第51話 パーティの始まり
「リリカ、お願い!」
「それでは会場の形を変えるぞ。『アースグレイヴ』」
あたしがリリカに合図を送ると、魔法により闘技場の一番低い場所にある中央の円は地鳴りのような音を立てて端に寄り、観客席が拡大する形になった。続いて我々が演奏する舞台が出現した。舞台袖を通じて控室までの通路が備え付けられている。アリーナ席の後方、段差の最初の方にはPAブースが設置された。
「ここあと10センチ高くならない?図面と違うんだけど」
「リョーマお前は細かすぎだ。だいたいでよかろう」
「そうは言うけど先にマッピング設計しちまったしなあ」
「それぐらいは出音で調整しますよ」
ラディオスはリョーマにしごかれて立派なエンジニアになったようだ。
「うっせー!半人前!おめーは最前列から端っこまで全部の位置で聴かないと調整できねえのか」
「うぐ・・・、誤差を計算します」
「それでいいんだよ」
まだ半人前の様だ・・・。あたしは残りの作業を確認する。
「あとはスピーカーの支柱と照明魔道具の設置か。闘技場備え付け分じゃ明らかに足りないんだよね」
「スピーカーは浮遊術式で浮かせればよいのでは?」
「浮くと音が安定しないんだってさ」
「難儀だのう。果たしてこんなに細かくする必要はあるのか?」
「リリカも魔法使うときはしっかり制御するでしょ」
「無論だが・・・『インビジブルフォース』!」
リリカは不承不承付き合ってくれた。しばらくして設置が完了する。
「よーし、組み終わったな。防音して音出すぞ。サキ、キックから頼む」
「あいよ」
ドッドッドッドッ
ラディオスがつまみを操作するとメインスピーカーから出る音がだんだん大きくなり始め、空気の圧力を伴うようになった。横でリリカが食い入るようにステージを見つめている。
「どう?リリカ、これがあたし達が作った音だよ」
「そうだな・・・」
「本番はここに多くの人が集まって聞いてくれるんだよね」
「そうだな・・・」
あたしはリリカの横顔を見て嬉しくなった。
「はいオッケーです!次スネア下さい!」
「お願いします」
タンタンタンッタンッ
「これがあたしの好きな空気。リリカも気に入ってくれると良いな」
「そうだな・・・」
今日の通しリハを終えたら、明日が本番――。
ルルイエ迷宮踏破記念コンサートツアー『こちら吟吟吟吟ですがパーティどうですか』。数多の人が押し寄せる会場の横断幕には、そう記されていた。『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』のルルイエでの演奏は王都でも噂になっており、50層攻略のために一度日程をキャンセルした時も、一目見ようと王都からわざわざ足を運ぼうと計画していた物好きから落胆の声が上がっていたという。結果、王都では2日間にわたる2回公演、ルルイエでの1回で計3日のツアーを行う事になった。
「うわ~凄い人数。ちゃんとチケット売れて良かったね」
王家の後援は表向きにはしない方向で話を進めた。金銭的なものは工房とギルドの協賛という形で支援協力をもらい、会場警備などには新人冒険者を雇っている。それでも貴賓室の備え付けは必須なので気を使わないということはなかった。
「俺ら結構偏ってるっていうか、無難なタイプのバンドじゃねえから反応困るな」
「まあ、そういうのはこれから模索していくとして、今日は今できることをやろう」
「そうだな」
控室では無言でアコースティックギターを抱えて瞑想しているメリッサが居た。話しかけないでオーラが見えたので放っておくとする。
「気合入ってるな」
「邪魔しないであげてよ」
「わあってるって」
流石のリョーマも気を使うレベルだ。しばらく楽器の調整などをしていると声がかかった。
「5分前です。メリッサさん。出番ですので舞台袖へ待機お願いします」
「よろしくお願いします」
メリッサは悠然と立ち上がる。出口へ向かう途中で振り返る。
「じゃ、行ってくる。舞台袖で見てて」
「うん、そうさせてもらうね」
太陽は沈み、辺りは夕闇が支配し始めていた。私たちも舞台袖へと移動する。
「本日はお集まりいただきまして大変ありがとうございます。ルルイエの迷宮が30人の英雄によって攻略されたという知らせは記憶に新しいですが、本日はその作戦の中核を担った吟遊詩人様方のコンサートとなっております。前座として登場していただくのはその徒弟でいらっしゃるメリッサさんです」
会場からは期待感による拍手が巻き起こる。メリッサはその中を歩いて舞台の中央に立つ。
「初めまして。そうでない方も少しいらっしゃいますが、私はメリッサと申します。先ほど紹介に与った通り、吟遊詩人の弟子をやっております。私が彼らの演奏に惹かれ、この道を志す前は料理を少々嗜んでおりました。今こうして皆様の元へお目見え出来るのも、それがあるからに違いありません」
しっかりとした語り口でメリッサは更にトークを続ける。
「昨日、私のジョブは吟遊詩人となりました。これはまだ師匠たちにも伝えていない事実です」
な、なんだってええ!!今夜は赤飯じゃ!あ、作るのはメリッサだけど。
会場にもどよめきが走る。
「まずは私を育ててくれた全ての食べ物に感謝を。『Life Chain』」
“小さいことは考えなくて 元気に大きく育ちたい
やせ我慢をしてばかり だけど飢えたくはない
おいしいってうれしいね つい笑顔になる
おいしいって悲しいね 感謝を忘れてしまう
人が人であるために ラゾがラゾであるために
無数の死が私を生かす ああ 糸が縒れて私になる
おいしくなれ 手にかける全てのもの
おいしくあれ きっと忘れてしまうから”
指で爪弾く張り詰めた弦から、ハルモニウム合金製の振動をマイクが拾い、PAを通してスピーカーから発せられた。それと同時に歌声が乗る。メリッサの歌い上げた曲は、食べるという業を真摯に受け止めて前向きに生きられるための歌だ。強くあろうとするメリッサの意志を現しているが、優しさを失っているわけではいない。
「いや~、良い曲書くよね」
「アブの趣味ちょっと入ってないか?」
「あ、わかる?あたしはそんなつもりないんだけどメリッサがちょっと影響受けちゃってて」
「まあ家庭科3のアブには書けない曲だな」
「そんな風に言わなくていいじゃん」
曲が終わった時、会場は静まり返り、続いて沸き上がるように拍手が上がった。
「ありがとうございました。続いて二曲目『非対称』」
“僕が手にするものがこのくらい
君が手にするものがあのくらい
君は人より抜きんでいるから
僕より苦労するのかな
僕は人並みの幸せを手にして
君は遥か地平を切り開く
君は人より強いから
僕は後ろに隠れてる
もどかしい気持ちも
努力だけじゃ埋まらなくて
君に並ぶにはどうしたらいい?
光と影の幾何学模様
僕にはまだ理解できない
遥か先の未来まで見通してる
君には何が見えるのかな”
「こういうのもいいよねえ。あたしが普段サキの戦闘力の高さに感じてることとおんなじですっごい共感すんだよね」
「私からしたら話について行けなくてごめんって思ってるけど」
「そうか~、まあみんな違ってみんな良いってやつだよね」
「うん、結局はそう」
「で、劣等感の昇華っていうのかな?綺麗に見せるのも詭弁だったりするわけだけど、自身の感情の整理になったりするわけだから嘘じゃないのよね」
「アブに歌詞の説明させたら全部丸裸になる」
「あ、あんま語らない方が良いか。失礼しました・・・」
自分が危うく厄介おじさんになるところだった。得意分野は気を付けないと。
「私の演目はこれにておしまいです。次はいよいよお待ちかね、私の師匠達『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』の面々の登場です。楽しんでいってください。私も舞台袖から見守っています」
メリッサは観客に手を振りながら、盛大な歓声と共に万雷の拍手で下手側へ送り出された。
あたしたちはいよいよ演出準備と待機時間の後、出番だ。
「円陣組も」
「『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』ファイト!」
「「「「オー!」」」」
「語呂悪っ」
突っ込みつつ出演準備をする。今回ばかりは言霊だけでは声の大きさをカバーできないのでマイクを使う。他の音もメインやモニタースピーカーから出力されるわけだからミックスの必要もある。
さて。
「皆さま大変長らくお待たせしました。パンフレットの記載の通り、今話題の時の人。なんと異世界からの漂流者。『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』の入場です!」
うおおおおお!!!
わあああああ!!!
地鳴りのような歓声が鳴り響き、そこに割って入るような入場BGM。このSEはバンドでスマホに録音したものを再生してマイクで拾うというかなりアナログな手法でメインスピーカーに出力されている。
「きん・か・ぎょく・じょう」
サキのカウントと共に楽器隊の前奏に入る。
「首都アステールぅ~~~!!!!」
あたしはとりあえず会場の地名を叫ぶ。義務感はあるがやはり一体感が出る。あたしはこのスリリングな曲調でアップテンポの曲『Higher Ideal』を歌い上げる。
“その日世界は圧倒的な正しさで以て支配してみせた
清き水で一列に流される人の群れと
我が愛しい巨万の富をもって叶えたい望みなど
けだし恋人は秘密裏に番いビル風に舞う
ああ 引き裂いてくれ 摩天楼のどこかで
不純な動機など持ち合わせちゃいないのに
ああ 幸せだけが助けてくれるとでも
今宵も息を潜め待っている
核のボタンを新調してぼやく手の汗で見えちゃいない
それってかなり歪んでいないか?目の前の扉
犠牲って花火のようでいて傷跡を残すもの
誰が問題を抽象化してたたき出すの
ああ 揺り戻してくれ イカロスの翼を
不当な対価なら持ち合わせちゃいないのに
ああ 憎しみだけで生きて行けるのか
今宵も息を潜め交差する”
この曲は音優先かつエッジの効いた単語で歌詞を組み上げたので人によっては「核のボタンはアメリカ大統領のことを指してて~」みたいな楽しみ方もできるが、それほど深い意味はない。高い理想を掲げている世界の中で違う立場の個人が抱える苦悩などを雰囲気で表現できればいいかなと思ってタイトルを付けた。楽曲は勢いこそあれど、音数もそれほど多くなくかなり聞きやすくなっている。
「ど~~も~~!『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』です!よろしくぅ!」
うおおおおお!!!
拍手とともに歓声が聞こえる。あたしはマイクをスタンドに乗せ、息を弾ませた。とりあえず掴みはオーケーのようだ。




