「いつぞやのようにふんだくられるぞ」

「お金で動けば安いものです」


 そうモラは言うが、『ダスク・エヴァンジェル』の面々は金勘定に疎く、ミリアだけがものすごく苦労しているのをあたしは知っている。ティリスがまだ何か言いたそうな顔をしている。


「最後に『人権派』のトップについてお話を」

「人族至上主義派閥のトップは元老院のゴードン・クロムウェルでしたが更迭され、彼もまた裁きを待つ身です。ですが、今の話の流れでは別の黒幕が存在しているようですね」


 ティリスはコクリと頷き、モラの後に続けた。


「はい、その名をアルベリッヒ・ドールマン。『赫き聖者』と名乗り、我々にモラ様の殺害を指示した人物です」







 その後、さらに他の4人の取り調べを進める中、ティリスの話の内容は他のメンバーのものと概ね合致した。サラだけは頑なだったが、他の4人が秘密を暴露したことを話すと息を荒げ語り始めた。


「モラ、貴方に全てを救うことはできないわ。だけど、私たちの指導者『赫き聖者』様なら全てを救える」

「さすがの私もそこまで傲慢ではありません」

「ふん、聖者が聞いて呆れるわね。大人しく死んでおけばよかったのに・・・そうすれば私は名誉人族となり、『人権』を得られたはずだった!それをあの男のせいで!」


 あの男とはサラと国境付近で戦闘の末、彼女を死体に変えたボロゾの事だろう。サラの眼は血走り、唇は干からび、髪は乱れていた。心理的な不協和の影響であることは明らかだ。リリカがサラに問う。


「そう言えばお前は一度ボロゾに殺されているな。監視の魔術はかけられていなかったのか?」

「私にそんなものはかけられていない。『赫き聖者』様が私を信頼して頂いている証だ」


 我々から見ればどう見ても掌の上で踊らされているようにしか見えないが、彼女にはそれが世界の全てなのだろう。刺激しても仕方がないのでリリカが質問を進める。


「『赫き聖者』がモラを殺害しようとした目的は何だ?」

「あの方の考えを推し量ることが不敬に値する。我々は与えられた目的を遂行する。それで十分だ」

「先程、お前に魔法がかけられていないことを信頼の証だとか言っておったがそれは推量ではないのか?」

「あ、揚げ足を取るんじゃない!」


 サラは俄かに怒り始めた。顔を真っ赤にし、呼吸がさらに荒くなる。


「まあ、お前は信頼されておらんから目的を教えてもらっておらんのだろう。これだから『人権』を持たぬものは困る」


 煽る煽る。相手側の共通言語を交えて価値観を揺さぶる。サラがレスバに弱そうなのも相まって、効果は覿面だ。


「畜生、お前なんか、お前なんか。『人権』さえあればお前なんか」


 サラは涙を流しながら悔しがる。布で拘束されているため、身をよじるのが精いっぱいだ。そこにモラが語り掛ける。


「サラ、その『人権』とやらが何かわかりませんが、私もアルベリッヒも同じ聖者であるなら、私にもその『人権』をあなたに与えることができるのではないですか?」

「なん・・・だと・・・?」


 その言葉を聞いたサラは衝撃を受け、呆然とした。


「まさか・・・いや、そんなことが?」


 さらにモラが畳みかける。


「あなたはここで処刑を待つだけの身。ですが、まだ生を諦めるには早いです。最期のその瞬間まで、望んだものを手にするべく足掻いてみてはいかがですか?」


 凄まじい誘惑の言葉だ。それが恐らく、善意100%で構成されてるという事実がまた恐ろしい。リリカも目をまん丸にして驚愕の表情でモラを見ている。


「じ、『人権』を与える手段についての詳細は知らない。ただ、人族には生まれながらに備わっているもの、という事は分かっている」

「では、アルベリッヒと会話してその正体を把握させて頂きましょう。拠点の建物の位置や間取り、見張りの交代時間などの詳細をご存じであれば教えてもらってよいですか?」

「あ、いや、ああ、見張りは三交代制で北西と南西と東に分かれており、南西側が比較的死角が多くて手薄だ。他には――――」


 あたしはリリカと思わず顔を見合わせた。


「この調子ならボロゾとの交渉も何とかなりそうだな・・・」

「うん・・・」



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