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第50話 政治と宗教と野球の話

 



 王都の新拠点。スタジオライブ兼音合わせの休憩中にカフェスペースでの雑談が続いている。


「アブ殿お願いが一つある。少しよろしいか」

「はえ?なにかな」


 セリアがあたしに話しかけてきた。ダンディに率先して暴力を振るっていたらしいが、改心したということは戦いを通じて伝わっているので、今は特に悪いイメージはない。強いて言えば会話の機会が少なかったから、仲もいいわけではないというところだ。


「その、再現の時のモラ様の衣装についてなのだが・・・」

「あ・・・」


 あたしはそれに思い当たった。目隠しボンテージ姿というかなりフェティシズムに溢れた格好をさせてしまった気がする。そのころはわだかまりもあって、リョーマの案に乗っかる形でささやかに復讐しようとしたのだった。今思えば悪いことをしたなと思ったが、当の本人はすんなり案に乗ってくれてこちら側としては肩透かしを食らってしまった。


(断るとこまで想定して、もっと距離を詰める計画だったんだよなあ・・・)


 まあ、それは置いておいて話を進める。


「確かにあのまま再現しちゃうと立場的にまずいよね。衣装のイメージ変えてみようか」

「その必要はありません」

「モラ様!」


 モラが話に入ってきた。まさかあれが気に入ったのか?


「『再現』に意味がある以上は包み隠さず示すべきです。嘘が混じればそれは『誇張』へと変わり、本来持つ価値を損ないます。そうなれば『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』の皆様にも迷惑が掛かります」

「で、ですが・・・」

「それを決めるのは私達ではありません」

「仰る通りですが、我々の意向をお伝えしなければ・・・」

「伝えるべきことは先ほど偽りなくお伝えしました」


 選択を迫られている。政治的選択であればモラに無難な恰好をしてもらった方が事なきを得られる。表現者としては包み隠さず伝える方が自らの信念に沿っている。あたしが歩んできた道を思えば、どちらを取るかは明白だった。


「では、申し訳ありませんが、事実をお伝えする方向とさせていただきます。ですが、それにあたって聞いて欲しいことがあります」


 モラの伝え方も、そう言われるとあたしとしてはそうするしかないような表現だったのもあるので、こちらも本心を伝えることにする。


「まずこの衣装にしようと考案したのはリョーマであり、それを承認したのはあたしです。ダンディは反対していましたが、それほど強く反対しなかったので押し切ってしまいました」

「おい、俺にとばっちりかよ!」

「黙ってなさい」


 遠くの方で野次が飛んできたので黙らせた。


「選定の理由についてですが、50層でのステージのコンセプトは『メタル』です。メタルのステージでは動きやすく強そうな、自らの肉体を誇示するような衣装が映えるので、我々も似たような恰好をしていましたし、ステージの一部と化して頂く以上は親和性のある出で立ちをお願いしました」

「はい、そこまでは事前に説明を受けております」

「ここからなのですが、あたしは当初この提案を断られるものと踏んでいたので、衣装のデザインを過剰に設計してしまいました。あたしの計画ですと、断られた後に妥協に妥協を重ねてデザインのすり合わせを行うものと思っていたのですが、読み違えて案を受け入れられてしまったのが誤算でした。そのプロセスを行う時間的猶予も無かったのでそのまま進んでしまいました」

「そうだったのですか・・・」

「はい。そして、ダンディにひどい扱いをした『ダスク・エヴァンジェル』を少し困らせてやろうといった邪な気持ちがありました。これは戦闘を通じて、誤解だということが分かりましたので謝罪させて頂きます」

「謝罪だなんてとんでもない。ダンディ殿に虐待を行ったのは事実だ。今でもダンディ殿にこの身を差し出せと言われれば従うまでだ」

「アブ、セリア。話を蒸し返すな。済んだことだ」

「あたしと『ダスク・エヴァンジェル』の間ではケリの付いていない問題だったから思っていたことは話そうと思ってさ。いつまでも引け目に思ってほしくないというか・・・」

「我々を慮っての事だったのですね」

「そんな良いものじゃないよ。ただ、いろんな思いが交錯してあんな結果になったってことが伝えたかったの」

「ふふっ、ではよろしいじゃありませんか。観客には伝わらないかもしれませんが、私には伝わります」

「もちろん観客にはモラさんに協力してもらったことはちゃんと説明するよ。前半の部分だけだけど」

「事実を曲げなければ問題ないかと思います」

「それは大丈夫」

「セリアの心の準備だけが気がかりですね」

「ま、前向きに検討します」


 わだかまりもほぐれて少しだけ彼女たちのことを知れた気がする。やっぱモラさんって聖者やってるだけあって芯がある人だなと思った。








「ただいま~。厨房がまだ使えないから出来合いのもの買ってきたわよ」

「おかえりナイス~」


 メリッサが食料を持って帰ってきた。カフェのスペースでそのままランチと洒落込む。


「しかし、王家の後ろ盾とはびっくりしたわよ」

「びっくりするぐらいで済んでるのが信じられねえよ。心臓に毛でも生えてんじゃね?」

「あんたもでしょ。ノンデリは去れ!」

「あ~、王家のバックアップについてはあたしも思うところがあってさ」

「ん?なんだ」


 あたしは王家との協議で決まったことを伝えた。会場と観客と入場料と利益配分のことについてだ。


「税金使ってやるわけだからさ、公益性が無いとダメなんじゃないかと思って。でも、あたしらがやってる音楽って自己表現の延長というか抑圧からの解放がテーマだから、国是と一致してなかったらどういうスタンスで居ようかなって悩んでんのよね」

「頼まれたからやるってスタンスじゃダメなのか?」


 リョーマがそう言う。あたしは答える。


「それって義務感出ちゃうよね。今まではやりたいことやってるだけだったけどこれからはそうでもなくなっていくのかなって、将来を危惧してんの」

「悩みすぎだろ・・・。がんじがらめ感出てきたらそれこそ国を離れればいいんじゃね?」

「まあ、そうなんだけど。またこれも出来るだけ力になりたいっていうか、音楽を布教したいっていう気持ちもあって、妥協してるっていう自覚が必要なのかなって」

「う~ん、アブの好きにすればいいんじゃね。どのみち俺はついていくし」

「じゃあ、出来るだけ良い環境で在れるようにこっちも動いてみるか・・・」


 シスター・エナがこちらを見ている。


「ほう、布教とおっしゃいましたか」

「エナさん。その節はリョーマがお世話になりました」

「異世界は面白いし質のいい夢だったから何回でも食べたいわね。いや、リョーマと付き合うのは絶対無理だけど」

「えっ、なんか俺振られた!?」


 リョーマがショックを受けている。


「まあそれはどうでもよくて。アブさんの世界の音楽って布教と言われるような教えってあるのかなって」

「ああ、それね。布教っていう言葉は比喩で、実際は好きなものを共有したり広めていく行為が宗教のそれとよく似ているから布教って自虐と自戒を込めて皮肉ってるだけなんだよね」

「なるほど、そういうことか。つまり歌詞やジャンルによる精神的支柱は音楽とは別軸でとらえる方が良いってわけね」

「まあ、そうだね。何か意味付けがあるとしたらそれは作曲者や演奏家の個人的バックボーンであったり、社会風刺であったり、文脈によるものであって、音楽の本質は空気の振動の規則性や快さを耳で聞いて楽しむことにある。あくまで音楽そのものにはそれほど強い力は無くて、とはいえ、歌詞というものが付いていたり、何らかの別のものを表す手法として音楽が用いられている、ぐらいの認識でいいんじゃないかな」

「なるほど~。そういう理解ね。ありがとう、参考になったわ」


 音楽そのものを学問のように追求し過ぎると、現代音楽のように聴衆に前提を求めてしまうものになってしまう。それでは裾野を広げることが出来ないのだ。

 あたしはエナさんに聞いてみた。


「エナさんはどうして布教という言葉に反応したの?」

「いや、さっき国是と反しないかっていう話をしてたからさ。宗教として対立してたらまずいかもな~っていうただの懸念。音楽と宗教が結びついてないないんだったらそんなに気にすることもないんじゃないかなっていうことを整理したかったんだよね。ほら、私もモラさんも宗教家だし。力になれそうじゃん?」


 エナはモラにウインクする。あたしがザインヴァルト正教会をリョーマを誘惑するセッ〇ス教団呼ばわりしたせいでいつかは犬猿の仲だったが、もうわだかまりも解けたようだ。


「この国では信教の自由が認められていますが、国教というものがありません。もしアブ様がその地位をお望みであれば、その力をもってして造作もなく望みを叶えることが出来るでしょう」

「無理無理!そんなつもりないって!怖っ!」

「大いなる力には責任が伴うものです。望んでいようがいまいが、それを利用しようとする輩は寄ってくるものです。お気を付けください」


 であれば、自分の影響力について考えを巡らせるのは別に無駄じゃないな。リョーマが考えてなさすぎるだけか。そして、横に居るリリカが言葉を発した。


「心配するな、そういう輩はこちらの方で排除しておる」

「穏便に済ませられるならそうしてよね」


 リリカに釘を刺しておくのだった。







「なんかダンスクラブって思ってたのと違え」


 俺はラディオスに連れてこられた先でそうこぼした。ここは王都の中心部の一角で、貴族が集う洋館のようなところで、クラシカルなシンプルな音源に合わせて社交ダンスを踊るような場所だった。


「どんなところを想像してたんですか」

「いや、色とりどりのライトが浴びせるように飛んできて低音の効いた16ビートが野生の本能を呼び起こして見つめ合った二人はネオンの奥へ消えるような」

「全く想像できませんね」


 一通り踊りが終わるまでは会話は行われなかったが、丁度節目になったようだ。


「ラディオス!昨日の用事は大丈夫だったのか?」


 頭から角の生えた紫色の肌の男がラディオスに声をかけた。


「ボーマン!ちょっとしばらく働くことになりましてね」

「お前が働くことになるなんてな。一生遊んで暮らすのかと思ってたぞ」

「あなたじゃあるまいし」

「はは、そうだな。俺は遊びを極めるぜ。で、この御仁は?」

「リョーマさんと言います。なんとあのルルイエのダンジョンを踏破したパーティの吟遊詩人様で在らせられます」

「マジか!英雄じゃねえか!凄い人と知り合いなんだな」

「親戚が事務局をしておりまして」

「そういえばそうだったな」


 ラディオスは楽しそうに雑談している。俺はあたりを見回すと、こそこそと噂話をしているものを発見した。


「あの人、ダンジョン踏破した冒険者ですってよ」

「結構いい男じゃない。ツバつけとかないと」


 お、俺の話か?俺は意気揚々と話しかけに行く。


「お嬢さん。もしかして俺の話をしていませんでしたか?」

「は?あんた誰?消えなさい」

「私たちが話していたのはあそこにいるボロゾさんって方。ヴァルファゴの御曹司で冒険者なんてすごいわよね」


 なんだと・・・。あのボロゾがこんなところに。とんだ恥をかかせやがって。

 俺はボロゾの方へ歩いて行った。


「なんでおめーがここにいるんだ!」

「おや、君はアブちゃんのところの、リョーマくんか」


 ボロゾはこちらに気が付くと向き直った。


「なぜも何も情報収集をするには社交場に繰り出すのが効率的と思ったまでだよ。そっちこそなんでこんなところに居るんだい?」

「後輩に紹介してもらったんだよ。ダンスクラブって聞いてちょっと興味があったけど、とんだ勘違いだったぜ」

「確かにリョーマくんにとっては面白い場所じゃないかもねえ」

「そうだな、もうお暇しようかなと思ってる。邪魔したな」


 俺はその場から立ち去ろうとした。


「待ちなよ」


 ボロゾが声をかけてきた。


「大方、彼女になってくれそうな女の人を探しているんじゃないか」

「うっせー!察するな!」

「まあまあ落ち着いて聞いてくれ。もはや彼女になってくれる人を探すよりもお嫁さんを探した方が君に合ってるんじゃないかと思ってね」

「なん、だと・・・」


 俺は逡巡した。確かに彼女にすると面倒なことが多い。好きなのか嫌いなのかよく分からないし、機嫌も取らないといけないし、お互いにメリットがないかもしれない。だが、お嫁さんとなればもう一気にゴールインだ。ホールインワンだ。ホームランだ。一塁や二塁で止まる必要もない。俺はボロゾの話を聞く気になった。


「だが、そんな人は本当に現れるのか・・・?」

「現れるさ。知名度が上がればね。君たちが企画しているライブが盛り上がればそういう話も持ち上がってくるだろう。ただでさえ吟遊詩人でダンジョン踏破者だ。さらにここにもう一押しが加わることで立場は盤石なものとなるだろう」

「バンドマンはモテると思ったのに全然モテなかったからな。ついに俺にも春の予感が」


 俺がしみじみしていると、ボロゾが続けた。


「名家の子女や実力でのし上がった商家の娘などが放っておかないだろう」

「名家の・・・子女」


 俺の頭にはさっき俺を邪険にした女の顔が浮かぶ。きっと尻に敷かれながらもうまくやっていける予感はする。だがどうも腹落ちしない。


(それで本当にいいのか?)


 それは政治的な関係性だ。関係性を利用した政治ともいえる。誰かが俺たちの愛を利用する前提での筋書きだ。俺は女を餌にまんまと釣り上げられている。俺がそれを逆に利用してやるぐらいの気概がなければ骨抜きにされてしまうだろう。


「悪い。やっぱいいわ」

「おや、そいつは残念。また気が向いたら話ぐらいは聞くよ」

「次はお前の女の話を聞いてみてえな」

「機会があればね」


 俺はその場を離れた。ラディオスが遠くから呼んでいる。


「どこ行ってたんですか?」

「ちょっとバッティングシミュレーションをだな」

「意味が分かりません」


 この後は適当に雰囲気だけを味わって帰った。


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