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【偽典】クロノ・シンギュラリティ

このエピソードは第43話と第49話に関連する外伝的エピソードです。




「危ない!」



 アブが歌を止め、サキの姿を模した『混沌の先兵』の投げたスティックがステージ上のモラの胴体を貫通し、盛大な血の花を咲かせた。


「演奏を止めるな!」


 呆気にとられた我々だったが、アリルの号令に我を取り戻す。だが・・・。


「いや、嫌・・・!」


 アブが演奏に戻ってこれない。


「強化効果の量が足りん!このままでは押し切られるぞ!」

「アブさん!立ってください!」


 精神的恐慌状態に陥ったアブをまたもやヘイトを無視したもう1本のスティックが襲う。


「ひっ・・・!」


 腕輪が身代わりとなって壊れる。激しい金属音が鳴り響く。


「馬鹿野郎!死にたいのか!死にたくなきゃ歌え!みんなを死なせる気か!」


 リョーマがアブを揺すって起こす。『黒山羊の化身』が呪いのフィールドを展開し始める。


「呪いのフィールドが!」

「ヒーラーは呪いの解除を!」

「治癒が効かないぞ!」

「やむを得ん。帰還するぞ!」


 アリルが帰還石を掲げる。


「・・・馬鹿な、発動しないだと?」

「クソっ、回復だけじゃなく帰還石までも封じる呪いか」

「誰かモラの蘇生を!」

「ダメ、治癒の力が無効化されて起こせない」


 ヴェルディンがアブを鼓舞する。


「歌ってくれ、僕たちには君の声が必要なんだ!」

「歌えるわけないでしょ!!」


 アブは声を荒げる。


「こんな状況で!ぬくぬく育った温室育ちの私が!どうして歌えると思ったの!訳の分からないことに巻き込まれて限界だった!今、震える指先でどんな気持ちが込められるっていうの・・・」


 俺は知っている。歌えないのだ。アブという人間は気持ちのこもっていない歌を歌うことが出来ないのだ。無機質に、仕事のように声を出せる俺達とは根本的に違う。


「もう持たないぞ!」

「ぐっ、後は頼ん・・・」


 気が付けば周りでは次々と仲間が倒れていた。


「アブ!もうこの場は負けで良い!生き残るために時間を稼ぐぞ!」

「もう、いや・・・」

「チッ、不定の狂気か。厄介な・・・!」


 リリカが飛翔魔法で無理矢理アブを連れ出す。


「来い、お前の相手は私」


 サキが『混沌の先兵』の前に立ちはだかった。

 リョーマとヴェルディンは最後まで演奏をやめない。


「おい、魔物の群れがこっちまで来ているぞ」


 俺はリョーマとヴェルディンに避難を促した。


「うるせえ!サキがまだ戦ってるんだぞ!俺が逃げられるか!」

「僕にだって冒険者としての意地がある!」

「くっ、くそ・・・!」


 どうすればいいのか分からない。取るべき手段が見つからない。


「ダンディ殿!」

「マリアンヌか!」


 スレイプニルに乗ったマリアンヌが気絶したセリアを後ろに乗せて逃げてきた。


「我々はもう助かりません。ヘイトは私が買うのでダンディ殿はセリアと一緒に反対側へ全力で逃げて下さい。なるべく時間を稼ぎます」

「マリアンヌ!待て!」

「ご武運を!うおおおお『セイクリッドフラッグ』!」


 マリアンヌはスレイプニルから下馬し走り出し、旗を掲げ敵を一心に引き付ける。俺はマリアンヌの指示に従う他なかった。あれだけの覚悟を見せられてそれを無碍にするほど俺に強い意志はない。


「クソックソックソッ!」


 スレイプニルと一緒に駆け出す。召喚主のシルヴィアは大軍に飲まれたはずだが、召喚獣であるスレイプニルは消失する気配はない。振り返るとリョーマとヴェルディンに群がる敵の大群を振り払いつつも『混沌の先兵』の一撃に胴を切断されるサキの影が見えた。


「外に出たら立て直す!それで終わりだ!」


 そう自分に言い聞かせどこまでも続く道を駆け続ける。ギターの音も聞こえなくなった。


 ――どのくらい走っただろうか。不意に視界が光に包まれ、俺は気絶しているセリアと一緒にダンジョンから放り出された。


「ここは・・・時間切れ?・・・ダンジョンの外か」


 俺はあたりを見回すと、死屍累々とばかりに積みあがった仲間の遺体を見た。俺は叫ぶ。


「おい!誰か早く蘇生してくれ!金ならいくらでも出す!」

「お、おう、お前ら、協議会のクランだな?ヒーラーを呼んで来るから待ってろ」

「頼んだぞ。早く連れて来れたらもう一枚やる」


 俺はそいつに金貨を一枚握らせた。仲間の遺体から目を離すわけにはいかない。サキ、リョーマ、ヴェルディン、マリアンヌ、セラフィーネ、ルシエラ、モラ・・・。痛ましい死に様と向き合い、俺は永遠とも思える時間を待った。


「お~い、連れてきたぞ」

「でかした。約束の金貨だ」


 俺はそいつに金貨を渡し、ヒーラーに蘇生を促した。


「死体がこんなに?30人攻略の噂は本当だったんだな・・・」


 野良のヒーラーはモラの遺体をまず蘇生し始めた。ヒーラーを起こせば蘇生の連鎖が可能になる。良い判断だ。


「偉大なる主よ、肉体を癒し、魂を呼び覚ませ!『リザレクション』!」


 強めの光が宿ったが、蘇生は失敗に終わった。


「駄目だ。おそらく強力な呪いの影響でそれを払わない限り蘇生は効果がない」

「解呪はできるか?」

「やってみる」


 やきもきするが一つずつだ。焦ることはない。3日以内に方を付ければすべて元通りだ。

 と、その時。


「な、なんだ!?こいつ――」

「うわああああ!!!」


 通行人の首が血を撒き散らしながら弧を描く。不吉な影に街が狂気に包まれた。


「まさか・・・!」


 俺は駆け出して、角を曲がる。開けた視界の先に『混沌の先兵』と『黒山羊の化身』の姿を捕らえた。


(どうする・・・)


 斃れた仲間。

 まだ息があるセリア。

 間に合わない蘇生。

 何を選ぶ?

 誰を選ぶ?

 お前はそんなに偉いのか?


 迷っている暇はない。


「う、うおおおおお!」


 俺はセリアを担いで逃げた。サングラスの中は涙でぐちゃぐちゃだった。どこをどう走ったのか分からない。振り返るとルルイエは遠く、黒く塗りつぶされたように町が侵食され、悲鳴と怒号が響き渡っていた。それが目に焼き付いた俺は、全てを諦めて、逃げ出した。








 10年。それは人を変えるには十分な時間だ。顔は老けたし、髪も後退し、髭は伸び、白いものが混じっている。だが、俺は変われなかった。相も変わらず俺は俺のままだ。思えば10年どころかここ40年ほどずっとそうかもしれない。


「ダンディ様。紅茶が入りました」


 テラスで椅子に座って呆けている俺は不愛想にも返事もしない。セリアはあの日逃げ出してからずっとこんな調子で俺に世話を焼いている。セリアは変わった。修道服を纏い、物腰が柔らかくなり、口調が丁寧になった。変わらないのは俺だけだ。


「お前ももういい年だ。俺のような男など捨て置けとあれほど言ったのに」

「もとよりそのような人並みの幸せの道はございません」

「そうか、あいつと同じようなことを言うんだな」


 あいつとは濁川鐙。かつて俺という弱者を拾ってくれた恩人であり、かけがえのない仲間だった。人並みの幸せを得られないということを前向きに捉えようとしていた。


「俺はあいつを『美しい』と感じていた。思えばあいつの美学は薄氷の上に存在していたのだろう」

「ダンディ様は仲間のことを話すときは饒舌でいらっしゃる」

「年を取って独り言が増えただけだ。儚いものは美しい」


 俺はどうだろう。弱くはあるが儚くはない。しぶとくもおめおめと醜い生き恥を曝している。

 ここは西方の大陸でドランドールという国らしい。俺は逃げるように船に乗ってルルイエから遠く離れた。だが、セリアは俺を追ってきた。

 リリカ・エラディンはアブを連れて生き延びた5年後に魔王となり、魔都と化したルルイエを灰燼に帰した。その側にはアブによく似た歌姫の吟遊詩人が付き従っていたというが、風の噂でしかない。


「ダンディ様。私の純潔を奪って下さい」

「駄目だ」

「ダンディ様にはもう私しかおりません」

「男女の関係がそれだけだと誰が決めた」


 何度目か分からない同じやり取りをする。


「それが俺とお前のけじめだ。生き残った者のな」

「ダンディ様が私を攫ったのです」

「では俺の好きなようにさせてもらう」


 俺は煙草に火をつける。サキが良く吸っていた銘柄だ。濃すぎてむせ返る。


「ゴフゴフッ・・・」

「無理をなさらないように」

「サキの分まで吸ってやらなきゃ気が済まねえ」


 最期の姿を鮮明に思い出す。リョーマの覚悟もだ。10年経ってもこれだけは変わることはない。


「なんで俺みたいなやつが生き残って、あいつらが死ななきゃいけねえんだ」

「リョーマ様は色に飢えておいででした。それを私で満たしてください」

「駄目だ。お前は強い。そんなにしたければ強引にすればいいだろう」

「お戯れを」

「不器用なヤツだ」

「お互い様にございます」


 セリアはあの手この手で俺を癒そうとしてくる。前を向いてまだ歩けと叱咤してくる。優しい口調だがそう感じる。セリアが居なければ俺は自暴自棄になって野垂れ死んでいただろう。


「ん?なんだ・・・」


 空から隕石の様に2つの影が降ってくる。それは丘の上にあるこの家の前に着地し、クレーターを作った。そこに舞い降りたのは美女二人。


「久しいの時術師殿。それに生き残りの同輩よ」

「・・・」

「リリカ・・・それに、アブ、なのか?」


 10年の時はリリカを王者の風格を纏った美貌の魔女へと変えた。だがアブは着ている服は違えど10年経ってもあの時の姿のままだ。


「探すのに苦労したぞ。まさか海を渡っているとはな」

「答えろ!()()はアブなのか!?」


 俺はリリカの釣れている無表情な()()を指し叫んだ。


「アブは死んだ」


 リリカはそう冷たく言い放った。


「そ、そうか・・・。俺は、俺は!」


 改めて訃報を聞いて安堵した。合わせる顔が無かった。そんな自分が許せなかった。とめどなく涙が込み上げた。


「良い、良いのだ。あれは儚くも美しい夢だった」

「では、そいつはなんだ?」

「これか?アブに似せて妾が作らせたのだ。呪歌を自動で奏でる優れものだぞ」


 倫理観が終わっている。強すぎるがゆえに指導できる者が居なかったのだろう。


「今でもアブの事を良く思っているなら、余り冒涜するな」

「誰に向かって口を利いておる」


 凄まじい魔力の波動を感じる。寿命が何年か縮んだかもしれない。


「ぐっ!」

「ダンディ様!リリカ殿!かつての仲間とて、ダンディ様を傷つけるなら私が相手になる!」


 セリアが俺とリリカの間に割って入る。


「ふん、脆弱な。興が覚めたわ」


 緊張は解け、セリアは矛を収める。俺はリリカに聞いた。


「なあ、アブはなぜ死んだ?助かったんじゃなかったのか?」


 あの日俺達は合流できなかった。


「アブは自ら命を絶った。月日も経ち、やっと笑顔を見せたと思ったというのに。あ奴の演技に騙されてしまったわ」

「そんな・・・馬鹿な・・・」


 俺には信じられなかった。よりにもよってあのアブにそこまで深い絶望を与えることになってしまった事実に戦慄した。俺はアブを探そうともせずに、耽溺し、合わせる顔が無いからという理由で逃げ回った。その結果がこれだ。


「良いかよく聞け。このままでは腹の虫が収まらん。妾は世界を滅ぼそうと思う」


 有無を言わさないリリカの声が響く。人形遊びに精を出すぐらいだ、アブへの執着は相当なものだったのだろう。


「妾は魔王となり魔の神髄を平らげた。その真理が囁いておる。時術師は最も大切なものの心臓で目覚める」

「何を言って――」

「時を巻き戻す秘法だ」

「そんなことが・・・」

「あの時、奴を倒せていれば違ったはずだ」

「モラ様が死んでいなければ・・・?」

「あるいはそうではないかもしれぬ。だが、喩え記憶を失おうとも、我々が積み上げた意志が因果を収束させる」


 リリカは神妙に告げる。


「妾はたった一人で復讐を果たした。だが、これではあまりにも空しい。この世界には滅びこそ相応しい」

「よせ、俺はもう何も背負えない・・・」


 血の気の引いた俺にセリアが言う。


「みなで背負えばよいではありませんか」

「お、お前たちには、荷が重い。背負わせるわけにはいかない・・・」

「いいえ、私はきっと・・・このために生まれてきた」


 俺は動けない。体は鉛のように重く、ガラスでできた心臓には既に無数のひびが入っている。だからきっと、あてのない世界へ、一人取り残され、放り出される。弱い者に選ぶ権利など、与えられない。


「ダンディ様。お慕い申しております。心残りもございますが、お別れの時間です」


 セリアとアブの形をした魔法人形が向き合う。人形に顔を近づけ愛でるように一撫でして離れたリリカが号令をかける。


「許せ」

「やめろぉおおおおお!!!」


 次の瞬間、アブの形をした人形がセリアの心臓を抜き取った。


「どうか、よりよい未来を――」

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