第53話 暗黒の太陽
「それでは吟遊詩人メリッサ誕生とツアー初日無事終了を祝して乾杯!」
「お疲れ~!」
「乾杯!」
液体の入ったグラスがぶつかる軽快な音が部屋全体に響いた。
初日の公演を終えた我々はその後打ち上げだ。会場は防犯を施し我々は王都の酒場でライブと50層討伐時の関係者と合流した。
「明日もあるんだからハメ外さないでよ」
「分かってるって。酔い覚ましと安眠対策はモラさんにお願いするから」
「それぐらいだったらモラさんじゃなくてもその辺のヒーラーさんに頼めばいいんじゃない?」
「それぐらいは問題ないですよ」
「本人はそうは言うけどさあ。モラさんってそれなりの立場の人でしょ?やっぱそんなに気軽に頼っちゃいけないわけ。セリアさんとかマリアンヌさんならそう言うでしょ」
あたしはセリアさんとマリアンヌさんの意見を求めた。
「組織としての体裁を考えるとアブ殿に同意だが、最近は私の常識を揺るがす事態が数多く起こり過ぎている。今はモラ様の意思を尊重したい」
「私もおおむね同意見だ。今後モラ様とスラン本国の意見の食い違いが起きた場合は私はモラ様に着くだろう」
「え、ちょっとそこまで踏み込んだ話になると思わなかったんだけど・・・」
「ダンディ殿には相談しているぞ」
あたしは思わず面食らった。ダンディの方を見てみると一瞬サングラスの中の視線が合った気がしたがすぐそっぽを向かれてしまった。
「ともかく『ダスク・エヴァンジェル』は『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』に返しても返し切れない恩がある。できそうなことがあればなんでも頼ってくれ」
「それが酔い覚ましねえ・・・」
まあ、実際コンディションの管理は大事で、普段ならパフォーマンスに影響が出るから前日にはアルコール類は絶対に飲まない。飲んでいるのはそういった魔法的な力でアフターケアを出来る保証があるからだ。それを『ダスク・エヴァンジェル』に頼むのは諸説あると思うが。
「ではミリアに頼むのはどうだ。今日も来ているのであろう」
ダンディがミリアの名前を出した。『ダスク・エヴァンジェル』でいつも留守番や雑用をやっている2軍ヒーラーの子だ。モラという絶対的なヒーラーが居るため、一軍で活躍することがない日の目を見ないポジションと言える。我々が機材を取りにルルイエに行った際にモラに頼まれて拾ってきたのだった。
「はい!来ております」
「では頼むとしよう」
「ダンディ様がそうおっしゃるのなら・・・」
ミリアは快諾してくれたが、モラは複雑そうだ。心の底から自分自身が役に立ちたかったのだろう。
「それで、治療費の方はおいくら払っていただけるのでしょうか」
「ミリア!私から出番を奪っただけではなく、恩人からお金をせびるのですか!」
「ひえっ申し訳ありません・・・」
ミリアはモラに一喝されてしゅんとしてしまった。あたしはミリアを庇う。
「お金が必要なの?」
「は、はい。実は先日の金貨1000枚を本国に支払いを打診したところ拒否されてしまい『ダスク・エヴァンジェル』の財政がやや厳しい状況にあります」
「う~ん、これはダンディのせいじゃないの?」
あたしはダンディに話を振った。ダンディはやれやれといった感を出しながら答える。
「確かにそうだ。だから少しばかり稼ぐ機会を与えてやっても良いのではないか。正当な報酬を支払おう」
「ダンディ様がそうおっしゃるなら・・・」
モラも納得してくれたようだ。正直金貨1000枚と比べれば焼け石に水だろうが・・・。
「悪いね。金貨1000枚は正当な報酬なもので」
「ボロゾ!」
今日も会場のどこかで見ていたのだろうか。どこにでもいそうな男は打ち上げにも姿を現した。『ダスク・エヴァンジェル』の面々は恩もあり仇もありといった感じで複雑そうだ。
「君達もなかなか商売がうまいね。安い席は銀貨1枚ぐらいなのに対して距離が近い席や音の良い席は銀貨3~5枚などと値段を上げていただろう。そしてVIPルームは金貨1枚と言ったところ。これはまあ些細なものか」
「我々の世界では確立された手法だからね。闘技大会なんかでもそうじゃないの?」
あたしはそう尋ねた。
「全方位から見れない見世物に対してそのように付加価値を付けるというのは物の価値を分かっている証拠だ。やはり商才があるんじゃないか?アブちゃん。僕は君と是非お近づきになりたいな」
「あなたは面倒くさいから嫌!」
「つれないね」
あたしが拒否すると、ボロゾは嫌そうな顔をするアリルと向かいの席に着席した。あたしの隣にいるリリカも同じく嫌そうな顔をしている。
「アイツ絶対異世界の商知識狙ってるよ」
「仮想通貨とかオンラインサロンやってそう」
ダンジョンを通じて一度は気持ちを一つにしたあたしたちをもってしても、ボロゾに対しての偏見は消えないのであった。
「あたし、アステールのみんなのことが大好きになっちゃった!複雑な感情を込めたややこしい歌ばっかりでごめんね!でもこれがあたしだから。ぐすっ」
あたしは2日目公演の最後にこう言い残して去ろうとしたが、宣伝しないといけないことがあったのを思い出して足を止めた。
「あ、最後に告知です。我々の後を担う人材を発掘したり、大衆音楽の振興を目的としてバンドコンテストを開催したいと思います。優勝賞金金貨1枚、賞金総額なんと金貨2.5枚」
優勝賞金は日本円換算すると100万円、賞金総額は250万円だ。
おお~~!っと会場から歓声が上がる。
「今回は素人さんのアンサンブルに特化したものなので、職業が吟遊詩人でないことと形式は2人以上という制限を設けさせていただきます」
「ヘタクソの中で一等賞を決める大会だと思って気軽に参加してくれていいぜ!」
リョーマが煽るようなコメントを残す。
「もちろん演奏技術やアンサンブルも見ますが、テーマの方向性や魂の在り方などが見えるかどうか。そういった情報もステージの一部でございます。それが表現手法として最適な形であれば尖った形式も良し。それはあたしたちの演奏にも表れてたよね?」
観衆は大声を出し概ね肯定した。
「開催日は1か月後ぐらいを見ています。定期的に開催できたらいいな」
「協賛している鍛冶、木工、錬金ギルドの工房で作ってる普及版の楽器がお手頃価格で近日中に販売開始すると思うから、楽器を始めたい人は要チェックだぜ!」
「本当の最高級品を買いたいという人はルルイエ工房の方へどうぞ」
「あそこは完全オーダー製で優勝賞金を超える額の楽器を揃えてるぜ。初心者にはお勧めしないぜ」
「近所迷惑になるから練習するときは防音魔道具を忘れないようにね。では、我々はこの後会場を撤収した後、ルルイエでツアーファイナルを迎えます。前日チケットを取られている方は移動に1日かかるようなので急いでおいた方が良いですよ」
「俺達はビューンって飛んでいけるけどな。飛行魔法と移動速度アップバフの重ねがけとか普通の人には出来ねえと思うから、俺達に追いつこうなんて思わない方が良いぜ」
「それではまたね~~!」
あたしは会場を後にして貴賓室に向かった。観客として来てもらった王家の方々の対応のためだ。警備は近衛兵の方がやっていただいている。ブラディオも部屋の中に居た。
「素晴らしい演奏をありがとうございました。異世界の音楽とはこんなにも力強く鮮烈なものなんですね。貴女の詩歌は人としての力強い芯、笑い飛ばす明るさ、他者への共感、そして高い理想の提示、本来であれば何冊もの書物に記され長い時間をかけ読み解かれるべきもの全てを一曲一曲の中に内包しておりました」
日本で例えると天〇陛下からお言葉を頂いたと考えればあたしの緊張も察して欲しい部分もあるが、国王陛下からはありがたいお言葉を賜ることができた。芸術を見る目がおありなのだろうか、意識して取り組んだことが誠実な言葉で評価されるのはなんだかこそばゆい感じがする。
「あたしの音楽は大衆のための音楽でしかありません。伝統や格調を連綿と受け継がれておいでの王家とは沿わない部分がございます。その部分には何卒目を瞑っていただけると幸いです」
「よいのです、民が言いたいことを言えぬようでは統治は失敗です。たとえ、それが誤った主張であっても、主張自体を行うことが出来るのが法の下に認められた権利にございます」
「本当に素晴らしい国です。今では第二の母国のように思っています」
それはリップサービスなどではなく心底そう思う。
「それとこれは個人的な相談なのですが・・・」
「なんでしょうか?」
あたしは少し嫌な予感がした。
「娘のアンリエッタとベアトリーチェがアブさんの主催なさるバンドコンテストに出場したいと申しています。波風を立てないように参加するうまい方法はありませんか?」
「ええっ!?」
喜ばしいことではあるが、そのまま参加すれば問題はありそうだ。
「う~ん、そうですね。警備上の問題であったり、審査に忖度が入る可能性があったり、他の出場者が委縮してしまうケースが想定されますが、正体を隠してお忍びということであれば問題はないかと」
「護衛の問題はブラディオが付くことで解決できそうですね。それで行きましょう」
どんな形式のバンドになるんだろうか・・・。そう考えているとブラディオが口を開いた。
「実はうちのルイーズがドラムをやってみたいと言い出したもので、それを姫様に伝えたところ、アンリエッタ様はベースを、ベアトリーチェ様はギターをやりたいと仰せになられてこんなことに・・・」
「な、なるほど」
そういえばスタジオライブしてた時にサキがルイーズに教えてたな。以後、二人で一緒に居るのを目撃することが多かった気がする。
まあ、護衛に関してはルイーズとブラディオが付いていれば万が一にも事件は起こるまい。
「では、お二人の参加についてはルイーズさんとブラディオさん同伴でかつお忍びであれば問題ないという回答をさせていただきます」
「大変助かります。あなた方も王家などの権力と関わるとあまりよろしくは無いのでしょう。作品の方向性からも察せられます。私は気骨があって大変よろしいと思うのですが」
「ご、ご配慮いただき恐縮です」
なんとも心の広い国王陛下であった。
王立闘技場。会場の撤収作業の最中、あたしはリリカに話しかけた。
「それで、王女様がお忍びで参加するって言ってきてさ、もう大変なんだから」
「そうか」
「リリカ、最近なんか上の空じゃない?」
「ああ、今の話を聞いて考え事をしていてな」
「どんな?」
「我も何か楽器をしてみようかと思ってな」
「ええ~!?やっとその気になってくれたの!めっちゃ嬉しい!」
あたしは嬉しさのあまりリリカに抱きついた。
「よせ、悪い気はせぬが場所を弁えよ」
「あ、ごめんごめん」
あたしはリリカと適切な距離を保った。
「実は四天王には楽器の習得を行うよう指示を出しておる」
「へえ、最近連れて来てないと思ったらそんなことしてたんだ」
「もちろん指示はそれだけではないがな」
「物騒なこと始めないでよね」
「それは相手の出方次第だ」
リリカは余裕の笑みを見せる。
「我もアブのように歌を歌ってみようと思ったのだが、それだけではつまらぬのでな。娯楽として扱える楽器を何か一つ思案しておったのだ」
「歌いながらとなると口を塞ぐものはNGとして、ギター、ベース、ドラム、キーボードあたりかなあ。でもまあどんな音楽をやりたいかっていうところにフォーカスを合わせた方が良いのかな」
「ジャズだ。汝が曲の中でジャズっぽいとかジャジーなどと呼んでいる部分を我は大層気に入っておる」
「へえ」
「理路整然と並びつつも悪戯にそれを崩す暗黒の太陽。まるで我の様ではないか」
「そこで自己肯定に持って行くんだ・・・」
「不服か?」
「そうじゃないけど、やっぱ感性って人の数だけあるんだなって思っただけ」
「当然だ。我の替わりなど誰も出来ぬ」
その言葉を聞いて提案してみる。
「同時に歌うことはできなくなるけど、サックスとか良さそうに思えるな」
「サックス?とはなんだ」
「木管楽器って言うんだけど金属でできた笛のようなもので、煌びやかな音が出てニュアンスも幅広くてお勧めの楽器だよ」
「金属なのに木管なのか?」
「リードなら木管、マウスピースなら金管っていう分類があって素材は関係ないんだよ」
「まあ、喇叭のようなものか」
「喇叭と言うと金管楽器のトランペットの方が近いかな。まあ、あたしはサックスがオススメだな~。単純にあたしが聴きたいっていう気持ちが強いだけなんだけど」
「ならサックスにするとしよう」
「魔法を研究する時間とかどうするの?」
「なに、本業を疎かにするほどはのめり込むつもりはない。あくまで呪歌の理解のためだ」
「ツンデレ頂きました」
「揶揄うでない」
そう言うとリリカは王立闘技場を魔法の力で元の形に直し始めた。




